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”記憶に残る一日篇”
【お稽古】
しおりを挟む「では、稽古をばじめばす・・・・・・」
「はいっ!」
「・・・・・・!」
道着を着た新樹とセツナの前に立っているのは、マスクを二重につけている芥川だ。
「ゲホッ・・・・・・」
昨晩、寒空の下で猛烈に走ったせいで汗をかき、そして門の前でセツナを待っていたために風邪をひいたのである。
解熱剤を飲み平熱に戻ったが、体がダルく、咳も出る。
「あの・・・・・・先生大丈夫ですか?」
「ええ・・・・・・大丈夫でず・・・・・・ズビビッ・・・・・・」
「大丈夫じゃなさそう・・・・・・」
何はともあれ、こうしてまた、新樹が戻ってきた。
彼が申し訳なさそうに道場の敷居を跨いだとき、芥川は笑顔で出迎えた。
さて、稽古開始だ。
「まずは柔軟です」
仁王立ちになってもらい、そのまま足を伸ばす。
足の指を上下のカクカクと動かして、指の運動。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
ーーーー最後は足をあらん限り拡げて、筋を伸ばす。
「それでは柔軟体操は終了です。汗を拭き、水分を補給してください」
「はい」「・・・・・・」
道着の乱れを整え、軽く汗を拭う。
「よろしいですか? では、次は筋肉トレーニングです」
芥川が、足を前後に拡げると深く腰を落とし、両腕を前へと出して静止する。
後に続くように、二人の弟子もその姿勢となる。
「『站椿功』・・・・・・中国武術の訓練法のひとつ。最も動かずして、最も動く筋トレです」
一分・・・・・・五分・・・・・・十分・・・・・・
ゆっくりと筋肉に熱が宿り始める頃合いだ。
「意識してください。己の脳天から尾骨まで一本の柱が突き刺さっているイメージです。腕は下ろさず・・・・・・何か丸いボールなどを抱いているように・・・・・・そうです」
下半身が・・・・・・腕が、そして一見すると全く関係ないように見える腹筋までもがぷるぷると震えだしている。
そりゃそうだ。
この『站椿功』とは、静の形に見えて、身体中の筋肉を総動員しているトレーニング方法なのである。さらに言えば、近代トレーニングでは手に入りにくい『武』用の筋肉が鍛えられるのだ。
踵から肩まで全身余すことなく、稼働されている。
「ふぅ・・・・・・」
汗が止まらず、ふくらはぎも悲鳴を上げ始めている新樹が隣を見る。
セツナはほんのりと汗をかいているが、冷静そのもの。
兄弟子として・・・・・・負けてたまるか!!
「新樹さん」
「はい」
「貴方は一ヶ月ぶりの鍛錬です。キツかったら無理はせずに、休んでください」
「まだ大丈夫です!!」
「フフッ・・・・・・いい答えです」
とは・・・・・・言ったものの・・・・・・
(やばいやばい・・・・・・ッッ)
もう下半身の筋肉は警告を発し続けている。
それは、いくら無視しても脳みそに直接語りかけてくる。
痛みという形であったり、疲労感であったり・・・・・・
『もうラクになりなよ』
声だったり・・・・・・
それでも・・・・・・やめられない!!
とうとう二〇分が経ち、筋肉の境界線が見えてきたーーーー
限界という、黄色い線ーーーー
そこを超えるとどうなるか?
・・・・・・熱い。
下半身の筋肉に、炎が宿る。
着火し、肉を骨を髄をじりじりと燻る。
その辛さよ・・・・・・
下半身バーベキュー状態ッッ!!
「・・・・・・ッッ!!」
「あっ! 火、つきましたね?」
「は、はい!」
「さあどうします? 休みましょうか?」
チラリ・・・・・・
先ほどよりも流れる汗は多いが、平静なセツナ。
「続けますッッ!!」
「言いましたね~? 地獄ですよ~?」
三〇分・・・・・・ッッ!!
「やめい!!」
・・・・・・ようやく止められる・・・・・・のに・・・・・・
戻らない!!
足が、丹田が、腰が元に戻らない!!
「新樹さん・・・・・・ゆっくりです。指先から命令を送って、しっかりと地面を意識しつつ立ってみなさい」
スクッ・・・・・・
は、ハハハ・・・・・・
思わず笑えてくる・・・・・・
生まれたての牛のようだ・・・・・・
「休憩です。十分にしましょう」
「はいっ」「・・・・・・」
タオルとスポドリが置かれている壁際へ・・・・・・
ガクン!!
(ヤバッ!!)
膝が落ちた・・・・・・
姿勢が制御でき・・・・・・
バッ!!
地面に叩きつけられることはなかった。
新樹の身体を支えているのは、なんとセツナだった。
王子様がお姫様を抱きかかえるかのような格好で。
ジッと上から見下ろしてくる。
「・・・・・・」
「・・・・・・ッッ!! だ、大丈夫だから・・・・・・下ろして・・・・・・」
ここでも優しさ溢れるセツナが、気を遣って彼の膝を着地させ、ゆっくりとあぐらをかかせてくれた。
「だから無理はしないように言ったでしょう? 新樹さん」
芥川が新樹のペットボトルとタオルを持って近づいてくる。
「無理でもしないと・・・・・・強くなれないですから・・・・・・」
介護されつつ、強気な発言をする新樹。
その新樹に、指を左右に振りながら注意する芥川だ。
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