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”日常その壱”
【新樹の悩み】
しおりを挟むあれから一ヶ月は経った。
僕は・・・・・・ベッドから出られない。
「新樹ちゃん~? 今日も道場に行かないの?」
階段の下から、母親の声がする。
「・・・・・・腹が痛い!!」
「あら~ポンポン痛いの? 温かいココアでも飲む?」
「なにもいらないから!! 放っておいて!!」
「叫べる元気があるなら、安心ね~」
母親ののんきな声が遠ざかっていく。
嗚呼・・・・・・
なんであの時、勝負を申し出たのだろうか?
自分よりも未熟で小さい女性になら、楽勝できるとでも?
実際は、完敗。
反撃すらも許されなかった。
「あ~!! もう!!」
もふもふの枕に、顔を突っ伏して叫ぶ。
怪我はもう治った。
だが、心はバキバキに割れてしまい、修復不可能だ。
・・・・・・
「かっこわりぃ・・・・・・」
一年で強くなった自信があった。
その、自信が脆くも崩れ去った。
「先生・・・・・・きっと、僕に呆れただろうなぁ・・・・・・」
芥川のことを考える。
「あの女の子の方が教えがいがある・・・・・・僕に飽きちゃったんだ・・・・・・」
腹の底が震える。
流したくもないのに、涙が溢れて止まらない。
「うぅ~・・・・・・」
枕がどんどんぐっしょり濡れていく。
「僕だって・・・・・・僕だって頑張ってるんだよ!」
心からの声だった。
「どうせ運動音痴だよ!! チビだよ!! だけど、夢くらい見たっていいじゃないか!!」
男子ならば願う・・・・・・強さ。
誰よりも求めた。
誰よりも続けるつもりだった。
なのに・・・・・・センスとか才能とか・・・・・・
「ずるいじゃん!! なんだよ!! 僕にだって才能ちょうだいよ神様!!」
ハァ~
仰向けになった。
見慣れた天井・・・・・・
「もう、やになっちゃうよ・・・・・・はぁ」
プルルルッ♪
プルルルッ♪
プルルルッ♪
「!!」
スマホが震えている!!
もしかして・・・・・・
「先生!?」
バッ!
画面を見る間もなく、電話に出た。
「もしもし!! 新樹です!!」
『アラキ~ゲット~』
違う・・・・・・
誰だ?
「あの・・・・・・」
『アラキ~二〇〇万なぁ』
「はい??」
『じゃ』
プツッ・・・・・・
ツーツー・・・・・・
「なんだ? 誰なんだ?」
その答えは、翌日に分かった。
またもや電話がかかってきた。
間違い電話かもしれないと、昨日の電話番号は着信拒否にしていたが、全く知らない番号からだった。
「もしもし・・・・・・」
『ねえ? なんで金ぇ持ってこねぇの?』
「ですから・・・・・・誰なんですか?」
『はぁ? イタガキ。よろ』
「はぁ・・・・・・」
『でさぁ・・・・・・なんで金持ってこないわけ?』
「いや、金って?」
『俺がさぁ用意しろって言ったらさぁ持ってくるのが礼儀じゃん? 違う?』
クチャクチャ・・・・・・
耳障りなこの音は、ガムを噛んでいる音だった。
「イタガキさん・・・・・・あの、なんで僕の電話番号知ってるんですか?」
『後輩の後輩がさぁ昔カモにしてたヤツがいるってゆうからぁ、聞き出しただけぇ』
「・・・・・・」
きっと、高校の時にカツアゲしてきた不良の誰かだ・・・・・・
そいつが、この無礼で威圧的な人物に教えたに違いない。
「あの、僕には関係ないことなので・・・・・・」
『あのさぁ、俺も、大切な時間使ってさぁ、お前に電話してるわけぇ』
「はぁ」
『だったらさぁ・・・・・・金出すのが当たり前だろぉが!! ゴラァ!!』
あまりの声量に、耳を離しそうになった。
『あ~もうムカついたわ。もういいから、とりま、三〇〇万用意』
「いや、ですから・・・・・・」
『日本語ワカル? お前、金、用意する。オーケー?』
プツッ・・・・・・
切れた・・・・・・
どうする・・・・・・
きっと、不良に聞いたのであれば、住所も聞き出しているはずだ。
警察・・・・・・いや、自分のことで家族を不安にさせられない。
では・・・・・・芥川・・・・・・
「ダメダメダメ!!」
今さら、一ヶ月も休んでおいて久しぶりの会話が「助けてください」なんて・・・・・・
無理だ・・・・・・
その夜は震えて眠ることになった。
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