10 / 300
”出逢い”
【後始末 その弐】
しおりを挟む関東某所の、雑居ビル。
一番下のガラス戸には金文字で大きく『関口組事務所』と書かれている。
だが、その中は凄まじい有様だった。
壁には血飛沫が飛び散り、床には血まみれのドスや木刀・・・・・・フルスイングされた金属バットはヘコんでいる。
応接間の社長椅子とでも言えばいいのか・・・・・・組長椅子と言った方が的確なのか。
座り心地がバツグンにイイ牛革張りの、その椅子に鎮座している男がいた。
コイツが、如何ともしがたい。
真っ赤なスーツを身に纏い、黒いシャツの胸元はザックリ開いていて刺青がチラリズムしている。丸坊主で、眉毛は弓のように反り返っていた。眼光はギラギラしており、闘志がメラメラと燃えたぎっているのだった。
こめかみから頬にかけて古い切創が走っており、無精ヒゲも生えている。
この確実にカタギではない男は、タバコを吸いながら、足を机の上でクロスしていた。
そして、ぐちゃぐちゃの応接間にずらりと並べられている男たちを睥睨しているのであった。男らはパンツまでもを奪われ、身体中にアザを作りながらもぶるぶる震えて裸で正座をしている。
その後ろには、鼻息荒い黒スーツの男たちが木刀を肩に担ぎながら、時折柔肌へ「オラァ、背筋が曲がってンだよ」などと言って蹴りなどを加えていた。
まさに地獄絵図ーーーー
ピピピッ♪
真っ赤なスーツの男の、スマートフォンが鳴った。
ピッ!
「お~芥川ちゃん! こんばんわぁ!!」
男の声は叫びすぎてしゃがれていた。
『丹波さん。首尾の方はどうですか?』
「ああ。もう終わってもうたわ・・・・・・ったく、もうちぃと歯応えがあると思うたンやが」
丹波 市郎・・・・・・関東の暴力団『大和組』直参団体の『仁侠会』会長を務めている。
すなわちヤクザだ。
『山崎さんたち警察では掴めていなかった船の情報を下さったおかげで、助かりました』
「おお、船の方はどやった?」
『そこそこ楽しめましたよ』
「羨ましいのぉ~関口の腐れ外道は、チャカ出すばかりで腕っ節はからっきしやったわ」
名字を呼ばれて、全裸の男のひとりがビクッと反応した。
「ま、久々に暴れられて良かったわ。関口組のシマもワシの物になったしな」
『関口組と関係を持っていたギャングのボスも、倒しましたのでしばらくは外国からの横槍を気にしなくていいでしょう』
「どうやった? Mr.リズムとか言うガキは・・・・・・?」
『ん~・・・・・・丹波さんなら一分もかからなかったでしょうねぇ』
「そんなモンかいな。しらけるわぁ~」
丹波はタバコを吸い終わると、吸い殻を関口目がけて投げつけた。
灰皿扱いされても、関口はただ下を見ていることしかできない。
「フゥ~・・・・・・ホンマに銭いらんのか?」
『ええ。関口組の用意していた人身売買用の資金は、仁侠会の物にして構いません』
「丸一年分のシノギに匹敵するで? 三分の一くらい貰ってもバチはあたらんと思うがなぁ」
『お金のために冷たい海を泳いだワケではありません』
「・・・・・・その様子やと、金よりもイイもの見つけた・・・・・・みたいな物言いやなぁ?」
新しいタバコを取り出すと、近くにいた舎弟がライターを持って駆けつけた。
そして火をつける。
さも当たり前かのような一連の動作だった。
『流石は御明察・・・・・・丹波さん。頼みがあります』
「フゥ~・・・・・・なんや?」
『山崎さんにもお願いしたのですが、この国にひとり分の空席、作ってもらえませんでしょうか?』
「・・・・・・拉致られた外国人か?」
『鋭い・・・・・・女の子です。年頃は一六歳』
「なんや? アラフォーにもなってようやく色気づいたンかいこのスケコマシが! ギャハハ!」
『いいえ・・・・・・私の眼をとった娘でしてね』
ピタリ・・・・・・
丹波の笑い声も、タバコを吸う音も止んだ。
クロスさせた足を下ろし、電話口にドスの利いた声で尋ねる。
「おいゴラァ・・・・・・ワレェ約束忘れたンやないやろうな? オドレはワシの獲物やど? なに勝手に傷物なっとんじゃぁ!!」
丹波の怒声は怯えている関口組構成員を震えさせ、身内であるはずの仁侠会の者たちにさえも一筋の汗をかかせた。
『・・・・・・忘れるわけない。ですが、失ったものはもうしょうがない。諸行無常です』
「・・・・・・」
『しかし、貴方との決着の前に深手を負ってしまったこと、申し訳なく思っております』
「・・・・・・で・・・・・・そのガキどないする気ぃや?」
『私が蕾を・・・・・・原石を・・・・・・才能を覚醒させる。そのために、私が育て、私が面倒を見ます』
「目ン玉えぐったガキを、強くするっちゅーンか! そらけったいなことするのぉ」
『武に生きる者であれば抗えない・・・・・・これは『業』です』
「分かった。山崎のクソポリ公は表の、ワシは裏の帳尻を合わせる。これでええねんな?」
『はい。お手数ですが、何卒・・・・・・』
「気にすなや。今回のことで金もシマも手に入った。礼を言うのはこっちの方や」
『あっ! あとひとつ、お願いイイですか?』
「ん?」
『実は今、長崎に居まして・・・・・・深夜ですし帰りの交通手段が・・・・・・』
「あー分かったわ。そっちにおる知り合いの運び屋に言っとく。ワシに借りがあるけぇ三十分もせずに飛んでくるはずやわ」
『何から何までありがとうございます』
「ええって! ほな、帰り道気をつけてなぁ~」
ピッ!
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
「お、親父・・・・・・灰が・・・・・・」
灰皿に捨てるのを忘れて、ほとんどが灰になっているタバコを丹波はずっと咥えたままだった。
ぼとり・・・・・・
灰が、真っ赤なスーツに落ちた。
それでも、身動ぎひとつしない。
部下たちは直感で悟った。
(キレてる・・・・・・ッッ)
フィルターを大きなガラス製の灰皿ににじり潰すと、そのまま、灰皿を鷲掴みにして椅子から離れた。
彼の周囲の空間が歪んでいるかのようだ・・・・・・尋常ではない怒り・・・・・・
「・・・・・・になりよって・・・・・・」
ズン・・・・・・
ズン・・・・・・
正座している関口のすぐ側までやってきた。
震えが加速して、歯がカチカチ当たる音が聞こえてくる。
「このワシよりも、今日会うたガキに入れ込みよって・・・・・・」
スッ・・・・・・
灰皿を、天高く振りかざす・・・・・・
そしてそのまま・・・・・・ッッ
ズゴォンッッ!!
関口の頭がパカッと割れ、鮮血が飛び散る。
うつ伏せに倒れ、痙攣ばかりして動かなくなりゆく関口。
粉々になったガラス片を持つ丹波は、眼をカッと見開き、鼻から大きく空気を吸い込んだ。
「このワシという好敵手がおるっちゅぅのにッッ!! 足りンとでも言うンけぇぇぇ!!」
手の中にあったガラス片がミシミシと音を立て、やがてはバリンと砕けた。
それでも尚、手を握りしめているために血が滴り落ちている。
部下たちは近づいていいものかどうか、測りかねていた。
とーーーー
「ふぅ・・・・・・今夜中にこの事務所消せ。明日になったら関口組の若頭に解散届持って警察署に行かせるンや。分かったなッッ!?」
「へいっ!!」
「はいっ!!」
「分かりやした!!」
事務所から出て行く丹波は、手を拭きながら、
「赤いスーツはホンマにエエなぁ・・・・・・返り血が目立たン・・・・・・ヒヒヒッ」
と、捨て台詞を残して行った。
この丹波市郎。ただのヤクザではない。
関東最大の広域暴力団『大和組』の幹部なのだ。
大和組は直系団体九九団体。構成員一五〇〇〇名を誇る。
そこの本部の実行部隊隊長を兼任しているのだ。
しかも若干三八歳という若さでである。
元より社会に居場所のない存在だった。
何しろ、ケンカが好き。
食事よりも、交尾よりも、この世の何よりも好きなのだ。
ケンカを『愛している』と言っても過言ではない。
あまりの凶暴性によって、警察関係者でさえも取り調べを遠慮するほどだった。
しかし、初めて敗北を知ったのは二五の冬。
仁侠会という自分の組織を立ち上げた当初だ。
最強の武道家がいる・・・・・・その噂を聞き、居ても立ってもいられず、ドス一本を持って挑戦しに行った。
そして負けた・・・・・・
だが、自分よりも強い・・・・・・ゴッツい男に惚れ込んだ。
強い男のみが、自分と対等なのだ。
そこに盃やら、役柄やら、年齢も関係ない。
初めての対等な相手に、興味関心を持つなという方が無理だろう。
そして・・・・・・いつの日か・・・・・・必ず勝つ。
そのために、あの男を無事に生かしておかなければいけない・・・・・・どんな犠牲を払おうとも、アイツを守り、極上の御馳走をたいらげてやる・・・・・・ッッ!!
他の誰にも渡さんッッ!!
漢・丹波ーーーー
譲れぬ挟持だ。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~
アンジェロ岩井
SF
「えっ、クビですか?」
中企業アナハイニム社の事務課に勤める大津修也(おおつしゅうや)は会社の都合によってクビを切られてしまう。
ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。
『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。
宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。
大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。
『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。
修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる