7 / 103
マツダくんの新しい恋
お隣のマツダくん
しおりを挟む去年の秋口に、石蕗家は引っ越してきた。
拓海は業者に荷物を運んでもらう前日に、両隣と真下の住人に菓子折りを持って挨拶に向かった。
自分の家の右隣では、40代くらいの女性が対応した。
「明日となりに引っ越してきます、石蕗と言います。」
「あらー!また随分と若くて綺麗な人ねー!」
少々パーマのかかった、所謂普通のオバちゃん。
「あー!」
拓海が抱っこ紐で抱えていた娘の茉莉はそんなオバちゃんを見るなり、ヘラヘラと笑い出した。
「あらまぁ…可愛いわねぇー!女の子?」
「ええ、茉莉っていいます。」
「しょうなのー。まちゅりちゃーん。」
「きゃー!」
茉莉はすっかり楽しくなっていた。
「うちにも子供2人いてね、高校生と小学生。どっちも男でむさ苦しいったらありゃしないわー。」
「へー…。」
「何かあったらいつでも頼って頂戴ね。力仕事だったらうちのバカ共でも出来るからね。」
「え…。」
「この子、ママいないでしょ?最近入ってくる若い子って片親ばかりなのよ。だから困ったら遠慮することはないわ。」
あっけらかんとした彼女の言葉が当時ボロボロだった拓海を救った。思わず泣きそうになったが堪えた。
「あれ?お客さん?」
拓海の背後にブレザーを着崩して、右耳に1つだけピアスを開けた高校生くらいの男が立っていた。拓海は振り返って彼を見る。
(うわ……っ!カッコいい人…。)
「あ、ご、ごめんなさい!」
「いいのよー石蕗さん。あ、それウチのバカ息子の智裕よ。ほれ、あんたお隣さん!挨拶しな!」
「えーっと、松田です。よろしくっす。」
「あ……えっと、石蕗です。子供も小さいのでご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。」
お互いぎこちなく会釈をする。そして拓海は智裕を見上げる。その様子見た、智裕の母は割って入る。
「この子、図体だけはデカいのよー。185cmとかそんくらい?」
「そんなにねーよ、182cmだっつーの。」
「大体一緒でしょーが。」
ギャーギャー言い合う姿から、親子仲は良いらしいことが分かる。そして智裕は拓海を横切って家に入っていく。すれ違った時に、拓海は智裕の香りを認識した。柑橘系の、甘酸っぱい香り。
その漂いに、拓海の心臓は、大きく打った。
「……あのっ!長々とすいません、これからよろしくお願いします!」
「あらあら。じゃあ、何かあったら何でも聞いてね。」
この日はこれで終わった。
その夜、拓海は娘をお風呂に入れながらも、あの時の心臓の高鳴りを思い出しては恥ずかしさで沈みそうになっていた。
そこから何気ない挨拶や、お裾分けなんかで交流していくうちに、拓海の高鳴りは確信になっていく。
(俺……智裕くんに、一目惚れだったんだ。)
***
そして今日、智裕が廊下で風に煽られながら途方に暮れていた。
「じゃあ、誰か帰ってくるまで、ウチに来れば?」
拓海はこの上ない緊張を隠しながら、ごく自然にを努めて智裕に言った。
そしてたった数時間、拓海の想いは許容のコップから溢れてしまった。今まで知らなかった智裕の顔を見て、その一つ一つが魅力的で、強まってしまった恋心のせいだった。
「俺、智裕くんのことが、好きなんだ……。」
言葉になって、想いは溢れていた。
告げられた智裕は頭の中がぶっ飛んでいた。どれだけ思考停止していたか、気がついて拓海の方を見たら、拓海は大粒の涙を流していた。
「うわぁ⁉︎つ、ツワブキさん⁉︎な、ど、ど、どうしたんすか⁉︎」
「ご、ごめんね!こんな…男なのに……キモいよね……忘れて、いいから。」
「いや、それは無理っす!」
今の出来事は17歳の智裕にとっては人生の転機に近いものだった。
それに「キモい」なんていう負の感情は不思議と生まれない。それどころか全身が熱くなる。そして心臓も高鳴っている。
何度か深呼吸をして心も体も落ち着かせて、智裕は冷静になる。出来るだけ。
「い…いつから……その、好き、に…なりました?」
「……初めて、会った時……。」
智裕は拓海との初対面をぐるぐると記憶を手繰る。
「いや、俺そんな好印象与えた覚えないですよ。フツーにオフクロと口喧嘩してるし。」
「そんなことないよ!すごく……そのカッコいい人だな、って。」
「いやいやいや!それこそ俺の家族もクラスメートも眼科勧めますよ⁉︎今日だって二股かけられた上にフラれましたし!」
「……彼女、いたんだ…。」
「はい、今日のホームルームまでいました。」
(ああ、現実を言葉にするとすげー虚しくなってくる。)
そして否定はしたけれど、「カッコいい」と真っ直ぐに褒められたことが初めてだったので、智裕はますます心臓が高鳴る。
_松田って、何気にカッコいいんだよねー。
_まぁモテそうな雰囲気はあるけどねー。
今まで出会った女子達にはまぁまぁな評価しか下されたことがなかったので、明日は教室で開口一番「ざまぁ!」と言える気がする。
「迷惑だと思ったし……ずっと、胸にしまっておくつもりだったんだけどね……今日、まーちゃんと一緒に遊んでくれたり、その裸も…すごいカッコよくて……筋肉とか………それにお皿洗ってくれたり、いっぱい笑ってくれたりして……もう、すごく、好きになっちゃって……。」
下を向いてマグカップを握りしめて震える拓海は、恐らくまだ泣いている。その姿は、智裕には健気で可愛らしく映る。
智裕は持っていたマグカップを床に置いて、ソファに座り、無意識のうちに拓海を包んでいた。
「智裕、くん……。」
「俺、ホモとかゲイとかじゃねーし、普通に女子好きなんですけど、やっぱスゲー単純で馬鹿だと思うし、現金かもしれないんですけど……。」
包みこんでいただけの拓海の華奢な身体を、智裕は優しい力で抱きしめてみた。
「俺、今、ツワブキさんのこと好きになりました。」
第三者が見ていたら「単細胞」「バカ」と罵られそうな状況。だが男子高校生、松田智裕が多少の理性を働かせた結果、出した答え。
(この人、めっちゃ可愛い!え、めっちゃ好きになる!)
「智裕、くん……それ、本気、なのかな?」
「はい!本気です!だって俺、今めっちゃ心臓バクバクしてます!」
智裕は拓海の手を取り、その掌を自分の心臓部に触れさせる。
ドク、ドク、ドク_
速度と大きさが今の拓海と同じだった。
「俺は今好きになったので、これからはもっと好きになります!」
「本当……に?これ、夢じゃないよね?」
拓海はまたポロポロと涙を流した。それを智裕は指で拭いながら笑った。
「ツワブキさん、めっちゃ可愛いし美人ですね。」
拓海との会話のキャッチボールはまだ出来るほどの思考回路にはなっていなかった。だけど、気持ちは嘘をついていない。智裕は、そのまま拓海の唇に、触れた。
「嘘じゃないです、拓海さん。」
智裕にとってジェットコースターのような数十分か終わり、どっと疲労が襲ってきたが、風呂上がりでまだ少しだけ濡れている拓海から漂う甘い匂いが忘却させてくれる。
(やべー…マジで可愛すぎるだろ、これで7つも上かよ。やべーよ、マジで……。)
「ムラムラしてきた。」
男子高校生、正直な気持ちが出すぎてしまった。
0
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる