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青春イベント盛り合わせ(10月)
楽しい修学旅行⑤
しおりを挟む翌朝、智裕と野村は同じ部屋のクラスメートを起こさないようにそっと起きて支度をすると部屋を出ていった。
「おはよー」
「ふああ……ねっむ…」
恭介、香山、川瀬は智裕たちと同じように用具などが入ったリュックを背負って練習用のジャージを着ていた。
「あれ? 野村、増田さんって来ないんだっけ?」
「別に水分補給くらい自分らでできるよな?」
野村はにこやかにそう言うが、メガネの奥は笑ってない。
増田は朝は非常に低血圧なのは野球部員全員が知っていた。野村は増田には修学旅行を大いに満喫してほしいという親心のようなものでこの旅での緊急朝練に増田を招集してなかった。
「昨日旅館の方に教えてもらった公園がここから1キロ先にあるから、屈伸とかしたらランニングだよー」
野村に急かされロビーを出て右に曲がって5分走ると、大きな公園が見えてきた。朝5時なのだが、ウォーキング、ランニング、体操などをしている人達が疎らにいた。
「軽く柔軟をしたあとにキャッチボール、松田くんと香山くんはピッチング制限40、素振り、ここは打撃練習はできないからフォーム確認のみで。そのあとベーランして終わりだよ」
「おっす」
予め立てておいた練習メニューを野村が告げると各々その練習を始めた。
投手と野手で分かれて柔軟運動、徐々に離れながらのキャッチボールを終え、智裕は恭介と、香山は川瀬と、それぞれ組んでピッチング練習を開始する。
パァンッ パァンッ
ミットを叩く投球の音が公園に響く。疎らにいた体操をしてたりウォーキングをしてしてたりする人たちはその音に耳を傾けた。
体操のグループにいた老年の男性が目を細めて智裕たちを見ると気付いたようだった。
「ありゃあ、甲子園で馬橋とやりおうたピッチャーか? おい鈴木さん、あんた高校野球詳しいやろ?」
「馬橋と? そら福岡の隈筑……いや、あれ…ん? ありゃあ東の松田か!」
「せや! よぉけテレビに出とる子やろ?」
男性の声がやたら大きくてあっという間に智裕たちの練習にギャラリーが集まってしまった。投球練習に集中してた智裕は31球目にスライダーを投げ終えた時にその異様さに気がついた。
「うえ!? な、何じゃこれ!」
「松田ぁ! 集中しろ!」
「いやいや無理無理! これやべぇだろ!」
年寄りが多いからか、一昔前のようにガラパゴス携帯で智裕は激写されている。
「はぁ……よし、ベーランは中止、旅館まで遠回りでランニングして戻るぞ」
恭介はこの状況を脱するために判断した。野手練習は全くできずに臨時朝練は終了してしまった。
***
生徒たちの起床時間は6時、拓海は5時半ちょっと前に起床して着替えや準備をする。
5時50分生徒の寝ている部屋の廊下に「健康チェックシート」を見えるところにまとめて置く。すると手洗い場の方から物音と話し声が聞こえた。拓海は一応見回るように手洗い場を覗く。
「あれ? ツワブキちゃんだ、おはー」
「え…っと、おはようございます…みんな何してるの?」
中にいたのは汗だくの野球部2年たち、1番入り口の近くにいた川瀬が拓海に気がついて親しげに挨拶をする。そして川瀬の隣で頭から水をかぶって顔を洗っていた人物が顔をあげた。
「あ、た…ツワブキ先生! おはよー」
「お、はよ……」
(智裕くん……! 髪の毛全部濡れて……すごくカッコいい……)
水が滴って(ただのずぶ濡れ)、少し伸びてきた前髪を搔きあげて、早朝から爽やかな笑顔(ただデレた顔)を見せられて拓海の胸は高鳴り顔も紅潮した。
「ツワブキちゃん早いねー、って俺たちの方が早いか」
「もしかして朝練?」
「ご名答! 野村と清田が考案したんだけどさーぁ」
川瀬頭と部をタオルドライする智裕は顔を見合わせ歪んだ表情をする。
「マジで鬼だよな」
「おう……俺なんか嫌でも明日から監獄で野球漬けなんだけど」
「修学旅行くらい純粋に楽しませてくれてもいいじゃんかなー」
2人がぐちぐちと不満を漏らしていると地獄耳のキャプテンが背後から思い切り後頭部に掌底を食らわせる。
「いでぇ!」
「いったあっ! 清田ぁ……」
「グダグダ言ってんじゃねーよ。今日はただでさえメニュー通りにこなせなかったんだ、各自寝る前にできることやっとけ」
「鬼!」
「あ゛?」
「ナンデモアリマセーン」
恭介の恐怖政治を前にエースピッチャーと平凡野手はひれ伏すしかなかった。
奥の方で制服に着替え終えた野村は拓海に気がつくと「おはようございます」と礼儀正しく挨拶をする。
「石蕗先生、コールドスプレーってあります?」
「コールドスプレー? 2本くらいあった気がするけど……どうしたの?」
「俺うっかりしてて忘れちゃってたんですよ、1本貸してもらうことってできます?」
「うん、いいよ。それにしても……修学旅行まで練習ってすごいね」
拓海は感心するように野村に笑うと、野村は気まずそうに拓海に近づく。後ろではまだヘタレたちが恭介に説教されたりしてたので野村と拓海の距離に気がつかない。
「石蕗先生、ちょっとここじゃあれなので……」
「へ?」
そうしてそっと野村は拓海を智裕たちから離して人気のない場所に移動した。
***
野村はスマホを取り出すと、素早くスクロールしたりしてあるページを見つけた。
「昨夜なんですけどたまたまこういう記事を見つけてしまいまして……」
画面を拓海に見せると、スポーツ専門のWEBサイトだった。記事の内容はU-18日本代表監督・関本比佐志のインタビューだった。そして野村は一部を拡大する。
_Wエースの1人、2年生の松田智裕投手について監督の印象は
「松田(智裕)は圧倒的な制球力が魅力で球速や強さという点ではまだまだ…という印象でしたが、同じタイプの投手だった由比(投手総合コーチ)が指導したら速度も強さも見違えるようになりましたね」
_由比コーチはまるで自分の生き写しのような松田投手が気になっていたのでしょうか
「松田は5、6年前に(東京)スピンズのジュニアチームにスカウトされ入団してたんですわ。由比はジュニアでエースやっとった松田のことを覚えとったらしく…その時期に由比は引退するかもしれんと心無いバッシング受けるほどのスランプに落ちてましてね、そこで由比を尊敬する松田に励まされたとかなんとかで(笑)」
_そんなことがあったんですね
「あんまりにも親密な時もあるし、由比も男前やからゲスな雑誌に狙われるでーってみんなで揶揄ってたりしますね(笑)関西人が多いもんやから」
_それは2人が可哀想では(笑)しかし、チームの雰囲気はいいですね
「締めるときは締めてますけど、これくらいチーム全員がスタッフ含めて砕けてますんで私もやりやすくて感謝してます」
和気あいあいとしたチーム状況、だが拓海の心はざわついた。
「松田くん……あの通り流されやすいところあるから、送り出す前に手綱を引いといた方がいいかもしれません」
「ふえ?」
「由比壮亮は基本的にプロ野球に興味のない松田くんが唯一尊敬する人物ですから…石蕗先生が少し強めに出てビシッとさせないと」
「いや……でも……」
不安がる拓海に少々イラついて野村はしっかりと訴える。
「また松田くんと別れたりしてもいいんですか!?」
「そんなの嫌だ!」
「なら松田くんの股間蹴ってケツ叩いて首絞めてでも引き留めて下さいよ!」
「こか、ん……」
真面目な野村から発せられるとは思えない幼稚な言葉に拓海は戸惑う。少し下を向いて考える。
(もう離れたくない……僕は智裕くんがおらんとダメになる……失いたくない!)
覚悟したように拓海は顔をあげた。すると野村は安心したように笑う。
「夜、松田くんにスプレー取りに行かせるので……お願いしますね」
「え……」
(野村くん……まさか…わざとコールドスプレー忘れた……の?)
野村が野球部のブレーンであったことを拓海はすっかり忘れていた。キョトンとする拓海の頭野村は優しく撫でた。
***
7時、生徒たちは朝食が用意された宴会場にぞろぞろと入り、自分たちに割り当てられた食卓に着席する。
智裕も昨日と同じように同じ班の3人と食卓を囲む。配膳は慣れた宮西が。
「はい、ヨーコさん」
「サンキュー」
「はい、井川」
「ありがとう…宮西くんって盛り付けすごく綺麗だね」
「まぁね。はい、松田」
「………なんの嫌がらせだ」
「何が?」
「おま、これ…朝から日本昔ばなしじゃねぇんだぞ!」
宮西がよそった智裕の茶碗には白飯の山が築かれていた。
「まぁまぁ、頑張って食えよ」
「くそが…! いただきます!」
智裕は半ばヤケクソに白飯をかき込み始める。
「松田くん、生卵もあるから卵かけご飯にしたら美味しいかもよ?」
井川はそばにあった卵を持って智裕に提案するが、里崎にそれを制止される。
「あー…乃亜ちゃん…卵かけご飯はね………」
「え?」
智裕の動きが止んだことがわかり井川は智裕を見る。智裕の顔は青ざめていたので井川は慌てた。
「ご、ごめんなさい…私、なんか変なこと言っちゃった?」
「たまご……醤油……た、ま、ご…」
箸を持つ右手が震えてる。目は虚ろになりかけている。
すると宮西はこれ見よがしに智裕の目の前で美味しい卵かけご飯を作り始める。
「井川は頭いいよな、卵かけご飯は美味いし食べやすいもんな。俺は納豆ご飯より卵かけご飯派だな」
「ちょっと、椋丞…」
「卵かけご飯、いただきまーす」
宮西は一気に卵かけご飯をかき込み、ワザと「ズルズル」と音をたてる。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
智裕が悲鳴に似た声をあげ、近くにいたクラスメートたちは智裕たちの方に注目した。
井川は驚いてキョロキョロとしてしまう。すると高梨が近づいて困っている井川の肩を叩いた。
「智裕ね…昔、日本代表の合宿の時に無理やり卵かけご飯で量を食べさせられて、めちゃくちゃ腹を壊してから『TKG恐怖症』なの…」
聞いたこともない恐怖症だが、この様子では本当なのだろうと知らなかったクラスメートたちは思った。
「俺の前で卵かけご飯を食べるんじゃ、ねええええええええ!」
乱闘になるかと思いきや、智裕はなぜかその恐怖と怒りを食欲に変えて白飯を猛スピードでかき込む。何が何だかというカオスな状況にクラスメートたちは爆笑して写真に収めたりしていた。
「ひはわ! はほおぉ!」
「え、ええ!? ええっと……な、納豆でいいのかな?」
井川は納豆のカップを手に取ると智裕は「正解」と言うように大きく頷く。口には白飯がパンパンに詰め込まれているが、茶碗には元の量の半分以上の白飯が残っている。
井川が納豆をグルグルとかき混ぜて智裕は白飯を食べながら納豆を迎え入れる準備をしている。そして井川は智裕の茶碗にかき混ぜた納豆を投入する。
「はんふー!」
「あんたは飯を詰め込んだまま喋んな!」
里崎が頭を少し叩いてツッコミを入れる。
***
(一部だけが)騒がしい朝食が終わると、生徒たちは荷物を全てまとめて観光バスのトランクに載せる。拓海も生徒たちを誘導する。一番騒がしい5組の生徒が見えてきた。
「5組は5号車に載せてくださいねー」
大声で拓海が指示すると生徒たちは「はーい!」と素直に返事をする。
「いやぁ、石蕗先生に誘導してもらって助かりますよ。あいつら俺の言うことなんか聞かないんで」
担任の裕紀のデコには青筋が浮かんでいたが拓海は見なかったことにする。
並んでいる間、男子生徒がヒソヒソと話す声が拓海の耳にも入ってきた。
「あれだよな、松田って井川ちゃんとお似合いだよな」
「まぁ松田ツワブキちゃんいるけど、ツワブキちゃんはもっと大人なお姉様とかのが似合いそうだし…」
「あー、年上に守ってもらう系な。松田じゃ頼りなさすぎだもんなー」
「それなー」
「井川ちゃんって大人しいけどしっかり者だし、朝飯の時も熟年夫婦みたいな感じ?」
「けっ! あいつばっか羨ましいぜ」
(井川さんって……昨夜の…あと昇降口で一緒にいた……)
何度か見たことある井川と智裕の姿が拓海の脳裏によぎる。そして男子生徒たちの話を照らし合わせても、井川と智裕の組み合わせは非の打ち所がない。
「ツワブキちゃん? どしたん?」
落ち込みが少し顔に出てたのだろう、近くにいた裕也が拓海を覗き込んで声をかける。
「え、あ…ううん、なんでも、ないよ」
「ふーん……ならいいけど…」
裕也はそう言うと拓海のサラサラな髪を撫でる。
「なんかあったら、俺でも高梨でもいいからすぐ言ってくれよ」
ポンっと叩いて裕也はバスの方に進んだ。裕也は感謝もあったが自分が情けなくて泣きそうになる。
「はぁ…」
こらえてため息に変えると、拓海の体は誰かに抱き寄せられた。
「ツワブキ先生えぇぇぇぇ! 助けてえええぇぇぇ!」
「ふへ!?」
ふわりと香る柑橘系の匂い、大好きな温もり、瞬間でそれが智裕だとわかった。
「生卵を持ってきてんじゃねえぇぇぇぇぇ!」
「な、生卵?」
どうやら智裕は何かから怯えて逃げてる。智裕が叫ぶ方向を見ると卵を持った宮西がニヤニヤしながら迫ってくる。
「ぎゃはははは! 出た出た!」
「松田ぁ、お前TKGだけじゃなくて生卵もダメなのか?」
「うるせぇぇぇえぇ! な、生卵を無理やり後輩から飲まされる立場になってみろ! ツワブキ先生助けてよぉ…」
「ど、どう助ければ…」
(また、知らないことが、あった……)
智裕は生卵が嫌い、そんな些細なことを知らなかったことも胸が痛い。
「松田、いつまでくっついてん、だ!」
堂々とイチャつこうとする智裕にイラついた裕紀は後頭部を引っ叩き首根っこを掴んで拓海から引き離した。柑橘の匂いが遠くなっていく。
「ひでぇよほっしゃん!」
「次騒いだら2mmのバリカンの刑な」
「暴力! パワハラ!」
「なんとでも」
放り出された智裕は宮西と里崎に回収されてバスに向かって行った。
***
バスに荷物を置くと生徒たちは解散し、京都巡りを始めた。
智裕たちの班は、予定通りに裕也、高梨、野村、増田がいる班と一緒に行動する。まずはベタに清水寺を目指す。
「ここは原宿か?」
「なんとなく聞いてたけど…」
「予想以上に混んでるなぁ」
「トモ、お前さっきからめっちゃ写真撮られてる」
「気にしてたら進めねぇ」
清水寺への道はとんでもない人混みだった。日本の人気観光地とだけあり外国人が多い。
そして智裕は(おそらく高校野球が好きな)多くの中高年からガラケーやスマホで写真を撮られまくっている。代表チームと同行するときと違って制止してくれるスタッフなんかいないので、野村と裕也は智裕の隣を歩いて警戒を手伝った。
「きゃっ」
井川は誰かと肩がぶつかって転びそうになった。なんとか転ばずに済んでも人混みに流されて、漬物屋の店の前で一時避難をした。ほんの数分の出来事だったが、井川は班とはぐれてしまった。
(ど、どうしよう……みんないない……清水寺に向かえば合流できるかな?)
知らない土地で1人になってしまい少々パニックになり、泣きそうになるがもう一度人の流れに乗って清水寺を目指そうと意を決して深呼吸をした。
「いた! 井川!」
井川が顔を上げると、必死な表情でジワリと吹き出る汗を雑に手の甲で拭う智裕がいた。
「よかったぁ…急にいなくなんなよぉ……」
「あ…ごめ……」
「はぁ…とりあえず優里たちに連絡しねぇと…」
智裕は安堵の声を出す。そしてスマホを出すとすぐに高梨に電話をする。
「もしもーし、井川いたー……おー…おう、わかった。じゃあ入り口んとこで合流な」
通話を終了して井川の方をみると智裕は慌てた。ホッとした井川が涙を流していた。
「い、井川! ど、どどどどうしたぁ!?」
「ふぅ…ごめ………ひとりで、怖かったから…その、えっと…ごめん!」
安心しただけではない、井川の胸の中には苦しさもあった。
「と、とりあえず…どっか……」
智裕は井川を落ち着かせるためにどこか適切な場所がないかとキョロキョロするが見当たらないのでとりあえず右手で井川の左手を優しく握る。
「俺じゃ嫌かもだけど、はぐれねぇように、な?」
右の掌もマメで硬くなっていた。しっかりとそれがわかるくらいに智裕に触れたのは初めてで井川の心拍はどんどん速くなって、心はつらい。
(ダメだよ……松田くんには…石蕗先生がいるのに………私は…想いを伝えるだけで十分なのに……なのに、なのに……)
井川は優しい拓海を妬ましく思ってしまった自分に嫌気がさす。だが欲張りになっていく気持ちも湧き上がってくる。
(このまま、時間が止まって……欲しい……)
智裕の右手を離したくない、そう伝えるように少しだけ強く手を握った。
***
「あれって5組の松田じゃね?」
智裕と井川の近くにたまたまいた他クラスの班、その中には同じ野球部の川瀬がいる。
「ちょ、あいつ彼女いたのかよ!」
「………はあああああああああ!?」
川瀬は驚いて口に加えていた団子の串を落とした。
「ちょ、あいつの彼女って年上のお姉様って馬橋のヤツが…」
「マジかよ、でもあれ5組の子じゃね? 名前知らねぇけどさ」
「松田の奴、まさか…二股ぁ!?」
川瀬はすかさずスマホを構えて井川と手を繋ぐ智裕を激写したのだった。
その画像を見ながら川瀬はつぶやく。
「なんか…風張とか年上とかよりよっぽどお似合いじゃん、この子と松田」
川瀬はすぐに野球部のグループチャットにその画像を送信して拡散されたのだった。
_松田が年上のお姉様と付き合ってる説はデマっぽいぞー
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