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青春イベント盛り合わせ(10月)
楽しい修学旅行①
しおりを挟む早朝、第四高校2年生は東京駅に集合していた。
『新幹線の乗車券持ったかー?じゃあ1組から順番にホームに入場しろー。列を乱すなよー。』
拡声器で学年主任の教諭が指示すると、生徒たちはざわざわと話しながら改札に入って新幹線のホームに歩いていく。
「2号車に1組から3組、4号車に4組から6組だからなー、待つところ間違えるなよー。」
「他の方の通行の邪魔にならないようにねー。」
他の担任の教諭たちも生徒を誘導する。智裕たちは4号車の前方ドアの位置に並んでいた。
「くっそ…何で俺と拓海さんのラブラブ旅行じゃねーんだよ。」
智裕の見据える先には5組の担任と養護教諭で可愛い智裕の恋人が親しげに話している姿があった。智裕はギリギリと指を噛みながらうらめしそうな視線を担任の裕紀に向ける。
「新幹線でいちゃいちゃしたかったのに…。」
「あのな、2年5組だけならいいけど、他のクラスもいるんだから無理に決まってんだろ。」
ドンドンと正論攻撃をする一起によって智裕のテンションは最上級にダウンした。
「ま、松田くん…松田くんの好きなお菓子持ってきたから、ね?元気出して?」
すぐ後ろにいた井川が小学生を相手にするような宥め方をするが、智裕はすぐに立ち直った。
「え⁉︎お菓子⁉︎なになに⁉︎」
「えっとね、ル●ンドの限定の味と…ポテチののりしおと…じゃがカリだよ。」
「うっわマジ井川女神!俺がじゃがカリ好きなのよく知ってんな。」
「だっていつも食べてたよね?」
「そうなんだけど最近は赤松の激マズプロテイン弁当しか食ってなかったから、うっはぁ、久しぶりだなぁ。あんがとな、井川!」
お菓子まで制限されていた智裕にとって「じゃがカリ」は特別なご馳走の響きだった。そしてまた無邪気に笑うその顔を井川にだけ向ける。
「そういやさ、日曜も思ったけど井川って意外と可愛い系の服なんだな。」
「え…。」
「なんかシンプルなの着てそうなイメージだったんだけど。」
「へ、変かな?」
四高は防犯上修学旅行中は私服だった。智裕も少しだけ気合を入れたコーディネートしており、智裕をよく知らない他クラスの女子や好意を持ってる井川からしたら制服の何倍もカッコよく映っていた。
「女子らしくていいと思う。」
無難に褒めて笑うと、また井川の頭をポンと叩いて、ホームにやってきた新幹線に乗り込んだ。
「罪作りもあそこまでいくと尊敬するわ…。」
「井川さんもフラれるの分かってるんだし、つらいだろうな。」
同じ班の裕也と高梨は智裕の所業を少し離れたところで見守りながら井川の気持ちに同情した。
「乃亜ちゃんもずっと好きだったからね。ここで踏ん切りつけたいみたいよ。」
「だな。つーかアイツまじでモテすぎだろ!ちょっと分けてくれよ!」
「アンタもあと10cmあれば良かったのにねー。」
「うるせぇ!」
賑やかしい御一行が続々と新幹線に乗り込む。
***
全員が着席し、出発を待つばかりだった。後方から3番目の窓側の席に着いた智裕は、立ち上がって身を乗り出し1番前の席を恨めしそうに睨んでいた。
「くそぉ……何で、た……ツワブキ先生の隣がほっしゃんなんだよぉ……。」
他のクラスには聞こえないように極力小声にしているが、前の席に座っている裕也、野村、増田にはバッチリ聞こえていた。
「当たり前だろ、教諭同士なんだから。」
「トモ、本当に往生際わりぃなぁ。ツワブキちゃんと修学旅行中にどーこーなんて夢はあきらめろ。」
「明日、地主神社でもっと仲良くなれますよーにってお祈りしよ、ね?」
「うぐぐ……。」
正論バズーカで智裕は唇を噛み締めて、席に座った。ダラッと力なく背にもたれてまだ東京駅から動かない車窓を眺めながら、隣に座る井川に語る。
「井川ぁ…聞いてくれるか?」
「うん…い、いいけど…。」
井川は少しだけ緊張したような声を出した。そして通路側の井川の隣の席にいる高梨は呆れたように「はぁ。」と深いため息をついて、通路を挟んだ隣にいる若月と一起に話しかける。
「まーた乃亜ちゃんが犠牲になってるわよ。」
「ほんっとあれだな、ツワブキちゃん関係でブルーになる松田ほどめんどくせーのねぇな。」
「……はぁ、馬鹿じゃねーの。」
一起は無気力に旅行のしおりをパラパラとめくりながら意識のない声を出す。
「委員長ー、せっかくの修学旅行なのにテンション低すぎじゃね?」
「別に。」
「つーか委員長はこの3日間で絶対告白ラッシュだろ!そうだろ!めっちゃ告白されるっしょ!」
「そんなことねーよ。」
「いやいやいや、俺の可愛い仔猫ちゃんたちの情報だから確かだぞ。」
「みっちゃん、セフレのこと仔猫ちゃんとか呼んでるの?」
※読者様、お忘れかもしれませんが、この金髪チャラ男の名前は「若月 光夫」通称「みっちゃん」です。
「おうおう、委員長、明日の自由行動はきっと京都美人が拝めるぜ!どんどんナンパしていこう!」
そう意気込む若月が一起の肩を組んで徒党を組むと、ホームの方から発車の知らせが鳴った。
『15番線、新大阪行き、発車致します。』
***
「井川!富士山まだ⁉︎」
「松田くん…まだ熱海出たばかりだから…。」
窓側の智裕は愚痴ることを忘れて初めて新幹線に乗った子供のようにはしゃいでた。
「松田くんってあちこち遠征とか…それこそこの前の甲子園で新幹線乗ったばかりだよね…。」
「あー…でもなぁ、こんなに気を抜いて遠くに行くのって、野球始めてからはないんだよなぁ。」
「そっか…緊張してるとそうだよね。」
「この前の帰りの新幹線も桑原先輩ら居なかったらマジでお通夜だったと思う。俺も清田も相当やられてたしさ、気持ちが。」
智裕は話しているうちにあの時の悔しさや虚しさを思い出して、深ーくため息を吐いて落ち込んでしまう。
「でもあれがあったから今は少し気持ちに余裕が作れるようになったと言うか……悪いな、修学旅行なのにこんな話して。」
楽しい気持ちに水を差した気がして智裕は井川に謝る。井川は智裕が1人語りしている間に「じゃがカリ」を用意していた。
「平気だよ、松田くんは私なんかじゃできない経験をしてるから、その話を聞けるだけでも楽しいよ。ね?」
井川は自然な笑顔を智裕に向けると、智裕は申し訳なさと井川の優しさへの感動で目を潤ませた。そして差し出された「じゃがカリ」をひとつ取ると大事そうに噛み締めた。
「やっぱじゃがカリうめぇ!」
「ふふ、持ってきてよかった。」
「てか菓子も制限されてたから菓子なら何食ってもうめぇ!」
井川が差し出してくれると遠慮はなくなる。井川は隣の高梨にもお菓子を勧めた。
「優里ちゃん、お菓子食べる?」
「あー、私はまだお腹空いてないからいいわ。窓側のバカ見てたら食欲も失せたし。」
「おーおー、カロリー気にするほど胸もないくせに。」
この軽口が高梨の怒りスイッチに触れたらしい。
「智裕………テメェちょっとツラ貸せや。」
数分後、智裕は通路で屍になり倒れていた。
***
その頃、前方の席では裕紀と拓海が隣同士で座り、窓側の裕紀は何となく車窓を眺めていた。
「んー…目的地も関西だし、何だか里帰りしてるみたいですね、お互い。」
「そうですね……そういえば松田の奴は石蕗先生が関西の方って知ってるんですか?」
裕紀は少しイタズラっぽく拓海に訊ねた。すると拓海は「あ…。」と声を出して考えこんでしまった。
(………あれ?そう言えば、俺…智裕くんに…昔のこと何にも話してない……智裕くん、何も知らない、の?)
そんな拓海を見ると裕紀はため息交じりに呟いた。
「そんなんでよぉ俺に説教したなぁ…拓海くん。」
「……へ⁉︎」
急に懐かしい言葉遣いになった裕紀に驚いた拓海は思わず顔をあげて裕紀を見た。すると裕紀は呆れたような目をして拓海を見ている。
「松田、拓海くんの誕生日も知らんかったみたいやし……。」
「そ、それは……。」
「昔も少ぉしだけ覚えてんねん、拓海くんはどこかで他の人と線を引いとる感じがするんや……松田が離れるから不安やとかウジウジする前に自分が変わらな、前の嫁さんみたいに逃げられると違う?」
「え………。」
「バツイチやからな、何となくわかんねん。嫁さん浮気した言うてたな?拓海くんのそういうとこでどこか孤独感を感じた、とかあり得へん話でもないで。」
本当のことだった。拓海は裕紀から目を逸らして車窓を眺めた。海側ではないので地方都市の街並みが次々と映される。それでも気は紛れることはなかった。すると裕紀の手が拓海の頭に乗せられて優しく撫でられた。
「すいません、言い過ぎました。」
「あ…いえ……。」
「お互い、大切なものを離さないように、頑張りましょう。」
「は、い………。」
それでもじんわりと目の奥が熱っぽくなった拓海は一人になりたくて席を立った。
「ちょっと、トイレ行ってきます。」
「はいはい。」
拓海はふと後ろの方を見た。ちょうど、智裕が高梨に耳を引っ張られて通路に出てきていたが、2人は拓海に気が付いていない。
「悪かったって!優里!マジで耳はやめて!あ、あと腕と肩もやめて!」
「は?何?聞こえなーい。」
智裕は完全に高梨を怒らせていたようだった。その様子を見ながら周りのクラスメートたちが囃し立てる。
「高梨ぃ!いいぞぉ!」
「最近こいつマジで調子乗ってるかんな。」
「ボッコボコにしちゃえ!」
「調子乗っちゃって♪…って誰か助けろぉ!」
そして2人は後ろのドアの向こうに消えて行った。
(高梨さんたちは俺なんかよりずっと智裕くんのことを知っていて……智裕くんはあまり多くを語ってくれないことに勝手に拗ねてたけど……自業自得だったのかな…。)
拓海は智裕と高梨とは反対の方に歩き出すと、それがとても辛くなってトイレに駆け込んだ瞬間に涙がボロボロとこぼれた。
***
数分して落ち着くと、ひとつ呼吸をして拓海はトイレから出た。
「あ。」
トイレの前にいたのは、とても女の子らしい明るい色の服を着た落ち着きのある女子、2年5組の井川だった。
「石蕗先生。」
「ご、ごめんね、待たせちゃった?」
「い、いえ…!大丈夫です。」
拓海の慌てた謝罪にも笑顔で答えた。そして拓海が車両に戻ろうとすると、クイっと控えめに袖を引っ張られた。
「石蕗先生……あの……私、石蕗先生にきちんとお話ししなきゃいけないことがあるんです…。」
「え…。」
拓海は心臓が痛く跳ねたが、ゆるりと井川の方に向き直した。井川は唇と拳を震わせている。そして、先ほどの拓海と同じように深呼吸をすると、しっかりと拓海の目を見て。
「私、あ、明日…松田くんに、好きです、って自分の気持ちを伝えます。」
恐れていたことだった。だけど井川は強い眼差しから一転、慌てたような顔をした。その色はずっと真っ赤。
「でも、その、先生と松田くんの仲を引き裂こうとか、そういうのは考えてなくて……ずっと好きだったんだけど、ずっと伝える勇気がなかった自分が悪いだけで………ちゃんとフラれて、気持ちに踏ん切りをつけるため…ただの自己満足だから………。」
それでも井川は悲しそうな目を隠せていない。拓海はまたズキンと心が痛んだ。
「松田くんは本当に先生のことが大好きだし、さっきもずっと隣で先生のこと惚気てて、それで優里ちゃんが怒っちゃって……ちゃんと、わかってます……先生が嫌な思いするかもしれないのもわかってます………ごめんなさい。」
井川は心の底にあった罪悪感が急に湧き出てきて、その感情は涙になって現れた。
「ごめんなさい……松田くんは先生の大切な人だってわかってるから……。」
井川の健気な姿に拓海は勝手に傷ついた。
「ごめんね…井川さん。」
その言葉は、何のための言葉なのか拓海にもわからなかった。そして涙が止まらない井川を宥めるように抱きしめた。
(もし、俺なんかと付き合ってなかったら…もっと智裕くんも堂々としていて、井川さんも智裕くんも祝福されていたんだろうな………智裕くんが、井川さんに気持ちが転がっても…何も言えないよ…。)
「先生……。」
「気持ちを伝えることは、すごく勇気がいることだよね…井川さんはすごいよ………。」
(本当のこと、自分の不安も気持ちも正面からぶつける勇気……俺もちゃんと………。)
新幹線は徐々に西へと走っている。
「先生、ありがとうございます。」
一頻りに涙を流したら、井川は顔を上げて笑っていた。そして井川はトイレの中に入りドアを閉めた。
(素敵な女の子だなぁ……。)
拓海はそんな井川の背中を素直に押せない自分が歯がゆくて堪らなくなった。
4号車に戻ると、後方通路のど真ん中で智裕が倒れていた。そして5組がとてもうるさかったからなのか、裕紀が「うるせーぞ!」などと叱責をする。そんな楽しい輪に、拓海は疎外感を覚えた。
(俺は…今はあの輪の中に入れない……なんで?どうして?…分かっているのに……。)
「もしかして…潮時、なんかなぁ……。」
悲しく呟いた。
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