男子高校生のマツダくんと主夫のツワブキさん

加地トモカズ

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青春イベント盛り合わせ(9月)

マツダくんの好敵手たち

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 馬橋学院、野球部学生寮の一部屋は慌ただしかった。

「明日から東京やでー!試合終わったら原宿行って可愛い服とかアクセ買うんやー♡」
「絶対そんな暇あらへんから、女装の服は要らんやろ。」
「えー!ちょっとくらいええやんかー!シュンちゃんは脳みそまで石頭やなぁ…なぁ畠。」

 U-18代表の松田まつだ八良ハチロー中川なかがわ駿太シュンタはたけアキラは明日から週末の壮行試合前の強化練習で東京に行くことになっている。5日間の遠征の荷造りを3人で確認しながら進めている。

 案の定、八良の中川の漫才のようなやり取りが始まってしまい作業は疎かになる。そして八良に話しかけられた晃は早々に荷造りを終えて、スマホを握りしめていた。

「畠?何してんの?」
「あ……え、べ、別に何もないです!」
「何もないなら、何で顔が真っ赤になっとるんや?」
「は⁉︎はぁ⁉︎」

 八良と中川が指摘した通り、晃は赤面状態だった。そして八良が油断している隙に晃のスマホを奪った。

「や、ハチローさん、返して…!」
「壮行試合の日、応援に行くからな………あー、キョーちゃんからや。」
「四高の清田?…あ、畠のコレか。」

 中川はニヤニヤしながら親指を立てた。

「ちゃいますわ!」
「まぁ四高の連中は、まっつんが登板するっちゅー理由もあるやろし、目ぇ凝らして見てくるでー。」
「うう…。」

 晃は益々顔が赤くなる。
 そして八良に奪われたスマホがまた振動する。

「あ、またメッセ来たで。」
「ちょ、返して下さい!」
「晃なら松田をリード出来る、大丈夫だ。やってぇ!」

 八良と中川はニヤニヤ顔で「ひゅーひゅー」と囃し立てた。

「それどっちの松田や。ハチローか、まっつんか?」
「シュンちゃんはホンマにぶちんやなぁ……。」
「でも…俺……マスク被れるんスか?正捕手は…後藤さんやろうし……。」

 晃と正捕手の座を争う相手は、高校野球でNo. 1と称される後藤ごとう礼央レオだった。
 隈筑くまちく中央との決勝、3年生たちのチーム力で勝利出来たが捕手として、盗塁殺、配球、リード、全て後藤は晃の数段上だった。

(トライアウト…受かって、後藤さんも認めてくれても……やっぱ争うてなったら自身無いわ…。)


『あー本当ですね。何落ち込んでるんですかね。』
『畠、マジで叱られた仔犬みてぇだな。』

「へ?」

 突然ハチロー達以外の声、しかも標準語の喋り方が聞こえて思わず顔を上げるとハチローがスマホのカメラを晃に向けていた。

「こんなんでトモちんの女房は務まらんやろー?トモちんも肝っ玉もチンコも小さいんやし。」
『はぁ⁉︎ちょっと八良先輩!チンコ小さいは撤回して下さい!』
「焦るってことはチンコ小さいんやなー。さっすがトモちん。」
『何言ってんすか!やめてマジで!』
『まぁチンコ小せぇよな、お前。』
『清田!ホントやめて!誰と比べてんの⁉︎』
「は、ハチローさん⁉︎な、何してん⁉︎」

 ハチローが持っているのは晃のスマホだったので取り上げると、画面には第四高校の松田まつだ智裕トモヒロ清田きよた恭介キョースケのコンビが映っていた。

『あ、畠ーおっつー。』
「な、何で…何でこんな時間に2人でおんねん!もう8時やぞ!」

 智裕と恭介は制服の姿でどこか賑やかな場所にいるらしい。その姿に晃はツキン、と心が痛む。

『明日からこのヘタレがいねぇから投手チームの練習メニューつめてたんだよ。』
『ホント鬼、マジで鬼。俺明日早いっつーのに鬼。』
『それに、2じゃねーから。他の2年もいるからな。』

 恭介はカメラを切り替えてグルリと辺りを映した。そこにはマネージャーの野村、増田、夏はセットアッパーだった香山、外野の川瀬もポテトを食べていた。どうやら野球部2年でファミレスにいるらしいことが分かる。

『え、何なにー?馬橋の主将って清田にホの字なわけー?』
『川瀬くん、ホの字って…。』
清畠キヨハタキタコレーーーー!』
『増田さん、俺と晃はそんなんじゃねーから…。』

 2人きりではないことが分かるとどこかホッとしてしまって、川瀬たちにまで揶揄われると恥ずかしくなる。

「あ、あの…キョースケ……その……ごめん、ハチローさん、邪魔したよな…ホンマ……大事な時なんに…。」
『いや別に?大盛りポテト頼んでダレてたとこだったし、気にすんな。』

 晃は自分が恭介の立場だったら物凄く不機嫌になってしまうと思ったのですぐに謝ったが、画面の向こうの清田は晃を安心させるように笑っていた。

『神宮、応援に行くよ。それで晃のリードを勉強させてもらう。』
「へ……。」
『明日から厳しいだろうけど、頑張れよ。』
「キョー……スケ……。」

(あかん!もう、泣きそう……だってキョースケは敵なんに……何でこんな優しいの?)

「あ、畠が泣きよるぞー。」
「ほら泣くぞー、そら泣くぞー。」

 ずっとニヤニヤと笑っている中川と八良の声で涙が引っ込んでしまった晃は、最上級に怒った。

「やかましわ!さっさと荷造りせぇやアホぉ!」

 その迫力に何故か画面の向こうの智裕が怯えた。

『野村ぁ、俺明日から生きていける気がしない…!癒しもクソもねぇじゃんかぁぁぁぁぁ!』
『月曜まで我慢しなよ。てゆーか松田くん、由比ゆい投手とずっと練習出来るんだからいいじゃんか。』
『羨ましいぜー!俺だって由比投手に教えてもらいてーよ!』

 同じ投手の香山はうらめしそうに声を出した。智裕は「やばいやばい急に緊張してきた!」などと声を震わせている。恭介は盛大にため息をつくと、スマホの画面越しに晃を見る。

『頼むな晃。何かあったらいつでも連絡して来いよ。』
「うん……ありがとうな……キョースケ。」

 名残惜しく通話を切ると、八良と目があった。


「ふーん、臨むとこやで。お前がレオっちに勝てるんか俺もよぉ見とくわ。」
「……絶対負けませんから。」

 晃は強気の目でハチローを睨むと、荷物をまとめたキャリーケースを引いて部屋をあとにした。
 しかし誰もいない廊下に出ると、壁にもたれてズルズルとしゃがみ込んだ。本当は八良に気圧されてしまっていたのだった。

(松田も解ってる…恐らく俺と松田、ハチローさんと後藤さんが組まされる。せやけど松田も夏の時より制球も球速も段違いに良ぉなっとる……俺が置いていかれてまうかもしれへん…!あかん、それだけは絶対にあかん!)

「キョースケぇ………助けてよぉ……。」


***


 晃との通話を切った後、恭介は疲労したようにため息を吐いた。

「なぁ、松田。」
「んあ?」

 智裕は追加で頼んだ唐揚げを頬張りながら間抜けな声を出したので恭介はイラついて後頭部を叩いた。

「畠晃ってどう思う?捕手として。」
「畠?んー、捕手としてはぁ…天才型だけど努力家、って感じ。普段は賢そうじゃねーし、というか人見知りすげーし、やっぱ天才?」
「じゃあ後藤礼央は?知ってんだろ?」
「後藤先輩…は……あれは桁違いだよ。リードの仕方もスローイングもバッティングも…全部が頭一つ出てる。ぶっちゃけ畠は足元にも及ばない、気がする。」

 智裕のあまりの真剣な言葉に、全員がゾクッとした。野村はスマホで後藤礼央について検索をかけた。

「でも後藤先輩って…俺はまだ仏の部分しか知らねーんだけど、あれマジで鬼だと思う……バッテリーになったらやだよぉ…。」
「後藤礼央……確かにプロからも調査書とか来てるけど本人はプロ志望届出さなかったみたいだね。進学かな?」
「捕手はプロ入っても即戦力になるのは中々難しいって言うよなー。」
「そーそー…って清田?」

 川瀬が香山たちに同意して恭介の方を向いたら、恭介は一心不乱にスマホに何かを打ち込んでいた。隣にいた智裕がそっと覗き込むと。

「……え、何この長文メッセージ。」
「……黙れ。」

 気になって野村も覗き込む。その内容に野村は驚愕した。

「これ、清田くんの秘密のメモじゃないの?松田くんの持ち玉とか配球とか。」
「俺は秋季大会までにまた練り直せばいい。松田このバカがフォーム改善したことはまだ誰も知らねーしな。」
「え⁉︎いやいやいや清田、仮にも馬橋の主将にそんなこと教えていいの?これって攻略されない為のメモだよな、見せちゃ駄目じゃん。」
「テメーの為でもあんだからいいんだよ!」

 恭介に睨まれて、智裕は顔が青ざめた。そして気まずそうに離席しドリンクバーに向かっていった。心配になった増田が智裕を追いかけた。


 ドリンクバーと智裕たちのテーブルは離れているが、増田と智裕はコソコソと小声で会話をする。

「なぁ増田さん、畠は完全に清田にホの字なんだけど…あれ、清田もじゃね?」
「うん…だって克樹くんも清田くんの秘密メモをあんま見せてもらえないって言ってたし、松田くんも見たことないでしょ?」
「おう。だってアレってすっげー大事な物だろ?それを易々とあげるなんてよっぽどだよなぁ。」
「あれはもう、コレでしょ。」

 増田と智裕はグラスを置いて、両手でハートマークを作った。

「増田さん、これは…。」
「清田くんと畠くん、ラブラブ大作戦を企てようか。」
「明日から畠も東京コッチに来るしな。」
「ナイスタイミング。」


 2人はガッチリと握手を交わした。


***


 翌日、夜のニュースのスポーツコーナーで早速U-18日本代表強化練習の様子が報じられた。


『週末の壮行試合に向けての強化練習が行われました。注目は甲子園優勝投手の松田八良投手。既にプロ志望届を提出し、今年のドラフト最注目の投手です。しかし、視察に訪れたスカウトの視線は違う方向を向けてました。』

『キャッチャーの後藤(礼央)選手と畠(晃)選ですね。はい。』

『2人のキャッチャー、3年の後藤礼央選手と2年の畠晃選手。2人とも今年の甲子園決勝でそれぞれ先発マスクを被りました。注目するポイントとは一体どこなのでしょうか?』

『後藤選手は先日会見で大学進学を明言しました。なので4年後に即戦力になり得る選手かどうかと見ていたと思われます。一方、畠選手はまだ2年生で今年の夏に馬橋学院が優勝したこので一気に注目されるようになりました。捕手としての技術は群を抜いています。そして今回の練習で畠選手が支えているのは、同じく2年生の投手の松田智裕投手です。彼の決め球は落差あるスプリットで、中々捕り辛いのですが、それを逸らさずにキャッチしているところも素晴らしいですね。』



 リビングのソファから前のめりになってテレビ画面を見ていると家事を終えた母親が呆れて声をかけてきた。

「恭介、遅くまでテレビばっか見てないのよ。」
「うるせーよ。ちょっと静かにして。」
「……恭介、あんたプロ野球選手にでもなりたいの?松田くんは元々の能力が違うだけで、あんたは凡人なんから無理よ。」
「わかってるって。そうじゃねーよ。」

 母の言葉に苛立ちながら、恭介は画面から目を離さない。


(何処が自信ねぇんだよ。全然出来てんじゃん、俺なんかより。)

 恭介の傍には新しいメモ帳とペンが置かれていた。まだ書き込みはされていない。


『練習後のストレッチ中、すっかり打ち解けた様子のナインたち。いじられ役の中心には松田智裕投手。天才左腕も、マウンドを降りたら普通の男子高校生でした。』

 オフショットのような映像。智裕の隣には晃がいて、人見知りの晃が周りと溶け込み八良やライバルである後藤らと智裕をいじり倒して笑っていた。

『唯一の1年生、島田しまだツバサ投手も…松田投手の背中に自分の腕を冷やしてた氷を入れるお茶目なイタズラ。いい雰囲気の中スタートしていますね。』

『そうですね、やはりポジション争い等でこういう練習はピリピリしがちなのですが、この和を作れることで世界一奪還出来るのではないのでしょうか。』


 恭介はテレビに映る智裕のアホ面に向かって盛大な舌打ちをした。

(なんか、やっぱ…ムカつくわ。)

 その様子を見た母は呆れたようにため息をついた。

「恭介、顔、怖いわよー。」


***


 同じスポーツニュースを智裕も見ていた。それは自宅ではなく、自宅の隣の恋人の家で。

「いやマジで散々だったわ……うん。」

 練習終了後の洗礼を思い出した智裕は、後ろから抱きしめている拓海の肩に顔を埋めてため息を吐いた。

「ふふふ…なんかいつも通りで俺は安心したかな?」
「あ、安定のいじられ役とか思ってる?」
「うーん、ちょっと?」
「……拓海さんも段々意地悪になってる気がするんだけど。」
「そんなことないよ?」
「えー…。」

 智裕はヒョイッと拓海を抱き上げて向かい合わせた。

「……智裕、くん。」
「うん?」
「その……えっと……。」

(由比コーチって人と…ちょっと親密過ぎないかなぁ…なんて言ったらダメ、かな?)

 拓海が言葉を躊躇っていると、智裕がソファに置いてたスマホが振動する。智裕は気づかなかったが、拓海の視界には入ってしまった。

 こんな夜遅くに、智裕へのメッセージを送ってきた人の名前を。


「拓海さん…。」
「智裕、く……んっ。」

 気になることを口に出す前に口を塞がれた。舌を絡め取られて、舌先で口内をなぞられて、翻弄されてしまう。

「ん……はぁ……ともひろ、くん…。」
「拓海さん…可愛い、好き…。」

 ぎゅっと抱きしめられると、不安も嫉妬も溶けてなくなる。智裕の熱っぽい瞳は嘘ではないと拓海には解るから。

(練習だってきっとキツくてヘトヘトなのに……こうしてまーちゃんが寝た後に会いに来て…俺のワガママきいてくれて……。)

「拓海さん……壮行試合の先発、明後日わかるんだ。」

 智裕は拓海の耳元で真剣な声で囁いた。しかしその声には不安も入り混じっている。智裕はいくら天才だと称されていてもその実は計り知れない努力を重ねなければ常に不安を拭えなかった。

「先発の日……観に来て欲しい。」
「え……。」
「これは俺のワガママだから、無理はしないで。だけどね……。」

 そのまま智裕は拓海の耳たぶにキスをした。

「んぅ……っ。」
「俺が頑張れているの、拓海さんがいてくれるから。俺の頑張る理由も、拓海さんだから。絶対に、絶対に……今度は負けないから。」

 少し距離が離れて、拓海の視界に智裕の顔が映った。


(あ……カッコ、いい……。)

 ドクン ドクン ドクン

 智裕の真剣な眼差しに魅入られた。


「強くなった俺を拓海さんに、見ててほしい。」


 拓海は愛おしいその人を抱きしめた。


「智裕くんは、世界で一番、強くてカッコいいよ。」


(そうだ……大丈夫…智裕くんは、ここにいる……。)


 また智裕のスマホが振動した。メッセージの送信者は「由比壮亮」。


***


 朝早くから、神宮球場の隣のグラウンドには声が響いていた。


 おはようございます!

 代表のキャップを被った強面の関本せきもと監督に向かって一糸乱れぬ挨拶をする。その中には智裕もいる。

「えー、今日の練習終了後に土日の試合の先発メンバーを発表する。この試合には多くのプロ野球球団関係者、記者、独立リーグ社会人野球、大学野球の関係者が多く視察に訪れる。1年も2年も出ることによって将来に繋がる可能性は充分だから、一層練習に励むように!以上!」

 はいっ!

 選手たちは真っ直ぐと関本を見ていたが、内心は誰もが誰かを気にしていた。勿論、智裕も晃も。


(絶対先発してやる……八良先輩を超えるんだ!)

(ハチローさんも、松田も俺が女房役したるんや!)


 散り散りにポジションごとに分かれてそれぞれのコーチの元に向かう。智裕は八良たちと一緒にブルペンに入る。
 すれ違いざま、八良は智裕にしか聞こえないように呟いた。


「トモちん、エースは俺やからな。」


 その意思の強さ、以前の智裕なら恐怖に震えていただろうが、今の智裕はその言葉でさらに燃えた。

(そのエースを超えますから、俺は。)

 口角を上げて、一歩踏み出した。そんな2人のエースを由比は微笑んで見届ける。

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