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青春イベント盛り合わせ(9月)

野球部閑話【馬橋学院】

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「ええか!夏も春も馬橋ウチが優勝や!」

 おっす!


 夏の全国大会覇者・馬橋学院、優勝の余韻に浸ることなく新チームを発足させた。
 『西の松田』と謳われたエースの後継者として、2年の金谷かなやアユムが新たなエースとして、そして『阿修羅の金子』から主将キャプテンを引き継いだのは捕手のはたけアキラだった。


 八良たち3年生は、野球部は引退したが野球推薦での大学進学や国際試合などに向けて隣のグラウンドで自主練習を行っていた。
 フェンス越しに新チームの様子も気になってチラチラと伺う。

「あの畠が馬橋の主将キャプテンなぁ…金子ぉ、務まるんか?」
「さすがにグラウンドでは人見知りを出さへんようになったからな。というか1番相応しいって分かっとんのは、お前やろハチロー。」
「ま、せやなー。」

 3年生たちは、丁度1年前の記憶を巡らせた。


***


 秋季大会、春のセンバツ高校野球を制覇する為に新チームが発足する。
 主将には金子、エースは八良、4番は中川、ある程度予想されたようにポジションは確立された。しかし、予想が覆されたのは背番号「2」の行方だった。

 発足早々に八良はベンチに座っている監督に呼び出された。既に監督の隣に立っているのはキャッチャーのプロテクターを身に付けた1年生だった。

「監督、何ですか?」
「ハチロー、今日から1年の畠がお前の女房や。仲良ぉせぇよ。」
「はぁ…。」

(え…何で1年やねん。夏にベンチ入りしたん山根やまねやったやん、アイツが正捕手やろ…俺エースちゃうんかい。)

「よ、よろしく…お願い……します…松田先輩。」

 畠は八良と目を合わさずに下を向いて顔を真っ赤にしていた。
 いつもハキハキとしている八良はこの類の人間が大嫌いで、思わず大きな舌打ちをかましてしまった。

「なんで俺がこんなオドオドちゃんとバッテリー組まなあかんねん。イヤや、俺は馬橋のエースになるっちゅーのに。監督、俺の女房は山根ですよね?」

 八良が不貞腐れたように監督に訴えると、畠は肩をビクつかせてガタガタと震えだした。その姿にも八良はイラつく。

「いいや、お前の女房は畠や。」
「はぁ?なんでですか!」
「まぁとりあえず投げてみればええ。」

 恵比寿様のような笑顔で能天気に指示をされて八良はブツブツと文句を言いながらブルペンに入った。


「あ、あの……松田先輩……。」
「ああ?なんや?」

 八良が睨んだせいで畠は発言をやめて下を向いた。そして畠はトボトボと歩きながら定位置につく。
 ロジンバッグで滑り止めをし、ボールを手にとって肩を回しながらキャッチャーのいる方向を見る。

 八良は時間が止まったような感覚に襲われた。

 正面を向いてキャッチャーマスクを被る畠から放たれる覇気が尋常ではなかった。

(なんやねんあれ……さっきのオドオドしとったん、演技か?)

「始めは真ん中低めにストレート5球、お願いします。」
「……おう。」

 セットポジション、投げる方向を見据える。ミットがしっかり構えられていて、そこに目がけてオーバースローでストレートを放つ。

 パアァァンッ

 しっかりと捕れた音がした。そしてキャッチング技術が見事だった。八良は迷いなくそこに投げることが出来た。

(なんや…なんか、投げやすっ!他の奴はリリースの直前にミットが閉じられてしもーて、その一瞬に狂わされることがあるのに、コイツのキャッチは球が吸い込まれるよう…。)

「今の球、縫い目にしっかり指が掛かっとらんから浮いてもぉてます。しっかり握って、次はインローで。」
「は…?」

 呆気にとられた。ウジウジしていたものと同じ声ではっきりと明確に指摘された。

(何やの…こいつ……。)


 ブルペンでの投球練習を終えた八良はすぐに監督に駆け寄った。

「監督!なんやあの1年!俺めっちゃ球速よなったんやけど!」
「良かったやん。」
「あいつマスク被るまでオドオドしとったやんか!何者なんあいつ!」
「畠晃、この前のレギュラー試験、捕手では断トツやったんや。山根と争わせるつもりやが、背番号2はほぼほぼ畠で決まりや。」
「………は?」
「畠は天才や。チームに慣れたら主将キャプテン…ゆくゆくは日本を代表する高校生捕手、そしてドラフト1位になる可能性もあるで。見てみ。」

 監督に促されて八良はグラウンドを見た。キャッチャーの盗塁阻止のスローイング練習が行われていた。

 畠のスローイングは他を寄せ付けない程に完璧で八良は圧倒された。


「あれと、“東の松田”っちゅーバッテリーも見てみたいもんやな。天才同士、世界獲れるんちゃうか?」
「…監督、それはアカン……。」

 八良は監督の放った言葉に拳を握った。
 そして畠を見ながら八良はニヤリと笑った。

「天才は俺や。アイツと組むピッチャーは俺や。」

 声では強気だったが、心は穏やかではなかった。


(あかん、俺はアイツの技術に相応しいピッチャーにならな!)


*** 


 そして今年、畠は背番号「2」に加えてキャプテンマークも与えられた。


 カキーンッ

「おー、畠も引っ張りで飛距離出るよぉになったんやなー。」

 中川は畠の打撃力に驚いていた。しかし金子はそれは当然だと言うような笑みを浮かべている。
 八良はスマホを取り出して、畠のシートバッティングを撮影した。

 カキーンッ

 また快音が鳴り、グラウンドのネットの上部に直撃した。これが球場ならば本塁打という飛距離。

「くっくっく…こりゃ、U-18のキャッチャーも分からんわなぁ。レオっち1択や思ぉとったけど…。」
「ハチロー、お前もうかうかしてられへんで。」
「わかっとるわ。」

 ハチローの動画フォルダには、先日金子を経由して送られてきた第四高校の松田智裕の投球動画が入っている。


「今年の2年はえげつないわ…天才左腕に天才捕手、でも世界の頂点に立つときにおるんは俺とレオっちやで…。」


 今の馬橋学院の野球部グラウンドには、恥ずかしがり屋だった畠の声が響き渡っている。
 

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