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青春イベント盛り合わせ(9月)
オオタケくんのお嫁さん
しおりを挟む「ゆーくん!」
昼休み、2年5組は騒然とした。自分たちの教室にまさかの天使(その2)が降臨したからだった。そしてその天使が名前を呼びながら抱き着いたのは、青ざめているチビ猿・大竹裕也であったからだった。
「昨日はごめんねー、掘が追い返したみたいになって。ちゃんとお話ししたかったんだー。」
「いや、あれは追い出してくれたんですよ。」
「んー、ゆーくん身長は低いけど僕よりは高いし筋肉もちゃんとあるからカッコいいよねー。うりうりー。」
「ちょ、まっ!どこ触ってんすか⁉︎」
抱きついてた天使、こと生徒会長の加治屋は裕也の身体を制服の上から弄ったりしてた。裕也は先輩相手に無下にも出来ずされるがままだった。
だがもうすぐ裕也の恋人である直倫が来るであろうと察した智裕と野村は加治屋と裕也を引き離そうと声をかけた。
「ち、ちーちゃん!」
「ちーちゃん!久しぶり!俺のこと覚えてる?智裕だよ!」
「………………………うん!」
長い沈黙が嘘だと語る。だが智裕は挫けなかった。
「えっと、お、俺もちーちゃんのこと大好きだったじゃん?」
「でも僕はゆーくんが大好きだから、ごめんね。」
大天使の拓海にも負けず劣らずな天使スマイルでフラれた智裕は撃沈した。そしてこの状況に礼儀知らず代表の宮西が遂に動いた。
「ちぃ、ちょっと離れろ。」
冷たい声で言い放ち、加治屋を無理矢理引き剥がした。その瞬間、教室に直倫が現れた。
「裕也さ……ん?」
クラスの誰もが心の中で手を水平に上げて安堵した。
「ああああああ赤松!ちょ、ちょっとお前さ、バットの振り方教えてくれねぇ?俺さ次の合同練習でめっちゃ打撃練習あんのよ!」
「いえ、今日は松田先輩と野村先輩からのお話を裕也さんと一緒に聞くって約束してるんですけど。それに国際試合はDH制だから打撃練習要らないですよね?」
「いるいるいる!秋季大会!そうそう!甲子園目指すんだろぉ!おー!」
智裕が高く拳を掲げるが直倫は冷めたような目で見て、智裕の半径3メートルは凍った。
「あれー?君たち野球部って本当仲良しなんだねー。」
ニコニコしながら天使が智裕と直倫に近づいてきた。その笑顔に智裕は恐怖を感じ、直倫は表情が変わらない。
「さすが堀くんの作り上げたチームだね、昼休みも熱心ですごいや。そっちは神奈川県では大活躍した赤松くんだね?」
「存じていただき光栄です、生徒会長。」
「あは、僕のこと知ってたんだー。で、赤松くんは松田くんとお話ししに来てるの?」
加治屋はあざとく唇の下に人差し指をあてて、首をコテンと傾け上目遣いで訊ねる。もちろん少し距離をおいた場所から高梨と増田はスマホにその肖像を収めた。
「いえ、俺は大竹裕也さんに逢いに来てるんです。」
今、クラス中の頭の中で試合開始のゴングが鳴り響いた。そして直倫と加治屋の半径5メートルは世紀末のようにどす黒いオーラが放たれている。
「ゆーくんは帰宅部でしょー?何でー?」
「裕也さんとお付き合いさせてもらってます。」
「んー、それは先輩後輩の仲?」
「いえ、恋人同士です。」
1ラウンド終了。インターバルをおくことなく次のラウンドに入る。
「ふーん、付き合ってどのくらいなの?」
「県大会決勝の日だったので約1ヶ月半です。」
「ゆーくんといつ出会ったの?」
「自分の入学式のときです。」
「僕は8歳のときにみんなと遊んだよー。」
2ラウンド終了。ここで勇者がセコンドに入った。
「赤松くん、いい?愛は時間は関係ないの、深さ、いまが大事なのよ。」
「ありがとうございます、増田先輩。」
「おい、ちぃ。何クソガキに言い負かされてんの?もっと攻めてやれよ。」
「ふふ、りょーちゃん僕の味方なの?」
「椋丞ぇ……。」
里崎は頭を抱え、3ラウンド目に入った。
「恋人だって言ったよね?でもさ、ゆーくんは僕みたいなうさぎさんみたいにふわふわきゅるるん系がタイプなんだよ、知ってた?」
「知ってます。好きなセクシー女優は天野エレミア、紅にいな、萌見苺、全てフワフワ系ロリ巨乳タイプの女優です。」
「直倫ぃ⁉︎」
「なら君は?ゴリラ系ムキムキマッチョだよね?正反対じゃん、目も垂れてるし。」
「男は外見じゃないです、中身です。」
観客と化している男子全員が一斉に「お前が言うな!」と直倫にツッコミを入れて3ラウンド目は終了した。
「…お前好きなレーベルあれだろ、“妹くらぶ”だろ?」
「いっそ殺してくれ………。」
AVなどに興味のない直倫に好きなセクシー女優をクラス全員の前で暴露されて裕也はしゃがみこんで頭を抱えると隣にいた片倉が「ドンマイ」と背中を裕也の背を叩いた。
そして2年5組全員、あの完璧フェイスにいちゃもんを付ける加治屋が段々と恐ろしくなってきた。
遂に加治屋がストレートパンチを繰り出してきた。
「それにぃ、ゆーくんのファーストキスは僕とだったもんね。」
あまりの衝撃事実にその場にいた全員の時が止まった。そして裕也は顔を上げて固まっていた。
すると加治屋は裕也の目の前にちょこんとしゃがんだ。
「ねー、ゆーくん!」
「………何をおっしゃてるのでございましてでしょう。」
パニックになり過ぎて裕也の語彙力は崩壊した。そして次の瞬間、裕也の唇に柔らかくあったかい感触がした。
割と近くからスマホの連写音、女子の「きゃー」という黄色い声と男子の「うおー!」という野太い叫び。
「チュッ」というリップ音で裕也は何をされたのか把握した。
「えへへ。ゆーくんのチュー、貰っちゃったぁ。」
裕也は自分の口を塞いで素早く後ずさる。口を塞いだまま「何すんだよ!」と叫んでただ驚くしか出来なかった。加治屋は天使のような微笑みを裕也に向けてジリジリと裕也に近づく。
「ふざけんじゃねーよ……。」
ドスの効いた声の主は直倫だった。驚いた2年5組はその声の方を見ると、とんでもなく禍々しいオーラ全開で一歩引いた。敬語を使わない直倫を見るのは智裕以外は初めてだった。
「の、の、野村ぁ…怖ぇよあれ。」
馬橋の寮で怒鳴られた智裕でさえ恐怖に慄き野村にしがみついた。さすがの野村も顔が青くなっている。
「あれガチギレしてるよな、赤松。」
「椋丞、何でそんなに楽しそうなの?」
加治屋と直倫の間にバチバチと雷が見える気がした。加治屋の笑顔と直倫の真顔が一層恐怖を駆り立てる。こうなった原因である裕也も怯えるしかなかった。
「ゆーくんに相応しいのは僕だから、君には手を引いてもらいたいな。」
「はぁ?寝言は寝てから言ってもらえませんか?」
「そちらこそ、恋愛なんかに時間を割いてる余裕があるのかな?堀くんの抜けた穴は大きいんじゃないの?」
「チッ!」
ガンッ
直倫は近くにあった机(智裕の席)を強く拳で叩いた。そしてそのまま教室を出て行った。
「赤松くんガチギレじゃん…。」
「何でダイレクトに俺の机……え、割れてね?」
「……ちぃ、あれはやりすぎ。」
さすがの宮西も加治屋を後ろから小突いた。だが加治屋はクスクスと小悪魔の美しい笑いをした。
「ふふふ…図星を突かれて苛々してるね、あの子。」
「……直倫!」
裕也は何とか起き上がって直倫を追いかけようと走り出すが、それを通せんぼして阻止したのはやはり加治屋だった。
「ゆーくん、行かないで!」
「会長!すいません、どいて…。」
「は?会長?……なんでそんな呼び方するの?」
加治屋の口調が一気に冷たくなり、裕也も恐怖で動けなくなった。
「ふーん……そんなにあの人が大事なの?僕との約束は?ねぇ、約束守ってよ…ゆーくん。」
「ちょっと、何いっ……んんっ!」
本当に一瞬で、加治屋は裕也の首に腕を回し、先程の小鳥キッスが嘘のようなディープキスを交わしてきた。あまりの出来事に智裕たちは固まってしまう。
裕也は抵抗するが、加治屋がそれを許さない。
(おい!何だよこの馬鹿力!やだ……マジで…何だよこれぇ…!)
「ん、ふぅ……んん。」
加治屋はキスをしながら色っぽい吐息を漏らす。その頬は赤く染まっている。一方で裕也は加治屋を引き剥がそうと必死になってキスから逃れようとしていた。
(直倫ぃ!助けて…!)
「ちーちゃん!マジでやめろ!」
2人を引き剥がしたのは先程前まで恐怖で固まっていた智裕だった。涙目になっている裕也に気がついた智裕はそのまま裕也の顔を自分の胸に押し付けた。裕也を支える智裕の手も、若干震えていた。
「俺らの初恋はちーちゃんだよ。だけど今はそれぞれ別の人に恋してるんだよ。小さい時に約束したかもしれねーけど、それは昔の思い出として処理出来ねーかな?」
ヘタレな目線で智裕は加治屋を見据える。裕也は智裕の制服でゴシゴシと唇を拭っていた。
「……やだ。」
「ちーちゃん……もう10年も経ってるだろ?」
「だって、僕はずっと……ずっと……ゆーくんが大好きなんだもん!今更諦めきれないもん!」
加治屋はその場にしゃがみ込んで泣き出してしまった。裕也を庇う智裕も突然すぎて困惑するが、裕也を制止するように強く引き寄せた。
「……絶対奪ってやる。」
ボソリと恐ろしい声色の呟きが耳に入り、聞こえた男子たちは戦慄した。
ぐすぐす、と一頻り泣き終わると、加治屋は立ち上がる。
顔を上げると、悲しそうな笑顔を浮かべて指で涙を拭う。
「ごめんなさい、お騒がせしました。ゆーくん、ごめんね……でも僕はゆーくんのこと好きだからね。」
天使のような笑顔を振りまいて加治屋は教室を出て行った。
「嵐が去ったな……。」
「会長って悪魔?」
「でも顔は天使だよなぁ…。」
智裕の腕の中で裕也は震えていた。
「大竹……。」
「……な、んだよ……。」
「10年ぶりのモテ期おめでとう。」
裕也は智裕の心臓に拳をぶつけた。
「ぐごぉあ!」
「嬉しくねーよ!バーカバーカ!」
裕也は涙目で悪態をついて、教室を飛び出した。
***
教室を飛び出した裕也は1年4組の教室に向かった。開いていた後方のドアの所で大声で探している人の名前を呼ぶ。
「赤松直倫いるか⁉︎」
教室を見渡しても直倫の姿はなかった。ドアの近くにいた生徒も「見てないです。」と律儀に裕也に教えた。
(あいつ…外かよ……!くそ暑いのによぉ!)
ドアをガンッと拳で殴り、昇降口へ全力で駆けて行った。
スニーカーをテキトーに履くと、裕也は体育館の方に走った。
そして心当たりのある場所に行けば、蹲って小さくなっている直倫がいた。
「お前の逃げパターンはお見通しなんだよ、アホ倫!」
「……何しに来たんですか。」
直倫は顔を一切上げずに反論した。篭った声だった。
「何しに来たぁ?」
裕也は直倫の正面に胡座をかいて座った。そして、強引に直倫の顔を上げさせた。直倫の視界に映ったのは、真っ赤な顔をして激怒している裕也の顔。
「何勝手にキレて自己完結して落ち込んでんの?意味わかんねーんだけど。」
「俺は…。」
「お前は今朝俺が言ったこと、もう忘れたのか?それとも信じきれねーってのか?」
裕也の手は震えていたが、それを隠すように裕也の目は強かった。
「あんなのは昔話だ、会長が勝手に盛り上がってるだけだ。何あんなやっすい挑発に乗ってんだよ、お前トモより単細胞だろ。今お前と付き合ってんのは誰だ、言ってみろや。」
「裕也さん…です。」
恐る恐るというように直倫が答えると、裕也はニカッと笑った。
「そうだ。今の俺の嫁はお前なんだからな。」
しっくりこない台詞を言われると、裕也が接近してきて直倫と額をコツっとあわせた。
「指、今朝予約したろーが。」
「……はい。」
「信じろ、俺を。」
「すいません……でした……。」
直倫が裕也の手を取ると、右手にヌルッとした感触があった。
「裕也さん…血……なんで…。」
「あ?あー、さっき扉殴ったから?こんなの擦り傷だっつの。」
「ごめんなさい……」
直倫は両手で裕也の手を包むと、患部から少し外れた場所にキスをした。
「つーか手はお前の方だろ!トモの机破壊されたぞ⁉︎大事な時期なんだからこんなことで怪我したら清田に怒られるぞ。」
「あー…俺は平気です。」
「は?嘘だろ⁉︎」
裕也は握られた手を振りほどいて直倫の手を観察する。腫れどころか傷一つなかった。あんな風に殴ったら普通なら怪我をしていておかしくないのだが。
「え、何で⁉︎何で無傷⁉︎」
「精神統一の一環で兄と空手を少々…。」
「は……ひ…?」
「あと柔道も体幹やスタミナ強化で兄と一緒に黒帯を取りました。」
裕也は赤松ブラザーズを敵に回すまいと心で誓い、丁度昼休みの終わるチャイムが鳴った。
***
3年生の教室に戻った加治屋は、鼻歌を歌いながら次の授業の準備をしていた。
「千翼。」
「なぁに、堀。」
「お前、この前の下級生をおちょくってんじゃねーだろうな。」
「違うよぉ…僕の気持ちを素直に伝えてるだけ。」
「全く…トラブルだけはやめてくれよ。」
「はぁーい。」
堀がため息をついてその場を離れようとした時に、加治屋はそれを引き止めるように話した。
「堀ぃ、赤松直倫ってどんな奴?」
「は?赤松?……顔良し頭良し、礼儀もしっかりしてて…将来的には主将や4番も任せられる完璧な男かな。」
「僕ね、あいつ大っ嫌いだから。」
どす黒いオーラを漂わせながら、小悪魔のように可愛らしく微笑んで首をコテンと傾げて堀に上目遣いになる。だが堀はあまりの恐怖でその仕草を可愛いとは思えなかった。
「ごめんね堀。赤松直倫、ぶっ潰しちゃうかも♡」
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