男子高校生のマツダくんと主夫のツワブキさん

加地トモカズ

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戦う夏休み

屈辱のエース

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 賑やかな食堂を後にした八良と中川は寄り道もせずに自室に戻った。中川がベッドに腰掛けてため息をつくと、ガチャ、と音がした。

「ん?なんや、鍵かけてくれたんか。」

 いつもなら施錠するのは中川なのだが、今日は八良がかけたらしい。八良はドアの前から3歩だけ進むと、俯いて膝から崩れた。


「シュン…ちゃん……布団……。」


 この光景は4ヶ月前に負けた時と同じだった。中川は自分のタオルケットを手に取るとそれを八良に被せた。そして八良は包まって、泣いた。

 中川はそんな小さな身体をしっかり抱きしめた。

「これならもっと声篭るから、もっと泣け。」
「ああああぁぁぁぁぁ!うあぁぁぁぁぁ!シュンちゃんごめんなさいぃぃぃぃ!あぁぁぁぁぁ!」
「謝るな。勝ったんや、次や次。」
「俺、エース…なんに、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 中川の大きな手に重圧がズッシリと乗った気がした。筋肉があるとは言え、元々が華奢な身体は潰れそうなくらいの重圧を背負って地に足をつけていた。


(さっきはわろとったけど、今頃まっつんも……ホンマ、俺なら耐えられへんわ……“天才”、“エース”、“日の丸”、“最強”……“期待”と“失望”、全部を背負ってよぉ立ってられるな…こんなちっこい奴らが……。)


「ハチロー。」

 中川がぶっきらぼうに名前を呼ぶと、八良は顔をあげた。そして中川と目が合うと、中川の方から八良にキスをした。触れるだけのキスだった。

「シュン、ちゃ……。」
「……泣けとは言うたが、泣きすぎじゃボケ。」
「なんで…?なんでチューしたん?」
「………さぁ?」

 中川は片手で真っ赤になった顔を押さえながら、八良から顔を逸らした。しかし八良は中川の首に両腕を回して顔を近づける。

「なぁ、もっかい…チューして?」
「……次は完投完封するんやったらしたる。」
「…今日はやらかしてもぉたけど……俺を誰や思おとんの?」

 まだ涙が残っているが、八良は不敵な笑みを浮かべた。


「この国のエースやで。」


 やっといつもの自信を取り戻した八良の表情。中川は安心したように顔を綻ばせると、八良の頬に手を添えて、八良が求めるままにキスをした。


***


 消灯時間になって、直倫ナオミチはもうすぐ眠ろうとしていた。しかし、反対側のベッドから嗚咽が聞こえてきたので、そちらに体を向ける。暗闇の中でもわかった智裕の影。上半身を起こして俯いていた。

「松田先輩?」

 直倫は自分のベッドを降りて、智裕のベッドに腰をかけた。智裕は左腕を右手で押さえている。

「赤松……どうしよう……左手、力入んねぇ……。」
「……今日1日で体力も神経も削られてますから、その影響だと思うのであまり考えすぎないでください。」
「………こんなに動かなくてさ、震えるとさ…思い出しちまうよな、どうしても。」

 その思い出すこと、直倫は察した。

「赤松、もう左手が動かない俺なんて…意味ないよな。」

 智裕が自嘲する。

「松田先輩。」
「だって、俺右投げヘボいし、左腕じゃなきゃこんなとこまで来れなかった。打撃もその辺の奴の方が上手いし足だって速くない。俺に期待されているのはこの腕だけなんだ。」
「先輩!」
「だってそうだろ⁉︎だから俺はみんなの何十倍も頑張らないと!左腕がなくなったら必要とされねーんだよ!その左腕を生かすためにも、もっと、もっと頑張らなきゃいけないのに!心も強くなきゃいけないのに!」
「いい加減にしろよ!」

 直倫は声を荒げて、智裕をベッドの上に組み敷いた。智裕は目を見開いて泣いていた。

「俺なんか……マウンドの…俺じゃなきゃ……お前だって…そうだろ?」
「俺が憧れたのはマウンドに堂々と立つ松田智裕だよ!でもわかったんじゃねーの?俺なんかより、誰よりもあんたが1番わかったんだろ?もっと上に行くためには、物理的な努力は通用しないって!もっと上に行くんなら、マウンド降りても堂々としてろよ!」

 ボタボタと、智裕の顔に水滴が落ちる。それは直倫の温かく悲しいもの。

「あんたの姿にどれだけの人間が動かされたと思う?俺だけじゃねーよ。清田先輩は内野からキャッチャーにこの短期間で転向してあんたをずっと支えた。野村先輩だって野球から離れていたのに、あんたを支えるためにまた戻ってきた。他の先輩たちだってそうだ。エースを、あんたを守るために、必死で怪物に食らいついたんだよ!あんたがそんなんじゃ、俺たちが報われねーんだよ!バカか!」
「…あ、か…まつ…。」
「俺の…ヒーローを…否定しないでくれよ……あんたは……松田智裕は王者なんだよ!」

 智裕の上で直倫は泣き崩れた。智裕の左耳に直倫の悲痛な声が響く。

「こんな俺でも……王者、なのか?」
「殴るぞ…いい加減……こんな、じゃねぇ……から…。」
「俺は……王者、なんだ…。」

(俺は、もう追いかける立場じゃない、ということか。)

 智裕はまた涙を流し、右手で直倫を抱き寄せた。


「赤松……俺は、もう…王者なんだよな……。」
「そうだよ……松田智裕は、もう、誰にも負けない……俺のヒーローだ……。」
「…ありがと……赤松、お前は……俺についてこい…いいな?」
「……どこまでも、ついて行きます。」


 ガチャッ パチッ


「松田ぁ、赤松、お前らまた喧……か…。」


 隣の部屋の桑原が苦情を言いに寝ぼけ眼で部屋に入ってきた。そして照明をつけると、完全にそういう態勢になっている智裕と直倫が目に入り、桑原は数秒固まった。


「あ…れ……お前らって……。」

 どかない直倫を揺すって、智裕は青い顔をしながら起き上がる。

「桑原先輩!ち、違うんです!こ、これは!ちょっと喧嘩して!その!」
「松田また泣いてんのか⁉︎え、違う意味で泣かされたのか⁉︎」
「違います!絶対違います!これはただの友情!そうです!友情です!素敵でしょ⁉︎先輩後輩の!おい赤松!いい加減離れろ!」

 智裕は右手にしか力が入らず、どうにも直倫を動かすことができない。

「あかま……。」

 直倫は泣き疲れて眠っていた。

「赤ちゃんか!つーかどけよ赤松!どいてから寝ろよ!」
「……松田。」
「ちょっと桑原先輩も手伝ってくださいよ!」
「俺、そういうのに偏見ないから。大丈夫だから……あ、乳繰り合う場所は考えろよ?ここ壁薄いんだから、な?お、おやすみー。」

 桑原はそっとドアを閉めた。
 そして数秒後、薄い壁の向こうから「おい!松田と赤松デキてたぞ!」と騒ぐ声がした。

「だーかーらー!違いますってばあぁあああ!」

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