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戦う夏休み

激闘のあと②

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 今日の夕食のメニューは特上寿司、あおさの味噌汁、唐揚げ、サラダ、ケーキ、と豪勢だった。
 試合で疲れた両校の選手たちもテンションが上がって楽しい夕食の時間が始まった。


 選手だけでなく女子マネージャーたちのテーブルも盛り上がっていた。増田はまさかこれほど明日帰ることが寂しくなるとは思わなかった。

「もっとみんなと一杯語りたかったです。」
「あ、ならウチらの通信のグループに入ってや。今招待するし。」

 梨々子はスマホ出してすぐに増田を仲間に引き入れた。

「まぁ…あれや、このグループは癒しと萌えとストレスの捌け口や。皆まで言わんでもわかるやろ。」
「心得た。じゃあ…これ、四高の人には絶対内緒のネタなんだけど…。」

 増田は早速グループに画像を送信した。それは2年5組のグループ通信にかつて宮西みやにしによって投下された智裕と拓海のキス画像だった。

 馬橋の5人の女マネは全員「いやあぁぁぁぁぁ!」と叫んだ。そしてすぐ顔を寄せ合ってヒソヒソと密談スタイルで話し出した。

「こ、これ…え、マジなん⁉︎」
「そ。松田くん、マジで付き合ってる。リアルBLです。」
「めっちゃ美人さんやん!嘘やろ…マウンド降りたらただのシケメンなんに。」
「でも彼、松田くんが野球してたのも知らなかったし引越しの挨拶した時に一目惚れしたんだって。あ、家お隣さんでその人ウチの先生だから。」
「家となりで禁断の生徒×教師の恋…!」
「ごちそーさまです!どんな二次元や!」
「薄い本希望!」


***


 女子たちの黄色い声に反応してそちらを見た畠と清田は「あー…。」と妙に納得して正面を向きなおした。

「あの四高の女マネ……ウチの女マネとえらい仲良ぉなっとるな…。」
「仲良くというか徒党を組んでる気がする。」

 2人は「はぁ」とため息をついて、イカの寿司を同じタイミングで口に運んだ。

「なぁ、清田くんはU-18のトライアウト受けへんの?」
「受けねぇな。俺大学進学希望だし。」
「プロ、目指せへんの?」
「まぁ、少しは夢みてたけどやっぱり今日畠くんを見て、俺はこれ以上を目指す事は出来ないなって諦めついた。」
「えらい現実的やな。なんや…寂しいなぁ。」

 畠は少し寂しそうな笑顔を浮かべた。清田はそんな畠を見ながらクスッと笑い、言葉を出す。

「秋季大会は、春選に絶対行ってやるつもりで臨むから。」
「………ホンマ?」
「多分今日の試合じゃ、うちのエースも多少の心残りがあるだろうし、もっと進化すると思う。堀先輩たちがいなくなるのは痛いけどな。」
「そうか……そうなんやぁ……!」

 畠はパアッと明るい笑顔で清田を見つめた。

「あ、あのな、また今度配球とかリード教えてーや。俺まだまだやねん、清田くんのリード凄かった!スリークォーターの左腕をあんな操れるの、ホンマ凄かった!」
「じゃ、U-18のトライアウト受かってメンバー入りしたら教えてあげるよ。W松田対策としてね。」
「ホンマ?おおきに!……あ、俺のことはアキラとかあっくんって呼んでくれへん?」
「じゃ、俺のことも恭介キョウスケでいいよ。」
「うん!キョースケ!」

 隣にいた川瀬が「じゃ俺もキョースケって呼ぶ!」と言ったら清田に鼻の下にワサビを塗りたくられた。


***


「なぁ、あれ。」

 梨々子は畠と清田の方を見るようにと女子達を促す。

「みんなでいっせーので言おうや。」
「せやな。」
「せーの……。」


 清×畠キヨハタ


 声が揃った瞬間、6人はガッチリと握手をした。


「属性は……畠くんがワンコやな。」
「そして清田くんが飼い主ってところですね。」
「畠先輩があんな慕うように笑うん初めて見たわぁ。」
「馬橋のレギュラー陣は鬼しかおらんからなぁ。」
「てゆーか清田くんの下の名前、私今初めて知ったんだけど!」
「次のエースの金谷も愛想ないし。」
「清田くんの存在が尊いわぁ。」

 盗撮担当の増田はすぐさま、清田と畠のツーショットを皆で共有した。


 そして次に照準したのは、両校の主将同士の席だった。


***


 堀と金子はマイペースに、だが既にお互い40貫以上の寿司を平らげていた。向かい側にいた部員は顔を青くしていた。

「へー…堀さんも中条ちゅうじょう大志望なんや。」
「俺は金子さんとは違って一般で入りますけどね。野球部も入るかわかりませんし。」
「勿体ないなー。」
「そうですか?俺は今日ハッキリとわかりましたよ。これより上を目指すことは頑張るとかそういう次元じゃないってことを。」
「ふーん…頭ええんやな、堀さん。俺は堀さんとまた一緒に野球やってみたいわ。」
「でも中条大の野球部って日本一厳しいって言うじゃないですか。プロになるような人が行くところですし俺には無理ですって。」
「えー…いける思うけどなぁ……。」

 金子は寿司に飽きたのかケーキを3個ほど皿に取って食べ始めた。堀も同様に2つのケーキを取り食べ始める。

「キャンパスライフ、楽しみやなぁ。」
「その時は仲良くしましょう。」


***


「あれ難しいで。」

 梨々子と増田は頭を抱えた。

「体格も似てるし、顔は金子部長のが大人しそうな顔してるけど中身はSっぽいですし、だからと言って堀先輩が男らしくないわけではないし。」
「もうここはリバ可、でええんとちがう?」

 1人の仲間が提案すると全員がそちらを驚いて振り向いた。

「リバ可⁉︎何ちゅー禁じ手や!」
「可能性が広がってまう!」
「それやったら中川と四高の松田くんもリバ可やな。」 

 ひゃあぁぁぁぁ!

「てゆーか、松田くんは恋人があれだけの美人さんだから攻めになってるだけで、本来は受けだと思うんだ。今日はアレだけど、普段は地味だしヘタレだしのドMだし。」
「ドMでも今日の戦場は耐えられへんかったんやな……。」
「つーかドMなんか、東の松田って…。」

 みんなで心配な目線を廃人と化した智裕に目を向けた。


***


 智裕は右手に箸を持ったままボーッとしていた。その目は真っ赤に腫れていた。智裕の右側には中川、その中川の隣に直倫ナオミチが黙々と寿司を食べていた。

「……なぁ、えっと…アマタツくん。」
「赤松です。」
「あぁ……悪い、赤松くん。なぁ、コイツに何か言うたんか?」
「………ちょっと、喧嘩になりました。」
「まっつんに喧嘩する気力残っとったんか……はぁ……。」

 中川は何も反応しない智裕のチクチク刺さる伸びた坊主頭をわしゃわしゃと撫でた。

「まっつーん、もっと食べー、特上寿司やでー。」
「…………ぃ。」
「あぁ?聞こえへんわボケ。」

 中川は智裕の醤油皿に中トロの握りを1貫のせた。そしてまたため息を吐くと赤松の方を向いた。

「なぁ、アマタツくん。」
「赤松です。」
「ボケやがなー、マジで返さんでーや。」

 中川は本気で間違えていた。向かい側にいた八良が「ボケはボケでも天然ボケやもんな。」とニヤつくと中川は八良の額に割り箸を刺した。
 八良は「痛いー!シュンちゃんのアホー!」と言いながら離席した。それを確認したら中川は「さてと。」と改めて赤松を向く。

「何で喧嘩したん?」
「…………松田先輩があまりに自身を卑下した言葉を吐くので、ついカッとなってしまい…。」
「ジシンをヒゲ?」

 中川の偏差値はとんでもなく低かった。直倫はそれを察したが、言いなおすのも失礼だと思いそのまま会話を続けた。

「俺は、松田先輩このひとに憧れて四高に入ったんです。初めて家族に反抗してまで入ったんです。それなのに……。」
「あー…まっつんってアホっぽいけど基本ネガティブな思考やからなー。天才やのに自信が無くて、他人の10倍練習する、それで自分を追いこむ…中学の時から変わっとらんのやな。」
「あまりに泣くから、俺が『先輩はしっかり投げてました。俺たちが馬橋を攻略出来なかった結果です。』って……これは慰めでもなんでもない、事実を言ったんです。そしたら…。」


_俺が…もっとしっかりしていれば……負けにつながることもなかった。俺がしっかりしてれば、清田も無茶しなかった……俺の弱さが、全部悪いんだ。

_お前なんでこんな俺に憧れるの?やめた方がいいよ……こんなに弱い先輩で、がっかりしたろ?

_お前さ、直能ナオタカさんのトコ、戻った方がいいよ。


「なんて言われたから……カッとなって怒鳴って胸ぐら掴んで突き飛ばしてしまいました。ちょうど夕食の時間になったので俺はそのまま出て行きましたけど。」

 直倫はひとしきり説明をすると烏龍茶を飲んだ。中川は大人しそうな印象の直倫が一気に怖くなった。顔を青くしてオレンジジュースを飲むと、「あー。」と間延びな声を出して話を切り出す。

「今日な……ウチのエース様も6回で崩れてもぉたやろ。あのキッカケは、君なんやで。」
「……でも俺は、ヒット、四球、内野フライでしたけど。」
「アイツは馬橋のレギュラーになってから同じ打者に2回出塁を許したことがないんや。どんな形であれ、君は2打席連続で出塁をした。それでアイツの自信にヒビが入ったんや。」
「……俺が、松田八良さんの…。」
「せやから、君はもっと上を目指せると思う。」
「上、ですか?」
「まだ1年生なら間に合うと思う。君は、君の将来の為には、聖斎せいさい学園に戻った方がええ。」


(1番プロに近い高校生にまで、言われてしまった。聖斎に戻れって……でも、そしたら……。)


 直倫の頭に浮かんだのは、裕也ゆうやの顔だった。


「アマタツくん。」
「だから赤ま……んぐ。」

 直倫はまた間違いを指摘しようとしたらその口に特大の唐揚げを押し込まれた。犯人はいつの間にか戻ってきていた八良。

「ひゃーはっはっは!い、イケメンが、間抜けやのぉ!ギャハハハハハハ!トモちんも見てみぃ!」

 八良は智裕の顔を両手で掴んで直倫の顔に目を向けさせた。

「…………ふ、ふふ…。」
「あ。」
「ふふふふふふ……ははは…な、なに……あーははははは!」

 智裕は腹を抱えて爆笑した。その姿に四高の部員たちは驚愕した。直倫も唐揚げをくわえたまま驚いた顔をする。

「赤松サイコー!いけ、イケメンがぁ、か、から、唐揚げで、ヒャハハハハハハ!」
「な?ケッサクやろ?…ぶはっ!しゃ、写真撮ったろ!四高のみなさん!今のうちやで!」

 八良の合図で四高の部員たちは一斉に赤松の変な顔を写真におさめた。

「は、はち、ろ……ぐふふ…あ、せんぱ……あ、あとで…送ってくだはい…ハーッハハハハハハハ!」

 八良の肩に手を置いて智裕はまだ笑う。驚いてた中川も連鎖して爆笑しだす。

「赤松イケメンがザマァだな!」
「お前もうこれからその顔でいいよ!アハハハハハ!」
「か、拡散したろ……くっそ間抜け…ギャハハハハハ!」
「ほっお…はへへふははひ!」
「何言ってんのー⁉︎ハハハハハハハハハ!」

 人生でいじられることがなかった直倫は、どうすれば良いかわからず固まってしまっていた。だが、つい数分前まで屍のように生気を失ってた智裕が笑っていることに安心する。

 椅子から立ち上がって、八良の後ろに立って。


(いや、バックハグはまずいでしょ……松田先輩…。)

(松田くん…いくらなんでもそれはイチャつき過ぎだって!)


「八良先輩!俺次しっかりやるんで!先輩も倒れないで下さいよ!」
「あったりまえや!打倒アメリカーン!」
「打倒アメリカーン!」
「トライアウト受ける奴もや!打倒アメリカーン!」

 何故か全員でレスポンスをする。「打倒アメリカーン!」と。


 唐揚げをなんとか食べきった直倫は咀嚼しながら浮かない顔をしていた。


(トライアウト……野球……聖斎……裕也さん…………。)


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