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楽しい夏休み
動きだす夏の恋
しおりを挟む_明日みんなでラ●ンド1行くんだけど、お前明日空いてる?
直倫が夕飯を食べている時に、裕也からのメッセージを受信した。
_バッティングとかストラックアウトもあんだけど
_トモの糞バッティング見たくね?www
明日から部活はお盆休みに入る。直倫は明後日からしばらく実家に帰るので断る理由もない。
_いいですよ。
そう簡素に返信する。
(夕飯の片付け終わったら掃除しよう……明日の夜は裕也さんを連れ込んで抱きたい。)
***
「なんか最近悪寒がするんだけど。」
「夏風邪とかやめてよ、バカのくせに。」
メッセージを送ってきた裕也は高梨と智裕と一起と一緒に裕也の部屋に集まってた。
「トモ、カッちゃんは?」
「オッケーだってよ。」
「増田さんもオッケーよ。」
4人は明日のお出かけに際しての作戦を立てるために集まっていた。
「しっかし…増田さんがカッちゃんにねー。」
「いや、もう野球部を掛け持ちした時点で気付くでしょ。あの運動オンチの増田さんが野球部だもん。」
「野村くんも涼しい顔してるけど、何処からどう見ても…だよな。」
「…………何が?」
話についていけていない智裕はポカンとしていた。
「出た鈍チン野郎。」
「お前そんなんでよくツワブキちゃんと付き合えてんな。」
「もうちょっと人の気持ちを汲めるようになった方がいいぞ。」
「いやいや…なんか作戦たてるとか意味わかんねーんだけど。」
手元に置いてたコーラを一口飲んでふてくされる智裕に高梨は「はぁ」とため息を吐く。
「こいつにはちゃんと言っといた方がいいわね。明日のラ●ンド1はカッちゃんと増田さんラブラブ大作戦なのよ!」
「……野村と、増田さん…え、えええええ⁉︎どっちが片思いしてんの⁉︎マジで⁉︎」
「両思いに決まってんだろこの鈍チンクソ野郎!」
「知らねーよ!確かに2人で一緒のこと多かったけどそれはマネージャー同士だったからだろ?」
「そーれーがー!好きになったキッカケかもしれないでしょ!」
裕也の部屋の粗末なローテーブルをガンガン叩いて高梨と智裕の熱論が繰り広げられる。
「テーブル割れる!やめろ!」
「というか午後8時に近所迷惑だと思うんだが…。」
間に挟まれる一起と裕也は止めようとするが御構い無しに2人はヒートアップする。
「そんだけ2人でいれば!好きになっちゃうのも必然でしょうが!」
「ごめーん!俺拓海さんと離れたけどちょーちょーラブラブだしぃ!大好きだしぃ!」
「アンタの惚気なんか聞いてねぇんだよ!つーかアンタだって一晩中密室にいたから好きになったんじゃないの⁉︎」
「違いますぅ!拓海さんが『俺…智裕くんのこと、好きなんだ。』って健気に告白してくれたから好きになったんですぅ!」
「モノマネか!キモッ!」
「キモくありませんー!」
話がだいぶズレたので一起は智裕の首根っこを掴んで不毛な言い争いを収束させた。
一起が右手で智裕の首をギリギリと締めながら、何事もなかったかのように話を進める。
「待ち合わせは駅で、電車で40分?くらい…で夕方まで遊んで、乗り換えの駅に降りてご飯食べて…ここからよね。」
「そーだなー…で、そっからどうやって2人きりにすんだ?」
「まず、大竹は赤松くん誘ってホテル街でも行けばいいんじゃない?」
「却下。」
裕也は青い顔をして高梨を睨んだ。
「じゃあ、服でも引っ張って『俺…2人きりになりたいな』って可愛く上目遣いでおねだり、拓海さんなら可愛いだろうな。」
「そうだな、ツワブキちゃんなら可愛いだろうな。」
「とりあえずやり方はどうであれ、大竹が赤松くんを連れ出せばいいんだろ?」
「そういうこと!頼むわよ。」
「げー……。」
「付き合ってんでしょ?そんな嫌そうな顔しなーいの。」
「はいはいわかりましたよ。」
裕也は両手で顔を覆って下を向いた。想像するだけで恥ずかしくなったからだった。
「で、私らはどうしようか、江川くん。」
「俺はファミレス行く前にバイトだって言って抜けるよ。適当にどこかで時間潰すし。」
「……高梨はトモに話あるからって言って抜ければ?」
「は?」
「最近お前ら2人でコソコソ何かしてんの俺知ってんだぞー。」
「はぁ?」
「別に何もしてないわよ!」
「するわけねーじゃん、高梨だぞ。」
けろっとしている智裕に対して高梨は少しだけ焦ったような表情だった。
高梨のことを昔から知っている裕也は智裕を軽蔑するような目で見る。
(ほんと…松田、1回死んだ方がいいんじゃね。高梨が不憫すぎる。)
まだ1年半の付き合いの一起でさえ高梨の気持ちには気がついていた。
「はぁ……でもそーだな、高梨のこと知ってる2人になら通用するんじゃね?」
「あ?」
「ちょっと大竹!」
「高梨がいいんだったら俺はそれでいいけど…で江川っちと合流すりゃいいんじゃね?」
「はぁ⁉︎」
「何?そんな俺と嘘でもデートみたいなのすんの嫌か?うわー…地味に傷付くわー。」
(あ…やばい、松田ぶっ殺してぇ。)
江川は一瞬にして真顔になり、智裕の後頭部を殴る。智裕はテーブルにデコをつけて患部を両手で押さえて肩を震わせ痛みに耐えた。
「そこまで御膳立てすればいいんじゃないのか?あとはさっき作ったグループの通信で連絡し合えばいいだろう。」
「さずが、一起が居れば安心だな!」
「そうね、よし!明日は未来ある2人のために頑張るわよー!」
「頑張れねぇ……馬鹿かぁ……っ。」
***
翌日、午後11時半に最寄りの駅に全員集合した。最後にギリギリでやってきたのは遅刻魔の智裕だった。
「よーっす、おはー。」
「来た、遅刻魔。」
何気にこうやって遊ぶのは智裕が野球部に復帰してからは初めてで、おおよそ3ヶ月振りだった。そして見慣れない人物が1人。
「……メンズノ●ノ?」
「はい?」
初めて見る直倫の私服姿は通りすがる女性たちが何度見もするほどの出で立ちだった。無地の白シャツと黒のパンツ、髪の毛も多少ワックスで遊んでいる感じでシンプルなシルバーのネックレスに靴は小綺麗な白に黒ラインのスニーカー、これだけのシンプルな格好で眩しくて直視出来なかった。
「この服、兄のお下がりなんです。」
「マジで⁉︎これ直能さんの⁉︎」
直能マニアの智裕はすぐに食いついて直倫の服にしがみついた。
カシャッ
突然鳴ったシャッター音で智裕は正気に戻った。
「ふふふ、つい条件反射で。」
シャッターを切ったのは増田だった。増田はいつもひっつめている髪の毛を下ろして少しゆるふわなパーマがかかっていた。白のオフショルダー、ジーンズのハイウエストスカート、ハイカットのスニーカー、アクセサリーもシンプルに小さい花がモチーフのネックレスだけ。いかにも女子な格好で、先日までのジャージ姿とのギャップに智裕は少しときめいた。
(あれ?増田さんってこんなに可愛かった?あれ、俺、前にもおんなじこと思ったような…。)
「松田くんと赤松くんってずっとジャージか制服かユニフォームしか見てなかったから新鮮だなー。」
「お、おお…う。」
智裕はやっと伸ばしている坊主頭を隠すようにカンカン帽子を被って、黒のタンクトップにライトブルーの半袖シャツを羽織り、ジーンズを穿いて、ブレスレットやネックレスを2、3個ずつ身に付けていた。左耳には拓海とお揃いのマグネットピアスをつけている。野球から離れている間に、裕也や宮西に色々叩き込まれたおかげでファッションには気を使えるようになった。
「大竹ー、お前彼氏がカッコ良すぎて直視出来ねーの?」
「は?何が?」
直倫の方を一向に見ない裕也はいつも通りなストリート系のファッションだった。少しダボついたTシャツにハーフパンツ、少しだけ底上げしたようなスニーカー、そしてキャップを被っている。
「おーおー、かっこよすぎて見れないのかしらー。」
「確かに言われたらメンズノ●ノだな、赤松くん。」
ニヤニヤと笑う高梨は、増田とは対照的で細身のダメージジーンズとシンプルなオフホワイトのTシャツに白いスニーカー、裕也と同じようなキャップをかぶって小さなリュックを背負ったボーイッシュカジュアルな格好。そして一起もさすがイケメンで、智裕と同じようにジーンズ柄の半袖シャツの下にボーダーのTシャツを着て、ジーンズを穿いただけのシンプルな格好なのにファッション誌の表紙のようだった。
「ん?野村?眼鏡は?」
「え?あぁ、ラ●ンド1でしょ?スポーツ用の眼鏡も変だしコンタクトなんだけど……変かな?」
「何だろう…少女漫画?」
「ん?」
野村は青のサマーニットに紺色のスキニーパンツ、ローカットスニーカーといつもの眼鏡からはイメージ出来ないほどにオシャレだった。髪の毛も少し毛先をワックスで跳ねさせて、なにより眼鏡をとった顔は、今流行りの塩顔のイケメンだった。智裕は驚愕して開いた口が塞がらなかった。
「カッちゃんって眼鏡ありきだったよな。水泳の時もかけてたから完全に眼鏡オフは初めてかもな。」
「矯正しないと何も見えないからねー。」
智裕はちらりと増田の方を見ると、増田は直倫と話していて野村の方を一向に見ていなかった。
(マジかよ…普通女なら赤松と話す方が緊張しねぇ?……てか赤松なんかスマホでメモしてっし!何吹き込んでだ増田さん!)
「さーて、そろそろ行くか。電車すぐ来るぞ。」
いつものように引率は一起がして、一行は南武線のホームに向かった。
***
約1時間したら目的地に着いて、これまた一起の手際の良さですぐに入場した。
「バッティングしよーぜー!その次バスケな!」
1番のスポーツ好きな裕也は率先してはしゃいだ。無邪気に直倫の手を引っ張って、バッティングコーナーに直進する。智裕たちはそれのあとを見守るようについていく。
「バッティングかー、松田くん、現役野球部の腕の見せ所だね。」
「野村ぁ……ストラックアウト行こうぜー…。」
「そうねー、天才左腕さんはバッティングはゴミだものねー。」
「高梨…喧嘩売ってんのか?」
「あ、やっすい挑発にのったなこれ。」
バッティングコーナーに着くと、まず智裕がヘルメットとバットを持たされた。
「はい、お手本。」
「ただの処刑だろ!」
「松田くん頑張れー!」
「増田さんまで⁉︎」
見捨てられた智裕は左打ちのバッターボックスに観念して入った。流石に甲子園まで出たからかフォームだけは様になっている。
バンッ
「これ速くね⁉︎」
「いえ。兄さんのストレートに比べたら20km/hは遅いですよ。」
「変化球ないんだから頑張れー。」
ヒュッ
「どわぁ⁉︎これ130じゃねーべ!」
結局10球中、ヒット性の当たりは2球で終わった。
「もうちょいゆっくりなとこなら打てると…。」
「松田くんはそもそもしっかり球を見れてないんだから球速が遅くなったところで打てないよ。」
今日は眼鏡というフィルターがないから、野村の不穏な笑顔が智裕に数倍刺さっていた。
次にバットを持ったのは裕也。裕也は右打ちのバッターボックスに立った。
「裕也さん…俺と同じ右打ちなんですね!お揃いで嬉しいです!」
「赤松くんの喜びどころがわからないんだけど…。」
「はーはっはは!俺様の華麗なるバット捌きを見ろヘタレ左腕め!」
裕也も伊達にリトルリーグにいたわけではなかったので、最高球速のコーナーで10球中6球も快音を鳴らした。
「くっそーブランク4年もあるクソチビに負けたぁあああ……。」
「はーっはっはっは!じゃ、直倫いけ!」
「…裕也さん。」
「は?」
ヘルメットを被った直倫は裕也を抱き寄せてツムジにキスを落とした。
「見ててくださいね。」
「このアホ!少女漫画か!てゆーかただのバッティングだろ!」
キスされた場所を両手で隠して顔を赤くする。直倫は「ふぅ」と息を吐くと、周りの空気がピリピリしだした。
「あいつアホか…ここで本域出してんじゃねーよ。」
「おお!これが“奇跡の1年首位打者”・赤松直倫!」
「馬橋戦の再来みたいだね、野村くん……っ!」
「ん?」
思わずいつものように声をかけた増田は野村の顔を見ると、顔の温度が上がってしまった。野村はそんな増田を見ると微笑んで、増田の頭にポンと手を置いた。
「そうだね、なんか緊張しちゃうな。」
「う……うん。」
2人が甘酸っぱい雰囲気に包まれている間に、一行の周りにはギャラリーが集まり出した。
「赤松くん⁉︎」
「おい赤松!本気でやり過ぎだっつの!」
「直倫!ちょっと気楽にやれよ!」
直倫は本気を出して、全球ヒット、しかも5球はホームランという有るまじき結果を叩き出していた。
「あれ!第四高校の赤松じゃね⁉︎」
「えぇ!超イケメン!」
「すげー!全部打ってる!」
スマホで動画や写真を撮り出す人もいた。その状況に智裕たちは圧倒された。ケージから出てきた直倫はあっという間に女子に囲まれた。
「あの!第四高校の赤松選手ですよね⁉︎」
「甲子園すっごいカッコよかったですぅ!」
「握手してくださーい!」
「きゃー!こっち向いてー!」
智裕たちは後ろの方に追いやられた。
「これは…予想以上だな……。」
「うん…すごいわね、赤松くん。」
「新横浜駅もすごかったけど……ねぇ。」
「さすが地元だな。」
「いや直倫の地元は小田原だろ。」
***
あまりの騒ぎに従業員が駆けつけて、野次馬たちは去って行った。一起と直倫が軽く謝って収束した。
「はぁ……お前本気出しすぎ。」
「すいません、裕也さんに見られてると思うと張り切ってしまいました。」
「アホか!」
裕也は直倫の膝裏を蹴った。そしてもう1人面倒くさい奴がいた。
「俺だって甲子園で7回まで100球以上投げてさ…そりゃ途中で暴投したりなんだりで降板したけど県大会の決勝では完投勝利してあの赤松直能…いや直能様を空振り三振だってしたし、魔球だって投げたのにさ、だーれも気付かないよね。あーあ俺ってそんなに存在感ない?これでも高校野球界のエースって呼ばれてんのにさ。」
隅の方にうずくまっていじけている“東の松田”だった。
「仕方ないわよ、あんた球児の中ではイケメンに分類されるけど、ユニフォーム脱いだら中の上か中の中のモブ顔だからね。」
「高梨……そりゃ厳しすぎないか?」
「あら?事実を述べてるだけだけど。」
高梨の刺してくる現実が智裕を傷付けた。
「あ、松田くん、ピッチングコーナーあるよ!9つのストラックアウト!あれならキャーキャー言われるんじゃない?」
そう言って増田がすぐ近くのストラックアウトコーナーを指すと、水を得た魚のように智裕は生き生きとした。
「よっしゃあああ!俺の本気見せてやるぜ!」
「松田、ほどほどにしろよ。」
「そうだよ、病院行ったばかりだろ。こんなことで怪我したら監督に怒られるよ。」
智裕は肩をぐるぐる回して柔軟体操しながら、野村を見た。
(……ここで野村がカッコいいとこ見せれば増田さんも惚れるんじゃね?)
「のーむら!先にお前やれよ!」
「は?」
「いーからいーから!」
智裕は野村の背中を押して、ストラックアウトのケージに強制連行した。
「俺無理だって!」
「球は届くでしょ、ブルペンキャッチャーやってるし。」
「でもコントロールは…。」
「あれ!盗塁刺す時みたいな感じでいけば低めは当たるんじゃね?」
「松田くんってば……はぁ、わかったよ。」
野村は仕方なくボールを右手に掴んだ。
(盗塁を刺す時ね……清田くんと馬橋の畠くんはすごかったな…あんなイメージかな。)
野村の目は一気に真剣になった。智裕たちが「頑張れー!」なんてはしゃいでいる中、増田だけは緊張して見つめていた。
シュッ バンッ
「……おいおいおい、マジかよカッちゃん!」
「え、何で部活やめた⁉︎」
「強肩…ですね。」
「野村くん…すっご!」
「松田…あんたこれ引き立て役失敗よ。」
「い、いいんだよ!」
智裕はヒクヒクと口角を上げて、高梨に耳打ちをした。
「これで増田さんが野村にときめくだろ。お、俺の作戦だっつの。」
「ほんとーに?」
疑いの目でジッと見られ、智裕は冷や汗をかく。
野村は結局、1番下の3枚と真ん中1枚を当てて終わった。
「うーん、やっぱり難しいねー。」
「いやいやいやいや!何あれ!カッちゃんただの眼鏡だと思ってたのに!」
「大竹くん、それ地味に傷付くよ。」
「強肩……。」
裕也と直倫と一起は野村に群がって感心していた。そのすぐそばで智裕は高梨に肩を叩かれて慰められていた。
「はい頑張れー天才左腕。」
「……うん。」
「松田くん。」
「あい?」
「ほどほどでも君なら全部クリア、出来るよね。」
野村の期待に満ち溢れた目は智裕へのプレッシャーとなって心臓を刺した。
そして智裕はケージに入って、特に騒がれるわけでもなく、1球も外さずに9つの的を全部当てて、女の子のキャーキャーもなく終わった。
「ざーんねん。モテないわねあんた。」
「うるせー!もう野球なんかやめてやる!」
「よっしゃ!じゃあバスケやろーぜ!3on3な!」
この中では1番不利そうな裕也が率先してバスケットコートに向かっていった。
「増田さん、行こう。」
「え、あ、あー、うん。」
ずっと惚けてしまっていた増田は野村に声をかけられてハッと気がつく。野村はそんな増田の手を引いた。
***
それから夕方になるまでガッツリ遊び続けた一行は、電車に乗って乗り換えをする大きな駅に向かった。
「はー、久しぶりにつっかれたなー。」
根っからのスポーツ好きの裕也は充実した笑顔だった。智裕はあの後も直倫だけが声を掛けられたりしてショックを受けていた。
「赤松くん凄いな、あの人気ぶりは。」
一起が感心すると智裕は隣に座っていた高梨に縋った。
「高梨ぃ…俺やっぱユニフォーム着なきゃ只の高校生?」
「そうね、今日それが証明されわね。」
「はぁぁあ……。」
「いいじゃない、ツワブキちゃんはときめいてくれるわよ。決勝戦のあんたの空振りシーンも乙女みたいな目ぇしてたし。」
「……ならいっか。」
智裕は高梨からパッと手を離して開き直った。掴まれた高梨の肩は、まだ熱を持っていた。
「増田さん、結構動いたけど疲れてない?」
「疲れたけど楽しかったよ。」
「そうか、良かった。もし疲れてたら肩、貸すよ。」
「うん、ありがとう。」
いい雰囲気になっている増田と野村を、他がひっそりと見守る。そして直倫以外の4人がグループ通信を確認する。
_改札出て、駅前広場に出たら作戦決行よ!
_りょ
_大竹は赤松くんと一旦南口に、江川くんは駅に入って反対側のどこか適当な場所に、私と松田もあとから合流する。
_ちょまて、俺は?
_そのまま赤松と乳繰りあってろ。
_ふざけんな!俺も一緒に行くし!
_それは赤松くん次第だろ。
_絶対ヤられる…やめろ!
4人は目を合わせて小さく頷いた。
(野村が増田さんにね……全く気が付かなかったけど、あの雰囲気は完全にカップルだな。しかもお似合いだし。もし本当に付き合ったら、あんな風に人前でも手を繋いだり、肩を寄せ合ったりしても……。)
智裕の心が少しだけ、ズキンと痛んだ。その妙な表情を高梨は察していた。
***
終点で乗り換えの駅に到着すると、乗り換えの為に違う路線の駅に歩く。
「夕飯さ、あのショッピングモールのフードコートにする?」
「そうだね、混んでないかな?」
「回転寿司のとこは混んでるかもねー。」
「寿司とか無理だろ。」
「あ、たしかビビンバとかあるよね。あと中華も。」
「中華っていうより中華系アメリカ料理だよねあれ。」
そして駅を通り過ぎて大きな広場に辿り着いた時、まず動き出したのは一起だった。
「あ、ごめん、俺今日バイトだからここでな。」
「おーそっか、頑張れー江川っち。」
「悪いな、野村、増田。」
「うん、頑張ってね、江川くん。」
「あんまり無理したらダメだよ。」
2人には怪しまれず一起は退散した。次に動き出したのは裕也だった。
「あ!俺買いたいものあったんだ!限定品!直倫行くぞ!」
「え、あ、あの…俺もですか?」
「おう!お前ならその辺の女が譲ってくれるかもしれねぇし!」
「うわ、きたねぇな大竹。」
「うるせー!じゃあな!」
裕也は直倫のシャツをグイグイと引っ張って、駅の方に消えていった。
(大竹……赤松の顔、多分発情してる。路上はやめとけよ…)
智裕は2人が去っていった方向に向かって合掌した。
「じゃあ4人で行こうか。」
一起がいなくなったので、野村が引率の先生みたいになった。智裕と増田は野村について行こうと歩き出す。すると智裕はシャツを引っ張られた。
振り返ると、切なそうな表情をする高梨が智裕を見上げている。
「ごめん……松田、に…話ある……。」
高梨の振り絞った言葉に、増田と野村はハッとした。
(おいおいおい、すげー迫真の演技だな高梨!これから告白するみてぇな感じかぁ。昨日は俺と偽装デートとか嫌がってたくせに、友達のためになると流石だな。)
「松田、いいかな。」
「あ、お、うん。ごめん、じゃあ!」
智裕は高梨のあとをついて行くように駅に向かっていった。野村と増田はそれを立ち止まって見送った。
***
ポツンと置いていかれた2人は、お互いなんとなく意識して無言が続く。そして5人の意図を汲んだ野村は、ギュッと拳を握って、声を出した。
「増田さん、ちょっと歩こうか。」
その誘いに、増田は驚くが、4秒考えて頷いた。
2人は駅から少し外れた遊歩道を歩いた。そこでは日の入りに合わせるかのようにストリートミュージシャンがギターの語り弾きでサム・スミスの「Stay With Me」を演奏している。
「……増田さんさ、どうだった?」
「え?」
「この夏、つらくなかった?」
「えっと……楽しかったよ。馬橋との対戦はちょっと…怖くて震えたけど…野村くんや監督が先を見据えていてくれたお陰でなんとかやれたし…。」
「そっか…なら良かった。」
少しだけ風に吹かれて振り返る野村の表情に、増田は緊張と鼓動が高まる。
「本当に…悔しかったし……もう一度行きたいよな…。」
「……あのね、野村くん、ありがとう。」
増田は野村に一歩近寄った。その一歩の接近にも大きな勇気を振り絞った。
「あんなに、熱くて、一生懸命で…素敵な場所に連れて行ってくれて、ありがとう。」
「……俺が連れてったわけじゃないけどね。」
「ううん…野村くんが頑張ったから、野村くんが凄かったから、行けたんだよ、甲子園に。」
そっと手を差し出して、その手で野村の手を握った。
「私も、もっと、もっと頑張る!もっと勉強して、野村くんの力になる!だから、春、絶対に行こうね!」
増田の力強い言葉と、瞳に野村は魅せられ、引き寄せられて、触れるだけのキスをした。
「ありがとう……琉璃ちゃん……。」
「……うん……克樹、くん……。」
***
_イタリア通りのス●バにいる。
「なんで駅前じゃねーんだよ江川っち!遠すぎ!」
「……そうだね。」
智裕と高梨は駅から少し離れたお洒落な商店街を歩いていた。夏休みだからかいつもより人が多く、人混みに呑まれそうになる。
「あ、っと…。」
ドンッ
「きゃっ!」
肩がぶつかった高梨は前のめりに転びそうになる。気がついた智裕がすぐに駆け寄って高梨を受け止める。
「おいおいおい、大丈夫か?」
「あ……うん……ごめん。」
高梨はすぐに智裕から離れてキャップを被りなおした。
「ボーッとすんなって。ほら、手。」
「え。」
「また転びてぇのか?手、貸せよ。」
智裕は自然に高梨の左手を握った。
「……バカなの?」
「あ?何が?」
「ほんと…バカすぎ……。」
「助けてやったのにバカはねーんじゃねーの?早く行こうぜ、ス●バどこ?」
智裕が手を引いて進もうとするが、高梨が動かないので、智裕はまた振り返った。手は繋がれたまま。
「高梨ぃ…何?」
「……う…うぅ……バカ、でしょ…。」
「……はぁ?泣くほど俺と歩くの嫌か?」
「違う!違うから……手、離してよ…。」
高梨は距離をとることを懇願した。しかし智裕は放って置けないと言うように更に強く手を握って、高梨を自分のそばに引き寄せた。そして屈んで、下を向く高梨を覗き込む。
「……つらい…。」
「は?」
「増田さんと……カッちゃんが羨ましいよ……。」
「うん…。」
「修学旅行、の時も……りょーちゃんと…ヨーコさんが…羨ましかったよ。」
「うん…。」
「私…は……ずっと………ずっと……。」
ますます俯いた高梨を庇うように智裕は片手で高梨を抱き寄せた。
「キャップ邪魔だな、横向け、ブース。」
「……アホ、クソヘタレ……そういうとこ、が……ツワブキちゃん泣かせるのよ…バカ智裕……。」
「そうかもな…。」
更にギュッと抱きしめられて、高梨は智裕の心臓音を聞いた。
(ああ……普通だ……もし私がツワブキちゃんだったら、もっと速くて大きい音なんだろうな……解ってたのに、つらいなぁ…。)
「智裕……好き……だよ……。」
(ごめんね、ツワブキちゃん……ごめんね…。)
高梨は罪悪感から震え始めた。智裕は気づいて、手を離すと、両手で力強く高梨を抱きしめた。
「ありがと……優里……。」
「ごめ……ごめん……ね……ごめん……智裕ぉ……。」
高梨は堪えていた7年分の想いを、涙にして流した。智裕はその重さをしっかりと受け止めた。
「お前ならもっといい男見つかるって。」
「うぅ……そうよぉ……もっと、ゆ、りょー物件、見つけ、る…っ。」
「つーか優里の彼氏とかマジ悲惨だな、おっぱい無いし。」
「ほん、と…あとで、ぶっ殺す……う。」
「口悪いし、うるせーし、ホモ好きだし、オタクだし、多分Sだし。」
「うるさいうるさいうるさいぃ……!」
日が暮れて、お洒落な街が煌めきだして、智裕は一言呟いて。
「優里……悪かったな……。」
高梨から体を離すと、手を引いて歩き出した。今度はちゃんと高梨も歩いた。
少し前を歩く智裕は、上を向いた。涙が一筋、頰を伝った。
(…昔好きだったのにさ、全く心動かねぇんだな……本当に、ごめんな、優里。)
智裕の心は今の恋人に100%を占められいことに気付いてしまった。
それが同時に不安を掻き立てていたのだが、それを奥底に仕舞って見ないようにする。
「なぁ、優里……。」
「何よ…。」
「めっちゃ星あるぞ。」
「……バーカ。」
***
直倫の手を引いて、裕也もイタリア通りに入っていた。
「何でイタリア通りなんだよ、こんなカップルだらけの…。」
「俺たちもカップルですよね。」
「ちょっと黙……直倫っ。」
裕也は強く直倫の腕を引っ張り、物陰に隠れた。
「どうしたんですか?」
「あれ…高梨とトモだ。」
雑踏で2人の声は聞こえないが、智裕が高梨を抱き寄せて慰めているのが分かる。直倫はその光景に少々驚いた。
「高梨先輩と松田先輩……なんで?」
「あー…言っちゃったなぁアレ。」
裕也は「はぁ…」と頭を抱えた。
「高梨…昔からトモのこと異性として好きだったんだよ。なのにあのクソ鈍チンは高梨に恋愛感情ゼロで、彼女作ってはフラれ…で今度はツワブキちゃんに本気だし……。」
「松田先輩が酷い人にしか見えなくなったんですが。」
「それは当たってるぞ。俺はてっきり両想いだとばかり思っててさ……。」
(なんだかんだで、結局あの2人はくっ付くと思ってたんだけど…。)
「寂しいですか?」
「……まぁ…ちょっと。」
直倫に図星を突かれ、裕也は否定せずに自嘲して認めた。その笑い顔が苦しくて、直倫は後ろからそっと裕也を抱きしめた。
「大丈夫です……2人とも強い先輩ですから…。」
「そうだな……。」
「それに裕也さんには俺がいます。寂しい想いさせません。」
「それ今の流れで関係あるか?つーか離れろ、一起たちと合流するぞ。」
「嫌です。」
「は?」
今度は直倫が裕也の腕を取った。そして駅の方に戻っていく。
「直倫?ス●バそっちじゃねーぞ!」
「明日からしばらく俺らの会えないんですよ?充電させてください。」
「あ、お前明日から実家か。じゃなくて!なにすんの⁉︎」
「俺の家で、裕也さんを充電させてください。頑張って我慢しますから。」
「いやいやいやいや!おま、マジでなにすんだよ!俺明日ねーちゃんの買い物のパシリ頼まれてんだけど!」
「すいません、もう聞けません。裕也さん、愛してあげます。」
裕也は顔を青くして改札をくぐった。
「無理だってばーーーーー!」
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こちらは『重なる月』の攻、張矢丈の兄達の物語になります。
単独でも読めます。
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ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
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百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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