上 下
57 / 103
戦う夏休み

激闘の日③

しおりを挟む


 2回表、第四高校の攻撃回は再び1塁側スタンドが大いに盛り上がる。

 かっとばせー! ほーりっ!

 マウンドの八良ハチロウが見定めているのは四高の主砲。堀は至って冷静を保っている。
 呼吸を一定にしながら昨夜消灯ギリギリまで頭に叩き込んだ対策を整理する。その際に監督から言われた言葉もあった。


『恐らく松田まつだのマウンド上でのオーラや睨みで怯んでしまうこともあるだろう。呑まれたら負けだ。心穏やかに練習通りのスイングをすれば勝機は増える。』


 今にも逃げ出したいくらいの空気が18m先から放たれている。だがグリップを握る力も構える腕、肩、腰、膝、目線もいつも通りに。

(おもろいやん。)

 ゾクゾクする勝負の前に八良も心の中でニタニタと笑う。八良とはたけが選択した球は、左打者の堀へ向かうような全力ストレート。
 堀は1歩下がって避けてしまった。判定はボール。

(なんだ……ストレートなのに腹んトコ抉っていくような……こうやって威嚇するのか……。)


 四高のベンチも圧倒された。ビジョンに出された八良の球速は153km/h、それを内角を抉るように攻められたからだった。
 しかし冷静だったのはキャッチャーの2人と智裕トモヒロだった。

「あれも怖いけど、松田の方がもっとエグい時あるからな。」

 投手の桑原くわはらは八良の球にビビりつつもそう言うと他の部員たちも同調し始めて恐怖をなんとか解いた。

 その投球に触発されたように智裕の背負う圧が一層強くなった。キャッチボールをする今中もミットにボールが入る度に震えてしまうほどだった。

甲子園ここだから仕方ないと理解しても、俺が普通で居られるかわからねぇ……松田、マジでおっかねぇよ。)


 カウント2ー1で追い込んだ4球目。畠は高速のシュートを要求してミットを構えた。
 これは堀の読みが当たった。少し鈍い音でバットが拾い上げたボールはセカンドの頭上を越えて堀は1塁を踏んだ。


「うっしゃあぁあ!」


 球場はどよめいた。

 1塁側スタンドからファンファーレのような音が鳴り響く。応援の熱は上がる。


***


 いいぞいいぞ! ほーりっ! いいぞいいぞ! ほーりっ!


 四高を応援する区役所ロビーもハイタッチしたり万歳したりガッツポーズしたりした。


『赤松に続いて4番堀も出塁しました第四高校。』
『今のは上手かったですね。きちんと配球を読みバットに当ててます。ただ松田投手のシュートは高速でかつ重いので長打とはなりませんでしたが、いや、素晴らしいバッティングです。』
『続いても第四高校はクリーンアップ、2年の清田です。彼も神奈川県大会での打率は3割後半です。』
『やはりキャッチャーですから、配球やリードを読んでいるのでしょう。選球眼も1番の赤松選手と同様に優れていますので出塁率も非常に高いです。』


 画面にはいつもよりも険しい顔をしている清田が映った。

「清田ってあんな怖い顔してたっけ?」
「トモに勉強教えてた時はあんな顔してたぞ。」

 すると2年5組のスマホが振動した。高梨たかなしも気付いて確認すると、片手で口を押さえる。
 発信者は現地にいる増田ますだだった。


_星野ほしの先生と江川えがわくんが外野スタンドにいたよ( ^∀^)

 一緒に送られた画像には、澄ました顔してビール片手にピースをしている担任の星野と、照れ臭そうに困った顔でピースをする江川が写っていた。

「えー⁉︎だってこの試合全然チケット取れないってニュースで言ってたじゃん!」
「ほっしゃん職権濫用じゃね⁉︎」
「てか何で江川くんが一緒?え、2人で行ったの?」
「それ!なんで江川と?」


(増田さん……これって……いやいやまさかほっしゃんと江川くんが………いやでも待て。ガチムチイケオジ教師×真面目イケメン高校生……。)


「全然ありかもしれない!」

 高梨が興奮して叫んだ瞬間、映像から金属バットがミートした快音が聞こえた。


『打球はライトに…落ちた!堀は2塁を蹴って3塁へ!ライト3塁へ送球!セーフ!セーフです!清田は1塁でストップ!第四高校、2者連続のヒットでノーアウトランナー1、3塁です!』


 いいぞいいぞ! きーよたっ! いいぞいいぞ! きーよたっ!


「清田あぁああ⁉︎」
「マジかよ…西の松田から打ったとかヤバすぎだろ。」
「ウチの野球部ってこんな凄かったっけ?」

 盛り上がりながらも四高の生徒は唖然としてしまった。


***


 マウンドには馬橋のキャッチャーと内野手が集まっていた。

「あーやばい。俺の後ろから鬼が徐々に来とるて…。」
「あかん…ベンチ帰ったら命失くなるって……。」

 セカンドの沼尻ぬまじりとショートの佐々ささの二遊間コンビの顔は青くなっていた。サードの中川もチラリと外野の方を見て気まずそうな顔をする。

「沼ちゃん、さっちゃん…死んでも内野ゴロに仕留めなあかんで。」
「中川先輩、悪送球だけはやめてくださいよ。もう俺ちびりそうや…。」

 ファーストの渡井わたらいは脚が震え始めていた。さすがの畠もキャッチャーマスクの下で唇を震わせていた。

「バックホームシフトにしますけど、み、みなさん、に守ってくださいよ。」
「おう。」
「すまんな…俺が手ぇ滑らせてもうて。」

 八良は本当に申し訳なさそうに俯いて謝る。しかしその姿に他のメンバーは顔を青くした。

「謝んなボケが!」
「そうですよ!ハチローさんが謝るとか明日雪降りますから!やめてください!」
「なんやねん、いっつも謝れ言うとるやないか。」
「やかましい!ハチローさんはもう集中しといて。じゃあ、頼んます!」
「っしゃあ!」
「任せろ!」
「センター気にせず!」
「1点もやらへんぞ!」

 全員を鼓舞し合い、守備に戻る。そして畠はバッターボックスの前で両手を大きく広げて8人にバックホームシフトと伝えた。

(あー……ハチローさんのずーっと後ろが禍々しいな……絶対絶対絶対に堀にホームベース踏ませへんぞぉ…。)

 畠と八良は18m離れた場所で一緒に呼吸を合わせる。ピリピリした中で6番打者の当麻とうまがバッターボックスに入った。


 かっとばせー! とうまっ!


 勢いに乗る四高側も応援に熱が入る。高校最強チームと呼ばれる馬橋学院から先制点をあげるかもしれないという期待が当麻にかかる。


 八良は冷静に畠の構えるミットを見定めてクイックモーションで素早く投げた。変化球を見極めた当麻が見送るとボールの判定。

(6番、当麻も赤松と同様にボールを見る目が優れとる…ここは振り遅らせるための、150キロ以上や。清田の盗塁はしゃーない。絶対コイツをアウトにしたんねん。)

 畠の思い切った判断に八良も頷いて、1塁にランナーを抱えている状態で精密な豪速球を放った。記録は154キロのストレートがドンピシャにストライクゾーンに入った。
 そして畠の読み通りに清田は2塁へ進んだ。

(次が勝負や……打たせていくで!)

 今度こそ当麻はバットを振った。


「セカンドぉぉおおお!」


 畠の叫びも虚しく打球はセカンドの頭上を超えてバウンドした。3塁の堀はホームに向かって全速力で走り出した。
 誰もが四高の1点を確信した。


 ズバンッ


「アウト!」


 堀はほんの指先の差でタッチアウトになる。何が起こったのかボールを持っている畠も理解出来ずにいた。


***


『第四高校、堀が懸命に走りましたがタッチアウト。これで1アウト、ランナー1、3塁です。これは馬橋のセンター・金子、ナイスプレイでしたね。』
『そうですね。普通でしたらホームへの送球は間に合いませんが、金子選手のレーザービームで追いつきましたね。』
『タッチしたキャチャー・畠も唖然としてます。恐らく畠も何が起こったのか分かっていないのかもしれません。』
『普段から厳しい練習をしている中で身体に染み付いていた動きだと思われます。素晴らしいですね。』


 リプレイされる画面越しでも伝わる、レーザービームに込められた殺気と投げた金子の鬼気迫る何か。


「あら、この金子くんってウチに来たことあるわよね?」
「あー、智裕が連れてきたなぁ。東京に用事あるからって泊まってった…こーんなおっかねぇ子だったか?」

 智裕の両親は金子の顔を見て何かを思い出し、母はテレビ台の横にある棚から割と新しいフォトアルバムを取り出してテーブルに置き、何かを探す。

(わっ……智裕くんの昔の写真だ!)

 拓海は初めて見る智裕の写真に目を輝かせる。そして母が探していた1枚の写真が見つかった。

「あった。ほら、金子くんが都内の学校見学でっていうのでウチに泊まったのよね。」

 テレビに夢中になっていた智之も「なにー?」と興味を示しテーブルに駆けてきた。その写真には穏やかな顔をした爽やかな青年と真っ黒なショートヘアの智裕が夕飯を食べている姿が写されている。

「この人覚えてる!すっげー優しかったにーちゃんのセンパイだろ?さっきのレーザービーム投げた人この人⁉︎」
「馬橋学院に進学したとは智裕から聞いてたけど、まさかキャプテンだなんてねー。」
「すげーなぁ…アイツはビビって馬橋行かなかったけどな。」
「しょうがねーよ、にーちゃんヘタレだし。」
「智之がビービー泣いたのもあるのよねぇ。」
「な…っ!そんなに泣いてねぇよ!」
「え?智之くんが泣いたの?」

 拓海が笑うと智之は益々顔を赤くする。そして拗ねてテレビの方に顔を向けた。拓海が笑いながら「ごめんね。」と謝ると智之は機嫌が戻った。


『さぁ第四高校、1アウト、ランナー1、3塁でバッターは7番の白崎。馬橋学院はまだ油断出来ない状態です。第四高校側のスタンドのボルテージは益々上がってます。』


 かっとばせー! しっらさきー!


 しかし白崎の打球はバウンドせずにショートがしっかり捕球、そしてそのまま当麻がタッチアウトになり一気に3アウトで攻守交代。球場からは大きな溜息がもれた。


『まだこれから2回裏ですがこの盛り上がりは凄まじいですね。』
『あわや馬橋学院が先制されるところでしたからね。第四高校の主軸がしっかり仕事をしていますから、イニングを重ねると松田投手はさらに攻略されるかもしれませんね。』
『そして2回裏の先頭打者は主砲・中川駿太、続くのは先程レーザービームを繰り出しました主将キャプテン・金子雅嗣、松田にとっても苦しいイニングになるかもしれません。』


 再び映った智裕は、先程の何倍も険しい表情になっていた。キャッチボールをしながら清田が何か声をかけているのがわかる。

「にーちゃん……やべーな。別人だよあれ。」
「とーと?とーと!」
「あれはとーとだよ茉莉ちゃん。」
「とーと、ないない!」

 茉莉はテレビ画面に智裕の顔が映るとバンバンと叩いて怒っている。拓海は慌てて茉莉を抱っこしてテレビから離した。

「こら、まーちゃん!テレビさんを叩かないの!」
「あーあー、石蕗さんいいのよ。そうね茉莉ちゃん、とーと、こわいこわいだもんねー。」
「とーと、めぇー!」

 智裕が怒っているから茉莉はそれを諌めようと怒っていたらしい。それを拓海に怒られたので茉莉は泣いてしまった。

「まーちゃん、テレビさんを叩いちゃダメでしょ。めっ、だよ。わかった?」
「やあぁあ!とーと、ないないいぃぃい!あーーー!」
「やだじゃないの…もう、まーちゃん……。」


 茉莉の泣き声で、拓海の心は不安で一杯になった。一時、離れていたあの智裕が脳裏によぎった。


(大丈夫、きっと…大丈夫……うん、智裕くんは、智裕くんだから…俺が信じないと…!)


『2回裏、馬橋学院の攻撃です。』



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

お兄ちゃんと僕のラブラブおっぱいライフ

宗形オリヴァー
BL
優太は年の離れたお兄ちゃんと二人暮し。 頑張ってお仕事してくれてるお兄ちゃんのために出来ることは、炊事洗濯家事おっぱいなのです...! 仲良し兄弟のほのぼのアットホームエロ! ☀️弟溺愛スケベお兄ちゃん × お兄ちゃん大好きピュア弟☀️

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

男だけど女性Vtuberを演じていたら現実で、メス堕ちしてしまったお話

ボッチなお地蔵さん
BL
中村るいは、今勢いがあるVTuber事務所が2期生を募集しているというツイートを見てすぐに応募をする。無事、合格して気分が上がっている最中に送られてきた自分が使うアバターのイラストを見ると女性のアバターだった。自分は男なのに… 結局、その女性アバターでVTuberを始めるのだが、女性VTuberを演じていたら現実でも影響が出始めて…!?

処理中です...