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戦う夏休み
ワイワイ合宿1日目
しおりを挟む増田は四高野球部で唯一の女子生徒だった。大会期間中に宿泊する部屋は、四高の男子たちとは離れて馬橋の女子寮に案内された。
緊張した面持ちでその建物に向かうと、入り口で馬橋学院のジャージを着た女子生徒が2人、増田を待ち構えていた。
「あ、来た来た。こっちやで。」
「は、はーい。」
手招きされた増田は小走りで2人の元へ向かった。
「神奈川からご苦労さん。遠かったやろ?」
「いえ……遠せ……旅行によく行くので慣れてます。」
増田は笑顔で労いに答えた。そして背の高い黒髪長いのポニーテールの女子が自己紹介を始める。
「ようこそ馬橋学院へ。私は3年で野球部マネージャー長の外薗杏果です。」
「あ、よろしくお願いします。」
差し出された手を握って握手をする。そしてもう1人のセミロングのパーマのかかった小柄な女子も自己紹介をする。
「私は1年の飯田梨々子言います。ウチの弟にはもう会うた?」
「弟、ですか?」
「男子の方におったやろ、いけ好かん眼鏡のヒョロガリ。」
「あー、スコアラーの眼鏡くん?」
「あれ私の双子の弟なんよ。仲良ぉしてなぁ。」
「はい、よろしくお願いします。私は四高2年の増田琉璃って言います。」
増田も自己紹介をして頭を下げる。外薗が案内をして女子寮の中に入った。先程見かけた男子寮とは違い、とても静かだった。
「今はみんな夏休みで実家帰ってるから、私とリリコだけしかおらんのよ。」
「え?じゃあマネージャーも2人だけなんですか?」
「マネージャーはあと3人おるけどみんな自宅通いよ。」
「へー。」
説明されながら増田は外薗のあとをついて歩く。隣を歩く梨々子が増田を覗きながら訊ねてきた。
「なぁ、ルリちゃんって呼んでええ?」
「え、い、いいですよ。」
「なら私のことはリリコって呼んでな。」
梨々子はとても人懐っこい性格のようで、増田は緊張がほぐれていった。
「キョーカ先輩とウチ、同室やねん。ルリちゃんも同じ部屋やで。」
「狭いかもしれんけど、元々は4人部屋やから。机や収納も空のとこあるから遠慮なく使ってな。」
「はい、ありがとうございます。」
話しているうちに部屋に着いたようだった。ガチャと外薗が扉を開けると2つの2段ベッドがあり、奥には学習用机が4つ置かれている如何にもな学生寮の風景があった。
「右側の上のベッド使ってな。荷物は奥の机のとこに収納もあるからテキトーに置いといていいから。」
「はい。」
外薗に示された箇所にとりあえずキャリーバッグを置くことにした。増田はその時通った、普段2人が使用している学習用机の机上に目が入った。
「ひゃあぁぁぁぁ!」
突然増田が高い声を上げたので2人は驚いた。
「ルリちゃん⁉︎」
「何⁉︎どないしたん⁉︎虫がおった⁉︎」
「あ、あの!この、漫画!」
増田は思わずそれを手に取った。その漫画本のタイトルは『氷の仮面シリーズ③ その眼差しで僕を虐めて』。増田が好きなBL漫画だった。
「ど、どちらの……。」
「ああ、それみんなで読み回して……まさか……⁉︎」
「……私も、好きです。」
3人は無言で見つめ合うと、円陣を組んで抱き合った。
***
「ここの野球部マジで厳しいからマネージャーも大変やし、妄想でもしとらんとやってられんわ。」
「ホンマそれ!汗臭いユニフォームの洗濯やらドリンク補充の力仕事やら地獄やで。それくらいの対価がないとやってられへん!」
「私まだ1週間しかやってないですけど、お2人の気持ちよっっくわかります!」
3人はベッドの下段に腰をかけて、スマホ片手に夕飯の時間まで腐女子トークに花を咲かせることにした。
「今日から食堂が楽しみやなぁ。な?キョーカ先輩。」
「そうやなぁ……。」
「何が楽しみなんですか?」
「馬橋の男子だけやと飽きるやん?せやけど今日から四高の男子も食事だけは絡むやん?」
「それにそっちの松田くん、ウチんとこのハチローと仲良いみたいやし。」
「それは……捗ります!」
「あ、でもハチローはウチらの妄想の対象外やな。」
「え⁉︎どうしてですか⁉︎すごく可愛い顔していらっしゃるのに!」
「ハチロー先輩ってアホやし人懐っこいし妄想をすぐ現実にするから…こう…背徳感が無いんよね。」
「私らが、Wマツダでチューしてくれ、って言えばするやろうし……そういうのは萌えへんのよ。わかるかな?」
「うーん……あまりに積極的すぎると確かに引いちゃいますね。」
「それにハチロー先輩、ミス馬橋のかなちゅん先輩と付き合っとるしなぁ。」
「ドラフト1位で入団したら結婚するー!って1年の時からずっと言っとるし。」
「あんな可愛い顔して彼女持ちですか⁉︎」
増田がショックを受けていると外薗がスマホの画面を見せてきた。
「うわー…可愛い彼女ですね……でも……百合百合しい。」
見せられた画像は、八良と恋人の“かなちゅん”の教室で制服を着た普通のツーショットだった。普通に仲良しの男女、なのに増田は違和感を少しだけ感じた。
「百合百合しい!せやねん!ルリちゃんわかってる!」
「ハチロー先輩から男感じるのって野球やっとる時だけやな。」
「野球って凄いですよね、普段ヘタレな松田くんもカッコよく見えちゃうんですもん。」
「うちの金子部長もバッターボックス立ったら仏から阿修羅になるで。」
「野球マジックなんでしょうか、ねぇ。」
話がだいぶ悪口になったところで外薗のスマホからアラームが鳴った。
「もう夕飯の時間や。配膳手伝わなで。」
「あ、私も手伝います。」
「ほんま?ありがとな。」
「じゃ、行こか!」
「はい!」
(楽しみだなぁ。新カプ誕生させてやる。)
3人とも声には出さないが考えはシンクロしていた。
***
四高野球部は食事の時間になり、旧学生寮から歩いて現学生寮の食堂へ移動する。既に馬橋の部員たちは配膳を始めていた。
「あ、トモちーん!こっち来ぃやー!」
部屋着であろうシャツと半パンに着替えている八良が大きく手を振りながら智裕を呼んだ。智裕は夕飯を受け取ると、八良のいる席に向かった。
(何これ…丼で漫画盛りって……俺こんな食ったことねぇよ。)
他の四高メンバーは戸惑うが、金子が堀に声をかけた。
「折角の機会やし食事時間だけは両校の親睦深めましょ、ってウチのエースからの提案や。固まらんようにウチの部員は座っとるんで四高の皆さんも適当に座ってや。」
「ありがとうございます。みんな、馬橋の部員さんと仲良くするんだぞ。」
堀の掛け声は完全に引率の先生だった。そして1つのテーブルでは増田が馬橋の女子マネージャー達と女子会を始めていた。
「俺ホンマ嬉しいわー!まさか甲子園でトモちんと戦えるとはなぁ。」
「俺は緊張して吐きそうですよ。」
智裕の向かい側には中川と、何故か不機嫌そうなチリチリパーマの2年生の投手・金谷歩がいた。
「普段のまっつん見とったら、あのマウンドの松田智裕は別人やないかって思ってまうわ。」
「シュンちゃんせんぱーい…3年ぶりなのにいじめないでー。」
「トモちんは遊び甲斐があるもんなー。」
「遊ぶなー!」
「チッ!」
八良が智裕にじゃれた瞬間、中川の隣からドス黒いオーラが放たれた。出どころは舌打ちした金谷だった。
「あゆむん、なんか機嫌悪いなぁ。」
「別にフツーですわ。」
「いや、普通やないやろ。お前ただでさえチンピラみたいな目ぇしとんのやから。」
体格は中川とほぼ同じくらいで、目つきが非常に悪いのでその鋭い眼光を向けられた智裕はビビリ上がってしまった。
「ごごごごごごめんなさい!なななな何かしたかわからないけどごめんなさい!」
「ホンマ幻滅したわ。どんな奴や思とったらただのヘタレやないか。」
「お、あゆむんは素直やなぁ。」
「へ、ヘタレで申し訳ありません!」
智裕はテーブルにおでこをつける勢いで頭を下げた。金谷はそんな智裕を見下ろす。ただのカツアゲされたヘタレの図だった。
「金谷、ただの僻みにしか聞こえへんで。」
「ホンマは馬橋にスカウトされとったんに、何でフツーの学校やねん。ビビったんか?」
金谷の言葉に智裕は固まった。しかし隣にいた八良が金谷に向かってお手拭きを豪速球で投げつけた。鋭い音がして、智裕は思わず顔を上げて八良の方を見ると、可愛らしい顔が般若のような形相になっていた。
「お前、俺がおらんようになったら馬橋のエースになる自覚あんのか?妬み嫉みは見苦しいで。」
「………はい。」
(なにこれ、え、マジで雰囲気最悪なんだけど!帰りたい!)
智裕は顔を青くしていたら、八良は椅子の上に立って挙手をする。
「はい!今からWマツダで乳首ドリルしまーす!」
「何なんですか乳首ドリルってえぇぇぇ⁉︎」
「準備するから、トモちん早よ飯食べ。」
八良は既に夕飯を平らげていた。八良に促された智裕は急いで夕飯をかき込んだ。白飯の山もどうにか攻略すると胃がもたれてくる。
うつ伏せになってお腹を落ち着かせていると、八良が何処からか戻ってきた。手には黒い棒、そして何故かオカッパヘアーのカツラを被っていた。
「畠、まずトモちんに手本見せたろうや。」
「やったろうやないか。」
清田たちと固まっていた畠は立ち上がり、八良の近くまで駆け寄った。すると馬橋の部員たちは拍手をして盛り上がり始める。
「あ、これ知ってる。テレビで見たことあるよ。」
「マジ⁉︎乳首ドリルとか言ってたけど。」
「確か新喜劇の名物ギャグだよね?ほら夜中とか新喜劇やってるしたまに見ちゃうんだよね。」
近くにいた野村は智裕にその存在を教えた。しかし智裕は全く未知のものでとりあえず馬橋のバッテリーを見守ることにした。
***
「もうおうちかえる。」
乳首ドリルの洗礼を受けた智裕は上半身裸のまま床で屍になった。
「トモちん、完璧やん。さすが東の松田やなぁ。」
「いや、絶対カンケーない。」
「ここに転がっとると邪魔や。とりあえず座り。」
中川は軽々と智裕を拾い上げて椅子に座らせた。智裕の出で立ちは今度は真っ白になったボクサーのようだった。
「なぁなぁ、トモちんは高校で彼女とかおるん?」
「………は?」
「俺なー、かなちゅんってめっさ可愛い彼女おるんやで!」
「出た。今度は惚気地獄や。まっつん、ドンマイやで。」
中川はそそくさとその場を離れた。八良はスマホを取り出し画像を探し出すと、智裕にそれを見せつける。キラキラと加工された2人の美少女が写っている画像、智裕は一気に目が覚めた。
「何この子たち!めっちゃ可愛い!え、何、八良先輩の彼女どっち⁉︎」
「そっちの右の黒髪ロングがかなちゅんやで。」
「へー…で、左の茶髪の子は彼女の友達とか妹?」
「何ゆーてんの?それは俺とかなちゅんのラブラブ画像や。」
智裕は時間が止まった。そして画像と八良を交互に見比べる。
「はあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ⁉︎」
「かなちゅんは馬橋のチアリーダーやっとてな、めっちゃ美人やねん。口説くのに10日もかかってもーたわ。いつもアメ村とかで服買おたりカフェ行ったりしてな、もー最高の彼女やねん。」
「いやいやいやいや!ちょっと何普通に話してんの⁉︎俺頭の中がまだパニックなんですけど⁉︎」
「え、何で?可愛いやろ?」
「いや可愛いけど、可愛いけど!女装癖⁉︎」
智裕が立ち上がってパニックを起こしていると後ろからにこやかな金子がやってきた。
「U-15の時はジャージやら練習着やらでみんな知らんかったもんな。俺も馬橋来てから知ったもんな、ハチローの女装趣味。」
「金子ぉ、女装やのぉてオトコの娘♡」
「言い方変えても同じことやで、ハチロー。ま、ベッピンさんになるから引かへんけど。」
「金子先輩、俺は逆に可愛すぎて引いてます。」
智裕の思考回路はショート寸前だった。物理的にも精神的にもお腹いっぱいになり吐きそうになる。
***
一方その頃、石蕗家には高梨が訪問していた。
「ごめんね高梨さん、夕飯まで手伝って貰っちゃって。」
「いえいえ、いっつも家でやってるし。それに茉莉ちゃんと遊べて私も楽しかったし。」
「みんなに遊んでもらってこんなに早く寝ちゃったしね。今お茶淹れるね。」
拓海はグラスにアイスティーを注いで、ダイニングテーブルに座っている高梨の前に出した。
「はぁ……本当、しっかりしなきゃなのになぁ、俺……高梨さんいなかったらずっとまーちゃんに怒られてたよ。」
「仕方ないよ、私もツワブキちゃんの立場だったら落ち込んじゃうって。」
「………高梨さん、ごめんね……その、高梨さん、智裕くんのこと……。」
「あ、あぁ…別に気にしないでよ。アイツ私のことお母さんみたいな目でしか見てないし。まぁ、今はツワブキちゃんとはずっとラブラブでいて欲しいっていうか、ね?」
高梨のあっさりとした態度を見ると、拓海は申し訳なさで胸が痛くなる。それも察知した高梨は拓海の隣に立って、優しく抱きしめた。
「松田が、こんなに誰かの為に悩んだりいじけたり、自分を犠牲にしたりするの…初めてなんだよね。好きだった奴には幸せになって欲しいって…そういう女心もあるんだよ。」
「………高梨さん……。」
「アイツがいない時は、私じゃ頼りないかな?松田よりは頼られること多いんだけどさ、遠慮なく甘えてよ、ツワブキちゃん。」
「ありがと……高梨、さん……。」
「……ツワブキちゃん、やっぱ可愛いー!」
高梨は母性が発揮されて、思い切り抱きしめた。拓海は年頃の女子相手にマズイと感じたが、その腕の中で安心した。
(大丈夫、だよね……うん、大丈夫だよ。)
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