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戦う夏休み
マツダくんとマツダくん
しおりを挟む「一昔前、捕手は悲惨な選手が多いポジションやった。タックルされるわ、投手は言うこと聞かへんわ、監督にど突かれるわ……俺は今それを痛感しとんねん。」
「へー、畠も大変やな。」
「アンタの所為や!ハチローさん!」
甲子園の大阪予選は、名門「馬橋学院高等学校」の優勝で幕を閉じた。その日の夜、馬橋野球部の寮の食堂ではベンチメンバーが集められ、決勝戦の映像を見ながら反省会を行なっていた。
液晶テレビの1番近くにいたのは今日のバッテリー、投手は3年の松田八良、捕手は2年の畠晃。画面に流れているのは試合終盤の相手の攻撃回。
「ノーサインで球放ってくんなボケ!何様や!」
「俺様☆」
「部長!この糞チビ八つ裂きにしていいですか⁉︎」
畠は立ち上がって八良を指しながら真ん中の方に座っている部長の金子に訴える。温厚な金子は困った顔をしながら応える。
「うーん…俺もその気持ち共有したるから抑えとけ。ハチローもあかんで。ノーサインで試合であんま投げとらんシンカーを…畠が可哀想やろ。」
どちらもが落ち着くように優しい声で金子は諭すが、八良の態度は一貫して偉そうだった。
「もう7-0でツーアウトランナー無しやで。ちょっと実験したくなるやろ。」
「ならへん!アンタだけや!」
「あーもー、畠もそのアホ相手にするとアホがうつるて。時間の無駄や。」
呆れて2人を止めるのは3年の中川駿太、馬橋の4番で八良と同じくU-18日本代表選手の1人。中川はため息を吐きながら八良の後ろに立ち、八良を肩に担ぎ上げた。
「何すんねん!シュンちゃん降ろせやあぁぁぁ!」
「降ろして欲しけりゃそのデカい態度を改めろ、糞チビ。」
「うっさいわ!この巨人!巨乳好きの巨根が!」
168cmの八良と、188cmで部内一の筋肉を誇る中川では力の差は歴然だった。
「あー…今日の反省もええですけど…神奈川県、第四高校が優勝しましたよ。」
タブレットをいじりながらその場にいる全員に伝える黒縁眼鏡をかけたマネージャーの飯田は深刻そうな顔をした。
その空気を察して暴れていた中川と八良も動きが止まる。八良は担がれたまま真顔になる。
「第四高校って……“東の松田”がいるとこか。」
「あの赤松直能から3本塁打、神奈川県最強打線を無失点で抑えたそうですよ。」
「へー、すごいね。あの聖斎に勝ったんだ。」
「感心している場合じゃありませんよ部長。赤松の最終打席に松田が放った球がエゲツないんですわ。」
飯田はタブレット端末を持って金子の隣に行く。そしてみんな金子のところに集まり出したので、飯田は動画を再生する。
「3番の左を敬遠して、わざわざ4番の赤松と勝負したんですわ……ホンマやることゲスすぎて怖いわぁ。」
「何や…これ……。」
「……“フロントドア”。」
中川に抱えられたままなんとか映像を見た八良が真面目な声でその球の正体を口にする。
「ツーシームのストレートやと思ったら打者の真横でドアが開くみたいな曲がり方する……プロでも使える投手はそうおらんぞ。」
「おいおいおい…インコース寄りのボール球かと思ったらストライクゾーンに一瞬やないか。」
「いわゆる、魔球ってヤツやな。せやろ?ハチロー。」
ようやく降ろされて自由の身になった八良はおもむろに先程まで口論をしていた畠の隣に立つ。そして真剣な雰囲気で畠の肩を叩く。
「俺がフロントドア投げたとこで畠が逸らして終わりや。」
「このクソチビがぁぁぁぁぁ!」
怒りが頂点に達した畠によって乱闘が繰り広げられた。静観するのは金子と飯田だけだった。
「部長…こんなんで優勝出来るんですか?」
「ははは……明日の朝練ランニング10周追加やな。」
***
智裕は正門の前でインタビューなどを一通り終えると、荷物を取りに部室に戻った。まだベンチ入りのメンバーは残ってスマホを確認したり、着替えたりしていた。
「つかれたー!もー、ダメだ!明日練習出来なーい!」
智裕は部室の床に転がった。すると制服に着替え終わっていた野村が智裕の胸元にソーダアイスを落とす。智裕は寝転んだままそれを開封して口に運ぶ。
「松田くん、今日はいやに気合い入ってたね。」
「いやー、だって今日最後かもしんなかったわけだしさー。ねー、堀先輩。」
「松田、行儀が悪いぞ。」
「ふぁーい。」
智裕はしぶしぶ立ち上がって、シャリシャリとソーダアイスを食べながら歩く。すると、足が何かにぶつかる。見下ろすとそれはうずくまった直倫だった。
「赤松?どうした、腹壊した?」
「……………いえ。」
「あー、わかるよわかる。兄貴に勝利したけど家の立場上これでいいのか、と葛藤しているんだな。」
智裕はしゃがんで、直倫の背中を叩きながら推測で慰めた。
「裕也、先輩から……メッセージ来てて……。」
「裕也先輩」という固有名詞を聞いた瞬間、智裕は直倫から離れた。智裕にとって裕也などどうでもいい存在だったからだ。
近くにいた野村は察して直倫を慰めた。
「あー、赤松くん…あの、ね、大竹くんは赤松くんのこと、すごく良い後輩だって言ってたよ。だから、その、赤松くんの思うような付き合いにならなくても、これからも教室に遊びにおいでよ。ね?」
「野村先輩……違うんです。俺、今すげー嬉しくて、泣きそうなんです。」
「え?」
直倫は顔を伏せたままスマホの画面を野村に見せた。少し気になった智裕は野村の後ろからこっそり覗く。
智裕と野村の絶叫が部室内に響いて、堀が怒った。
***
落ち着いた頃に部室を出たら、外は太陽が沈もうとして薄暗くなりかけていた。智裕は野村と一緒に直倫をバンザイで祝った。
「良かったなあぁ!赤松!お前は男だ!」
「うんうん。ホームラン打ちたいっていう理由はこれだったんだね。いいよ、すごく青春!」
「俺もそういうカッチョいいことやってみてぇよ!」
「ありがとうございます……けど、俺どうすればいいですか?」
「あ?」
1番喜ぶはずの当人は何故か戸惑っていた。
「裕也先輩って義理堅いところあるから、それで無理してる、とか…だったらどうしようかと。」
「あー……それは経験者がそこにいらっしゃる。」
「ん?」
野村は智裕を引っ張り「話してやれよ」な空気を出してきた。直倫は少々驚いた顔をする。1番驚いているのは智裕だった。
「経験者⁉︎なんの⁉︎」
「不純同性交遊及びノリで付き合ってる進行形。」
「ふ、不純⁉︎俺は清きお付き合いをだなぁ。」
「もう童貞捨てたんでしょ?」
「ぐぬぬ……。」
「あの……話が見えないんですけど……?」
「赤松くん知らない?松田くんの付き合ってる人。保健室の石蕗先生だよ。」
「………本当ですか。」
智裕は直倫のリアクションに意外だと驚いた。
「いや、部活の連中には黙ってんだけどお前うちのクラスに出入りしてるから知ってるかと思ってたんだけど。」
「初耳です。」
「そうか、マジで黙っといてくれよ。」
「黙っておきます。」
「よし。」
「それで何が経験者なんですか?それと不純なんですか?」
「不純じゃねぇ。やることやってるだけだ。」
「それを不純っていうんだよ、松田くん。」
今日は勝った高揚なのか、野村のナイフは鋭い。直倫は頭上にハテナを浮かべている。
「松田くん、前の彼女に二股されて失恋したその日に石蕗先生に告白されて好きかどうか分かんないのに付き合い始めて今やウザいくらい溺愛してるんだよね。」
「全部一気に説明するなよ!」
「そうだったんですね、松田先輩。」
「ま、まぁ…そういうことだ、し?それに俺は大竹と10年くらいの付き合いだからわかるんだよ。大竹は本当に赤松のことが好きだ。」
安心するように笑ってもらい、直倫は背中を叩かれた。
「これから照れ隠しで好きじゃねーとか色々言うけど、イヤよイヤよも好きの内、だからな。お前は悪代官みてぇに強引にしてりゃいいんだよ。」
「イヤよイヤよも好きの内、ですか。」
「今風に言えばツンデレってやつだね。大竹くんはそういう性格で昔から墓穴を掘りまくってたね。」
「確かに、わかるわー。」
2人の笑い声は直倫を勇気付けていた。
「あの、裕也先輩の家、教えてください。」
そう言うと、直倫は智裕と一緒の方向へ歩き出した。
***
四高の職員室では、メディア対応に追われていた職員たちが一息ついていた。その中には拓海と裕紀もいた。
「石蕗先生、お疲れ様でした。」
「あ、お疲れ様です。」
星野は隣のデスクの椅子に座って、拓海に近づいて潜めた声で話し出す。
「どうでしたか?恋人の勇姿は。」
「……あ、あの…すごく……かっこよかった、です。」
「ずっと顔がほころんでましたよ。」
「へ?そうでしたか…やだなぁ……。」
拓海は両手で顔を押さえて羞恥する。裕紀はその仕草に小さく笑った。
「今晩はどうするんですか?このままご帰宅ですか?」
「……最初はどこかで食事と思ったんですけど…人の目もあるし、夜俺の家でケーキでお祝いすることにしました。」
「そうですか。娘さんは?」
「今日明日で彼のご両親が預かってくれてます。お母さんのご厚意に甘えさせてもらいました。」
「良かったですね。じゃあ松田と会う時間まで一緒に食事でもどうです?車ですからアルコールは無しですが。」
「はい、是非。」
拓海は自分が設定したにもかかわらず迫り来る時間に緊張していた。なので裕紀のこの誘いはありがたかった。
荷物をまとめて裕紀と一緒に職員室を出ると、外の様子が見えた。遠目からでもわかる、智裕の姿に拓海は胸が高鳴った。
(あれは、マネージャーの野村くんと…1年生の赤松くんか。どうしたんだろう、すごく楽しそう。)
「本当に石蕗先生は恋に盲目ですね。」
「へ?そうですか?」
「普段はしっかりしていらっしゃるのに、どうしてあんな奴なんですか?ま、その辺もこの後じっくり聞かせてもらいますけど。行きましょう。」
「はい。」
拓海は何を訊かれるのかとドギマギしながら大きな裕紀の背中について行った。
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