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オマケ
ファーストキスの話
しおりを挟む「よぉ考えれば、僕のファーストキスって星司クンとやったんやなぁ」
ある日曜の昼下がりのこと、立夏が唐突にこんなことを言い出した。
キスどころかその他諸々の“初めて”を奪ったと自負している男は無表情ながら自信満々に頷いた。立夏はそんな星司に半ば冷たい視線を向けつつ続ける。
「星司クン、僕のこと騙したやろ。嘘ついて僕にキスしたやろ」
「…………」
「仲良しでもキスする言うて、それは唇にするやつと違ったんに、僕すっかり信じてしもぅたやん。おかげさんで、さんざんからかわれましたのや。ほんま……舌まで入れてくれよってからに。星司クンはあの頃からヘンタイさんやったんやね」
「…………」
「照れんといて! もう、ややわこのひと……」
無表情で耳を赤く染める星司に、立夏は思わず文机に突っ伏した。
小学生の五年生の頃だったか、早い生徒はすでに男女のお付き合いというものを始めていて、クラス中がそういう空気にさらされていた時期があったのだ。そして当然のようにキスやら何やらの経験の有無を序列に当てはめようとする者たちがいた。
キスをしたことがないどころか、やり方さえ知らなかった立夏は西陣たちクラスメートに泣くほどからかわれ、玩具にされて帰宅したのだった。
すんすん泣いている立夏を慰め、星司はキスのやり方も教えてやった。それも実地で。立夏はこれでもう馬鹿にされないと喜んだのだったが、まさかそれがさらなるからかいの対象になるだなんてそのときには気づけなかったのだ。
「あの頃から、俺は、ずっとあなたが好きだったんです」
「星司クン……」
恋人同士の甘い会話である。普通ならここでキュンとくるものなのだろうが、立夏の胸の内は違った。
(あかん……めっちゃ寒いぼ立つ……)
立夏が告白されたのが高校二年生の初夏である。それを考えると実に五年間も変わらぬ想いで立夏だけを見つめ続けてきたことになる。
(今にして思えば……あのときも、そのときも、なんや星司クンの態度が変やったし。そういうとこ、樹クンだけが気づいてたんやろなぁ)
思い出される諸々のエピソードには心当たりがありすぎた。立夏が友情を感じていたその横で、星司はずっと報われない恋情を抱いていたのだ。
立夏は思わずため息を吐いていた。それは呆れでもあり、諦めでもあり。敏感に雰囲気を感じ取ってか、星司はしゅんとして下を向いた。
「ほんまに、しようのないおひとやよ、星司クンは。でもな、僕、嫌いになれへん。ううん、好きなんやもん。しやから、僕もおんなしや」
「立夏……」
(僕のこと好きや言うてくれはる奇特なひとは、きっと、後にも先にも星司クンただひとりや)
ひとつ言葉を飲み込んで、立夏は星司にキスをした。言えば何かしらぐだぐたと反論されるだろうが、これが立夏の本心だった。心地好い鳥籠に囚われて、彼のためだけに愛を歌う鳥でいたい。自分の意思で立夏はそう思った。
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