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本編

十五羽

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「う……あっ……!」

 星司クンの舌は傷口を抉るようにして血を舐め取っていく。覚悟は決めてたんやけど、やっぱり痛ぁし怖い。思わず涙がこぼれたら、それも舐められた。

 それだけやない。左目の瞼をこじ開けるようにして舌が入ってきて、まるで飴か何かのように舐め回された。血だけやなくて涙も汗も、みんな舐め取っていきよる。

 その間にも、服はどんどん脱がされて、とうとうすべて剥ぎ取られてしもうた。星司クンの頭もどんどん下へ下へと下がっていく。

「やっ、星司クン!」

 こんなの、思うてたんと違う。
 頭を押し返して止めたら、獣の目と視線がぶつかった。

「星、司ク……んっ!」
 
 もうこれは星司クンやない、鬼や。
 鬼は僕の口を舌でなぶって、熱い塊を下半身に押し付けてきた。血肉が鬼を鎮めるって星司クンは言うてたけど、この鬼は、僕をただ食べるだけやのうて、僕を犯してから骨まで食べる気ぃみたいや。

 大きく膨れ上がったソレを見て、僕はゾッとした。
 あかん、あんなの挿れられたら、壊れてまう……。

「ややっ、やめて……いやっ!」

 鬼は僕の両方の足首を掴んで大股を開かせると、子どもの腕くらいもある節くれだったソレを、僕の中に無理やりねじ込んできた。

「~~~~~~~ッ!」

 熱い! 苦しい!
 内臓を衝き上げられる気持ち悪さと圧迫感に吐きそうになりながら、僕は歯を食いしばった。爪が畳に食い込む。体が勝手にのけ反って背中が痛い。

 僕はこの苦しみが早く終わればいいと思うた。この鬼が、好き勝手に僕を喰い散らかして、満足したら、いよいよ殺されるやろ。それでも、それで星司クンが帰ってくるんやったら、僕はそれでええ。

 激しう揺さぶられながら、僕はだんだん頭がぼーっとなってきてもうてた。もしかしたら、このまま、なんもわからんままで死ぬるかもしれへん。

 なら、最期に、星司クンに伝えておかなあかん。
 今まで、一度もはっきり言うたことなかったから。

「星司クン、好き……好きや。愛してる。僕のこと、忘れんどいてや……」

 どこかで誰かに呼ばれた気がしたけど、もう、僕にはよう聞こえてへんやった。僕は星司クンの頭を抱くようにして髪を梳きながら、意識を手放した。一番幸せな記憶が最期に残るように。





 薄明かりの中で、僕は目を覚ました。
 体の痛みと重さが、生きてるんやなってことを実感させてくれた。

 畳の上に敷かれた布団に僕は寝かされていた。
 目に入るのは木目の天井、襖、障子。明かりのない部屋やのにぼんやり明るいのは、障子の外が朝やからやろう。

 起き上がろうとして、痛みに悲鳴を上げてもうた。まるで腰が抜けたみたぁに足が上手く動かせへん。上半身だけ起こして足を揉む。なんや体中が痛い……それに、なんや視界も狭い気がした。

「立夏、目が覚めたんですね!」

 襖の奥から声がして、星司クンが入ってきた。
 良かった、元気そうや。

 星司クンはその場にすぐに膝をついて正座した。僕はお布団で下半身を隠して、座ったまんま顔だけそっちに向けた。

「星司クン! 無事やったんやね、良かった。もう大丈夫なんか?」
「……驚かないんですか、俺の、姿を見て。それに、俺のせいでそんな体に……俺の、せいで……」

 僕は首を傾げた。
 星司クンの見た目は、確かに変わってもうてる。目が金色なってるし、光ってる。肌は青白い……ゆうより青うなってるし、髪がえらい伸びてはるし、しゃべると牙みたいなんが見える。爪もとんがってるし。それに、たぶん背ぇも高なっとるなぁ。

 でも、ちゃんと生きて、しゃべってる。
 目も、もう獣の目ぇやなしに星司クンの目ぇや。

「何言うてますのん。もうダメやと思うたんに、僕も星司クンも、ちゃんと生きてるやん。そりゃあ、見た目は……ほんのちょこっと変わってはるから、整える必要はあるやろけど。何にも、変わらへんよ」
「俺のことはどうだっていい!」

 僕がびくっと首をすくめたもんやから、星司クンは小さな声で謝って、今度は落ち着いた声でしゃべってくれた。

「俺が意識を取り戻して、鬼を調伏したとき……すでに、貴方は壊されてしまっていたんです、立夏。俺は、間に合わなかった。すみません……!」
「そんな、顔を上げてや、星司クン。僕は、自分から望んですべてを差し出したんや。ほんまに喰われても良かった……」
「立夏!」
「それで星司クンが戻ってくるなら、て思うたんや」
「立夏……」

 星司クンがまるで子どもみたぁにクシャクシャに顔を歪めてるから、なんや、おかしなって笑ってもうた。

「ほら、いつまでもそんなとこにおらんと、中に入りぃよ」

 襖のすぐ前で正座してる星司クンの、畳についた拳が震えてる。僕に悪いと思うてるのか、星司クンは頭を振ってそこを動こうとはせんやった。そやって距離を取って、そんなん寂しいやないの。

「この体勢もちょっと辛いんやけど、支えてもらったら、迷惑やろか」
「すみません、気づかずに」
「ううん。でも……抱きしめてほしい」
「っ! 立夏……!」

 僕をぎゅっと抱きしめる星司クンの腕は震えてた。もしかして、泣いているのやろか。僕は手を伸ばして、そっとその背中を撫でた。

「星司クン、僕な、今までずっと言われるがままに生きてきたんや。食べるもの着るものだけやない、見るものも聞くものも全部や。僕の望みなんて、なんも叶わん。欲しいものも、行きたい場所も、会いたい人も……しやから、僕はぜんぶ諦めてた」
「…………」
「ほんまはな、星司クンに好きって言われて、お付き合い始めたときな、僕、本気になんてしてなかったのや。気まぐれかなんかかな思うて」
「……薄々、感じていました」
「そやったんや? 僕、星司クンの方から『やっぱりやめましょう』って言われるんやろと思うて、なんも言わんとそのままにしとった」
「立夏、あの……」
「待ってや。まだ続きがあるのや。あのな、最初はそんなやったけど、僕、星司クンとお付き合い始めて変わったのや。嫌なこと、嫌って言えるようになった、好きなものを好きってわかった……。星司クンはな、僕が初めて好きになった人なんや。僕が、失くしたぁなくて、初めて自分から手ぇを伸ばしたのや。僕の命なんて惜しくないくらい、星司クンが大切なんや!」

 僕は顔を上げて、星司クンの揺れる目を見た。

「愛してる。星司クン……。星司クンが、いっとう好きや」
「立夏……。俺も、愛しています……貴方だけを」

 降ってきた唇は優しく僕に触れた。
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