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Happy tomorrow.

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 僕が事件の顛末を聞かされたのは、施療院のベッドの上でだった。テロリストはシルドラの衛士たちの中にもいて、彼らが情報を攪乱してたりしたせいで解決が遅れたみたい。魔物を召喚したり、自分の姿を隠したりと、わりと多才なテロリストたちだったね。

 犯行に及んだ理由は単純明快、今まで王太子派に所属してたのにいきなり第二王子がしゃしゃり出てきて王位を掻っ攫われたんじゃ自分たちの既得権益が危ないから。そしてそんな馬鹿な貴族に踊らされて縛り首まっしぐらなテロに加担させられちゃったんだってさ。

 怖いこわーい。

「それで、いつになったら僕は退院できるんですかね……」
「ばぁか! オレの師匠がこの町に一緒に来てなかったら、お前さんは今頃死んでたんだぜ、ハリー。あんなもん脇腹に生やしやがって、オレがどれだけ心配したか!」
「あはは……耳にタコが出来ちゃう」
「できねぇよ」
「ですよね~」

 僕はへらっと笑って差し出された林檎のひと切れを囓った。

 僕が刺されてから目が覚めるまでの五日間、ダントン様はずっとついててくれたんだって。怪我はわりと簡単に治ったけど衰弱とショックが酷くて、僕の体は色々と受け付けなくて、何回かに分けて治療を施してもらったみたい。

 一時期は本気でヤバかったって言われて、ちょっとゾッとしたかな、うん。

 事件の後処理は当然すべてが終わっていた。
 そして、アウグスト様の即位の話は今回の件でむしろ日取りが繰り上げになって大忙しらしい。年単位で繰り上がるって、相当じゃない?

「ようやくアウグストの奴が本腰入れる気になったみてぇでな。今を逃すと『やっぱや~めた』って言い出しかねねぇから、向こうさんも躍起なんだろうさ」
「へ、へ~」

 「向こうさん」って国の政治の中枢なんですけど。
 さすが、大貴族サマは違うなぁ。この会話だけで肝が冷えちゃう、僕。誰かに聞かれてないと良いケド。

「完全個室だ、気にすんな、ハリー」
「僕の心を勝手に読まないでください~」
「顔に出てんだよ、顔に」

 そうかなぁ?

「で、聞きたいことはたくさんあるし、言いたいこともたくさんある。けど、今これだけは聞かせてくれ」

 真剣な顔でダントン様が僕を見つめる。

「ハリー、お前、アウグストとのことはどうするつもりなんだ。アイツは国王になる、さすがに、ついちゃいけないだろう? それとも、やっぱ行くのか」
「そりゃ、一緒に行けたら行きたいですけど……」

 でも、「影の騎士団」の存在がバレたとき迷惑がかかっちゃうかな、と思っていて躊躇していた。

「アイツは国王として妃を娶らなくちゃいけないんだぜ。行けば、それを間近で見てなくちゃいけない。……辛くないか?」
「は? なんで?」
「なんでってお前、アウグストとは……そういう関係なんだろ? それともアレか、他にも何人もいるからそういうの気にしないとか……」
「なっ、ちがっ! それ誤解……させたのは僕だけど……」
「どういうことだ?」

 僕は本当のことを話した。
 前の職場で男に強引に迫られていたこと、殿下に助けてもらったこと、それからは殿下の愛人のふりをして他の男からの干渉を避けてきたこと。あ、もちろん殿下の案で。酔っぱらって絡んできた騎士仲間だって、殿下の名前を出せば一発だったもん。

「だからね、キスとか後はまぁ、まさぐられたりとか? それくらいはあったけど、それ以上はあなたが初めてだったんだってば。……ちゃんと言ったでしょ、僕」

 えっちの最中だったけど。
 貴方だけですよって。

 ……言ったよね?

「そりゃ、聞いたけど……お前、だってあのときゃ……営業用だと思うじゃねぇか……」

 錆びた色の前髪に手をやりながらダントン様が小さな声で、「良かった」って言ったのが聞こえた。額を覆って、僕から顔を隠しているつもりなんだろうけど、丸見えだよ、その、真っ赤な耳とか、首筋とか。

 やだな、僕まで恥ずかしくなってきちゃった。

「ってことは、なにか? 処女なのにあんなフェラも巧くて床上手であんあん喘いじゃうの? ……練習してたのか?」
「最っ低ー!」

 なんてこと言いやがるんだよ、僕の純情返せ!

「ははは、悪ぃ、悪ぃ。でも、ちと安心した」
「……なにが」
「アウグストの奴から奪うのは骨が折れると思ってな。まぁ、それでもオレは諦めないけどよ」
「ダントン様……」
「なんて、よく考えてみりゃお前とアウグストの組み合わせはないよな。だって女同士で絡んでみてるようにしか見えねぇもん。ほら、アイツ、トマスの下でよがってそうだろ?」
「不敬罪ぃ!! 殿下もセンパイもフツーに女のひとが好きだよ! ついでに言うならこの前までの僕もね! っていうか自分の従兄弟に対してよくもそんなこと言えたよね!?」
「事実だろ」

 だとしてもだよ、お馬鹿!

「さて。じゃあ、一番大事なことを聞いとこうか」
「え?」
「記憶、全部戻ったんだってな」
「え、うん……。そう、なんです……」
「なら、オレの聞きたいこと、分かるだろう?」

 キャスター付きのサイドテーブルを移動させると、ダントン様は立ち上がった。ギシリとベッドの軋む音がやけに大きく響く。

 半身を起こしてベッドに座っていた僕のすぐ脇に、ダントン様が片腕をついて僕の顔を覗き込んでいた。僕の手を取り、口づけて、ダントン様はニヤリと笑った。いつもみたいに。

「オレのものになってくれるか、ハリー。すでに次期侯爵の地位も譲り渡して身ひとつで家を出たオレだが、お前さんとふたり暮らしていくくらいの甲斐性はあるつもりだぜ」
「えっ……ええっ、いつの間に!? ダントン様、ノレッジの家を出たの?」
「ああ。だからもう身分がどうとか妻がどうとか関係ねぇ。元々結婚なんざしてやるつもりもなかったしな。ただ、気がかりなのはハリー、お前さんとその家族のことだ……」
「待って、それは大丈夫。僕、ちゃんと手紙書いて出てきたから。僕もね、結婚とか家を継ぐとか、やっぱり無理だと思ったんだ……貴方への、想いを、自覚してから……」
「ハリー……」

 口にしてから、すごく恥ずかしくなった。
 ドキドキしていた心臓が、もっともっと激しくなる。汗ばんでしまいそうなくらい体が熱い。ああ、僕、今絶対赤くなってる。自覚がある。

 ダントン様が気にしてくれていたように、僕も一番引っかかっていたのは、このひとの家族のことだった。その気がかりが消えた今、僕たちの間を邪魔するものは、何にもなくなってしまった。

 それはつまり……。

「オレと、ずっと一緒にいてくれ、ハリー。愛してるんだ」
「はい……僕も貴方を、愛してます……」

 僕がようやく素直になるってこと。
 重ねられた唇に、僕は微笑って応えたんだ。
 
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