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The Truth of blue.
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えっちらおっちら実家に帰っている間に、体の変化も緩やかに戻って完全に男になりました。長くなった髪の毛は面倒くさいのでそのまま馬の尻尾みたいにしてあります、ハリーです。女の子だったときとは感情の振れ幅がえらい違いで、今はもう涙も枯れ果てたやさぐれモードです、はい。
こう……感情の波っていうやつはなんなんだろね? ダントン様への思いも大半が「好き勝手言いやがってアノヤロー」ってな感じに変わっちゃった。不思議ふしぎ!
幸いなことに、父親も母親も、僕の可愛い七人の妹たちも誰もいなかった。そうだよね、皆働いてるもんね。良かった、休養しろとか言われて放り出されて、家族になんて説明しようかと思ってたとこだったもん。
そんなわけで急にもらったお休みだけど、事情が事情だけに遊びに行くのも気が引けて、結局自分の部屋にこもりきりだった。
……ひとりになると、あのひとのことばかり考えちゃうから、本当は嫌なんだけどな。仕事してる方がまだ気が楽だよ。
「潮時、かもなぁ……」
前の職場で男にしつこくされて困っていた。そんな所へアウグスト様が現れて、「行き場がないなら一緒に来い」って僕を文官に取り立ててくれたんだ。アウグスト様の母上はノレッジ侯爵の孫娘、そして僕はそのノレッジに仕えるリズボン。
家出した僕がノレッジの血筋を引く第二王子に雇われてアウストラルに帰ってきたことで僕の家族は大喜び。危険な裏の仕事に引き込まれたり、いいことばっかりじゃなかったけれど、楽しかったなぁ。
……この心の傷を癒すためには、休暇くらいじゃ無理だ。だって思い出すだけでつらいのに、また顔を合わせるかもしれないなんて冗談じゃないよ。
いや~、あれだね!
体の繋がりだけでも案外イケるかと思ってたけどつらいや! 記憶消されて知らんぷりとかも含めてね!
辞めるとなったらアウグスト様には申し訳が立たないし、実家に対しても肩身が狭い。というか、もう二度と戻れないよね。期待させて悪かったなって思うし、親不孝な跡取り息子だなあって思う。どうか、僕のことは忘れて、良い婿とって幸せになってね。
そうと決まれば、さっさとこの家から出ていこう。僕は少ない荷物をまとめ、手紙を書いた。家族や友人、職場の皆、それにアウグスト様。
……アウグスト様にはもちろん直接言うつもりだけど、きっと面と向かって言えないだろう感謝の気持ちを手紙に託した。あれだけ気にかけてもらってお世話になって、きっとずっと、一生涯お仕えするつもりで差し伸べられた手を取ったのに。こんなことでそれを振り払うなんてさ。
屋敷を後にする前に、見納めのつもりで家族揃って描いてもらった肖像画を眺めていた。ご先祖様のものもあって、懐かしさとか再発見とか、色々と興味深かった。
「あれ、これって……」
幼い頃の僕が描かれた絵の中では、青い瞳の少年が生真面目な顔をして椅子に腰かけていた……。
急いでアウグスト様の領地ゼイルードまで戻る。目的はヤバい魔法使いレイヒさん。体を女の子に変える魔法薬とか、影騎士の耐久力実験とか色々とやらかしてくれてるひとで、本人もわりとヤバい。
なぜ彼に会いに行かなくちゃいけないかと言えば、僕の瞳が昔は青かったって分かったから。きっと誰かが、親か親戚かが僕に何かをしたんだ。記憶だって弄られてるかもしれない。
だったら、だったら……!
ダントン様の方が正しかったかもしれないんだ!
「レイヒさぁん!」
「……おやおや、息を切らせてどうしました? 今回は幸運でしたね?」
「ご、ごめ……なさ……!」
笑顔だけど半分キレてる。「爆発物を扱ってるときがあるから走るな」って言われてるんだよね……「扉を急に開けてくれるな」とも。レイヒさんが性根を入れ替えて「善人」になってなかったら、容赦なく術でぶっ飛ばされてるとこだ。
「それで、ぼくに何のご用件でしょう。やはり援護が必要になりましたか」
「えっ、何の話? 僕のは完全に私用なんだけど」
「じゃあ別にどうでもいいですね」
「良くない! お願いレイヒさん、後でショコラを差し入れするから僕を助けて!」
「ふむ」
ここまで言ってようやくレイヒさんは僕の方を見てくれた。
僕も他人のこととやかく言えないけど、レイヒさんはわりと童顔入ってる中性的な顔立ちをしている。黒曜石みたいに真っ黒な瞳、引きこもっているせいで白い肌、それよりも白い雪のような白髪。これは生まれつきらしい。出会った頃には四十過ぎてたのに、デイヴィスが来てから魔術による実験で若返って二十歳くらいになっちゃった。額の銀環からぶら下がってるカラーストーンを連ねた鎖とくすんだ白の長衣が「ああ、魔導師なんだなぁ」とひと目でわかる親切仕様だ。
「いいでしょう、一番大きい箱で手を打ちます。さぁ、どうぞ聞かせてくださいな」
「うう、何気に出費がでかい。でも仕方がないや。……どこから話したらいいものか」
「最初から。すべてを話してください、包み隠さず」
僕の話を聞いたレイヒさんは、くすりと笑ってこう言った。
「ああ、確かに貴方には術がかけられていますね。しかしリズボン、それは貴方自身が自分でかけた呪ですよ」
「えっ」
「何かつらいことがあったのでしょうね。悲しみに瞳が曇るとは言いますが、実際にそこまで色を変える一族はリズボンの他に例がありませんよ」
「…………」
そんなことを言われたって、困るだけなのだけれど。
昔の僕が忘れ去ってしまいたかった記憶については少し興味があった。だってそれはきっと、ダントン様についての記憶だろうから。
「レイヒさん、僕の記憶、戻せます?」
「ええ、もちろん。お安い御用ですよ」
イマイチ信用できない魔法使いは、僕を見て目を細めて笑った。
こう……感情の波っていうやつはなんなんだろね? ダントン様への思いも大半が「好き勝手言いやがってアノヤロー」ってな感じに変わっちゃった。不思議ふしぎ!
幸いなことに、父親も母親も、僕の可愛い七人の妹たちも誰もいなかった。そうだよね、皆働いてるもんね。良かった、休養しろとか言われて放り出されて、家族になんて説明しようかと思ってたとこだったもん。
そんなわけで急にもらったお休みだけど、事情が事情だけに遊びに行くのも気が引けて、結局自分の部屋にこもりきりだった。
……ひとりになると、あのひとのことばかり考えちゃうから、本当は嫌なんだけどな。仕事してる方がまだ気が楽だよ。
「潮時、かもなぁ……」
前の職場で男にしつこくされて困っていた。そんな所へアウグスト様が現れて、「行き場がないなら一緒に来い」って僕を文官に取り立ててくれたんだ。アウグスト様の母上はノレッジ侯爵の孫娘、そして僕はそのノレッジに仕えるリズボン。
家出した僕がノレッジの血筋を引く第二王子に雇われてアウストラルに帰ってきたことで僕の家族は大喜び。危険な裏の仕事に引き込まれたり、いいことばっかりじゃなかったけれど、楽しかったなぁ。
……この心の傷を癒すためには、休暇くらいじゃ無理だ。だって思い出すだけでつらいのに、また顔を合わせるかもしれないなんて冗談じゃないよ。
いや~、あれだね!
体の繋がりだけでも案外イケるかと思ってたけどつらいや! 記憶消されて知らんぷりとかも含めてね!
辞めるとなったらアウグスト様には申し訳が立たないし、実家に対しても肩身が狭い。というか、もう二度と戻れないよね。期待させて悪かったなって思うし、親不孝な跡取り息子だなあって思う。どうか、僕のことは忘れて、良い婿とって幸せになってね。
そうと決まれば、さっさとこの家から出ていこう。僕は少ない荷物をまとめ、手紙を書いた。家族や友人、職場の皆、それにアウグスト様。
……アウグスト様にはもちろん直接言うつもりだけど、きっと面と向かって言えないだろう感謝の気持ちを手紙に託した。あれだけ気にかけてもらってお世話になって、きっとずっと、一生涯お仕えするつもりで差し伸べられた手を取ったのに。こんなことでそれを振り払うなんてさ。
屋敷を後にする前に、見納めのつもりで家族揃って描いてもらった肖像画を眺めていた。ご先祖様のものもあって、懐かしさとか再発見とか、色々と興味深かった。
「あれ、これって……」
幼い頃の僕が描かれた絵の中では、青い瞳の少年が生真面目な顔をして椅子に腰かけていた……。
急いでアウグスト様の領地ゼイルードまで戻る。目的はヤバい魔法使いレイヒさん。体を女の子に変える魔法薬とか、影騎士の耐久力実験とか色々とやらかしてくれてるひとで、本人もわりとヤバい。
なぜ彼に会いに行かなくちゃいけないかと言えば、僕の瞳が昔は青かったって分かったから。きっと誰かが、親か親戚かが僕に何かをしたんだ。記憶だって弄られてるかもしれない。
だったら、だったら……!
ダントン様の方が正しかったかもしれないんだ!
「レイヒさぁん!」
「……おやおや、息を切らせてどうしました? 今回は幸運でしたね?」
「ご、ごめ……なさ……!」
笑顔だけど半分キレてる。「爆発物を扱ってるときがあるから走るな」って言われてるんだよね……「扉を急に開けてくれるな」とも。レイヒさんが性根を入れ替えて「善人」になってなかったら、容赦なく術でぶっ飛ばされてるとこだ。
「それで、ぼくに何のご用件でしょう。やはり援護が必要になりましたか」
「えっ、何の話? 僕のは完全に私用なんだけど」
「じゃあ別にどうでもいいですね」
「良くない! お願いレイヒさん、後でショコラを差し入れするから僕を助けて!」
「ふむ」
ここまで言ってようやくレイヒさんは僕の方を見てくれた。
僕も他人のこととやかく言えないけど、レイヒさんはわりと童顔入ってる中性的な顔立ちをしている。黒曜石みたいに真っ黒な瞳、引きこもっているせいで白い肌、それよりも白い雪のような白髪。これは生まれつきらしい。出会った頃には四十過ぎてたのに、デイヴィスが来てから魔術による実験で若返って二十歳くらいになっちゃった。額の銀環からぶら下がってるカラーストーンを連ねた鎖とくすんだ白の長衣が「ああ、魔導師なんだなぁ」とひと目でわかる親切仕様だ。
「いいでしょう、一番大きい箱で手を打ちます。さぁ、どうぞ聞かせてくださいな」
「うう、何気に出費がでかい。でも仕方がないや。……どこから話したらいいものか」
「最初から。すべてを話してください、包み隠さず」
僕の話を聞いたレイヒさんは、くすりと笑ってこう言った。
「ああ、確かに貴方には術がかけられていますね。しかしリズボン、それは貴方自身が自分でかけた呪ですよ」
「えっ」
「何かつらいことがあったのでしょうね。悲しみに瞳が曇るとは言いますが、実際にそこまで色を変える一族はリズボンの他に例がありませんよ」
「…………」
そんなことを言われたって、困るだけなのだけれど。
昔の僕が忘れ去ってしまいたかった記憶については少し興味があった。だってそれはきっと、ダントン様についての記憶だろうから。
「レイヒさん、僕の記憶、戻せます?」
「ええ、もちろん。お安い御用ですよ」
イマイチ信用できない魔法使いは、僕を見て目を細めて笑った。
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