196 / 225
第10章「水の調べのエルガンヴァーナ」
記憶の森で
しおりを挟む――そこまでにしておけ。
声の主はサレプスに間違いないが、いつもの低い調べとはどこか違う。やや悲痛が感じ取れる。後ろ姿しか見えず、しゃがみ込み、俯いている。
少女はぴくりと肩を動かすと、何事もなかったかのようにセンテバから離れ、サレプスに歩み寄った。
青白い腕が労るように少女の頭を撫でる。虚ろな瞳に妖しげな光が射し、細長く瞳孔が詰まった。魔王と同じ眼差し――少女は僅かに口を開き、彼の耳元で何かを囁いた。
――だめだ……。
センテバの叫びは空しく、空に消える。
少女が手袋を外すと、指先に尖った爪が生えているのが見えた。そのまま彼の両頬に触れ、確かめるように指を這わせて首筋をなぞる。
――イグエンさん。
確かにそう聞こえた。魔王に向かって、そう呼んだ。内にいる彼に向かってではなく。
指先から触れた部分にミミズ腫れのようなものが浮き出てきて、みるみる首を一周した。拍動に合わせて盛り上がったかと思うと、肩甲骨が内側から黒く浮き上がった。皮膚を突き破り、体液を纏って黒翼が生えた。
――よく、やった……。
呼吸は荒い。消耗が激しく、前のめりになって、肩を大きく上げ下げしている。半裸のまま、左腕を伸ばし、虚空を掴もうとした。
――いけないわ。
魔王が掴んだのは、少女が遮った拳だった。少女はゆっくりと腕を下ろすと、主の顔を見つめた。
――まだ封印は残っている。お願い、力を使わないで。あとは、私がやるから。
背中に手を伸ばすと、剣を引き抜いた。
神の剣。否、赤黒い無数の触手が剣身に纏わり付き、脈打っている。瞳と同じ禍々しい色を放つ剣は生きているようだ。
少女は過去にいる私に向かって、ずっと視線を向けている。眼下に仰け反るセンテバを見下ろすと、薄ら笑いを浮かべ――
「違う……私じゃない」
もう見たくない。未知は目を伏せ、両手で顔を覆った。
「灰色の少女はあなたなのです」
違う。センテバもヴァーヌも人違いをしている。そもそも、あの少年は本当にセンテバだったのだろうか。
「どこに証拠が……こんな映像を見せられただけじゃ信じられない」
「あなたの未来は明日起こるかもしれないし、ずっと先かもしれません。まだ起こると決まったわけではありません」
指の隙間から光が入り込む。部屋は再び白み、光が戻っていた。
「回避する方法は、一刻も早く残りの聖獣の加護を受けることです。四聖獣の加護を受けたあなたなら、封印を打ち破れます。ここに魔王サレプスを束縛している限り、力の増大を食い止められるのです」
「それなら、どうしてすぐにこの映像を見せてくれなかったんですか? どうして部屋に閉じ込めたんですか?」
「三日前のあなたなら堪えられなかったでしょう」
「どうしてそう言えるんですか」
「あの状態で旅を続けられると思いましたか」
「……」
耳の奥に、馬車の音がけたたましく蘇る。
早くメルフ火山から離れたかった。遠ざかる火山の眺望には目もくれず、ずっと俯いていた。
「あなたは一人になりたかったのではないですか?」
虚をついて、体の奥に重く沈み込む。
「ずっと一人になりたかったのでは? 話が合わず、息苦しかった。迷惑を掛けていると思った」
再度言う。なぜこうも痛いくらいに突いてくるのだろう。
「殊に、あの黄色い髪の少年には手を焼いていたのではありませんか? 別れたとはいえ、仲間だった者です。彼が虐げられる様を見せられたら――あなたには、空白の時間が必要でした」
こう考えたらいかがでしょうと、畳みかける。
「もしここに彼らと一緒に来ていたら、あなたの手で傷つけてしまったことでしょう。あなたと別れて、少年は救われたのです」
私の選択は正しかったのだろうか。
「しかし、一人で出立するのは心細いでしょう。あなたには従者が必要です」
あなたが三日かけて心の準備をしたように、我々も然るべき時を待っていた。
最初は木が立っているのかと思った。よく見れば、教皇でも、ティーサラでもない人たちがここにいた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
スライムと異世界冒険〜追い出されたが実は強かった
Miiya
ファンタジー
学校に一人で残ってた時、突然光りだし、目を開けたら、王宮にいた。どうやら異世界召喚されたらしい。けど鑑定結果で俺は『成長』 『テイム』しかなく、弱いと追い出されたが、実はこれが神クラスだった。そんな彼、多田真司が森で出会ったスライムと旅するお話。
*ちょっとネタばれ
水が大好きなスライム、シンジの世話好きなスライム、建築もしてしまうスライム、小さいけど鉱石仕分けたり探索もするスライム、寝るのが大好きな白いスライム等多種多様で個性的なスライム達も登場!!
*11月にHOTランキング一位獲得しました。
*なるべく毎日投稿ですが日によって変わってきますのでご了承ください。一話2000~2500で投稿しています。
*パソコンからの投稿をメインに切り替えました。ですので字体が違ったり点が変わったりしてますがご了承ください。
人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚
咲良喜玖
ファンタジー
アーリア戦記から抜粋。
帝国歴515年。サナリア歴3年。
新国家サナリア王国は、超大国ガルナズン帝国の使者からの宣告により、国家存亡の危機に陥る。
アーリア大陸を二分している超大国との戦いは、全滅覚悟の死の戦争である。
だからこそ、サナリア王アハトは、帝国に従属することを決めるのだが。
当然それだけで交渉が終わるわけがなく、従属した証を示せとの命令が下された。
命令の中身。
それは、二人の王子の内のどちらかを選べとの事だった。
出来たばかりの国を守るために、サナリア王が判断した人物。
それが第一王子である【フュン・メイダルフィア】だった。
フュンは弟に比べて能力が低く、武芸や勉学が出来ない。
彼の良さをあげるとしたら、ただ人に優しいだけ。
そんな人物では、国を背負うことが出来ないだろうと、彼は帝国の人質となってしまったのだ。
しかし、この人質がきっかけとなり、長らく続いているアーリア大陸の戦乱の歴史が変わっていく。
西のイーナミア王国。東のガルナズン帝国。
アーリア大陸の歴史を支える二つの巨大国家を揺るがす英雄が誕生することになるのだ。
偉大なる人質。フュンの物語が今始まる。
他サイトにも書いています。
こちらでは、出来るだけシンプルにしていますので、章分けも簡易にして、解説をしているあとがきもありません。
小説だけを読める形にしています。
夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話
束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。
クライヴには想い人がいるという噂があった。
それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。
晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。
【完結】呪われ姫と名のない戦士は、互いを知らずに焦がれあう 〜愛とは知らずに愛していた、君・あなたを見つける物語〜
文野さと@ぷんにゃご
ファンタジー
世界は「魔女」と言う謎の存在に脅(おびや)かされ、人類は追い詰められていた。
滅びるのは人間か、それとも魔女か?
荒涼とした世界で少年は少女と出会う。
──それは偶然なのか、それとも必然か?
君しかいらない。
あなたしか見えない。
少年は命かけて守りたいと思った
少女は何をしても助けたいと願った。
愛という言葉も知らぬまま、幼い二人は心を通わせていく。
戦いの世界にあって、二人だけは──互いのために。
ドキドキ・キュンキュンさせますが、物語は安定の完結です。
9.9改題しました。
旧「君がいるから世界は」です。
異世界でネットショッピングをして商いをしました。
ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。
それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。
これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ)
よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m
hotランキング23位(18日11時時点)
本当にありがとうございます
誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。
女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません
青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。
だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。
女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。
途方に暮れる主人公たち。
だが、たった一つの救いがあった。
三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。
右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。
圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。
双方の利害が一致した。
※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております
転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位
キャンピングカーで往く異世界徒然紀行
タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》
【書籍化!】
コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。
早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。
そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。
道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…
※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜
※カクヨム様でも投稿をしております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる