184 / 225
第10章「水の調べのエルガンヴァーナ」
物語るひと
しおりを挟む
ティーサラに続いて、未知も螺旋階段を登る。段差が低いにしても、一人がやっと通れるくらいに狭く、薄暗く、窮屈だ。背後には誰もいないのに、追い詰められるように身を屈めて登って行くと、一気に視界が開けた。突風が顔に当たり、日光の眩しさで目をしかめたが、眼下に広がる景色に息を呑んだ。
「私の一番好きな場所です。エルガンヴァーナを一望できるこの場所を、未知様にお見せしたかったです」
大聖堂は、都の中心に建てられている。真下に見える広場からは、放射状に道が五本伸びている。
「あの道の先には教会があってですね、かつてカロイスの奇跡で立ち上がった五人の神父を象徴しています」
「カロイスの奇跡って、何ですか?」
「エルガンヴァーナの街を救った人間カロイス・ヴァーンと、獣人ロジウス・ヒューン。種族の違う二人が手を取り合い、都の危機を救いました。私達は、光の女神リュークが最初に創造した『創世の民』と呼ばれる人間の子孫です。エルガンヴァーナは、創世の民の一人である聖女ラキタによって造られました。ラキタを慕う者に、ピンズラムという少年がいました。彼も創世の民の一人で、未来を見通す予知の力がありました。世界は魔王による支配の危機を何度も迎え、時が過ぎ、ピンズラムの力を継いだ聖者がエルガンヴァーナを治め、教皇ヴァーヌと呼ばれ、崇められました。彼は勇者クランと協力して、闇の帝国ティティリアを打ち破ったと言われています。しかし、ヴァーヌの力は強大だったため、彼亡き後も魂が残存していたとされています。闇の帝国が壊滅した後、北のゴルン山脈を越えて多くの獣人が流れ込んできました。付近に住み着いた獣人達に、エルガンヴァーナの民は居心地が良くありませんでした。獣人は卑しく、盗みを働くとされ、侮蔑の対象となっていました。魂となったヴァーヌは、エルガンヴァーナに渦巻く負の力を感じ取ったのでしょう。カロイスの身体に取り憑いて復活し、街を滅ぼそうとしたのです。その危機を救ったのが獣人ロジウスと、五人の神父達で――」
ティーサラの物語りは止まらない。よほど物語ることが好きなんだ。
未知は聞き疲れして、右手側に見える海岸に目を向けた。大聖堂を中心に広がる赤茶けた屋根とは異なり、海岸沿いに建つ家は黄色い。どこか真新しく見える。赤茶色と黄色い屋根の境目はどこだろうと目を凝らすと、都をぐるりと囲む市壁が途切れていた。
「未知様? エルガンヴァーナの市壁は、太古では悪魔族の侵入を防いだほど頑丈です。ですが、壁は見るべき外界を拒絶します。困窮した獣人達をも。カロイスの奇跡で、あの壁は取り払われ、街は海岸にまで広がりました。今や、エルガンヴァーナは大地と海の街になったのですよ」
ティーサラは息を弾ませ、話を結んだ。暖かな潮風が頬に当たる。
「あ、あそこに島がある……」
沖合に、ぽつりと島が顔を出している。よく見れば、海は堂内で見たポセラドルの体の色と同じターコイズブルーである。港町ルンサームの海の深遠な青とは異なり、鮮やかで陽気な色合いだ。海全体がポセラドルを表しているのではないかと思うほどだ。
「祠には、聖獣ポセラドルが祀られています」
「さっきの天井画の……!」
「はい」
「あの、ポセラドルは無事ですかっ? サレプスにさらわれてないですか??」
「今のところ、不穏な知らせは聞いていませんので、大丈夫ですよ」
「良かった……」
未知は胸をなで下ろした。
だが、うかうかしていられない。いつサレプスがポセラドルを手にかけるか分からないからだ。己の封印を解くために、障壁となる存在を早々と排除するに違いない。
どうしてティーサラは、こうも落ち着いていられるのだろう。魔王はいつエルガンヴァーナを襲うか分からないのに。この徒労に過ごした三日の間に、ポセラドルに会えたかもしれない。ポセラドルの力を借りたら、四番目の聖獣グリフォンに会いに行けたのに。サレプスが全ての封印を解く前に、四聖獣の力を借りれたら、イグエンさんをすぐに助けられるのに。
「あのティーサラさん、私を祠まで連れて行ってくれませんかっ」
やっと言えた。この三日間の遅れを取り戻さなくてはいけない。まだポセラドルに会う方法は分からないが、祠に行けば、きっと何か手がかりを掴めるはずだ。
「分かりました、行きましょう」
「私の一番好きな場所です。エルガンヴァーナを一望できるこの場所を、未知様にお見せしたかったです」
大聖堂は、都の中心に建てられている。真下に見える広場からは、放射状に道が五本伸びている。
「あの道の先には教会があってですね、かつてカロイスの奇跡で立ち上がった五人の神父を象徴しています」
「カロイスの奇跡って、何ですか?」
「エルガンヴァーナの街を救った人間カロイス・ヴァーンと、獣人ロジウス・ヒューン。種族の違う二人が手を取り合い、都の危機を救いました。私達は、光の女神リュークが最初に創造した『創世の民』と呼ばれる人間の子孫です。エルガンヴァーナは、創世の民の一人である聖女ラキタによって造られました。ラキタを慕う者に、ピンズラムという少年がいました。彼も創世の民の一人で、未来を見通す予知の力がありました。世界は魔王による支配の危機を何度も迎え、時が過ぎ、ピンズラムの力を継いだ聖者がエルガンヴァーナを治め、教皇ヴァーヌと呼ばれ、崇められました。彼は勇者クランと協力して、闇の帝国ティティリアを打ち破ったと言われています。しかし、ヴァーヌの力は強大だったため、彼亡き後も魂が残存していたとされています。闇の帝国が壊滅した後、北のゴルン山脈を越えて多くの獣人が流れ込んできました。付近に住み着いた獣人達に、エルガンヴァーナの民は居心地が良くありませんでした。獣人は卑しく、盗みを働くとされ、侮蔑の対象となっていました。魂となったヴァーヌは、エルガンヴァーナに渦巻く負の力を感じ取ったのでしょう。カロイスの身体に取り憑いて復活し、街を滅ぼそうとしたのです。その危機を救ったのが獣人ロジウスと、五人の神父達で――」
ティーサラの物語りは止まらない。よほど物語ることが好きなんだ。
未知は聞き疲れして、右手側に見える海岸に目を向けた。大聖堂を中心に広がる赤茶けた屋根とは異なり、海岸沿いに建つ家は黄色い。どこか真新しく見える。赤茶色と黄色い屋根の境目はどこだろうと目を凝らすと、都をぐるりと囲む市壁が途切れていた。
「未知様? エルガンヴァーナの市壁は、太古では悪魔族の侵入を防いだほど頑丈です。ですが、壁は見るべき外界を拒絶します。困窮した獣人達をも。カロイスの奇跡で、あの壁は取り払われ、街は海岸にまで広がりました。今や、エルガンヴァーナは大地と海の街になったのですよ」
ティーサラは息を弾ませ、話を結んだ。暖かな潮風が頬に当たる。
「あ、あそこに島がある……」
沖合に、ぽつりと島が顔を出している。よく見れば、海は堂内で見たポセラドルの体の色と同じターコイズブルーである。港町ルンサームの海の深遠な青とは異なり、鮮やかで陽気な色合いだ。海全体がポセラドルを表しているのではないかと思うほどだ。
「祠には、聖獣ポセラドルが祀られています」
「さっきの天井画の……!」
「はい」
「あの、ポセラドルは無事ですかっ? サレプスにさらわれてないですか??」
「今のところ、不穏な知らせは聞いていませんので、大丈夫ですよ」
「良かった……」
未知は胸をなで下ろした。
だが、うかうかしていられない。いつサレプスがポセラドルを手にかけるか分からないからだ。己の封印を解くために、障壁となる存在を早々と排除するに違いない。
どうしてティーサラは、こうも落ち着いていられるのだろう。魔王はいつエルガンヴァーナを襲うか分からないのに。この徒労に過ごした三日の間に、ポセラドルに会えたかもしれない。ポセラドルの力を借りたら、四番目の聖獣グリフォンに会いに行けたのに。サレプスが全ての封印を解く前に、四聖獣の力を借りれたら、イグエンさんをすぐに助けられるのに。
「あのティーサラさん、私を祠まで連れて行ってくれませんかっ」
やっと言えた。この三日間の遅れを取り戻さなくてはいけない。まだポセラドルに会う方法は分からないが、祠に行けば、きっと何か手がかりを掴めるはずだ。
「分かりました、行きましょう」
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
クラス転移で神様に?
空見 大
ファンタジー
空想の中で自由を謳歌していた少年、晴人は、ある日突然現実と夢の境界を越えたような事態に巻き込まれる。
目覚めると彼は真っ白な空間にいた。
動揺するクラスメイト達、状況を掴めない彼の前に現れたのは「神」を名乗る怪しげな存在。彼はいままさにこのクラス全員が異世界へと送り込まれていると告げる。
神は異世界で生き抜く力を身に付けるため、自分に合った能力を自らの手で選び取れと告げる。クラスメイトが興奮と恐怖の狭間で動き出す中、自分の能力欄に違和感を覚えた晴人は手が進むままに動かすと他の者にはない力が自分の能力獲得欄にある事に気がついた。
龍神、邪神、魔神、妖精神、鍛治神、盗神。
六つの神の称号を手に入れ有頂天になる晴人だったが、クラスメイト達が続々と異世界に向かう中ただ一人取り残される。
神と二人っきりでなんとも言えない感覚を味わっていると、突如として鳴り響いた警告音と共に異世界に転生するという不穏な言葉を耳にする。
気が付けばクラスメイト達が転移してくる10年前の世界に転生した彼は、名前をエルピスに変え異世界で生きていくことになる──これは、夢見る少年が家族と運命の為に戦う物語。
加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました
宵
ファンタジー
幼い頃、神獣ヴァレンの加護を期待され、ロザリアは王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、侍女を取り上げられ、将来の王妃だからと都合よく仕事を押し付けられ、一方で、公爵令嬢があたかも王子の婚約者であるかのように振る舞う。そんな風に冷遇されながらも、ロザリアはヴァレンと共にたくましく生き続けてきた。
そんな中、王子がロザリアに「君との婚約では神獣の加護を感じたことがない。公爵令嬢が加護を持つと判明したし、彼女と結婚する」と婚約破棄をつきつける。
家も職も金も失ったロザリアは、偶然出会った帝国皇子ラウレンツに雇われることになる。元皇妃の暴政で荒廃した帝国を立て直そうとする彼の契約妃となったロザリアは、ヴァレンの力と自身の知恵と経験を駆使し、帝国を豊かに復興させていき、帝国とラウレンツの心に希望を灯す存在となっていく。
*短編に続きをとのお声をたくさんいただき、始めることになりました。引き続きよろしくお願いします。
夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話
束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。
クライヴには想い人がいるという噂があった。
それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。
晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。
【完結】呪われ姫と名のない戦士は、互いを知らずに焦がれあう 〜愛とは知らずに愛していた、君・あなたを見つける物語〜
文野さと@ぷんにゃご
ファンタジー
世界は「魔女」と言う謎の存在に脅(おびや)かされ、人類は追い詰められていた。
滅びるのは人間か、それとも魔女か?
荒涼とした世界で少年は少女と出会う。
──それは偶然なのか、それとも必然か?
君しかいらない。
あなたしか見えない。
少年は命かけて守りたいと思った
少女は何をしても助けたいと願った。
愛という言葉も知らぬまま、幼い二人は心を通わせていく。
戦いの世界にあって、二人だけは──互いのために。
ドキドキ・キュンキュンさせますが、物語は安定の完結です。
9.9改題しました。
旧「君がいるから世界は」です。
異世界でネットショッピングをして商いをしました。
ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。
それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。
これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ)
よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m
hotランキング23位(18日11時時点)
本当にありがとうございます
誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。
名無し令嬢の身代わり聖女生活
音無砂月
ファンタジー
※タイトル変更:名無しの妹は嫌われ聖女の身代わり
アドリス公爵家は代々、光の魔法を使う聖女の家系
アドリス家に双子の女の子が生まれた。一人は聖女の家系に相応しい魔力を有し、アニスと名付けられた。
一人は魔力が少ない、欠陥品として名前をつけられず、万が一のスペアとして生かされた。
アニスは傲慢で我儘な性格だった。みんなから嫌われていた。そんなアニスが事故で死んだ。
聖女の家系として今まで通り権威を振るいたいアドリス公爵家は残った妹にアニスの身代わりをさせた。
キャンピングカーで往く異世界徒然紀行
タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》
【書籍化!】
コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。
早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。
そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。
道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…
※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜
※カクヨム様でも投稿をしております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる