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第5章「ニャッカ王国珍道中」

森の中で

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 誰かがいる。
 目が慣れてくると、暗闇にいるその人の姿がはっきり見えた。

「ジュリスさん?」

 少女が呼び掛けると、男は振り返った。

「あの、無事だったんですね!」

 間違いない。ルンサームで、初めてジュリスを見た時に印象に残った、彼のやや彫りの深い顔と、癖毛は相変わらずだ。
 ただ衣服には、ゲザキルンのくちばしで貫かれた跡が残っていなかった。

「未知」

 彼の顔には、未知と旅をしていた時に見せた朗らかな笑みがなかった。

「どうして君は逃げなかったんだ」
「え?」

 未知はジュリスの問いに面を食らう。

「俺は君が逃げれるように時間稼ぎをした。君はいつでも逃げれたはずだ」

 しかし、彼が何を言わんとしているのか、咄嗟に理解した。

「あの少女は俺を狙っていると言っていたが、真の狙いは君だ。君が遠くに逃げれば、俺はこんな目に遭わなかった」

 そう言うと、彼の胸のあたりに血が滲みだした。未知は思わず目を瞑った。ジュリスが死んだのは事実だった。

(でも、岩影で待っていてって……)
「俺の言葉に従って、岩影で待っていたって言いたいのか?」

 あの時逃げていれば、ジュリスさんは死ななかった。ジュリスさんは、私のせいで死んだ。

「そうやって人が言ったことを引き合いに出して、君は人のせいにする」

 ジュリスはこちらに向かって歩いてくる。目の前にいるのは、彼の怨霊に違いない。

「そうやって、また人に迷惑をかける。いつも一人でいたがるくせに、困ったときには人にすがりつく」

 ジュリスの言葉が胸に深く突き刺さる。なぜなら、それらの言葉は彼女に心当たりがあるからだ。ジュリスは、ずっとそう思いながら、自分に接してきたのだろうか。

「認めなよ」

 口の両端を上げて嫌らしく笑うと、突然彼の姿が揺らいで、別の者が現れた。

「お前は、一人でいたいことを」

 目の前に現れたのは、未知を崖下に突き落とした張本人、自分と同じ顔をしているイルだ。

「お前は一人になるために、あの旅人を殺した」
「違う。どうしてあなたがいるの……」

 変身できる人が存在するなんて信じられない。これは、夢に違いない。イルは夢の中においても、自分を苦しめるのだろうか。

「やめて、来ないでっ!」

 私のせいで、ジュリスさんは死んだ。私はジュリスさんを殺したんだ――そう認めるのが怖い。あの時のように、未知は迫り来るイルから逃れようと後退り、見えない崖にさしかかった。体が仰け反り、抵抗する間もなく、深い闇が迫る。
 両手がピクリと痙攣するや否や、周囲が明るくなった。

「おはよう!」

 まるでびっくり箱を開いたように、いきなり目の前にひょうきんな顔が登場した。

「おら、センテバ」

 未知は無意識のうちに後退っていた。自分が何かの縁にいることに気づかず、派手に床に転落した。

「いたた……」

 と、尻餅を突いて初めて、自分がベッドに寝そべっていたことを知った。

「ごめん。驚かせて、ごめん」

 若草色の円らな瞳が心配そうに少女を覗いている。未知は怖くなって目を逸らし、少年の容姿をくまなく観察しようとする。
 少年は金髪で、ワックスで固めているのか随分逆立っている。彼が身に付けているヘアバンドからサンダルまで、本で見たインディアンの出立ちを彷彿させる。
 年の頃は、未知より二、三歳年下といったところだ。まだまだ幼さが残る顔つきは、中学校に入りたての一年生に例えた方が分かりやすいかもしれない。

「良かった~。君、三日も寝ていたから、起きないんじゃないかって心配したんだよ。スミロフじいさんから聖水をもらって飲ませたら目が覚めて、あぁ良かった」
「み、三日?」

 未知は目を白黒させる。
 三日と言われたのは、二回目だ。この世界に来てから、どうして自分が長時間眠れるようになってしまったのか、不思議でならない。徹夜後に半日寝ていたなら分かるけれど、三日なんて想像できない。

「そういえば、まだ君の名前を聞いてなかった」
「私は……月城未知」
「つ……えぇっと、みちっていうんだね」

 どうやらちゃんと聞き取れなかったらしい。センテバは辛うじて聞き取れた「未知」を強調した。

「あ、おらはセンテバ」
「センテバ君……?」
「センテバ君なんて恥ずかしいよ。センテバで良いよ!」

 少年はもじもじしながら、襟首に付いている羽飾りをもてあそぶ。

「そうだ! みち、今ご飯作ってくるから、ちょっと待ってて」

 少年はいそいそとスキップをしながら、部屋を後にした。
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