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第5章「ニャッカ王国珍道中」

姫と少年

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 エルザが心配している鐘の正体は、警鐘だ。また魔物が襲撃にやってきたんだ。
 城壁を越えて町に出ると、街路はすでに逃げ惑う人々でごった返していた。警鐘を聞いて、急いで露店を畳む店主や、びっくりして買い物袋を落とす客人に、隙を狙って品物をくすねようとする者など、全部取り上げたらきりがないくらいだ。しかし、少年が城壁から姿を現すところは、誰も目撃していなかった。
 センテバは人込みを避けて沿道を走り、町の見張り台へと向かった。

(警鐘を聞いて、エルザが怯えている!)

 少年は警鐘が取り付けてある見張り台を見つけると、目にも留まらぬ速さで梯子を登り始めた。

「センテバ、またお前かい?」

 警鐘を鳴らしていた男は一瞬手を休めたが、再び与えられた役割に従事し始める。またということは、以前にもセンテバは警鐘を止めに来たのだ。

「頼む! 鐘を鳴らさないでくれ」
「いくらせがまれても、警鐘を止めることはできないぞ。国王様に申し付けられているからな」

 と言っても、センテバがその場から頑として動かないので、見張りの男は、

「お前だって知ってるだろ? テバーニ隊が魔物の巣に攻め入ったまま、戻ってこないことを。お前がどうしてこれを止めたがるのか分からないが、これを鳴らさなければ、町のみんなに危険を知らせられないんだ」

 鐘は耳元で鳴っているにも関わらず、男の言葉ははっきりと少年に聞こえていた。

「……そうだよな」

 エルザ、ごめんと心の中で謝り、センテバは肩を落としながら、見張り台から降りた。

「センテバ、逃げ遅れないようにしろよ」

 砂埃が舞う。ドドドと地鳴りがしたかと思うと、奴らは姿を現した。

「来たな」

 センテバは、急いで近くの木によじ登り、屋根に避難した。
 奴らの姿は猪に似ているが、体毛が紫色で、目が血走っている点が違う。さらに、普通の猪とは比べものにならないくらい牙が長い。突進されたら串刺しになること間違いなしだ。ユニコーンによると、奴らの名前は、クロボルというらしい。
 森の中に位置するニャッカ王国においては、街の中を占める木々の割合は高い。街の至る所には、建物と共生するように木が生えている。通りを駆けずり回るクロボルもいれば、何度も幹に体当たりして、木を倒そうとするものもいた。

「城の兵士は一体何をやってるんだ?」

 町人は皆家の中に逃げたのか、通りには人っ子一人見当たらない。しかし、魔物に街を蹂躙させておくのは、いくら何でも無防備すぎる。

「きゃっ!」

 母親に手を引かれ、家の中に避難しようとしていた子供が根っこにつまずいて転んでしまった。逃げ遅れた者がまだいたのだ。
 これ見よがしにとクロボルは向きを変え、立ち上がれずにいる子供目がけて、突進した。あんなに小さな子が牙で突かれたら、体に穴が開いてしまう。センテバは即座に弓を構え、矢をつがえて下にいるクロボルに放った。矢は標的の右目を貫き、その反動で地面に崩れ落ちた。
 母親はこの隙にと我が子を抱き抱えて、家に避難した。

「くまちゃん……!」

 ところが、センテバが立ち去ろうとした時に、中から先程の子供の泣きじゃくる声が聞こえてきた。気になって魔物の亡骸の方を見やると、根っこの脇に頭一つ分くらいの茶色いぬいぐるみが横たわっている。

「あれか!」

 センテバは半ば反射的に屋根から飛び降り、熊のぬいぐるみを拾いに向かった。
 もたもたしていれば、またクロボルがやってくる。早く拾って、あの子に渡してあげないとと思いながら、センテバが振り向いた時には、既に次の魔物が目と鼻の先に――奴の荒い鼻息がかかるくらいに――迫っていた。

「……くっ」

 センテバは、ただただ目を見開いていた。十年前の出来事と比べたら、怖くないと思っていた。
 しかし、意気揚々と少年に突進したクロボルは、横殴りにすっ飛んだ。
 目をこすって、魔物が飛んでいった方を見ると、敵は槍で一突きにされ、即死だった。
 その隣には、桃色の髪が特徴的な長身の女性が立っている。膝まで伸ばした髪は三つ編みにしてあり、纏った白いロングコートとともに、風になびいている。

「気をつけな」

 女は、片足で猪の脇腹を蹴って槍を引き抜いた。センテバを一瞥する目は強い光を讃えていて、私には恐れるものはないと語っているようだ。

「ここは私に任せて、早く行きな!」
「どうも!」

 と、元気良く礼を言い、センテバはぬいぐるみを抱えて家に向かった。

「お兄ちゃん、ありがとう」

 女の子はお気に入りのくまちゃんを受け取ると、屈託のない笑みを浮かべた。少年の若草色の瞳に映るのは、大切な人の懐かしい姿だった。
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