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第3章「果てしなき世界へ」

異国より

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 未知は、かつてルンサームがあった場所に立っていた。
 神魔羅殿から戻ってきた後に雨が降り、焦げ臭さは大分消えていた。しかし、石畳が剥がれた地面のでこぼこには水が溜まり、通りに面影はない。ふと覗き込むと、清々しい晴天とは対照的に、やはり憂鬱な表情をした自分がいた。

「こんな剣、いらない……」

 未知は、神魔羅殿で抜いた剣を持って、朝早くに教会から抜け出してきた。
 不思議なことに、自分の片腕くらいの長さは優にある刀身は重くなかった。家で使っている箸のようにすっと手に馴染んでいた。

「でも捨てたら……」

 この剣には誰も触れられない。アーサーやエルスタンがそうであったように、他人も触れれば、感電するに違いない。まるで爆弾を抱えているようなものだ。一刻も早くここから立ち去らないと。これ以上皆さんに迷惑を掛けたくない。
 でも最後にこの場所を見ておかなければいけないと思った。なぜだか分からないが、この嫌な残骸を目に焼き付けておかないと、罪悪感が襲ってくるような気がしてならないのだ。
 あの災厄の中で自分一人だけ生き残ったことが申し訳なかった。

「……何かな」

 瓦礫に紛れて白っぽいものが立っている。未知は木片を払い除け、その正体を確認した。

「これって……」

 所々すすが覆っていたが、それは災厄の前にここで見た石像だった。

「……信じられない」

 粉々に砕けて当たり前なのに、特殊な物質で出来ているのか、それともゾンビのように呪われているのか。町一つ飲み込んだ爆発に巻き込まれたのにも関わらず、石像だけが無傷なのは不気味だった。

「同じ物のはずがない……私は幻覚を見ているのよ。きっと爆発の後に誰かが持ってきたんだ」

 未知はぶつぶつと呟き、見て見ぬふりをしようとした。

 ――クオォォーン!

 突然背後で犬の吠える声がした。
 未知は恐る恐る振り向くが、誰もいない。否、背後に運良く瓦礫の山があり、何も見えなかったのだ。
 姿が見えないのだから、声はペットの犬か、野良犬かもしれない。だが、噴水の真下にはケルンという恐ろしい狼がいた。そういえば、ここは噴水に近い場所ではないか。あれの生き残りが徘徊しているかもしれない。

(どうしよう、ケルンだったら……逃げないと。でも、気づかれたらどうしよう)

 あれやこれやと憶測を逞しくして、頭が痛くなりそうだ。考えていても、仕方ない。未知はびくびくと震えながらも、瓦礫の影から向こう側の様子を窺った。

「……」

 一人の男が無数の狼に囲まれている。口から突き出た牙、殺気を帯びた赤紫色の瞳は、まさしくケルンだ。
 男の方は腰に細長い棒を差していたが、構えていない。ここからだと男の顔は窺えなかったが、一つに結われた長い後ろ髪と、紺色の着物が見えた。

(……お侍さん??)

 この近くに江戸時代を似せたテーマパークがあるのか。
 そういえば、アーサーは李本銀(りほんぎん)という日本に似た国があると言っていたではないか。李本銀は国ではなく、テーマパークの名前かもしれない。
 どうしよう。ケルンの数は増えるばかりだ。剣を持って立ち向かわなければならない。でもあの時のように何もできない。
 いいや、狙われているのは、あの侍だ。男がケルンをやっつけてくれるのだから、自分は関係ない。
 見て見ぬふりをして逃げようかと思ったその時、足元で瓦礫が崩れ落ちた。

「ひぃっ……!!」

 物音を聞いたケルンたちは反転して、未知の目の前に躍り出た。こんなことになるくらいなら、瓦礫の向こう側を覗かない方が良かった。
 彼女は恐怖のあまり、目を見開いたまま、体が硬直してしまった。
 食べられるのは時間の問題だ。ケルンの半分開いた口からはよだれが流れ、胴体が動く度に肋骨が揺れている。ジャリッジャリッと瓦礫を踏んづける音が耳に痛い。

「――むっ」

 隙あり。と、男は振り向き、同時に目にも留まらぬ早さで腰から棒を抜き払った。棒は日光を浴びて燦々と光り、ケルンに振り下ろされる。

(刀……!?)

 斬撃を受けたケルンは、瞬く間に実体を失って灰になり、風に紛れて消えた。男は滑らかに刀を振るい、次々に襲い掛かる獣達を切り裂いた。

(何が起きているの……)

 刄が光った瞬間、敵は飛び散っていなくなる。最初の一匹と同じように、他のケルンも姿を消していく。男の動きは、居合と似たようなものだろうか。とにかく速すぎて見えない。ただ男の邪魔をしてはいけないことだけは分かった。
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