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第1章「はじまり」

月夜の出会い

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 今宵は満月だ。
 煌煌と月光が照らす砂浜に一人の青年が立っていた。
 さざ波が打ち寄せる音が辺りに響き、僅かな音といえば青年の脈々と打たれる鼓動だけだった。
 夜は外気が冷える。青年は外套を羽織り、砂浜に長い影を落としながら海沿いに歩く。腰で揺れる灰色の髪は月光を浴びて白銀に輝き、鼻筋が通って均整のとれた顔は蒼白に見えた。

「誰だ? 漂流者か?」

 青年は少し歩いたところで足を止めた。
 人が倒れている。青年は静かに近寄って相手の様子を窺う。
 仰向けになった少女は見慣れない異国の服を着ていた。上下紺色の布地は砂に塗れて白く濁り、肩に届くか届かないかの焦げ茶色の髪は月光を浴びて漆黒に見え、海水を含んでびっしょりと濡れている。今し方打ち上げられたばかりだろうか。
 青年は服の上から少女の腕に触れた。細く、華奢な手だと感じ、肌の冷たさが芯から伝わってくる。

「体が冷えきっているな」

 少女の口元に耳を当てると、微かだが息を吐く音が聞こえた。念のため少女の左胸に耳を押し当てると、鼓動は力強く打たれていた。
 少女はどこから流れてきたのだろうか。二本の白いラインが引かれた半円形の襟が独特な上着と、細かなひだが取られたスカート。青年は少女の服を穴が開くくらいに見つめる。

「……親父は何と言うか分からないけど、連れていこう」

 このままここで夜を明かせば、少女は野犬に襲われるか、はたまた満潮に飲まれて海の藻屑になるだろう。青年は、目の前のいつ消えてしまうとも分からない命を救いたかった。
 青年はおもむろに外套を脱ぐと、少女の背中に包み込むようにして掛けた。ずり落ちないようにしっかりと少女をおぶると、町へと続く道に踏み出した。
 しばらく歩くと、背中におぶった少女が身動きするのを感じ、呼気が肩に当たった。

「……誰?」

 少女は自分をおぶっている者に尋ねる。声に力は入らない。しかし擦れた声でも青年には十分聞こえ、自然と彼の顔はほころんだ。

「俺はイグエン」

 少女はぴくりと体を動かしたが、もう一度声を出すまでの気力は残っていなかった。背中に再び重みが増すと、少女は眠りに入ったのだと感じた。
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