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四章

ミシェール=フォン=フリードリヒ

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 城門を潜ると鮮やかな白壁の建物が、右に左に所狭しと並んでいた。パルジャンス城は2つの区画に分けられていて、敷地内にもう1つ城門があるそうだ。今俺達が歩いているのは2つの門の間にある区画で、国民向けの税務署やら戸籍管理所やらが並んでいるらしい。合同庁舎って所か。辺りを見回すと武装していない人も歩いているから、きっと利用者だな。
 前を歩くトロイアーノについていくと、2つ目の城門が見えてきた。門は閉じられていて、武装した門番が8人並んでいる。警備が厳重だから、この門から先が本当の城内ってことか。
 トロイアーノが門番達に声をかけると、俺達は念のためもう一度身分照会を受けることになった。身分証ライセンスの提示だけじゃなく、荷物の確認と魔法道具マジックアイテムによるボディーチェックまで、徹底的に調べられた俺達はそれぞれ疲れた表情で2つめの城門を潜った。
「規則なもので、大変失礼いたしました」
 一通りの作業が終わった後、門番達は申し訳なさそうに頭を下げてきた。いいよいいよ、仕方ないって。
「門番殿、入城しても構わないか?」
 トロイアーノが尋ねると、門番達は手際よく門を開いてくれた。8人いた門番の中から2人が前に立って、残りの門番が左右に分かれる。
「ご案内します、どうぞこちらへ」
「2人の英雄とそのお仲間をご案内出来て光栄です」
 生真面目な顔で2人の門番が歩き出す。その後にトロイアーノが続き、俺達もパルジャンス城内へ入城した。
 2つ目の門の先にある建物はパルジャンス城ただ1つだけ。高い壁に囲まれた広い区画の中心に、ゆったりと佇むように白亜の城が立っている。やっぱり間近で見上げると迫力が違うな。クシナダと手をつなぎ、右肩にしがみつくトトをからかいながら歩く。俺の隣をドミニクが歩き、そのシャツの背中を掴みながらジャクリーンが後ろを歩いている。まるで似てないが、中のいい親子みたいだな。
 城の目前まで来ると、前を歩く門番達が大きな扉の前で立ち止まった。扉の前には別の門番が2人、槍を持って立っていた。それぞれ右手に槍を持ち、石突を地面につけて穂先を空に向けている。
「トロイアーノ将軍と、2人の英雄をお連れした」
 俺達を先導してくれた門番達が扉の前の門番に告げると、俺達に道を譲るように左右に分かれた。そしてそれぞれに一礼して自分たちの持ち場へと駆けていく。2人の足音が小さくなってから、扉の前の門番達が口を開いた。
「みなさん、ようこそパルジャンス城へ。トロイアーノ将軍、任務お疲れさまでした」
「どうぞ中へ。国王陛下からすぐにお通しするよう仰せつかっております」
 言い終えると、2人の門番がそれぞれ左右の扉を押し開いていく。少しづつ大きくなる扉の隙間から、城内の景色が見え始めてきた。扉を8分ほど開けてから門番達が俺達を振り返る。中へ入れということらしいので、またトロイアーノを先頭に城内を進む。城の構造は左右対称で、扉の向こうには大きな階段が上階へと続いているのが見えた。
「門番殿、ありがとう」
 トロイアーノが頭を下げると、門番達は照れたように首を横に振っていた。他の門番達の反応もそうだったけど、どうやらトロイアーノは敗軍の将ではなく客将として扱われてるみたいだな。
 大きな広間とは対照的な階段を上りきると、トロイアーノが右手に大きく曲がる。曲がった先には、さらに上に続く階段があった。
 階段の幅は今上ってきた階段の半分もない。攻め込まれた時のために、侵入者の数と進路を限定する造りなんだそうだ。細い階段は2人が並ぶのが精一杯で、侵入者は嫌でも細長い行列を作ることになるな。それに、さっきより階段の角度が急になったかもしれない。俺は歩きにくさを覚えて、左を歩くクシナダに顔を向けた。
「階段長いけど大丈夫か?」
「うん!」
 クシナダは俺を見上げて頷き、細い左手を折り曲げて力こぶを作るようなポーズを決めた。
「大丈夫だよ、クーちゃん元気!」
「わかった。でもしんどくなったらすぐ言えよ?」
「はーい!」
 クシナダは元気よく俺の横で階段を上り続けている。うん、無理はしてなさそうだな。ほんと、この子は元気だ。
 階段を上りきると大きな空間が広がっていた。通路の左右に扉が並び、突き当りには1つだけ豪華な扉が見える。豪華な扉の左右には武装した男が1人ずつ立っていた。
 俺達は奥の扉に向けて通路の中央を歩く。左右に並ぶ扉から視線を感じで魔力探知を広げてみると、それぞれの扉の向こうに青い魔力が見えた。監視……というよりは、覗き見という感じだ。
「ボウズ、あの扉の向こうが玉座の間だ」
「じゃあ、あそこに国王陛下が?」
「いや、陛下は俺達が入ったのを確認してから入られる。とりあえず俺達は膝をついて頭を下げて待っていればいい」
「了解」
 ドミニクの言葉に頷き返す。国王陛下は玉座に座った後に俺達に声をかけてくるらしいから、そのまま名乗りを上げて次の言葉を待てばいいようだ。まるで時代劇だと思いながら、玉座の間にたどり着くと、両脇に控えた門番が頷いて重そうな扉を開けた。扉の向こうから眩しい光が差し込んでくる。
「国王陛下がお待ちです。どうぞ」
 パルジャンス城で出会った門番は、そろってみな丁寧だった。トロイアーノに対してだけならまだしも、冒険者である俺達にも軽く会釈をしてくれる。クシナダが門番に向かって小さく手を振ると、門番達はにこやかに笑い返してくれた。嬉しそうに俺を見上げるクシナダの頭を撫でて、俺達は玉座の間に足を踏み入れる。玉座の間は広く、毛足の長い赤い絨毯が敷き詰められていた。
 大きな窓が並ぶ左右の壁をつなぐように、アーチ状の高い天井が頭上に見える。無数の窓からは日の光が差し込み、室内を明るく照らしていた。
 部屋の奥にはひな壇があり、その中央に玉座が2つ並んでいる。1つは国王陛下、もう1つは皇后陛下の玉座だろうか。ドミニクの話通り、玉座は空席になっていた。
 前を歩くトロイアーノが立ち止まり、俺達に道を開けるように右に避けて片膝をつく。その隣にドミニクが立って同じように膝をついた。ドミニクの左側に半歩下がってジャクリーンが続く。
「……クシナダ、俺と同じようにできるか?」
 ドミニクと横位置を合わせて立ち止まり、クシナダに声をかけながら俺も左ひざをついて見せる。クシナダも俺を真似して左ひざをついた。トトは俺の右側に控えてぺたりと座っている。2人とも偉いじゃないか。
「国王陛下がいいって言うまで、2人とも顔は上げるなよ?」
 俺が小声で念を押すと、2人とも真面目な顔で頷いてくれた。俺も目線を下に向けて国王陛下を待つ。
 あまり待つことも無く、ひな壇の奥から扉が開くような音と共に複数の足音が聞こえ始めた。足音と言っても微かなもので、ひな壇の上にも絨毯が敷かれているだろうことが分かる。
「トロイアーノ将軍、このたびはご苦労でした」
 頭上から柔らかな声が聞こえてくる。この声の主が国王陛下?
「2人の英雄と、その仲間達をお連れしました」
 トロイアーノが落ち着いた声で返す。
「ベルセンの牙、フランツよ。呼びたててすまなかったね。此度の戦争では世話になった。みな、そなたには感謝しているよ」
 フランツ……ってのはドミニクの苗字かな。しかしベルセンの牙……いいなあ、かっこいい二つ名だな。
「とんでもありません。ドミニク=フランツ、ただいま参りました。私の左に控えているのはジャクリーン=シュルツ。マンハイムの新たな冒険者でございます」
 普段とは違い、畏まる大型犬に笑いそうになる。ここで笑うとタイキックされるかもしれない。こらえろ、俺。……しかしシュルツ?どっかで聞いたような……。
「そうか。シュルツよ、フランツに師事し、よい冒険者を目指しなさい」
「は……はい!」
 国王陛下に声をかけられて、ジャクリーンが嬉しそうに返事をした。
「……そして、そなたが」
 あ、今度は俺か。国王陛下が軽く呼吸を整えて続ける。
「数ある国の中からパルジャンス王国に来てくれたことを嬉しく思う。もう1人の英雄よ、その名を聞かせてもらえないだろうか?」
 国王陛下は俺にも丁寧に言葉をかけてきた。ここに来て門番達が丁寧だった理由が腑に落ちる。上が丁寧だと、自然と部下にも伝染するもんな。俺は居心地の良さを感じながら名乗りを上げた。
「ユート=スミスと申します。お聞き及びかと存じますが、私は別の世界から来た渡人わたりとです。私の左手に控えておりますのはクシナダ=スミス。女神の御子であり、私の娘です」
 俺の横で言いつけ通りに下を向いているクシナダが、俺の言葉に反応して頷いている。
「そして、私の右手に控えておりますのはトト。私の魔力により姿を変えた大山猫です」
 トトもまた、俺の言葉を肯定するようにこくこくと頷いた。
「スミス、そなたの活躍はブレナーからも聞いている。そなたがいなければ、余の国がどうなっていたか分からない。そしてテオロス帝国も。得難い友人を失わずに済んだのは全てそなたのお陰だ」
「いえ、私は……」
「謙遜するな。そなたはそれだけのことをしてくれたのだよ。願わくば、これからもその力を貸してほしい」
 俺の言葉をさえぎって、国王陛下が続ける。
「ボルトロテ2世殿とはこれからもよい隣人でありたいと思っている。そなたがいてくれれば、それも叶うとトロイアーノ将軍が言うのでね」
 下を向いたままトロイアーノの顔を盗み見ると、トロイアーノが苦笑を浮かべていた。
「英雄というと窮屈に聞こえるかもしれないが、今まで通りベルセンで冒険者として暮らしてもらえればいいと思っている。どうかな?」
「はい、お気遣いありがとうございます」
 ベルセンの暮らしは性に合ってるし、ここは素直に感謝しよう。
「そうか……」
 そう言って国王陛下が手を打ち鳴らす。乾いた音が玉座の間に響いた。
「形式通りのやりとりはここまで。顔を上げて楽にしなさい」
 顔を上げる許しが出たので、俺はクシナダとトトの背中をさすってやる。2人とも緊張してたんだな、お疲れさま。
 国王陛下の指示に従って顔を上げる。ひな壇の上の玉座を見上げると、2つ並んだ玉座に人が座っていた。右側の玉座に純白のマントをつけた若い男が座り、玉座の横には長身の女が背筋を伸ばして立っていた。驚いたことに、女の服装は袴姿で、艶のある長い黒髪をうなじ辺りでくくっている。
 場違いな服装の女に驚いていると、玉座に座っていた男が微笑みながら立ち上がった。
「余がミシェール=フォン=フリードリヒだ。よく来たね、英雄達」
 その名前は、受け取った書状に書いてあった名前と同じ。随分若い国王陛下だ。さらさらの茶色い髪に、澄んだ鳶色の瞳、背丈は俺より少し高いくらいかな。種族は多分人族で、爽やか系のイケメンだ。
 イケメン国王が右手に立っている和装の女に視線を向けた。和装の女が頷いて口を開く。
「タツヒメと申す。この国と共に生きる女神の御子じゃ。以後、よろしくお願いいたす」
 まるで鈴の音のような声でがっちがちの自己紹介をしたタツヒメは、俺達を見渡して艶やかに微笑んでいた。
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