上 下
30 / 63
二章

突破

しおりを挟む
 皇帝達を物置に残し、俺達は3人で城内を進んでいる。トロイアーノにかけた強化魔法は、俺が設定した持続時間を超えたせいで消えていた。テオロス領に侵入して、既に2刻が経過したことになる。
 再度強化魔法をかけようとしたが、トロイアーノに固辞されてしまった。自分の国の城の中で、これ以上守られるわけにはいかないらしい。
「それに、ユート殿の魔力は暖かすぎる」
 トロイアーノが右手で鼻先を掻く。
「先程から仰ってますが、何ですかそれ?」
「気づいていないのか?」
 だから、何が?
 ドミニクがぽんぽんと俺の頭を叩く。
「ボウズの作った魔法のことだ。お前、あれ唱える時に何を思った?俺達に使った時は?」
 ドミニクがニヤニヤしている。確かベルセンを出る時だよな。あの時は……。
「おい、まさか……?」
「誰1人、死なせねえってトコか?」
 顔が赤くなるのを感じながら、トロイアーノを見ると、トロイアーノもニヤニヤしていた。
 いやいやいやいや!
「テオロス軍の時は大したこと考えてねえって!」
「確かにな。言葉にならぬ声のようなものだったが、必ず何とかしてやる、といったところか」
「そこまで考えてねえって!」
 渡人わたりとがやったことなら俺にもできるだろ、くらいの軽い気持ちだって!
 ……ってことは。
「ああぁ……皇女達に魔力分けた時!」
 俺は思わず頭を抱えた。すげえ恥ずかしいぞ!
「あまり気にするな、ユート殿。明確に伝わったわけではない。ユート殿の思いと言うか、優しさが伝わってきただけだ」
「余計恥ずかしいわっ!」
 素で叫ぶ俺を、2人のおっさんが笑って見ている。最悪だ……。
「……何で黙ってたんだよ?」
「そりゃお前、面白えからだ」
 満面の笑みを浮かべて、ドミニクはそう答えた。ちくしょう。
「まあそう怒るな、ユート殿。だから我らは貴方を信じたのだ」
 慰めてくれるのはいいけど、その笑顔何とかしろよ……。
「からかうのはいいけど、後でテオロス全土に魔法を使うのは俺なんだからな?」
「それは困るな。しかし……」
 トロイアーノが困ったフリをする。イケメンは何やっても絵になるな、ちくしょう。
「そのようなことを忘れたように、最後には魔法を使うのだろう?」
 ……図星だよ、ちくしょう。
 俺が何も言わずに黙っていると、2人はまた声をあげて笑っていた。
 魔法は便利だが、こんな副作用があるなら使いにくくなるじゃないか。
 いや、俺が慣れてないだけなのかも。ベルセンに戻ってからスザンヌに教えてもらおう。最近質問ばっかしてたから、クシナダのお土産のついでにスザンヌのも買おう。ああ、マンハイムのみんなにも買っとくか。
「おいおい、そんなに落ち込むことたあねえだろ」
「うるさいな、別に落ち込んでねえって」
 ぽんぽんと俺の頭を叩くドミニクの手を払う。ガキじゃねえぞ、まったく。

 ……ウゥルル……。
 ……カツ……カツ……。

 不意に、湿った音と固い物が何かに当たる音がした。俺達は足を止める。

 ……グルル……。
 ……カツ……。

 音は通路の奥から聞こえてくる。雑談していたせいで気付かなかったが、魔力探知に赤い魔力が見える。
 俺は腰に下げた片手剣を静かに抜いた。
「将軍、赤い魔力が7つ。前方には何が?」
「この先は大広間だ。還元リダクション!」
 トロイアーノが俺の質問に答えた後に、魔法を唱えた。トロイアーノの右手が青く輝き、何も持っていなかったはずの右手にランスが現れる。長い、2メートルはあるかもしれない。円錐を引き伸ばしたような形だ。
 トロイアーノは槍を握りしめ、大広間に向かって走り出した。
「ボウズ、俺にかけた魔法を解け。軽すぎて戦えねえ!」
「分かった!解魔かいま!」
 ドミニクの右肩に左手を当てて魔法を唱える。ドミニクの魔力から、俺の白い魔力が消えた。
「今ので鎧も消えたからな、気を付けろ!」
「オウッ!」
 俺とドミニクもトロイアーノを追う。通路はすぐに途切れ、広い空間に出た。
 トロイアーノが大広間の真ん中に立って槍を構えている。その視線の先に、黒い甲冑に身を包んだ男が立っていた。
 さっき見つけた魔力は7つ。あとの6つはどこだ?

(……セ……)

「そこで何をしている、アモローソ!」
 トロイアーノが甲冑の男に槍の切っ先を向ける。アモローソと呼ばれた男が右手を顔の前に持ち上げた。
還元リダクション
 アモローソの右手が黒く歪み、何もない空間に両刃の大剣が現れる。トロイアーノの槍より少し短い。大剣を両手に掴み、アモローソが構える。

(……ロセ……)

「よくぞ戻った、トロイアーノ」
「何をしているのかと聞いている!何故貴様の魔力は赤いのだ!」
 確かに、アモローソには青い魔力が無い。赤一色だ。
「知れたこと。俺はあの男の洗脳を受けていないからだ。陛下は甘すぎる、小国であるテオロスが領土を拡大するには、戦で奪い取るしかないだろう?」

(……コロセ……)

「陛下はそのようなことは望んでいない!軍を拡大したのは戦のためではない、国民を守るためだ!そして北の原野を開拓し、領土を広げるためだ!」
「その結果、産業の少ないこの国で民に負担を強いているだけではないか!」

 グルアァァッ!

 大広間に獣の咆哮が響いた。重い足音を立て、大広間の奥から黒い影が飛来する。
「来るぞ、ドミニク!」
 俺は右手の剣を握りしめて左に跳んだ。
「チッ!」
 ドミニクは右に跳ぶ。

 グルルル……。

 俺達がいた場所に、2頭の獣が着地した。
「ドミニク!後ろに2頭いるぞ!」
「ボウズの後ろにもだ!」
 俺とドミニクはそれぞれ3頭ずつ、大きな獣に囲まれた。
「ユート殿!ドミニク殿!」
「余所見すんな将軍!」
 こっちに来ようとするトロイアーノに怒鳴る。
「……ほう、勘のいいガキだ。貴様、渡人わたりとか。クレイシャンの魔法を解いたのは貴様だな?」
「そうだ。これから全国民の魔法も解いてやる。大事なんだろ、この国が?」
 アモローソに答えながら、俺達を囲んだ獣に集中する。獣から強い魔力を感じる。赤だ。
 獣は大山猫に似ている。でも、大山猫より大きい。倍はあるぞ。
 その大きさの割りに細い胴体。逆に異常に太い四肢の先には分厚い爪が伸び、石畳の床に食い込んでいる。
 血走った目は大きく見開き、口には尖った牙が見える。
 よく見ると牙と爪が鉛のように鈍く光り、微かに魔力を感じる。
「……盗賊ギルドに造らせた魔獣だな」
「本当に勘のいいガキだな。そうだ、盗賊ギルドに大量に造らせ、クレイシャンが仕上げをした、テオロス帝国の新兵器だ。安定したのはまだこれだけだが……」
「黙れ!」
 頭の奥が熱くなる。
「ウオオォォーーーッ!」
 ドミニクが吠える。アイツもブチキレたらしい。めきめきと音を立て、ドミニクの体が大きくなっていく。
 瞬く間にドミニクは狼男へと変身した。これがドミニクの獣化か。牙こそ短いが、アムルスの獣化とよく似ている。紫紺の体毛に、丸太のような手足。オーナーが筋肉狼男と言った訳が理解できた。
「旦那、その男はアンタに任せた。俺達はコイツらを殺る」
 ドミニクが低い声で唸るように喋る。
「アモローソとか言ったな。お前の事情なんざ知ったこっちゃねえが、命を弄びやがって……」
 俺は剣を握る手に力を込める。
「さっきからコイツらは、殺してくれと言ってるんだぞ!」
 俺が叫んだ瞬間、魔獣達が動き出した。
 正面にいた魔獣が俺に向かって飛び上がる。俺の視界の右端に、後方の魔獣の爪が映る。
 正面に強く踏み込み背後からの爪をかわし、その勢いのまま正面の魔獣の懐に潜る。
 右手を突き出し、魔獣の心臓を抉った。返り血が熱い。覆い被さってくる魔獣をはね除け反転する。2体の魔獣が左右から迫ってくる。
 左上に跳躍し、魔獣をやり過ごしながら剣を振るう。右から来ていた魔獣の首筋を切り裂いて剣が走る。血飛沫をあげながら魔獣が倒れた。
 地面に着地し残った魔獣に向き直ると、魔獣の背が見える。まだ向きを変えることができていない。がら空きだ。
 走りながら剣を逆手に持ち変え、魔獣の背中に突き刺す。背中から心臓を突き通し、剣は深く突き刺さった。
 倒れる魔獣から剣を引き抜く。順手に持ち変え、力任せに剣を振って血を払う。
 3体の魔獣が石畳に沈んだ。ドミニクは?
「ようボウズ。そんなに強えなら、討伐依頼をもっと受けろってんだ」
 心配なかったらしい。ドミニクの足元には無惨に引き裂かれた魔獣の死骸が転がっていた。
 ドミニクごめん、強かったんだね。

 ギャリイッ!

 金属を引き裂く音が響く。あっちも終わったか。
「バカが……何故分からん……」
 音の方に顔を向けると、アモローソの胸をトロイアーノの槍が貫いていた。
 背中を貫通した槍の先から血が滴る。
「テオロスは確かに小さな国かもしれん。だが……」
 トロイアーノが槍を引き抜くと同時にアモローソが床に倒れた。
「北に広がる原野を開拓できれば、いずれ豊かな国になる。陛下は常々そう仰られているではないか……」
 トロイアーノの声が静かに響く。
「旦那、行こうぜ」
「後はクレイシャンだけです」
 俺達の言葉にトロイアーノが振り向く。
「ああ、そうだな。行こう」
 俺は剣を右手に下げたまま、ドミニクは獣化したままで歩き出す。
「ところでユート殿」
「……何です?」
 トロイアーノも槍を右手に下げたまま、空いた左手で鼻の頭を掻いている。
「見事なものだな。ドミニク殿も」
 俺とドミニクは顔を見合わせ、苦笑した。
「俺はまあ、慣れてますから」
 大山猫はもう、肉にしか見えなくなったし……。
「旦那もなかなかだぜ?」
 俺もそう思う。甲冑を貫通なんかできるもんなんだな。
「2人とも、冒険者からテオロス軍へ転職しないか?」
 トロイアーノが真面目な顔をする。
「遠慮しときます」
「同じく」
「そうか、残念だ」
 そう言ったトロイアーノの顔は、あまり残念そうじゃなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

女王直属女体拷問吏

那羽都レン
ファンタジー
女王直属女体拷問吏……それは女王直々の命を受けて、敵国のスパイや国内の不穏分子の女性に対して性的な拷問を行う役職だ。 異世界に転生し「相手の弱点が分かる」力を手に入れた青年セオドールは、その能力を活かして今日も囚われの身となった美少女達の女体の弱点をピンポイントに責め立てる。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。 「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」 王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。 背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。 受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ! そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた! すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!? ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。 ※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。 ※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。

処理中です...