めろめろ☆れしぴ 1st

ヒイラギ

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18.めろめろの狼

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あれ、なんか、違う?
って、思った。


休み明けの月曜日の朝。朝のニュース番組で、お天気キャスターが高らかに梅雨明けを宣言した通り、空はからりと晴れわたっていた。
朝の、さえぎるもののない太陽の光はオレに元気をくれる。
だから、はずんだ声で、

「おはよ!」

いつもみたいに、教室でいーんちょーに声かけた。

「―――― おはよう」

いーんちょーもそう返してくれたけど、
でも、なんか、いーんちょーの雰囲気が、いつもとちょっと、違うっぽい。
金曜日はオレが用事があったから学校でそのまま、バイバイだったし、土曜日はいーんちょーが用事があって、日曜日はオレがバイトがあった。
バイトは、クルマ用品の店での簡単な商品整理で、そこでずっとバイトをしている友だちの竹岡のツテで、人手が必要なときに、たまによんでもらえる。
日曜はそんなんで、朝から夕方までバイトだったから、
いーんちょーとは金曜日の放課後から今朝まで会わなくて、
だから、
久しぶりといえば久しぶりなんだけど。
ちょっと不機嫌そうな感じで、いーんちょーが、じっとオレのこと見てくるから、
その冷淡な眼差しが痛くて、

「・・・・・なに?」

って、聞いてみたけど、――――。

「別に」

って、そっけなく、返された。
そのまんま、いーんちょーは教室の前のほうへと歩いていった。
こんなふうに、いーんちょーがオレに突然冷たくなることが時々ある。
そばにいても、話しかけてもそっけなくされて、あんまり冷たいから、そうされるのがイヤで、近づかないようにしていると、不意に、いーんちょーがいつも通りにしてきたり・・・した。
そのたんびに、なんだろう、なんだろうって思ったけど、―――― 怖くて聞けなかった。

(最近は、こーゆーことなかったのにな・・・・・・)

どうしたんだろう?
この頃、週末なんかも、けっこう、会ってて、
先々週は、勉強を教えてもらうことを理由に、いーんちょーの家に泊まったりして、
今は、放課後はテスト勉強を一緒にしてるし、
なんか、ちょっと、コイビトっぽい? とか浮かれてたから、
急に、
こんなふうに、されると、もう、どうしていいかわからなくなる。
オレ、また、なんか、いーんちょーの気にさわることしたのかなって思って、考えても、なんにも思い浮かばない。


オレ、どこまで、いーんちょーに近づいていいのか、
決められない。
怖くて。








でも、今日は・・・・・・。
なんか、視線がすぐ合う。
って、ゆーか、ふといーんちょーのほうを見ると、いーんちょーがオレを見ていた。
なに、用事? と思って、近づこうとすると、へんなふうに目をそらされるから、なんか、そばに行きづらくて。
そばに行って、「何か用?」って冷たくされたら、いたたまれなから ―――― 。
でも、気がつくと、また、見られてたりした。
それに、なんだか、いーんちょーが少し、怒っているような感じがする・・・・・・。
そんなふうな、休み時間が続いて、
ちょっとずつ、不安がたまっていった。








3時間目が終わった後の休み時間、現国の渡井センセーがヒョイって教室をのぞいて、学習委員の筒井と、いーんちょーを呼んでるのが見えた。
白髪まじりの渡井センセーがいつものくしゃっとした笑顔で、ビデオテープを筒井に手渡していた。
そして、3人でなにか話しながら、教室を出て行った。
なんだろう? と思ってると、友だちの松下が声をかけてきた。

「またケンカか?」

「・・・いーんちょーとのこと?」

ちょっと、声をひそめた。
オレといーんちょーのことは、オレの友だちの松下と宇佐見と竹岡しか知らない(言った訳じゃないけど、バレた。ってゆーか、奴らにはオレの態度でバレバレだったらしい)から。
クラスのみんなは、オレがいーんちょーに勝手になついてる、ぐらいにしか思ってないみたいだ。
実際、はたからみても、いーんちょーはいつもオレに対してそっけないし。―――― でも、最近は、ちょっと違ってきてたのになー・・・。

「なんか、今日、おかしいじゃん、お前ら」

「そう、・・かな。 ―――― そうだよね」

オレもよくわかんない、と付け加えた。
へんな、ギクシャクした、そんな空気をどうしたらいいのか、わからない・・・。

「すっげー、お前のこと気になってしようがないって感じ?」

松下が、普通でも細い目をさらに、細めて言った。
からかってるのが見え見えだ。

「ばっか、違うヨ」

そんなこと、あるわけないじゃん、と口の中でつぶやいた。

「そうか? でも、えらく、視線がとんできてるよな、今日」

「なんか、オレしゃちゃったのかも。 ―――― 気にさわること」

そうかー、と松下がぽんぽんとオレの肩をたたいた。

「ま、機嫌が悪い日もあるさ。・・・元気出せって、あとで、焼そばパンおごってやっから」

と、なぐさめられた。

「なにー、オレって、そんなに単純?」

単純じゃん、と言って、松下の大きな手が今度はくしゃくしゃっとオレの髪の毛をかきまぜた。
バスケ部で、いつもバスケットボールをがんがんドリブルしてる大きな手だ。

「なんだよーっ。せっかくのセットが乱れるだろ!」

「してねーくせに」

アハハと、大きな口をあけて笑う。松下につられて、オレも笑った。
その日初めて、少し胸が晴れやかになった。
その時、
コンコンコンっと黒板を叩く甲高い音がした。
なんだ、と黒板を振り返ると、黒板の前にいーんちょーと学習委員の筒井が立っていた。
それまであちこちでざわざわしていた教室が一瞬で静かになった。
みんな、いーんちょーに注目していた。

「4時間目の現国は視聴覚教室だから、みんな、移動してくれ。教科書なんかは持ってこなくていいそうだ」

そう、落ち着いた声でいーんちょーが言うと、筒井が黒板に、『4時間目の現国は視聴覚室で』と大きく書いた。

「行くか」

松下が、オレと、後ろの席でマンガを読んでいた竹岡に声をかけた。








けれど、オレは、みんなより遅れて、隣の特別教室棟の2階にある視聴覚教室にたどりついた。
松下たちと一緒に教室を出ようとした時に、1組のヤツに英語の辞書を借りていてそいつが、4時間目までに返せよ、と言っていたのを思い出したからだ。
それから、オレは急いで上の階にある1組の教室に辞書を返しに行って、また階段を降りて、ダッシュで隣の校舎へつづく渡り廊下を走って、階段を上った。
そうやって授業開始のチャイム前になんとか間に合った視聴覚教室の前にはもう誰もいなかった。
扉の向こうからは話し声がもれ聞こえてくるから、もう、みんな、中に入ってしまってるみたいだった。
走ったせいで荒れていた呼吸を整えて、オレも視聴覚教室に入ろうとしたとき、
うしろから、腕をつかまれた。
おどろいて、と振り返ると、
硬い表情のいーんちょーだった。
どうしたの?って聞こうとしたけど、

「おいで」

それだけ言うと、いーんちょーはオレの返事も待たずに、オレの腕をつかんだまま、視聴覚室のすぐ横の階段を上りはじめた。

「授業、は?」

「自習。ビデオを観るだけだから」

いつも、態度も声も表情もクールだけど、今日はそれが一段と際立っていて、すごく、逆らえない感じだ。
いーんちょーは、スタスタと3階も通り越して、いちばん上の4階まで、無言でオレを引っ張って行った。
階段あがってすぐの音楽室。
4階は芸術科系の特別教室ばかりで、他は書道教室とか美術室とかがあるだけだ。
選択授業と部活でしか使われないから、生徒も先生もほとんど来ない。
オレも、一年の時の週一回の選択授業で来たことがあるだけ。
いーんちょーが、ためらいもなく音楽室の扉を開けた。

「え、カギって開いてんの?」

「さっき、視聴覚室の鍵を開けたからね。その鍵でここも開けておいたんだ。知ってる? 特別教室の鍵ってマスターキーでどこでも開くんだよ」

音楽室に入ってすぐ、
いーんちょーが、
音楽室のカギを内側から閉めた。
その少し怒ったような顔で、けれど、目が、
灼きつくすように、熱く、オレを見ていた。
・・・・・・なんか、オレに話しがあんのかな、と思ったけど。
制服、着てるけど、その下の裸を想像されてるような感じで、
身体が変なふうに震えた。
こんな表情の目は知らない。

「い、いーんちょー?」

「いいよね?」

オレ、なんにも返事してないのに、
絨毯敷きの音楽室の中は上履き厳禁なのに、そのままいーんちょーがオレを教室の奥まで、引っ張って行った。
つきあたりの壁の真ん中にあるのはスチール製のドア。
ドアの向こうは放送室っぽい小部屋になってて、中にはAV機材がある。
1年生のとき、選択授業に、音楽を取ってたから、知ってる。
たしか、音楽鑑賞用にならすCDデッキだとか、ブラス部が録音のために使う機材だとかが設置されてたはず。
楽器のパート練習室も兼ねてるから、防音になってて・・・・・・・。

「いーんちょー。オ、オレ・・・、学校じゃ」

ヤだって、言おうとしたけど、
顔、見て、
続きが、言えなくなった。
熱を孕んだ目がオレの口を黙らせる。
ガチャリ、といーんちょーがドアを開けた。その薄暗い部屋に背中を押されるようにして入った。部屋には目線の位置に音楽室内を見渡せる横長の窓があるだけだ。
怖いくらい心臓がドクドクいいはじめる。
壁際にAV機材っぽいのが並べられてる、ガランとした絨毯敷きの小部屋。
ガチャっとうしろで、スチールドアが閉まる音がした。
そして、小さなカチャっていう、
いーんちょーがカギを閉める音。
薄暗いけれど、横長の窓ガラスから入ってくる自然光は、お互いの表情を見るのには充分だった。
無表情のいーんちょーに、
わけもなく、あとずさる。
けれど、
すぐ、背中にあたった壁。
いーんちょーが近づいてきて、
でも、
目、見れない。
どうしよう、逃げたい。
けど、身体を動かす間もなく、いーんちょーが、
スゴイ勢いで抱きしめてきた。
首筋にいーんちょーの鼻先が押し当てられる。
大きく息を吸う気配がした。
それから、
首が、顎が、頬が、濡れていく。
いーんちょーの舌と唾液で。
からまった脚。
せわしなく動く、いーんちょーの手は、どこを触られているのかが、把握できない。
背中を、髪を、耳を、腰を、脚の付け根を、
アトランダムに熱をうつされる。
シャツはウエストから引っ張りだされてて、その下に着ていたTシャツをかいくぐって、
もう、じかに、いーんちょーの湿った手のひらが、オレの肌を這いまわる。
簡単に、胸の先端を探り当てられて、
指の腹ですられる。
喉奥から声が出る前に、
口をふさがれた。
すぐに、舌が入ってきて、
オレのと絡まる。
舌の表面どうしを、何度も何度もすり合わせて、きつく舌を吸い上げられる。
生理的な快感に涙がにじんできた。
立ってられない。
クタってなったオレを、いーんちょーがゆっくり、床に横たわらせる。
絨毯のチクチクってした感触が半袖シャツからでた腕にあたる。
シャツをめくりあげられて、
お腹のやわらかいところに、いーんちょーが吸いついてくる。
なにをされてるかはわかるけど、なにが起こってるかをいまいち把握できないくらいのスピードでことが進んでいて、
オレは、息をするのがやっとだった。
身体だけ追い上げられても、気持ちが追いついてけない。




カチャカチャってベルトのバックルが外されて、ウエストのボタンが開けられて、すぐにファスナーがおろされた。
いーんちょーの荒い息づかいと、そんな音ばかりが、耳に届く。
ねぇ、なにしてんの?
なんか、怖いよ?
甘い雰囲気なんか全然なくて、むしろ、なんか、怒ってるみたいな感情を向けられて・・・、
ぶるっと身体が震えた。
下半身をさぐるいーんちょーの手をつかんだ。

「・・・イヤだ」

気持ちいい涙じゃない涙がまぶたに盛り上がってきた。

「ダメなの?」

そっけない声で聞かれた。

「イヤならしないけど?」

わずかにイラついたようなその声に、すごく悲しくなった。
―――― どうしよう、嫌われたくない。
そう、
思ったから、
オレは、ゆるく頭をふって、手をはなした。

「・・・ごめ、ん。・・・・・して」

でも、いったん、胸からあふれた悲しみはなくならなかった。

「腰、あげて」

言われた通りにした。
制服の下を脚から引き抜かれて、下半身を下着だけの姿にされた。
脚を開かされて、その間にいーんちょーの身体が入ってきた。
いつもは、心地いい、いーんちょーの身体の重みが、今はなんか、怖いものでしかない。
シャツのボタンを全部外されて、腕から抜かれた。
半身を起こして、協力した。
胸がつぶれるように、苦しかった。
この人は、本当にオレが好きないーんちょー、なの?
カタカタカタって身体が震えだした。
顎もガクガクガクって。

「寒いの?」

ううん、違う。
けど、そういうことにしておいたほうがいいのかな・・・。
わかんなくて、なんにも答えられなかった。
いーんちょーがオレに唇を寄せてきた、
けど、反射的に顔をそむけていた。

(あ ―――― 、)

「・・・・・・・」

痛いぐらいに見つめられているのがわかったけれど、顔をいーんちょーのほうに戻すことができなかった。
少しして、
いーんちょーが、大きなため息を一つつくと、
オレの身体の上からどいた。

「―――― やめよう」

え、

「あ、ちが、・・・ちゃんと、ちゃんとするから、」

オレは慌てて上半身を起こした。
すごく、嫌ったままでいないで、
オレのこと。

「じゃあ、大人しく、脚を開いてろよ」

聞いたこともない荒々しい声だった。

「――――っ」

はっと、我に返ったように今度はいーんちょーがオレから視線をそらした。

「―――― ごめん」

小さな声で、いーんちょーがあやまった。
いーんちょーの全身からものすごい、緊張感が伝わってくる。
オレ、どうしていいか、わからなくて。
でも、オレに出来ることなんて一つしかないから・・・。

「ひ、開いてたらいい、脚? オレ、ちゃんと、大人しくする」

「違うよ、 ―――― いいんだ。僕がすこしおかしいんだ」

ごめん、ともう一度、いーんちょーが息を殺すようにつぶやいた。

「や、」

なんか、いーんちょーが遠くに行ってしまうみたいで、急に、不安になった。
とっさに、いーんちょーの腕をつかんだ。
でも、なんて言ったらいいかわかんなくて・・・・・・。
いーんちょーがオレの顔を見つめてきた。
知ってる顔なのに、見たこともないような表情をしていた。

「―――― ひどくしたい、」

つらそうな、しぼりだすような声でいーんちょーが言った。
そんな声を聞いて、オレもなんだか、ノドが苦しくなってきた。

「ひどくして、キミが全部僕のものだって、印をつけておかないと気がすまない」

身体が震えた。
ひどい言葉だったけど、なんだか、泣きそうになった。
ひどいことなんか、されたくない、って、
そんなのイヤだって、言うべきなのに、

「いーよ」

けど、もう、オレの口が勝手に答えてた。

「して、ひどく」

いーんだ。いーんちょーがそれで、いいんなら、オレもそれでいい。
つかんでいたいーんちょーの腕に両手をからめて、だきついて、身体をよせた。
かぎなれたいーんちょーのにおいと、安心できる体温と、それから、いつもよりすごく早く動いている心臓。

「オレ、とっくにもう、ゼンブ、いーんちょーのものだよ」

いーんちょーはオレのものじゃないけど、オレはいーんちょーのものだ。

「だから、いーよ。すきにして」

「―――― 本気にするよ?」

「うん」

オレはクスっと笑った。

「オレなんか、全然、価値なんかないのに、いーんちょー、物好きだよ」

オレなんかを欲しがるなんて、ホントに ――――。

そう思ったら、本当におかしくなった。おかしくて小さく笑って、なのに、身体全部が痛くて、涙が出そうだった。

「オ、オレ、ちゃんと分かってるよ。いーんちょーが、オレのことを、オレがいーんちょーを想うみたいに好きじゃないって、ちゃんと分かってる。
だから、オレ、いーんちょーがオレのこと要らないって言うまで、いーんちょーのものだよ」

すごくすごく好きないーんちょーが、オレのことを振り返ってくれたんだ。たとえそれがちょっとの間だけだとしても、オレの手を取ってくれただけで、もう、充分、うれしい。
コイビトみたいな真似事をできて、―――― うれしい。
いーんちょーが両手でオレの顔を包んだ。ほら、こんなふうにしてくれる。オレが大好きないーんちょーがまるで、オレのこと大切だって思ってるみたいで、・・・うれしい、のに、どこかで、ココロがキシっと痛む。

「―――― キミを要らない、と言いたかったよ」

ただの言葉なのに、ざっくりとオレのココロを切った。
泣いちゃいけない、って思ったけど。ノドんところを、重いカタマリがふさいだ。すぐにでも涙がもりあがってきそうだった。

「ずっと。こんなに、僕を戸惑わせるキミなんか、もう、要らないと思いたかった」

「・・・・・・オレ、いーんちょーを戸惑わせてるの?」

「そう、だね」

「・・・・・・そうか。・・・ご、ごめん。オレ、―――― 迷惑なんだね」

だから、そうか、メイワクだったから、いーんちょーは、オレに怖い顔をしてたんだ。
いーんちょーが迷惑なら、そばに居られない。
いーんちょーに迷惑かけたくない。
でも、
でも、
好き、で。どうしようも、ない。
とうとう、じわり、と視界がぶれた。涙、で。

「初めてキミが僕にキスをしてきたとき、震えてたね」

いーんちょーが低い声で言った。

「キスのときだけじゃない。いつも、キミは、僕に怖々と近づいてきた。怖くてしかたがない、というて感じなのに。でも、僕のそばに来たがってもいた ―――― 不思議だった。どうして、怖いのに近づいてくるんだろう、って」

いーんちょーがオレの頬に手を添えたまんま、オレの顔をのぞきこんできた。

「僕も、キミのことが、―――― 怖いよ」

怖いって言われて、びっくりした。

「ど・・して?」

って聞いたけど、

「昨日、夕方に街でキミを見たよ」

聞いたことと全然ちがうことをいーんちょーが言った。

「僕の知らない男のヒトとふたりで楽しそうに話しながら歩いていた」

あ、バイトの帰りだ。
同じバイトの大学生のヒト。バイトが終わる時間が同じだったから、駅まで一緒に帰った。オレ、きょうだいはねえちゃんだけだから、年上の男の人からあれこれ話しを聞くのがうれしくて・・・。

「手を、こんなふうにキミの肩に置いていた」

いーんちょーがオレの肩に手を置いた。
そのバイトの人はスキンシップが激しいから。それは、オレにだけじゃなくて、他のバイトの人たちにも肩組んだりとか、首に腕まわしてきたりとか、よくする。そうされると、オレ、兄ちゃんってこんな感じなのかなーとか思ってはしゃいで・・・――――。

「笑っていたね」

いーんちょーはどこか痛いところがあるみたいにして、ポツリと言った。

「あ、あの、・・・・・・あの人は、ただバイトが同じで、ただ一緒に駅まで帰ってただけで、」

なんで、そんなこと気にするんだろう。

「キミは、僕以外にもあんなふうに笑うんだ・・・」

それって、・・・どういうこと ――――? だってオレ、誰にも笑うよ。仲のいいヤツには特に。

「・・・笑ったら、ダメなの?」

「うん」

「ど、して・・?」

また心臓が高鳴っていく。静まれ、静まれ、と心の中で繰り返した。
だって、期待なんかしても、答えはいつも同じだ。

「僕が苦しいから」

「・・・苦しい?」

「キミのことが好きだから、キミが僕の知らない誰かにあんなに楽しそうに笑っている顔を見ると苦しくなるんだ」

意味がわからなくて問い返したオレに、いーんちょーがそう言った。

「キミが誰かにすごく楽しそうに笑いかけていると腹が立つ。誰かがキミに簡単に触れているとすごく苛立つんだ。・・・今まで、この胸の苛立ちの意味がよくわからなかった。でも、・・・・・・」

いーんちょーの言葉が、うまく、のみこめない。
オレに向けられているものとは、思えなくて。

「―――― 昨日、キミが僕の知らない誰かと楽しそうに歩いている姿を見て、キミは日曜日はバイトだって言ってたけど、本当かな、と思ったんだ。本当はデートなのに、僕にウソをついたんじゃないのかな、って」

そんなことあるわけないのに。

「すごく、苦しかったよ」

今まででいちばん、といーんちょーが言った。

「いーんちょー・・・?」

「キミに、言いたかったよ。ずっと。―――― こんなに、僕を戸惑わせるキミなんか、もう、要らないと言いたかった。けれど、そう、思いたいのに、思い込もうとするのに、気持ちは全然、言うことをきいてくれなくて、キミを欲しがるばかりだ」

・・・オレを、欲しい ――――・・・。

「どうして、キミが、僕のことを怖がってるのか、わかったよ。―――― 好きになると、その人のことが怖くなるんだ」

間近で、オレを見つめながら、いーんちょーが言った。

「僕はキミのことが、好きなんだ」

「オ、オレのこと、好き・・・っ?」

「うん」

「ホントに、?」

「好きだよ」

だって、なんで、そんな ―――― 。
あんまり急で、思ってもなくて、

「・・ユメ?」

そんな気がした。
けど、

「違うよ」

いーんちょーが言った。

「キミが好きだよ」

・・・・・・・・・・・・。

「・・・も1回、言って」

「好きだ」

伸び上がって、いーんちょーのくちびるにそっとキスをした ―――― ノドがつまって、全然、言葉を返せなかったから。
涙がこぼれた。
それで、いーんちょーがオレのこと抱きしめてきて、
何度も何度も、オレの耳の近くで言ってくれた。
緊張でこわばっていた身体の力がぬけていって、
胸がいっぱいになった。
声があんまりにもやさしくて深くて、オレのこころの奥にまっすぐに届いてきたから。
さっきまでは、にがくておもかったのが、
なんだか、しらない、あたたかいものでいっぱいになった。
いーんちょーに抱きついた。
しがみついてきたオレの身体をいーんちょーも強く抱きしめてくれた。

「―――― 好き、オレもいーんちょーのことが好き。すごくすごく好き」

はらはらはらと一気に、身体中全部の水分が抜けていくかと思うくらいに、涙があふれていく。
泣かないで、って言われたけど、涙は全然、とまらなかった。








「ねぇ、キミ、いい加減僕の名前を呼んでくれないか」

ハンカチでオレの顔をぬぐってくれてたいーんちょーが言った。
ちょっと、目じりをさげた、少し困ったような顔で。

「―――― オレだって、ずっと呼びたかったよ」

うん、ずっと。

「でも、名前で呼んだら、
オレ、特別な関係だって、勘違いしそうだったんだ」

だから、怖くて、呼べなかった。
いーんちょーが、オレの手をとって、そっと唇を寄せた。

「もう、特別な関係だよね?」

そう、言われたから、言ってくれたから、
オレも、そう思って、
オレは、そっといーんちょーの名前とささやいた。
胸が甘く、ふるえた。
ずっと、ずっと、口に出して呼んでみたかった名前。
ずっと、心の中で、呼んでいた。

「もう一回」

いーんちょーが言った。
恥ずかしかったけど、今度は、はっきりと口にした。
いーんちょーが嬉しそうに笑って、
オレの名前を呼び返した。
オレの苗字の君塚(きみづか)じゃなくて、
名前を。
いーんちょーが唇を寄せてきたから、オレはゆっくりと目を閉じた。
唇同士が、ほんのちょっとふれた瞬間から、もう、びりびりと全身に甘いうずきが響いていって、
だから、もう、舌が入ってきただけで、
どんどん身体がのぼせていくみたいにうるんできて、はぁ、っていうため息でさえ、熱かった。
いーんちょーと、唇と息を合わせながら、自然と身体が倒れこんだ。
絨毯の上、二人で、上になったり下になったりして、何度も何度もキスをした。




もう、さっきから、いーんちょーが勃っているのは気がついていた。
オレの脚が、ソコに触れていたから。
それに、オレも同じ、だった。
いーんちょーの身体の上に乗って、絶え間なく舌を絡め合わせながら、
オレは、いーんちょーのソコにおずおずと手をのばした。
今まで、自分からさわったことがなかったけど、
硬く、昂っている熱を、じかに、さわれないのが、もどかしくて、
オレはジッパーを下げて、フロントから手をいれた。
熱く、湿っている。
命みたいに脈づいていた。
下着越しに、形をたどる。
もっともっとふれたくなって、
オレは、いーんちょーから唇をはなして、起き上がると、
身体をずり下げて、ベルトに手をかけた。

「キミ・・・・」

「―――― させて、」

潤んだ声が出た。


前を開いて、下着をずり下げると、濃いいーんちょーのにおいがした。
うっとりして、先端に
ちゅっとキスをした。
びくっといーんちょーの身体がゆれた。
両手でふれた。
しっとり濡れていて、あたたかくて、上等な布みたいな手ざわりに思えた。なんども両の手のひらでさすった。
手、全部でいーんちょーを感じたかった。
どこもかしこも知らないところがないみたいに。
先はぬるっとぬめっていて、そこだけはスベスベしていた。
舌でなめた。
両手で、どくどくと脈打ってるものを握ったまま、口で半ばまで含んだ。いーんちょーのため息みたいな声が聞こえてきて、感じてるんだとわかって、嬉しかった。
舌で唇でいーんちょーを感じたくて、どこもあますところなく、もっと全部知りたくて、
指でさわって、口付けて、舌を這わせて、唇でついばんで、口に含んで、形を、皮膚を、味を確かめた。
全部知りたい、何もかも全部。
上半身を起こしていたいーんちょーが、いーんちょーの脚の間にうずくまって口を使ってるオレの頬にかかる髪の毛をすいた。
そして、オレの頬を撫でる。

「キミの中で達かせて」


両肘と両膝で身体をささえて、額を重ねてた両手の甲の上に置いた。
・・・・・・ャだ。
けど、
甘い予感に、身体がしびれてて。
どうして、こんなに、簡単に、ぐちゃぐちゃになっちゃうんだろう?
生暖かい舌の感触が、
何度も何度も同じところをくすぐって、
オレのほうこそが開かれていってるはずなのに、オレが開くのを待たれてるみたいな気さえする・・・。
ぎゅってつかまれてる臀たぶの痛みにさえ、感じてくる。
濡れた舌で何度もなめられ、
いーんちょーから促されるように、自分から求めてゆくように、ソコの力がゆるんだ。
そうして、
表面をなめていたいーんちょーの舌が、さっきまで指がいじっていた内側に入ってきた。
ビクって、なって、腰が逃げたけれど、
すぐに、強い力で、引き戻された。
ぬるり、と舌がもっと入ってきた。
ゾクン、とした。

「―――― イぃ・・・」

ふるえる声で言った。
熱心にいーんちょーの舌がオレの中をなめて、唾液をおくりこんでくる。
一緒に前もいじられて、どんどん身体がいーんちょーに向かって開いていく。
そうして、舌がもう一度、入り口近くに戻ってきて、ぐるりと周りをなめられた。
ゆるい快感なのに、強烈で、
もう、痛いくらいに、オレの前も硬く熱くなって、濡れていた。
オレは、もう、手をついてられなくて――――。
オレの足りないところに、いーんちょーのを埋めて欲しい。
もっと、ずっと、いーんちょーと深くつながりたい。
欲しい・・・。
いーんちょーの熱と、いーんちょー自身が。

「・・・も、きて」

吐息のような声しか出なかった。
けれど、いーんちょーには伝わっていて、

「このまま?」

って聞いてきた。
オレは、ゆるく頭を振った。

「まえ、・・・前からが、いい」

いーんちょーの顔を見ながらがいい。

「じゃあ、こっち向いて」

言われるままに、オレは絨毯の上にねそべって、それから、身体を反転させた。
自然と脚が開いて、いーんちょーがおおいかぶさってくるのを待った。

「もっと、開いて」

「・・・ぅん」

重なってきたいーんちょーの肌の湿ったぬくもりが心地よかった。
気持ちも、満たされてゆく。
胸と胸とがぴったり合わさるように、強く抱きしめた。
絶対に、離れたくない人。どんなことが、あっても。
もう、先端からぬめったものがしたたりおちるほど限界にきていたオレのがいーんちょーのお腹にこすれる。

「ァっ・・・」

もっと、欲しくて、腰をゆすって、いーんちょーの硬い皮膚にこすりつける。
いーんちょーの熱く硬くなったのも、オレのお腹にあたる。
心臓の音が、せわしなくて、これからの行為に、期待で、身体がうるんでいく。
「少し、手をゆるめて」
いーんちょーが、指でオレの入り口を確認しながら、言った。
うん、とうなずいて、首にまわしていた両手をいーんちょーの肩に置く。
限界まで、脚を広げた。
いーんちょーの顔が間近にある。
全部、オレを喰らい尽くしそうな、獰猛な顔。
そんな、表情にも身体の芯がしびれていって、
首を伸ばして、自分からキスした。
頬に、目じりに、顎に。
そして、ぺろり、と唇をなめあげた。
――――っあ。
あてがわれていたものが、くぐり挿ってきた。
衝撃で身体が離れてしまわないように、脚をいーんちょーの腰にからめた。
ずん、と根元まで埋められる。
がくっと首がのけぞった。
――――、深く、奥まで、
衝かれて、いーんちょーを包んでいる内側を激しくこすられて、
そのたびに、
甘い声がでた。
いーんちょーがオレの中を行き来するたびに、ソコが甘くしびれて、いーんちょー自身の形に添うように成ってゆくようだった。
勃ち上がっていたオレ自身や、胸の尖りをさわられて、まるで火花がちるみたいにあちこちがきゅんってする。
いーんちょーの律動が激しくなって、
あ、あ、あと声が出て、
絶頂の予感が、した。
2、3匹のきれいな蝶々がひらひらと優雅に、オレに向かって翔んできているみたいに、
もう、すぐ、そこまで来て、いて、
その美しい羽で、オレを包み込む ――――。
クル、と感じて、
ァア、と声がでそうになった。
なのに、
突然、いーんちょーの動きがとまった
「や、・・・ど、して?」
もどかしくて、腰がちいさくふるえた。
ゼツボウ的な甘さが苦しかった。
もっと、激しく、シテ、欲しいのに。
餓えて餓えてて、しょうがないの・・・。
胸の先を、いじられた。
びりり、と感じて、
でも、
そんなんじゃなくて、

「して、お願い」

言ったのに、身体のあちこちをさわってくるばかりで・・・・・・。
オレの中で、いーんちょーの息づいている。
ぬるんだのが、奥まで挿ってて、
ぞくん、ぞくん、と脈うっているのに、決定的なのをくれなくて、
いーんちょーを誘い込むように、ソコをゆるくしめあげた。
けれど、全然で、
うずいて、苦しくて、焦らされて、ヒドイヒドイヒドイ、と泣きそうになった。
今度は、二の腕の内側のやわらかいところを、噛まれた。
少し、強く。
痛いのに、でも・・・、もっと噛んで欲しくなった。

「痕がついた。―――― キミの全身に僕のものだというシルシをつけたい」

熱っぽい声でいーんちょーが言った。
首筋をなめあげられた。

「ずっとどこかに閉じ込めて、誰にも見せたくない」

「―――― 閉じ込めて、」

いーんちょーだけのものにして、
言ったとたん、背中を両腕で抱えられて、そのまま身体を起こされた ―――― つながったまま。
床の上に座ったいーんちょーの上にまたがる形になった。
もっと、ずっと深く挿さって、もう、どうしていいかわからないくらいだった。

「キミのいいところ、教えて?」

・・・知ってるくせに。
オレのこと好きって言ったのに、こんなふうにイジワルなのは、全然かわんない。
鎖骨を舌でたどられて、うながされるように、そこも吸い上げられた。

「んっ」

そんなところも、感じて、声が出た。
ちっさな、火花が、あがってちると、もっと大きなのが欲しくなって、
オレは、ゆるやかに腰を上下しはじめた。
奥まで挿っていた太くて熱くて、にゅるん、としたのが、
いちばん、感じるところを、あたるように・・・。

「ココ? ここがいいんだ?」

「―――― ん。ィイ、ここが、・・・・・・好き」

下からも揺すられて、オレのイイ場所を、いーんちょーのくびれたところが、こすりあげる。
心地よいしびれが、大きく厚くなって、激しいものにかわってきて、
「イク? いきそう?」
だんだんと、腰を激しく動かし始めたオレに、いーんちょーが聞いてきたその声も、どこか切羽詰ったような声だった。
吐息の声で答えると、
いーんちょーがどこからか取り出したハンカチでオレ自身を覆った。
覆ってそのまま、こすりあげてくる。
その、布のあらい感触が刺激的で、

「ア、ァ、、、あ」

断続的に息がもれて、
それに、
後ろからの突き上げが重なって、

「ンァァ、あ・・・!」

全部が、一つになって、それからバラけていくように、身体が高揚して、
待ち焦がれていた限界が、ハンカチの中に、弾けた。
その瞬間にきゅうっと、自分の中がしまるのを感じた。いーんちょーの熱と溶けあって、まるで一体になれたような気がした。
快感の余韻に、吐く息の長さの分だけ、甘い声が続いた。
自分の荒い心臓の音だがけが響いて、いーんちょーの背中に手をまわして肩に頭をもたせかけると、いっそう、激しく、下から穿たれて、
どこか、耳の近くで、クッっていう、息を殺すような声がしたかと思ったとたん、
いーんちょーの腰がぶるぶるって震えた。
オレの中に、いーんちょーが迸した。目がくらみそうなくらい、気持ちがみたされていった。
いーんちょーがはぁ、と大きく息を吐き出した。いっそう濃い、いーんちょーの汗のにおいがオレをつつみこんできた。
くらくらしそうだった。心地よすぎて。
いーんちょーのにおいを吸い込みながら、肩口の皮膚に舌をはわせていると、いーんちょーが片手でオレの頭を支えて、唇をよせてきた。
ぼぉっとなっていたオレの口の中に、たっぷりと唾液を含んだいーんちょーの舌が入ってきた。
欲しくて、舌をからめて、それを吸って、味わってた。
そうして、いーんちょーの舌が出て行くのを追いかけるように、今度はオレが、舌を伸ばした。
そうしながら、

「・・・好き、」

言葉がこぼれでた。

「好きだよ」

すぐに、いーんちょーにそう返された。そう言ったいーんちょーの瞳があんまりきれいで、まだ、つながっているところが、ぞくぞくってするのがわかった。
「もう一度」と言ったのが、もうどちらの声なのかわからなかった。








昼休みも残り半分きっていて、食堂には、あんまり生徒はいなかった。自販機のコーヒーとか飲みながらしゃべってる生徒がチラホラいるだけ。
メニューも定食はもう売り切れで、

「あんたたち、遅かったのねー」

調理場のおばちゃんが、食券の売上げ計算っぽいことを調理カウンターのはじっこでしていた。
遅くなった理由を思わず反芻してしまって、顔があつくなった。

「残ってるのは、麺ものかカレーしかないわよ」

そんなオレのことなど、気にもとめた様子もなく頭に白い三角巾を巻いたおばちゃんが言った。
遅い時間だけど、ご飯はだしてくれるらしい。

「あ、じゃあ、オレ、えび天うどん」

「僕は、カレーライスとラーメンを下さい」

いーんちょーは、いつも通りに淡々と注文した。さっきまで、スゴイことしてたのが、なんかマボロシだったんじゃないかと思うくらい普段どおりで、
へんに動揺してる自分が恥ずかしかった。
食券の自販機はもう、終わってたのでおばちゃんに直接、お金を渡す。

「いーんちょー、けっこう、食べるね」

さっきは、お互いに名前を呼んだけど、いざ、こういう普通のトコで、となるとなんだか気恥ずかしくて、やっぱり「いーんちょー」と呼んでしまう。
いーんちょーもオレのこと「キミ」って呼ぶし。
自然と名前で呼ぶのは、もう少し、時間がかかりそうだ。

「キミは、お腹すいてないの?」

また、さっきまでのことをリアルに思い出しそうになって、オレは、黙って、コップに水をつぎに行った。
―――― 4時間目全部と、昼休みの半分の時間で、・・・・・・3回もした。




「腰がだるーい。もう、授業、ふつーに受けらんないよ。オレ、授業中、寝ちゃいそう」

うどんをズルズル食べながら言った。食堂の丸イスは背もたれがなくて、腰にあんまし力が入らないからクテってなってしまう。
そんなオレの隣では、いーんちょーが背筋をピシっと伸ばして、ラーメンに箸をつっこんでいた。
ちょっと、ムカ。

「じゃあ、ノートは僕が取っておくから、キミは寝てなよ」

シレっと、いーんちょーがそんなことを言う。
その横顔を見上げながら、

「課題が出るかも」

「しておいてあげるよ」

すごい! ふだんにない、甘やかしぶり。

「ごめんね、」

いーんちょーがそっとオレの腰に手をあててきた。
や、うしろは壁だから、誰もいないけど、心臓にわるい。

「―――― 今日はどうしてもキミが欲しかったんだ」

もう、熱を孕んでいない、おだやかな瞳でいーんちょーが言った。
ここが、学校の食堂じゃなくて、二人きりの場所だったら、キスをしてきそうな顔だった。
そっと、脚をよせてくるし。
ずるい、そんなことをそんな顔して言われたらなんにも文句が言えなくなる。

「ラーメン、食べたい」

だから、手に持っていたうどんの丼をトレーに置いて、全然違うことを言った。

「どうぞ」

いーんちょーが食べかけてたラーメンの丼を寄こしてくれた。

「チャーシュー一枚食べても、いい?」

「いいよ。僕、紅ショウガきらいだから、それも食べてくれると嬉しいけど」

「へー、そうだったんだ。オレ、けっこう好きだから、食べるね」

うっすいチャーシューで紅ショウガのかたまりをくるって包んで、口に運んだ。
とろっとした豚肉と、ぴりって辛いショウガがおいしい。
やっぱ、あっさりしたうどんだけじゃ、物足りなかったらしくって、こってりしたスープとツルっとした麺がするすると胃の中に入っていく。

「カレーも食べる?」

オレの食べっぷりを見て、いーんちょーがすすめる。

「うん、ちょうだい」

なんか、カレーのスパイシーなニオイが鼻をくすぐるから、もらうことにした。
まだ半分は残っているラーメンをいーんちょーのトレーに戻して、食べかけのカレー皿を受け取った。
スプーンをわざわざ取り行くの面倒で、いーんちょーが使ってるので、食べる。

「いーんちょー、うどん、食べる?」

「そうだね。ちょっと、あっさりしたスープも飲みたいからもらうよ」

たしかに、ラーメンとカレーじゃ濃いだろう。

「エビも、いいよ」

「そう? じゃあもらうね」

半分、食べてたのの残りがいーんちょーの口の中に消えてった。
皿や丼が互いのトレーを行ったり来たりするたびに、肩や腕がふれあって、なんか、いいな、こんなのって思った。
安心感があって、あったかい感じ。
いーんちょーがオレの隣にいるのがすごい、自然な感じで、
オレ、いーんちょーのことがすごくすごく好きなんだ。って、すごく実感した。
だからなのか、気がついたら、カレーを口に運びながら、にこって、いーんちょーに笑いかけてた。
いーんちょーも、うどんを食べるのをちょっとやめて、やさしい笑顔を返してくれた。

「好きなんだね」

いーんちょーは、カレーのことを言ったらしかったけど、

「うん、好き」

オレは、今のそのまんまの気持ちをそう答えた。







( おわり )







この人たちはこのようにしてこの先もなんとか一緒にやってゆくのだと思います。
お読み頂きまして、ありがとうございました☆

2007.4.24 - 2007.5.11 「めろめろ☆れしぴ」 完結
2007.10 - 2007.11 加筆訂正。

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