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17.めろめろの雨
しおりを挟むくちびるをふれあわせて、
舌をやわらかくからめあって、
唾液をわけあった。
背伸びして抱きついてたオレの身体を支えていた腕がほどかれて、
床にかかとをつけるオレを追って、
いーんちょーが身をかがめてきた。
衣服のすきまからひそんできたゆびが、
胸の尖りをさがしあてる。
湿った音といっしょにくちびるがはなれて、
目があう直前に、オレは、いーんちょーの肩に顔をふせた。
まるで、ささやき声のように肌をなでてゆく指に、
身体に熱が籠もりはじめる。
うずくような感覚に、
ため息がこぼれでた。
声にしない気持ちを、
どうか、受け取ってほしいという想いは、
きっと、
かなえられることはない。
「うっそ、まじでー。それって、すっごいプレミア」
ヴォーンヴォーンという、黒板消しクリーナーが立てる機械音に負けないように、オレは大声をあげて、坂西に言った。
今夜、行われる市民スタジアムでのサッカーの親善試合、いーよなー、すごいだろーなー、って言ったら、
あんまし、サッカーとかには興味のなさそうなクラスメイトの坂西が、「俺、それに行くんだ」って、言ったから、オレは思わず放課後の教室でそう叫んでいた。
Jリーグの試合とちがって、ヨーロッパのチームと日本選抜チームとの試合だから、滅多に観れるもんじゃない。
チケットだって、発売開始数十分でネット販売は終了したっていうことだったし。相当な人気だ。
「俺の兄貴がさ、モノはためしで応募しておいた抽選券が見事当たったんだ」
黒板のすぐ横にあるクリーナーで黒板消しをぬぐっている坂西が答えた。
今日は、オレと坂西でクラスの日直の日だった。
チョークの補充は済んだし、日誌も書いたし、あとは、教室と廊下の戸締りを点検すれば終わりだ。クラスメイトはとっくにみんな帰ってしまっている。
「俺さー、そんなにサッカーには興味ねぇけど、やっぱ、こんだけの試合だったら生で観ときたいしさ」
「うっそ、なに、簡単に、興味ナイなんて言ってんだよ。だったら、オレにチケット譲れよ」
オレもケータイのメールで抽選販売にエントリーしておいたけど、はずれてしまったんだ・・・。
「そりゃあ、ムリっしょ。せいぜい、明日の俺の自慢話しを楽しみしてろよ」
坂西が、ニヤっとした。
坊主に近いぐらいに刈り込んでる頭は、猫目でつり目な坂西のモデルみたいにオウトツのはっきりしている顔立ちに、よく似合っている。
(こいつ、頭と耳のかたちがカッコイイよなー)
オレがやったら、野球部かよお前、とか言われそうだ。
坂西とは、普段はクラスでそれほど話す仲じゃないけど、宇佐見に似たチャラけたタイプのやつで、口調も態度もかるいから、ふたりっきりになっても気まずくならない。
「うっわ、坂西って、ヤなやつーー」
なんて、平気でつっこめる。
「へーへー、ま、くやしがってろヤ」
って、かるく足蹴りがきたから、
かわしたついでに、側面からの体当たりをお見舞いしてやろうとしたとき、
「終わった?」
いーんちょーが教室に入ってきた。
「あ、・・うん。あと、戸締りしたら、終わり」
オレは、ビクっとした。
突然で、驚いたのもあったけど、・・・。
(なんか、いーんちょー、―――― 冷たい顔、してる)
「廊下の窓は、閉めてきたよ」
「を、サンキュ、委員長」
坂西が、黒板クリーナーのスイッチを切った。
「オレ、窓、閉めてくる」
オレは、いーんちょーの視線を避けるようにして、
梅雨の湿った空気を逃すために開けていた教室の窓を閉めに行った。
日直の仕事は、せいぜい20分で終わる。
その間、いーんちょーは図書室に行ってくる、ってオレに言って、教室を出て行って、それから、当番の仕事が終わるぐらいに、戻ってきた。
オレはてっきり、いーんちょーは先に帰るんだろうなーって、思ってたから、ちょっと、驚いた。
だって、前の日直当番のときは、そうだったから。
職員室になんか用があったらしい坂西が日誌を、担任のところへ持って行ってくれる、ってことだったから、オレといーんちょーは、そのまんままっすぐに昇降口へと向かった。
靴に履き替えて、昇降口をでると、ムアっとする湿気とともに、ブラス部の練習してる音 ―――― トランペットの音が、うす曇りの空のもとに響いてきた。
空は、雨が今にも降りそうにどよん、としている。
「なんか、降りそうだねー」
って、言ったとたん、本当に、ぽつっぽつっと雨が降ってきた。
と、思ったら、
サァーーーっという細かい雨が一気に降ってきた。
世界が白く煙る。
オレ、こういうのは準備万端なんだ。オレは、学校指定のカバンから超小型軽量の折りたたみ傘を出した。
「準備がいいね」
いーんちょーが、感心したように言った。
「いーんちょーは?」
「持ってきてないよ」
いーんちょーこそ、なんでも用意してるみたいに見えるんだけどなー、
でも、もう、オレは知ってる。いーんちょーって、意外とアバウトなんだ。
「このくらいの雨だったら、ふたりで1本でいいかもね」
サラサラと細かい雨が降ってくるなか、オレは傘を広げた。
「僕が持つよ」
「あ、・・うん」
この身長差だったらやっぱり、まあ、そうだよな。
オレは、緑色の傘を、いーんちょーに手渡した。
それを、いーんちょーがパシっと開いたから、一瞬、視界が傘の明るい緑色でいっぱいになった。
小雨降るグレイッシュな風景に鮮やかな緑色。見上げた、いーんちょーの表情も明るく見える。
「もっと、こっちにこないと濡れるよ」
って、いーんちょーは言うと、オレの身体を引き寄せた。
腕がくっつくかくっつかないかぐらいの距離で、横に並んだオレたちは校門に向かって、歩き始めた。
足をすすめるたびに、傘を持っているほうのいーんちょーの腕がオレのにふれる。
腕の皮膚の感触と筋肉の硬さに、びくっとなった。
やだな・・・。
これぐらいの接触で、くにゃんってなりそうな自分が恥ずかしくて、
オレは、ちょっとうつむきがちに歩いた。
そしたら、
「今度の日曜日、どこかに行こうか?」
っていう、いーんちょーの声がしてきたから、
オレは、え? って思って、いーんちょーを振りあおいだ。
いーんちょーの淡々とした低い声は、オレの耳にしっかりと届いていたけど、
でも、
言葉の意味がすぐに飲み込めなくて、オレはぱちぱち、っとまばたきをした。
「それとも何か予定がある?」
無言のオレにいーんちょーが聞いてきたから、あわてて首を振った。
「ううん、何もないよ」
「そう? じゃあ、週末は少し天気が悪そうだけど、一緒に出掛けようか」
(いっしょに、って、いーんちょーが言った・・・)
オレ、
休日に、初めて、いーんちょーのほうから誘われた。
すごく、うれしいはずなのに、
「・・ぅん」
って、返事した声が、ちょっと弱々しかったのは、
(・・また、ウソかも)
って、思いそうになったから。
「キミは、どこか行きたいところある?」
オレの杞憂なんか、知らないだろう、いーんちょーはいつもの口調で、オレにそう聞いてきた。
この頃、オレといーんちょーは、お昼も帰るのもずっといっしょだ。
お昼は、
4時間目の授業終了のチャイムがなると、
視線がやってくる。
いーんちょーは、話しかけてくるクラスメイトに一応の返事をかえしながらも、オレが近づくと、話しをさっと切り上げるし、
オレがプリントやらノートの提出で手間取ってるときは、オレのことを席で待ってくれる。
前みたいに、さっさとどこかに行ったりしなくなったし、なんか用事があるときは前もって教えてくれるようになった。
この前、いーんちょーは、なんだか、機嫌が悪かったけど、今は、ふつうだ。
(ってゆーか、前より、やさしくなった)
のに、
そのやさしさが、
なんだか不安なのは、
たまに、いーんちょーが、すごく怖い目をして、オレのことを見るから。
それに、ときどき、
抱きしめてくる腕が乱暴だったり、
余裕のナイ感じのキスだったり、するから。
そのなんだか、せっぱつまったみたいな感じのいーんちょーに、
なんでか、胸が苦しくなって、
オレは、すごく強く、
いーんちょーのこと、抱きしめたくなる。
「オレ、博物館に行きたいな」
行きたいところある? って聞かれたオレは、いーんちょーにそう答えた。
今、市の博物館では、時計の歴史展が行われていて、前から、いーんちょーを誘ってみようかな、って思ってたんだ。
機械系が好きなオレは、分解した時計を自分で組み立ててみる、っていう体験コーナーがすごくおもしろうそうに思えたし、
それに、いーんちょーは物理が好きだから、そういうこともキョーミありそうだなー、って気がした。
「博物館?」
「うん、今、時計の歴史展をやってるんだ」
「ああ、新聞で見た気がする」
「ホント? なんか、おもしろそうだよね」
新聞で読んだ記事をおぼえてるんだったら、ちょっとは興味があるのかな、と思った。
「そうだね。じゃあ、そこに行こうか」
いーんちょーが、オレのことまっすぐに見てきて、口元を少しやわらかくした。
(うゎ、)
その表情だけで、さっきの、ウソかもって思った心配が吹き飛んでしまった。
「うんっ」
(オレって、単純ーー)
って、思いながらも、うれしくて、オレははずんだ声をだしていた。
傘にあたる雨粒の音まで、なんだか、やさしいメロディのように聴こえてくるから不思議だ。
ちょうど、石造りの校門を抜けたところで、自転車に乗った男子生徒がオレといーんちょーを、すごいスピードで追い越して行った。どうやら、傘もレインコートも用意してなかったみたいだ。ブレザーがしっとりと濡れていた。
オレといーんちょーが利用している私鉄の駅までは、校門の前の通りを、道沿い10分ちょっと歩けば着く。いーんちょーは上りで、オレは下りだ。
「あ、そうだ、ご飯はどうする。どっかで、食べてから博物館に行く? それとも、博物館の帰りに行く?」
オレが聞くと、
「お昼に行ったほうが人が少なそうだから、食事は帰りにしたほうがいいかもね」
って、いーんちょーがすぐに答えた。
そっか、そうかもな。日曜日だから、人出が多いんだろうな、きっと。
オレ、体験コーナーで、時計の分解と組み立てを絶対にやってみたいし。
入場者が少なそうな時間帯をねらったほうがよさそうだ。
「うん、じゃあ、帰りにどっかで食べよう」
なに食べよっかあ、って聞こうとしたら、
「この前、キミが言っていたお好み焼き屋に行ってみたいな」
って、いーんちょーが言った。
あ・・・。
「もう、誰かと行った?」
そのお好み焼き屋は、オレが友だちの松下に教えてもらってとこで、テーブル席が鉄板になっていて、自分でお好み焼きを焼くんだ。
「―――― ううん、・・行ってない」
例えば、すっごい、へこむことや落ち込むことがあっても、オレってわりかし丈夫だ。
松下なんかには「無駄に前向きで、根拠なくポジティブ」とか言われるけど、
たしかに意味なくポジティブなのかもだけど、
でも、全然、無駄じゃない。
いーんちょーといる時間は、ちっとも無駄じゃない。すごい楽しい。
例え、明日、泣くんだとしても、オレには、今の今、笑ってることのほうが大事なんだ。
だから、オレはいーんちょーに、盛大に笑いかけた。
「オレ、うまく、焼けるかなー。ひっくり返すのとかむずかしそうだよね」
「形は崩れても、味はかわらないよ」
「えー、やだよ。オレ、ちゃんとまるまるっとさせるもんね」
って、口をとがらせたオレに、いーんちょーが小さく笑った。
そんなふうにしゃべっていると、ふと、いーんちょーの肩越しに、道路の向こう側を歩いている女の人が、赤い傘をたたむのが目に入った。
「やんだのかな・・」
オレは、傘の下から、顔を出して空を見上げた。薄曇りの間から、太陽が鈍い白に光っている。
雨は止んでいた。
いーんちょーは、傘を横にすると、オレと同じように空を見上げた。
「やんだみたいだね」
(あ・・・)
気がつかなきゃよかった。
いーんちょーが、傘をたたんでゆく。
すごくギリギリまでくっついて歩いてもいい理由がなくなってしまった・・・。
あーあ、と思いながらそれでも明るく、いーんちょーに話しかけた。
「モダン焼きあるといーねー」
「そうだね。キミはやっぱりイカ焼きにする?」
あ、
いーんちょー、憶えててくれたんだ。この前、オレがお好み焼きはイカが好きって言ったのを。
へへっ。
こーゆーの、うれしくて、
こころが明るく澄んでいく。すごく透明に、晴れやかに。
オレの気持ちをこんなふうな色にできるのは、いーんちょーだけだ。
それがうれしくて、オレは、目の前の水たまりをジャンプした。それから、いーんちょーをふりかえって、
「うん、イカにするー」
って、答えた。
気持ちがどんどんとかるくなっていくから、またもや目の前にあった水たまりを、も1回、ジャンプ! と思って足の裏で地面を蹴ろうとしたら、
腕をつかまれた。
「え?」
いーんちょー?
「な、なに?」
見上げると、
びっくりするぐらい真剣な顔でいーんちょーがオレのことを見ていた。
「―――― キミがどこかに行ってしまいそうだったから」
そんなことあるわけないのに、
なんの冗談なのかな、
って思う前に、
・・なんだろう? 胸のどっかが痛んだ。
「行かないよ。オレ、どこにも」
「そう?」
「うん」
オレ、ずっと、いーんちょーと一緒がいいから。
いーんちょーが、オレから手を放すまで、
ずっと、―――― ずっとそばに居る。
そんなふうに想いながら、いーんちょーのこと見上げてると、
いーんちょーは、オレはから手をはなして、片手にたたんだ傘を持ったまま、ゆっくりとまた歩き始めた。
肩幅の広い背中は、きりっとまっすぐで、でも、どこか拒絶の気配がして、・・いーんちょーこそが、オレを置いてどこかへ行ってしまいそうに思えた。
オレは、あわてて、いーんちょーのあと追った。
雨が通ったあとの空気はひどく新鮮で、
きっと、もうすぐ梅雨があけるだろうな、ってオレは予感した。
( おわり )
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