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6. めろめろの星空
しおりを挟むひらり、とうすっぺらなチラシがオレの足元に落ちてきた。
雑誌から切り取ったようなそれを、ただのゴミだと思わなかったのは、
「あ、」
っていう、あわてた声が間近で聞こえてきたからだった。
オレは反射的に、かがんでコンクリートの地面に手をのばし、そのチラシを拾った。
「ああ、ごめん」
身体を起こすとすぐ目の前から、声がした。
見上げると、大学生くらいの、男の人。
(いーんちょーと同じくらい、背が高い)
「それ、俺が落としたんだ」
にっこり。
めじりがやさしげに細められた。
さっぱりと短く揃えられてる髪は、明るいブラウンで、
にこ、ってしてる顔は、ひとなつっこそう。
空気をたくさんふくんでいるような穏やかな声とおなじくらい、やさしげな顔立ち。白のTシャツとブルーのジーンズは、シンプルだけれど、こだわりの一品っぽく見えるのは、ボタンの位置やカットの入り具合が、ユニークであんまり見ない形だからかもしれない。
2歩分の距離と、やわらかな雰囲気なせいか、オレは、目の前の大学生っぽい男の人に全く警戒心を抱かなかった。
日曜日の、お昼。
百貨店の裏手にある広場は、休日だし、天気いいし、で、たくさんの人が行き交っている。
オレは、ここで、いーんちょーと1時に待ち合わせの約束をしていた。
「あ、これ」
オレは拾ったチラシを、目の前の男の人に渡した。
「ありがとう。―――― ついでさ、聞いてもいいかな」
「はい?」
「この、店なんだけど」
って、その人は、チラシをオレが見やすいように持った。
(あ、『ロール&ロール』だ)
そこには、新鮮玉子をつかうことで評判のロールケーキ専門店が紹介されていた。
その店は昔からあって、うちのかーちゃんやねーちゃんがよく買ってくるから、オレは場所も名前も知ってるし、なんども食べたことがある。
(すっごく、おいしいんだよなぁ、ここのロールケーキ)
最近じゃあ、夕方のローカル番組で紹介されたらしく、地元以外でも有名になってるらしい。
チラシには、人気ナンバーワンのイチゴヴァニラロールの写真が載っていた。
(ほわほわのスポンジと濃厚なクリームと甘酸っぱいイチゴのがおいしかったなー)
ついこの前食べた、あの味を思い出して、コクっとノドがなった。
かーちゃんとねーちゃんは、ショコラロールのほうが断然、おいしいって言ってたけど、オレはフレッシュフルーツロールのほうが好きだ。
そんなことを思い出してると、
「この店、知ってる? ここの近くにあるらしいんだけど、俺、こっちのほうに来るの初めてでさ。妹に、ぜったいここのロールケーキ買ってきて、って頼まれて探してるんだけど、さっきから同じところをぐるぐる回っていて、たどりつけないんだよ ―――― 」
って、言いながら、その人はすごく困ったふうに、眉毛を下げた。
まるで、ご主人様にしかられたビーグル犬みたいだ。
相当、妹のこと可愛がってるのか、きゃんきゃんうるさく言われてきたのかのどっちかだな、って想像して、ちょっと笑いそうになってしまった。
「この店、ちょっとわかりにくいとこにあるから」
こみあげてくる笑いをこらえながら、オレがそう言うと、
「場所、知ってるんだ」
って、うれしそうに言うと、ほっとしたような表情になった。
(不思議な人だなあ)
初対面なのに気安い感じに話せる。
オレは、その人に、うん、ってうなずいて、それから、
「そこの、緑の看板の奥に、路地があって、」
って、目の前の細い道の向こうを指差した。
オレが今いる広場と道を挟んだ向こう側は、小さなショップがいくつも並んでいる界隈だ。
「え、どこ?」
きょろきょろと、その人は通りの向こうを見回した。
通りにはごちゃごちゃと看板が立てかけられてるし、歩いている人も多いからか、オレが指さした看板が特定できないらしかった。
「あそこんとこの、」
って言うと、その人がオレがさし示した方向に半歩足を踏み出したのにつられて、オレも、自然とその人の横に並んで歩き始めていた。
さっき、ケータイを見たとき、いーんちょーとの待ち合わせまで、あと20分もあったから、ちょっとぐらいなら、ココから離れてもいいかも、って思って、
わかりやすいとこまで、案内することにした。
「オレ、途中まで、」
いっしょに行きます、と言おうとしたら、不意に、横から腕をつかまれて、がくん、と後ろにひっぱられた。
うわっ、ナニ?? ってびっくりしてたら、目の、すぐ前に、誰かの背中。
「僕のツレに何か用ですか?」
(い、いーんちょー?!)
急に現れた、いーんちょーが、
まるで、何かからかばうようにオレの前に、背中を向けて立っていた。
「あ、いや、俺は、その・・・」
口調は丁寧でも、威嚇するような低められた声に、オレに道を聞いてきた人がびっくりしている。
(いーんちょー、この人のことキャッチセールスって思ったのかも)
「い、いーんちょー、あの、ちがくて、オレ、ただ、店を聞かれたから、教えてただけで」
オレは、あわてて、いーんちょーに言った。
いーんちょーは、チラッとオレのことを振り向いて、
「なんの店?」
って、聞いた。
「『ロール&ロール』」
そう答えたけど、いーんちょーはそういう店、知らないだろうし、って思ってると、
「あそこの、メガネ屋から10メートルほど歩くと右に入っていく路地がありますから、そこを右に折れて、ふたつ目の角で、また右に曲がったところにあります」
って、そっけなく、でも、的確に、いーんちょーが説明した。
「・・あ、どうも」
びっくりした顔のまんま、その人は、へこん、とちいさくおじぎをすると、通りの向こうへと足早に立ち去って行った。
場所、わかったみたいだ。
よかった、これで、きっと、妹さんに怒られなくてすむだろう。
そう思いながら、背中を見送ってると、
「キミもね、まったく、こんな古典的な手法に引っかかるなんて」
と、なんだか、怖い声で、いーんちょーが言った。
「・・なにが?」
「道を聞くなんて、ありきたりなナンパだろう」
え?
「え、ちがうよ。だって、あの人ちゃんと、雑誌の切り抜き持ってたし」
だって、それに、オレ、オトコだし。
ナンパされるとか、そうそうあるわけないから。
「誰でも知っていそうな店の切抜きをね」
意味ありげに、いーんちょーが言った。
「ま、ハンカチを落とすよりは、話すきっかけに使えるだろうからね。とにかく、知らない人にはついて行っちゃダメだよ」
・・・むぅ。
なんか、いーんちょー、オレのこと子どもあつかいしてる。
「ついてかないって! ただ、道を教えてただけだから!」
「―――― 親切心もほどほどにね」
ちいさく肩をすくめて、いーんちょーがそう言うから、
ちがうって! って、言い募ろうとして、
そこで、ふと、気がついた。
今日のいーんちょーのカッコウに ――――・・・。
きれいな明るい紺色のシャツは袖口と襟と胸ポケットんとこが水色で、細いオレンジのラインが入っている。ボタンの形が楕円で、真珠みたいなきらきらだ。
その個性的なシャツに合わせた細身のブラックデニムは腰の細さと脚の長さを強調している。
メガネもいつものとは違って、フレームがエンジ色で、レンズには、すこうしだけブラウンのカラーが入っている。
いーんちょーの知的な顔立ちによく似合っていた。
毛先をワックスでねじったみたいにして、アクセントをつけてるヘアスタイルが、整って冷たく見えがちな顔立ちに、はなやかさをプラスしている。
(学校と、雰囲気、ちがう)
まるで、美術系の大学生みたいに見える。大人っぽい。
いーんちょーは、もっと、トラッドな感じの服装で来るのかの思っていた。
かっこよすぎて、
直視できない・・・。
目線を、いーんちょーからずらしたオレに、
「その髪型がよくないね」
って、いーんちょーが言った。
オレ、いつもは、前髪を左右に散らしてヒタイをだしてるけど、
今日は、せめて服装ぐらいは、いーんちょーの雰囲気に近づけようと思って、がんばって、シックな服を選んだから、それに合うように、前髪をドライヤーとムースで、サラって感じに整えたんだけど・・・。
「へ、へん?」
ちら、っと、いーんちょーを見上げると、
じろ、っと、いーんちょーがオレのことを睨んできた。
うう、迫力負けで、びく、っとしそうになった。
「おとなしそうに見えるから、つけこまれたんだよ」
おとなしそう?
つけこまれる?
(やっぱ、いーんちょー、さっきの道を聞いてきた人こと、キャッチセールスって思ってるんだ)
せっかく、整えた前髪だけど、「よくないね」って言われちゃった髪型だから、
ちょっと、気持ち、ブルーになりながら、
前髪を手でかきあげて、いつものようにしようとしたら、
いーんちょーが、オレのその手をつかんだ。
「似合ってるよ」
さらっと言って、そのまま、いーんちょーはバス停のほうに歩き出した。
(あ、あの、手、手が・・・)
日曜日の、昼下がり。
市街中心部の人ごみの中を、いーんちょーがオレの手をつかんだまんま、さくさく歩いて行く。
今日は、ふたりでプラネタリウムへ行く約束をしていた。
プラネタリウムは、こっから、いちばん近いバス停でバスに乗って、15分くらいの場所にある。
いーんちょーと、どこかへ出掛けるのなんて、初めてで、
コーフンしすぎて、昨日、あんまり眠れなかった。
オレは約束の時間の30分も前に、待ち合わせ場所に来ていたし。
それに、
いーんちょーに会ったらなんて言おうかな、とか、
どのくらいの距離を置いて隣を歩いたらいいのかな、とか、
いろいと・・、いろいろ考えていたのに、
なんか、あっという間に、落ち合って、もう、移動。
オレは、いーんちょーに手をつかまれたまま、引っぱられてくみたいにして雑踏の中を足早に歩いた。
(・・こーいうのって、“手をつないでる”って言わないよな)
どっちかっていうと、
連れられてくみたいな、引率されてるみたいな感じだ。
けど、
いーんちょーの力強い手で、つかまれてる手首のトコが、
なんだか、――――。
(ひびいてくる)
いーんちょーのてのひらから、
オレの腕に。
肌と肌があわさって、つながって、
体温をわけあってるから、
ずきずき、する。
プラネタリウムは、市街の南側にある広大な公園の一角にある。
公園は、元々はお城があったところで、中央にある100m以上はありそうな大きな池は昔のお堀の名残りなのだそうだ。ここでは、毎年、夏に花火大会が催されている。
緑が多くて、遊歩道も整備されている公園は市民の憩いの場で、プラネタリウムの他にも、少年科学館や図書館、それに美術館なんかの文化施設がある。
かなり広い敷地だから、公園入り口のバス停からプラネタリウムがある所まで10分は歩かないといけないけれど、青々とした木々や鮮やかに咲き誇っている春の花々が目を楽しませてくれるから、そんなに苦にならない。
それに、なんてたって、いーんちょーといっしょだから、ずっとこのまま歩きつづけたっていいんだけどなー、とか思ってしまう。
公園までバスに乗ってきたオレといーんちょーは、公園入り口前で、バスを降りると、公園内のプラネタリウムへとつづく遊歩道を、池で泳ぐアヒルを指さしたり、散歩中のイヌを眺めたりしながら、歩いていた。
うすいぴんくいろのハナミズキがあんまりきれいで、かわいくて、イチゴアイスみたいな色だったから、
「おいしそうだねー」
って、言おうとしたら、
「そうだ、」
と、いーんちょーが、何かを思い出したように言った。
「家の用事があるから、僕は3時に帰るね」
「・・えっ」
かろやかに進んでいた足取りがぴたり、と止まった。
1時半から開始のプラネタリウムは、1回の上映プログラムが45分くらいだから、終わるのは2時半ちょっと前 ――――。
(いーんちょー、プラネタリウムが終わって、30分後にはすぐ帰っちゃうんだ・・・)
「さっきのバス停のところに、兄が車で迎えに来てくれるんだ」
「ぁ、・・そ、そぅなんだ」
「――― ごめんね」
「え、ううん、ゼンゼン」
用事なら、しょーがないもんね、
って、
ウソの笑顔つくって、
つよがりを言った。
オレ、今日は、いーんちょーと夕方までずっといっしょに居れるんだと思ってた・・・。
哀しい気持ちに沈み込んでゆきそうになるのを、
ふりきるようにして、
背筋をのばして、
「あ、あのさ、いーんちょーがこの前、キョーミあるって言ってた映画、再来週からだろ。オレも、観てみたいから、―――― い、いっしょに、・・・行く?」
って、言ってみた。
いーんちょーが、ん? って感じの表情で、オレのこと見た。
その数瞬の沈黙が、Noの返事のように思えて、
オレは、
「あ、あの、もう、誰かと約束してるんなら、全然、別に、いーんだけど」
きまり悪くて、口の中でごにょごにょっと言った。
「キミは、ああいう映画には興味なさそうに思えるけど」
まぁ、そうなんだけど・・・。
いーんちょーが、「この監督の撮る映画は全部観ているんだ」って言ってたのは、雑誌のシネマガイドによると、ある天才数学者が殺人事件に残されていた数式を解きながら、事件を解決していくというやつで、
ありがちなハリウッド映画みたいに派手なアクションとかはほとんどなくて、淡々とした場面の積み重ねによる“大人のための上質ミステリ”というやつなのらしい。
ふつーだったら、「なんか退屈そう」とか思って、スルーする映画だけど、
いーんちょーが好きなものとか興味あるものとかを知りたいし、それを一緒に味わってみたいんだ。
「う、うん、でも、なんか、観てみたいなーって思って」
って、一生懸命、言ったら、
ふっ、と、いーんちょーが、くちもとをゆるめた。
「―――― 誰とも約束はしていないよ」
「ホント?! じゃあ、再来週の土曜か日曜に観に行く?」
「そうだね」
やったぁ、と心の中で叫んだ。
「オレ、時間とか場所とか調べておくねー」
って言って、
ぱぁーっと胸にひろがったうれしさのまんま、えへへって笑いかけると、
「キミはどうして、僕なんかを好きなんだろうね」
かるい調子で、いーんちょーはそう言ってゆっくりと公園の遊歩道を歩き始めた。
傍らのベンチでは、おじいちゃんと孫らしいふたりが並んですわって、ひなたぼっこをしている。その3才ぐらいの男の子は、大きく上半身をゆらしながら、歌らしきものを楽しそうに口ずさんでいる。おじいちゃんは、それを、顔がとろけるくらいにゆるませて、幸せそうにながめている。
オレは、そのふたりをチラっと胸に刻んで、半歩遅れて、いーんちょーの隣に並んだ。
―――― オレ・・・。
「オレはただ、」
理由なんかわからない。
「ただ、いーんちょーのことが好きなだけだよ」
「・・・・・ふーん」
あ、
もっと、ここがいい、とか、言ったほうがよかったのかな。
「あの、えーっと、えーっと、――――、いーんちょーは、あ、頭いいし、りーだーしっぷ、とかあるし、」
「そうかな?」
「うん、そう! それから、えーっと、いっつも、おどろいてるし」
え? って顔を、いーんちょーがした。
あ、・・・、あわてすぎて、いい間違えた。
「じゃなくてじゃなくてっ! いつも、おちついてる、って言いたかったんだ」
「なんだ」
くす、っと、いーんちょーが笑った。
よく目にする、オレのことからかうみたいな笑いかたじゃなかった。
「な、なに?」
「キミと居ると、僕がいつも驚いてばかりなのが、わかってたのかと思ったよ」
「オレと居るとオドロイテんの?」
「うん」
「・・オレ、なんか、へん?」
「さあ、どうだろうね」
ちょっと身をかがめて、いーんちょーがオレの目をのぞきこんできた。
「―――― ヘン、なんだ・・」
「そんなに、変じゃないよ」
・・・・そんなに?
「僕が思ってもなかったことを言ったりしたりするから、」
そ、そぅか、
呆れてたり、するのかな。
「新鮮、かな」
遠くで、鳥の鳴く声がした。公園内には、林みたいになってるところがあるから、何種類もの野鳥が生息している。
小学校のときに、工作の授業で巣箱を作って、この公園に設置しにきたりしたっけ。
なんて、頭のすみっこで、のんきに思い出すくらい、オレは動揺していた。
野鳥の高く澄んだ愛らしい鳴き声と、今、聞こえてきたいーんちょーの台詞が、頭の中で、絡まって、どんなふうに言葉の意味を理解していいのか、わかんなかった。
けど、心臓が、すごく、はやくて、―――― くるしいのに、うずうず疼いている。
「顔、赤いよ」
無言になったオレに、いーんちょーが言った。
「――――・・え、えっと、なんか、あ、暑くって」
天気よすぎだよねー、ってごまかすみたいにして言ったら、――――。
「わ、なになになに、なにっ!!」
「キスしただけだよ」
向かいからは、3人の親子づれがこっちに歩いてきていた。お父さんとお母さんらしきふたりの大人は、池の方を見ていたけれど、そのふたりに手をつながれている、ちいさな女の子が、オレといーんちょーのことをじーっと見ている。
オレは両手で口を押さえて、うー、って、いーんちょーをにらんだ。
けど、
「そんな顔すると、―――― もっとしたくなるよ」
って、いーんちょーに返されて、
びくっ・・。
鋭い視線が、オレのことを動けなくする。
・・いーんちょーって、迫力ありすぎだと思う。
オレがひるんだスキに、いーんちょーはオレの背中を押すようにして、遊歩道わきの木々の植え込みの中へと入っていった。
遊歩道をそれて、木々の間に入ってって、春の青草を踏みしめながら、どんどん、林の奥のほうへ、人が居ないほうへと、オレの身体を前に押し出すようにしながら、いーんちょーが歩いていく。
「ドコ行くの?」
枝振りの大きな木が増えてきて、青々と茂った葉っぱが太陽の陽射しをさえぎってるから、だんだんとあたりが薄暗くなってきた。
不安になって、そう聞いたオレに、
いーんちょーが、
「イヤらしいことができるところ」
って、全然、なんでもないことのように答えた。
オレはぎくり、と足を止めて、いーんちょーを見上げた。
だって、外だよ。
公園、だよ。
「・・きす、だけ?」
「さあ、どうかな」
すっと、いーんちょーが目を細めた。
その視線に、
からだ全部が、どきどきいいだした。
だって、してくるときの、目、だ。
オレのこと、全部、奪いつくそうとしてくるときの・・・――――。
けど、
そんなに熱のある瞳をしているのに、
「それとも帰る?」
って、いーんちょーが突き放すみたいにして、オレに聞いてきた。
好きにしていいんだよ、って感じに。
どうしようどうしようと、迷っていると、
今の今まで背中に添えられていた、体温が離れてった。
(やだ・・!)
オレは、とっさに、いーんちょーがつくった1歩分の距離を、すぐに0ゼロにした。
「キスだけじゃないかもしれないよ」
いーんちょーの腕の中。耳元で、そんなふうに言われたけど、
「・・ぜんぜん、へぃ・・っき」
って、答えた。
だって、
いーんちょーと、さよならして家に帰るほうが、全然平気じゃない。
けれど、いーんちょーに連れられて歩いていった先には、プラネタリウムがあった。
さっきのとこで、ちょびっとキスして、
それから、
「おいで」
って、言われて、
どきどきしながら、うつむきがちに歩いてったら、
木々の枝がさえぎっていて薄暗かった風景が、からりと明るくなって、
木立を抜けた目の前には、プラネタリウムのドーム型の白い建物。
・・・・ただの近道、だったんだ ――――。
(もぉ、オレのことからかってばかりなんだから!)
って、ムカっとしながらも、ほっとしたオレに、
いーんちょーは、
「部屋以外でするのは、また今度ね」
って、怖いぐらい完璧な笑みをつくって、意味不明なことをオレに言った。
「寝てたよね」
いーんちょーの鋭い指摘に、
ぎく・・・。
「――― え、ね、寝てなんかないよ」
って、言いながら、とプラネタリウムの出口に向かう人並みの中を、いーんちょーからはぐれないように、ぎゅうっとくっつくようにして歩いた。
オレから誘ったプラネタリウムで、・・・・・ぐっすり眠ってしまった。
仰向けに45°に倒れたリクライニングシートがあんまり気持ちよくて、暗くなったスクリーンは色彩がおだやかで、解説の声は抑揚がなくなだらかで、バックミュージックは心地のいいクラッシックだったし、昨日、あんまし眠れてなかったし、で、
つい、うっかり ――――。
フルスクリーンに映し出された、星空がきれいだなあ、って思って、
そこで、
ふ、っと意識が途切れて、
はっと目を覚ましたときには、プログラムが終わっていて、解説の人がスクリーンの前に立って、始まる前と同じようにスポットライトを浴びながらマイク片手に挨拶をしていた。目をゴシゴシっとこすると会場の明かりが点いて、他の来場者が、座席から立ち上がりだしたんだった。
「ほ、ホントに、オレ、ちゃんと、起きてた、から・・・」
「そう? じゃあ、僕の肩にもたれかかってきて、」
げ・・・、オレ、そんなことしたんだ。
「キミが『もう、お腹いっぱいで食べられないー』って言ってたのは寝言じゃなくて、僕に話しかけてきてたんだ」
・・・うそ、オレ、そんなこと言ったんだ。
「そ、そうだよ。オレ、いーんちょーに話しかけてたんだから」
「ふーん」
わ、なんか、ヤな予感。
「そうか、じゃあ、キミは今、お腹すいてないんだね」
「・・・・・・」
いーんちょーの表情はいつもみたいにクールだけど、でも目が思いっきり笑っている。
(・・いぢわる)
だって、
プラネタリウムが終わったら、早く帰るお詫びに、近くのカフェでホットサンドを奢るよ、って、いーんちょーが言ってくれてたから・・・。
オレは、いーんちょーをイジっと見上げて、ボソっと答えた。
「・・・・・寝てました」
( おわり )
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