めろめろ☆れしぴ 2nd

ヒイラギ

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番外編:学校でkissをする

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act. 図 書 室     





朝、起きたら、ココロが淋しい感じだった。




眠りの夜からめがさめてぼんやりと目を開くと、
薄いカーテン越しに入ってくる朝の光は、まだまだ灰色だったから、
今は、うんと早朝の、夜が終わったばかりの時刻かな、って思った。
窓の向こうから伝わってくる外の気配は、とても静かで、
オレの部屋には、階下の台所から朝の用意をしているかーちゃんが立てる物音がおだやかに、ひびいてきていた。

(―――― 何時だろう?)

ベッドに寝そべったまま、オレは枕もとのケータイを手に取った。サブウィンドの時計は、今が、オレがいつも目覚ましで無理やり起きる時間より、かなり早いことを示していた。
それでも、眠気はどこにもなく、オレはベッドの上で上半身を起こすと、
右手で、パジャマの胸のトコをつかんだ。
意味もなく訳もなく、
どうして、こんな気分になるんだろう・・・?
いつまでもどこまでもはてしなく、ひとりぼっちのような気持ち。
温かい寝床も、かーちゃんのご飯も、友だちからのふざけたメールも、
全部、みんな、有るのに。
えーしだって、いつもオレのそばに居てくれるのに。
でも、今は、
胸のまんなかに、冷たい風が吹き込んできたみたいで、
こころもとなくて、
オレは、

「えーし」

お守りのように、祈りのように、
英嗣えい し の名前を、そっと口にした。


すごく、
あいたい。












そろっと、図書室のドアを開いた。
平日の朝、8時ちょい過ぎ。
HR開始、30分前。
うちの学校の図書室は、オレらのクラスがある棟の2階のつきあたりにある。
ちょっと変型のL字形の部屋で、前は教室だった部屋ともともと図書室だったところをくっつけて、広くしたのらしい。
古びた木製のスライド式の扉を、慎重に開けたけど、やっぱり、がらがらっと音がした。
身体が通り抜けられるだけ開いて、するりと図書室内に入ると、すぐ正面にある閲覧机で何か書いていたショートカットの女子生徒がちらっと顔をあげて、また、書き物に戻った。
オレは、ゆっくりと扉を閉めた。
朝の図書室は静かで、利用している生徒は、見える範囲で3人しか居なかった。
入り口の左横にある利用カウンターに寄りかかって何かしている背の高い男子生徒。そして、出入り口付近から図書室の半分くらいのスペースまでにかけて、ずらりと置かれている6人掛けの閲覧机に座っている女子生徒がふたり。
みんな、なんだか真面目そうな感じの生徒だ。
オレは、あんまり、っていうか、全然、朝の図書室に来たことないから、
この、すごくシーンとしている雰囲気にちょっとばかしビビりながら、なるべく足音をたてないように閲覧机の脇を通って、奥の本棚の列へと入っていった。
横並びにくっつけてあるグレーのスチール書架は、オレの背丈よりも高くて、上から下までびっちりと本が並んでいる。
その、いっそう静かな本棚の列の中を、オレはすこし急ぎ足で、先へ先へと進んだ。
どきどき、する。
図書室の、いちばん奥、百科事典とかが並んでいる調べものコーナーにも机とイスがあって、
えーしは、いつもそこで朝早く学校に来ては、図書室から借りて家に持って帰るには大きくて重すぎるらしい本を読んでいる。現代社会のレポートを図書室でいっしょにしたときに、そう教えてくれた。
だから、朝、駅で待ち合わせて、いっしょに登校、とかやったことない。

(―――― ホントは、そういうのちょっと憧れなんだけど、さ)

いつつ目の列を過ぎると、壁際の本棚が目に入った。
そして、

(えーし、)

居た。






えーしとは、
学校で昨日も会ったし、その前も会ったし、
それに、一昨日は、学校の帰りにえーしんちに行って、
・・え、えっちとか、したし。
けど、突然、
一分一秒も待てないくらいに、
ケータイじゃなくて、メールじゃなくて、ちゃんと会わないとダメな感じに、
恋しくなる。
オレをまっすぐに見つめる瞳や、やわらかくオレの名前を呼ぶ声を思い出すだけじゃ、せつなすぎて、
胸のオクが、ぎゅ、っとなる。






声をかけようとして、けど、オレは口をつぐんでしまった。
本棚に区切られた静かな空間で、すっきりと背筋をのばして、机の上に広げた本を一身に本を読んでいるえーしの姿を見て、

(オレ、ジャマかも・・)

って、不意に気がついたから。
どうしよう、と迷ったまま、書架に身体を半分隠すようにして立ってたら、
人の気配に気づいたのか、えーしが読んでいた本から顔をあげた。
少し長めのサラリとした前髪。メタルフレームのメガネ、その向こうの理知的な冴え冴えとした瞳。

「皓也こう や ・・、」

えーしは、少し驚いた顔して、
それから、
口元をゆるめると、

「おはよう。今日は随分、早いんだね」

周りに気づかってか、抑えた低い声、それでもよく通る声で、オレのことをまっすぐに見ながら言った。

「・・、うん。あ、あの、」

「うん?」

えーしのやわらいだ感じの表情に勇気をもらって、
オレは、そっと一歩を踏み出した。
そして、えーしが座っている机に近づきながら、片手に持っていた文庫本を見せて、

「オレ、――― オレも、ドクショしようと思って」

って、言うと、
えーしが、ああ、とうなずいた感じに小さく笑った。
そして、えーしがすわっている隣のイスを引いてくれた。
調べもの用の細長い机は、つめれば3人はすわれそうだけど、イスは2脚しかない。
オレは、そこに、えーしの横に、すとん、とすわって、
手に持っていた文庫本を机の上に置いた。

「珍しいね、皓也がこんなに早く登校してくるのは」

雨が降りそうだよ、と冗談めかした声で、えーしが言った。

「――― うん、なんか、目が覚めて」

いつもだったら、そんなからかってくる口調についムキになって言い返すけど、
今日は、なんか、
そんなんじゃなくて、
そーいうんじゃないなにかを、えーしとやりとりしたいけど、
でも、自分でもそれがなんなのかよく分からなくて、
オレは、本のしおりを挟んでたとこを開いた。
学校に来て、まず教室に行って、えーしの机にカバンを置いたあるのを確かめてから、オレは図書室へやって来た。その口実に持って来た文庫本は、友だちの宇佐見から借りたものだ。
国語の教科書に載ってたなんだか不思議な小説が面白かったから、何気なく宇佐見にそう言ったら、「俺、あれ書いた作家の本、持ってるぜ」つって貸してくれた。
髪の毛は金髪に近い茶色で、耳にピアスしてて、シャツは常にアウトで、たまに、教室から居なくなる宇佐見は、意外に本好きだ。時々、四文字熟語をつかって、イキテルコトについて述べたりするから、正直、びっくりする。

「昨日、眠るの早かった?」

「そんなんじゃないけど、なんとなく・・」

えーしが、オレのこと見てるのわかったけど、
なんとなく、顔を向けられなくて、
オレは、手に持った本のページをめくった。
かさり、と紙がこすれるかすかな音がした。
縦書きの平易な文章でつづられているのは、SFちっくな、少し未来の話。
有名な科学者がつくったロボットはとても有能で、でも、ロボットだからウソをつけなくて正直になんでも言うから、最新式のロボットを欲しがる金持ちや、ロボットを戦争につかおうと思っている政治家たちが振り回される、というストーリィだ。
漢字もすくなくて、難しい比喩とかもないから、読みやすいけど、
オレ、本を読むのがそんなに早くないから、通学の電車の中でとか、夜、眠る前だとかに少しずつだけ読んでいた。
オレが目で文字を追い始めると、えーしも自分の本に戻ったのが視界のすみに見えた。
ほっとした。
ずっと、しゃべってたら、うっかり本音がもれそうだったから。
感情のぎりぎりのところまで、灰色の気持ちがやって来てるけど、
サミシイ、とか言っちゃったらいけない気がする。

(子どもじゃないんだしさ)

オレは、したくちびるを噛んで、
一生懸命に、本の内容を理解しようとした。
けど、文字は読めても意味が全然、頭に入ってこなくて、
オレはとなりにすわってる、えーしの横顔をこっそりと見た。
真面目そうで、ストイックそうな顔立ち。

(ホントは、けっこう、面倒くさがりやで、・・・か、かなり、やらしーんだ)

どこもくずしたところなく、きっちりと身につけている制服に、メタルフレームの眼鏡。

(休みの日は、デザインの凝った服を着てるし、メガネだって、学校でしてるのじゃなくて個性的なのをかけてるから、すごく大人びて見える)

英嗣は、背が高くて、賢そうな整った顔立ちをしていて、清潔な服装と、礼儀正しい言葉づかいで、クラスのみんなや先生たちから、「委員長」って、頼りにされてるけど、
本当は、ちょっぴりいい加減で、かなりテキトーで、へーきでウソついて、
そして、
すっごい、いぢわる、だ。


でも、
オレが、世界でいちばん好きな人。






「なに?」

こっそり、のつもりが、いつのまにか、オレはじぃっと、えーしのことを見てしまっていた。
オレのほうを向いて顔を近づけて、そう聞いてきた英嗣にどぎまぎしながら、

「え、えっ、とさあ」

って、静かな図書室に声がひびかないように、オレは文庫本で口元を覆いながら、言った。

「うん?」

「オレ、ジャマじゃない?」

そんなんじゃんくて、
伝えたいことは、そんなんじゃなくて、
けど、
コトバ、ってムズカシイ。
気持ちをうまく、言い現せない。
そんな、オレのもどかしさなんか、
知らない感じで、
メガネの向こうで、えーしの目が面白そうに細められた。

「邪魔だよ、って言ったら、どうする?」

冷たい声。
だけど、こんなふうにイジワルを言ってくるのだって、もう慣れたし。

(オレの泣きそうな顔がイイとか、ヘンなこと言うし)

だから、目に力を入れて、言い返した。

「べ、べっつに、どうもしないから。オレ、本を読みにきただけだし。静かにドクショ出来るんなら、どこでもいいから他の場所で読むし」

でも、でも、もしかしたら、本当に、ジャマ?
静かに、ひとりで本を読みたい?
ちょっと、ビクっとなったオレに、

「そうなんだ?」

って、えーしが聞いてきた。

「そーだけどっ」

オレは、内心を隠して強気で答えた。

「ふーん、」

な、なんだろう。
あせったオレに、

「じゃあ、――― 僕の隣に座っていて欲しいな」

真面目な口調で、そんなコト言うけど、
絶対、絶対、絶対に! オレのことドキドキさせて、面白がってるんだ!!

「い、いいよ! 座っててやる」

そう返事したオレに、ウソくさい笑顔を向けると、えーしが、イスを寄せてきた。
木製のイスが、ぎぎっとリノリウムの床をこすって、オレとえーしのイスがぴったりとくっついた。
いきなりで、びっくりして、
でも、
脚と腕同士がふれあって、体温が近くなったから、

(うわ)

お互いのまとってる空気が、重なって、
どっかが、とろけそう。
そろりと、えーしを見上げると、
えーしがくすっと笑った。

「な、なに?」

「寝癖、なおってないよ」

ここ、と言いながら、えーしがオレの後頭部らへんをなでつけた。
少し、天然パーマ気味なオレの髪の毛は、寝起きはすっごく機嫌が悪くて、なかなか言うことをきいてくれない。

「え、ウソ? うしろんとこ、なおしてきたつもりだったけど」

お湯でぬらして、ムースをつけて、あんなに頑張ってブラシとドライヤーでなでつけてきたのに!
もお、と思いながら、持っていた文庫本を机の上に置いて、右手を頭のうしろにやると、

「あ」

不意打ちだった。
しっ、とえーしが、息の声でゆった。




耳をすます。
小さな足音でも、すぐにキャッチできるように。
そしたら、すぐに身体を離せるように、全身に力を入れる。
なのに、
やわらかく絡んでくる、
えーしの舌が、甘くて、ここがどこだか忘れそうになる。

「皓也、」

一瞬、くちびるをはなして、えーしがささやいた低い声に、

(・・あ、)

満たされる。
オレは、えーしの広い肩にまわしてた腕をもっと強くぎゅっとした。もっと全部、身体ごと全部、くっつきあいたくて。
だって、
淋しいとココロ全部が言っていた。
えーしが足りない、と身体全部が、言っていた。
キスが欲しいと、くちびるが、言っていた。
キスをかわして、
胸にうまれた甘い感じが、
ココロの乾いてた部分を潤わせて、淋しい色を暖かい色へとかえていった。
恋しいから淋しくて、
淋しいから恋しい。

(オレの気持ち、・・・伝わって、た?)







「・・・ガッコウなのに」

「そうだね」

キスをほどいて、でも、こつんとヒタイを合わせたまんま、えーしが、ひそめた声で言った。

「キミが、」

オレ?

「なんだか、哀しそうな顔をしていたから」

「・・えーし」

「うん、まるで学食のカツカレーライス定食が売れ切れてたときみたいにね」

「・・・・・!! えーしっ」

おこった顔したオレに、

「図書室では静かにしないと」

って、えーしが真面目くさいこと言って、でも、オレのことつつみこんでくるみたいな顔して、
も1度くちびるをふれあわせてきた。
知ってる。えーしは、いい加減で、テキトーで、ウソツキで、いぢわるで、
でも、本当は、やさしい。
オレは、もぅ、哀しくないよ、って小さく小さくつぶやいた。
そしたら、
うん、っていうひそやかな声が聴こえてきたから、
静かに目を閉じて、身体をもっと、えーしに預けた。











( おわり )


リクエスト企画で書いたSS。
静かな感じで、書いてみました(うっかり、オチをつけそうになったけど、自粛)。

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