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2. めろめろの夏休み
しおりを挟む「夏休みどこ行くー?」
もうすぐ、1学期が終わる。そしたら、わくわくの夏休みだ!
花火大会に海にお祭りに映画に、もう、いーんちょー・・じゃなくて、えーし(名前、“英嗣”って呼ぶの、まだなんか照れる)と、行きたいとこがたくさん!!
そんな楽しみがいっぱい待っている夏休みまで、あともうちょっと。
朝も早くから陽射しがギラギラでセミがうゎんうゎん鳴いてる汗だくの通学路ともおさらばだー、
と、浮かれ気分なオレに、
「うん、カルフォルニア」
って、えーしが言った。全然、なんでもないことのように。
は?
「・・・かり、ほるにあ?」
「そう。夏休みはまるまる、サンフランシスコで英語の短期留学をするんだ」
留学?!
夏休み、まるまる・・!!
サンフランシスコって、えーっと、ガイコクだよ・・・ね。
たしかに、去年の夏休みはアメリカに英語のベンキョーをしに行ったんだって、聞いてたけどさ。
でも、今年の夏も行くなんて、ちっとも考えてなかった。
せっかくの夏休み、
ちょっとだけ夜の街をうろうろしたり、
電車乗り継いで遠出したり、
お祭りに行って、花火見たり、金魚すくいやったり、綿あめ食べたりとか。
それから、海に行って波打ち際で海水かけあったりとか、ひとつの浮き輪で沖までふたりで泳いで行っちゃったりとか。
そ、それに、お泊り、とかもいっぱいできる? とか、妄想・・じゃなくて、想像してたのにーーー!!
だから、
ねぇ、オレとの夏は!
オレとの夏休みは!!
って、すねて、
「オレ、バイトだから、見送りに行けないから」
って言ったから、さびしそうな顔するだろー、って思って、
そしたら、しぶしぶっぽく「しょうがないから、行ってやる」って言おうと思ったのに・・。
「うん、気にしなくていいよ。たった1ヶ月半だしね」
涼しい顔してえーしが答えた。
ああは言ったけど、それでも、オレはバイトのシフトを代わってもらって、空港に来ていた。
夏休み3日目、人がすごくたくさん行き交ってる空港ロビー。
大勢の人たちが右に左に足早に歩いている。
空港内は、スーツケースを引きずる音やハイヒールが硬い床を足早に歩いていく音。それに、アナウンスや話し声がかさなって、騒然としている。
「えーし」
そんな空港内の3階、出発ロビー入り口の前でやっと見つけたえーしに、オレはちょっと離れたところから声をかけた。
「皓也」
オレに気づくと、驚いて、それから、すごくうれしそうな顔をしたから、素直に「いってらっしゃい」を言わなきゃいけない気分になった。
「見送りに来てくれたんだ」
突っ立ったままのオレに、えーしのほうから近づいてきた。
うれしそうに、そう言われたけど、オレの口は全然、動かない。
えーしの姿、目に焼きつけるみたいにして、見てるばかりだ。
昨日も会ったけど。一日、いっしょに居たけど、気持ちは全然、整理できてない。
ただ、にらむみたいにして、えーしのこと見てるオレに、
「お土産なにがいい?」
って、聞いてきた。
なんにもいらない、すぐに帰ってくるのがいい。
なんて、言えるわけもなくて・・。
「―――― 饅頭がいい」
オレはぶっきらぼうにそう言った。
「・・まんじゅう?」
「温泉饅頭、買ってきて!」
「探してみるよ」
苦笑しながら、えーしが言った。
オレってすっごいばっかみたい、
たった、36日間会えないだけなのに、―――― 泣きそうになってる。
だって、アメリカだし、銃とか危なそうだし。飛行機だって、ちゃんと飛ぶのかすごく心配。
「・・えーし、おかーさんとかは?」
でも、えーしには心の中の気持ちとは全然、違うことを言った。
こんな弱い気持ちを持ってるのを知られたくない。
そして、
ふと、えーしの周り、誰も居ないことに、ようやく気がついた。
「さっきまでここに居たけど、もうすぐ出国手続きに行くから、帰ったよ。僕が夏にアメリカに行くの今年で3回目だからね」
送り出すほうも慣れたもんだよ、と言った。
オレ、全然、慣れてない・・・ヨ。
じわっと目が濡れそうになって、慌てて違うところを見た。
出発ロビー入り口の上にある大きな時計が、えーしが乗る飛行機が搭乗時間30分前の時間を示していた。えーしは、この空港から、東京まで飛んで、そこで、他の短気留学ツアーの人たちと合流して、アメリカ行きの飛行機に乗るんだって言っていた。
その時計の文字盤を睨んでいると、
えーしが、オレの手をにぎってきた。
「・・・――――」
元気でね、とか、がんばってとか、言おうとした口は動かなくて、気持ちのままの言葉がこぼれないようにくちびるを噛みしめてるオレに、
「キスしようか?」
って、普通の顔してそんなことを言う。
「・・な、だって」
出発ロビー入り口の前、人がたくさん居る。
「誰も気にしていないよ」
眼鏡ごしの、オレをまっすぐに見つめる瞳。
えーしって奥二重なんだよな。それで、朝いちばんとか、目をごしごしっとこすった後とか、くっきりの二重になるんだ。そうすると、なんか、ちょっと柔和な印象になる。
って、余計なことを考えてないと、今、胸を占める感情が言葉になってあふれそう。
(オレ、さびしいよ)
えーしの手をにぎり返した。
「すぐに帰ってくるから」
やさしい声。まわりの喧騒が遠のく。
それで、かるく、くちびるをふれあわせた。
(ウソツキ・・。1ヶ月半は、“すぐ”じゃない)
夏休み、えーしはアメリカへ行ってしまった。
まるまる1ヶ月半、英語の短期留学。
帰ってくるのは8月の30日。夏休みは8月31日までなのにー。
ひどくない?
だって、高校2年生の夏って、一生に一度しかないのに、せっかく、こ、恋人っぽくなれたのに。
(・・淋しい)
けれど、その感情にはフタをして、
オレは毎日、バイトと遊びの予定をびっちりと入れた。
バイトは、前からたまに単発で入っていたカー用品店。
同じクラスの友だち、竹岡もそこでバイトしてるし、店の人たちとも顔見知りだから、気安い感じだ。
そこで、商品出しをやったり、大物を買ったお客さんの荷物をカートで車まで運んだりをしている。店内はほどよく冷房がはいってるけど、屋外にも商品を陳列しているから、あちこち走り回っているとすぐ汗だくになる。力仕事も多いし、けっこう筋肉がついてきたような気がする。
どうよ、オレの筋肉っつって、竹岡の前で、二の腕をムキっとさせたら、ちびっと笑われちゃったけど・・・。
遊びに行くのも、竹岡と一緒にクラスでは何かと連れ立っている宇佐見や松下たちとあちこちのイベントに顔出したり、なんとなく気の合っていたクラスメイトに誘われて違う高校の女の子たちとカラオケに行ったり、バイト先の大学生の人たちに連れられて居酒屋デビューしちゃったり、とか、
そんなんで、真夏の日々は、高校2年の夏の思い出を刻みながら、ばたばたと過ぎて行った。
「こうやー、電話よー」
朝、11時半。えーしが帰ってくるまで、あと1週間。つまりは、夏休みは、残すところあと1週間なわけで、それでしようがなく、オレは机に向かって、夏休みの課題をやっていたら、下の階から、かーちゃんのデカイ声が聞こえてきた。
「へーい」
珍しい、誰だろう。たいていみんなケータイに掛けてくんのに。
一瞬、アメリカに居る、えーしからかも、と思ったけど、でも、えーしが掛けてくるのって、いつもオレがバイトから帰ってきたぐらいの夕方だし。
オレは、2階の自分の部屋から下に降りてって、リビングにある電話の子機を手に取った。
保留のメロディが消えると同時に ――――。
『おはよう』
へ?
『僕だよ、わかる?』
「英嗣っ!?」
サンフランシスコとの時差は17時間。向こうが何時か、素早く計算できるようになった。
『うん、そう。今日は、まだ家に居る?』
えーしがホームステイしてるとこでの夕食前ぐらいなんだろうな、今。
「う、うん。ってか、宿題たまってて」
家から出られそうにないんだ、ってごにょごにょっと言ったら、
電話の向こうで笑った感じに空気が揺れた。
うー、・・・だって。
夏休み、長いし、へーきへーき、とか思ってたら、つい・・――――。
でも!
多分、宿題にはギリギリまで手をつけないだろうーなー、と予想して、バイトは8月の最終週に休みを多めに入れたオレの計画性はすごいと思う。・・・そう自慢したら、一緒にバイトしてる友だちの竹岡に、「計画を立てるところが違うだろ」って、ため息つかれた。
『じゃあ、今日はずっと家に居るんだ?』
「うん」
『わかった。じゃあ、またあとでね』
って、
電話が切れた。
(また、あとから掛けてくんのかな?)
オレは、首をひねりながら、子機をもとに戻した。
週に2回くらいえーしから電話が掛かってくる。国際電話とかすっごい高いんじゃない? って聞いたら、アメリカは電話代がとても安いから、平気だよって言われた。割安の国際電話回線とかがあるらしい。
それで、ちょっとほっとしたけど、
それでも、オレは普段だったら、すごく、なんでもかんでもえーしにしゃべるのに、電話では、ずっとえーしの声を聞いていた。
英語のクラスは、やっぱ日本人が多いけど、他に韓国やインドの人も居て、そういう人たちって、イントーネーションが平板だから、アメリカ人の英語より聞きやすい、とか。
日本ではまだ公開されてないハリウッド映画を観たとか、週に3回は行っている老人ホームでのボランティアのことや。サンフランシスコ湾の対岸の海で泳いだりしたとか、ホームステイしているリチャードさん一家のこと。ご飯のこと ―――― シスコは日系人が多いから日本食はわりとどこでも売ってるとか。
えーしが話してくれるアメリカのことも新鮮で面白かったけど、オレには、えーしの声を聞けることのほうが重要だった。
電話、うれしいけど、切れたあと、すごく、もっと淋しくなる。
メールで、楽しい報告を読むと、オレが居なくても、楽しめてるんだー、って、胸がチリっとする。
手紙で、えーしの字を見ると、すごくすごく会いたくなる。
カレンダーの赤丸印。8月30日、空港に11時半着。一応、出迎えに行く予定。
これまでに、そのカレンダーの印を見ては、オレは何度も何度もため息をついた。
けれど、
その日まで、あと一週間!
(よく、がんばったよな、オレ)
淋しい気持ちは箱の中にしまって、見ないことにしたから、
えーしには、電話でもメールでも手紙でも、めいっぱい明るいオレを演出してきた。
(だって、えーし、自分がやりたいことやってるんだし)
そういうのって、オーエンしたいし。
でも、
4月からずっと、となりでしゃべってたのに。気軽に電話できたのに。行きたいとこ、いっしょに遊びにいけて、 ――――。
ううん、そんなんじゃなくて、
ただ、となりにすわってるだけで、いいのに・・。
(・・寂しい)
オレは、自分のぐるぐるな考えごとに、
あーあ、と大きく息を吐いた。
忙しくバイトしても、あちこちに遊びに行っても、新しいトモダチができても、
えーし、居ないと、―――― からだの半分、どっかに行っちゃったみたいで、なんだか、こころもとない。
ピンポーン、とかろかやな、玄関のチャイムが鳴った。
また、えーしから電話がくるんなら、と思って、
オレは、お昼にソーメンを食べたあとも電話のあるリビングで読書感想文用の本を読んでいたときだった。
(宅配便かな?)
そういえば、かーちゃんがまた、お取り寄せスイーツを頼んだとかなんとか言ってたっけと思いながら、オレはソファから立ち上がった。かーちゃんは庭先で洗濯物をとりこんでいる最中だったから、オレは読書感想文用の本をソファに置いて、玄関先に向かった。
かーちゃんは、何を注文したって言ってたっけと考えながら、ドアを開けると、
「やあ、久しぶり」
えーしが立っていた。
(あ、新しいTシャツだ)
「今日、ヒマ?」
「あ、・・うん」
宿題はあるけど、と普通に答えた。
「じゃあ、うちにおいで」
「・・うん」
って答えたら、手を引っ張られたから、そのままあがりかまちを下りていつも履いているサンダルに足をつっこんだ。
腰にまわってきた腕で抱き上げあられるみたいにして、ぎゅっとされた。
かかとが浮く。
「―――― うそ」
握られてる腕の力の強さに、すべてのことが現実味を帯びる。
鼓動。硬い筋肉。それから、体温。かぎなれた、えーしのにおい。
それは、全部、夢にまで視たもので・・。
こうや、とオレを呼ぶ、その声の低さと深さと、感情がにじんでいるひびきに胸をやられる。
「・・うそ」
腕をゆるめられて、やっと顔をまともに見た。さっき、電話で話して、まだ2時間もたってない。
肌は日焼けしてる。髪の毛も伸びてる。でも、いつものメタルフレームの眼鏡。いつものクールで落ちついた表情。
「・・ほんもの?」
「そうだよ」
いつもの策略家みたいな笑顔。
「夢じゃない? オレ、起きてる? ちゃんと起きてる?」
「ちゃんと起きてるよ。さっき、日本に帰ってきたんだ。びっくりさせたくて、」
えーしが、なんかしゃべってるけど、意味が全然、頭の中に入ってこなかった。
オレは機械的にうなずいて、えーしの頬に手をおいた。
ちゃんと温かい。
「英嗣・・?」
えーしは、オレがえーしの頬に添えていた手を取ると、その手に口づけしてきた。やわらかくてあたたかいくちびるの感触。
「タクシーを待たせてるんだ」
手を引かれるまま玄関を出た。
「タクシー?」
「うん、空港から直接来たからね」
語学学校は4週間で終わり。そして、残りの1週間をシアトルに居る親戚の家ですごすのだと、オレはえーしから聞いていた。
「帰りたくなったから」
学校が終わった翌日。予定していた親戚の家での滞在をやめて、サンフランシスコからシアトル経由で帰ってきたのだそうだ。
タクシーの中でそう簡単に説明してくれた。
オレ、ハーフパンツとTシャツにサンダルという近所のコンビニに行くみたいな格好のまま、えーしとタクシーに乗り込んでいた。
あのまま、かーちゃんに声をかけることもなく、えーしと来てしまった。
瞬間強力接着剤でくっつけられてしまったみたいに、にぎった手をはなせなかった。
もし、はなしてしまったら、本当に本当は夢だった、となるんじゃないかと思って。
強くにぎらていても、でも、現実味がわいてこなくて、オレはぼんやりと、えーしの横顔を見つめていた。
えーし、髪伸びてる。きれいに日焼けしている。
「髪の毛、短くしたんだね」
えーしから目が離せないでいるオレに、えーしが目元をやわらかくして、聞いてきた。
「うん、暑かったし、伸びてきたから」
「肌も焼けたね」
「バイト、忙しかったし。海も、2回行ったから」
タクシーの中での、
どこからどうみても友だち同士のようなふつうの会話は、でも、声がからみあう。
「えーし、」
「うん?」
名前を呼ぶときのノドのふるえ。
耳にとっくになじんでいる、やわらかな応いらえ。
ぼやけていた輪郭が、はっきりしたものになってゆく。
「・・えーしも、日焼けしたね」
「海が近かったからね。よく泳ぎに行ったよ」
瞳が濡れる。
知っているどこかで、甘い夢のように溺れよう、とお互いの瞳を見つめながら、誘いあう。
きっと、ここが他に誰も居ないところだったら、すぐにでも、くちびる同士がむすばれる。
「―――― 英嗣、帰ってきたんだね・・」
「そうだよ」
(ごめんなさい)
えーしの体温を感じながら、オレは心の中で、あやまった。
引力の法則にはさからえなくて、
タクシーの運転手さんを驚かせてしまったことを。
「今ぐらいの時期に、父が遅めの盆休みを取って、父と母ふたりだけで旅行に出かけるの毎年恒例の行事なんだ」
って言いながら、えーしが玄関横のレンガの壁に埋め込まれているステンレス製の小さな扉を開いた。
「兄は、昨日から大学の柔道部の合宿なんだ。今年は、沖縄だと言っていたよ」
内部に設置されている電卓みたいなのに、えーしが数字を打ち込むと、
ピー、っというホームセキュリティを解除する電子音がした。
さっき、プロフェッショナルなタクシーの運転手さんは、車中のことなんかまるっきり見てなかったみたいに静かに車をえーしんちの前に停めると、清算を終えたえーしに、礼儀正しくお礼を言った。
オトナってすごいなぁ、とちょっぴり思いながら、
オレは、えーしのあとにつづいて、よいしょ、とえーしの大きなボストンバックを玄関の中に運び入れた。
締め切っていたはずなのに、吹き抜けになっているせいか、玄関口はひんやりしていた。
「会いたかった」
声がした、と思ったら、もう、抱きしめられていた。
背後で、ガチャリとドアが閉まる音がした。
「すごく、会いたかったよ」
深い声のひびきが胸の奥の奥まで届いて、
ひりひり、した。
痛くて、じゃなくて、
遠くに隔たっていることで、
こころが痛かった間のことを思い出して。
英嗣に抱きしめられると、
「オレも・・、会いたかった。すっごいすっごい、会いたかった・・!」
自分の腕を、えーしの背中にまわして、力いっぱい抱きついた。
この腕の中の体温が本物で、オレのこと、を抱きしめていて・・・。
からっからに乾いたスポンジを水に浸したみたいに、すごい勢いで、身体のどっか、大事なとこがうるおっていく。
英嗣、英嗣、英嗣 ――――。
名前、呼んだ。何度も。ふるえる声で。泣きそうな声で。
「淋しかったんだから、オレ」
「・・うん」
「電話も、メールも、手紙も、うれしかったけど、でも、そんなんじゃ全然、足りなかったんだから。オレ、すごくすごく淋しかったんだから。早く、帰ってきて、って思ってたんだから」
「・・・うん。帰ってきたよ」
えーしは、いとも簡単にオレを泣かす。オレ、普段は全然こんなに涙腺弱くないのに、えーしのこととなると、感情はいつも壊れた水道の蛇口みたいにじゃーじゃーとあふれだす。
えーしに抱きしめられていると、
えーしを抱きしめていると、
ぴったりくっついた胸の鼓動の左と右が鳴っているから、
まるで、心臓がふたつあるひとつの生き物、みたいだ。
「オレ、夢視てるんじゃないよね・・」
って、ちいさくつぶやいたら、
「うん、ユメじゃないよ」
って、しっかりした声ですぐに返事がかえってきた。
「お、オレ、えーしのこと何度も夢に視たんだ」
そんなの恥ずかしくてメールでも電話でも言えなかったけど。
「僕も、視たよ」
息の声で、えーしが言った。
「・・えーし」
「キミが宿題が出来なくて、うんうんうなってるところを」
!
「なにそれっ!」
腕をゆるめて、顔をあわせると、
「だって、本当にそうだったんだから」
って、笑いながらえーしが言った。
(た、たしかに当たってるけどさ・・)
「他にも視たよ」
「ど、どんなとこ・・?」
カキ氷の食べすぎでお腹痛くしたのとか・・?
って、思いながら、えーしのこと見上げたオレに、
他に誰も居ないのに、
「―――― それは、ベッドの中で教えてあげるよ」
って、えーしがオレの耳に、こそっとささやいてきた。
それから、オレたちは、
いっしょにシャワーを浴びて、
クーラーですごく冷えた部屋の温度を、
すぐにあつくした。
その日、えーしのスーツケースとボストンバッグは、オレが帰る夜まで、ずっと玄関に置きっぱなしになっていた。
「えーしは、オレのこと好きじゃないんだっ!」
「どうしてだい?」
「だって、だって、オレのこと好きだったら、こんなイジワルしないっ」
ムキになってそう言ったら、えーしが目をすうっと細めた。
(げ・・)
やばい。
冷たくオレを見すえてくる目にビクっとなったら、えーしが腕をくんだ。
あ、ホント、やばい、かも・・・、
その冷たい顔でオレを見下ろしてくるのは、迫力ありすぎるから、やめてほしーなー。き、昨日は、あんなに、やさしー顔して、やらしーことしてきたくせに・・。
「ふーん」
えーしの眉のはしっこがぴ、っと上がった。
わ、・・お、怒った?
「宿題を見せないことが “好きじゃない” で “意地悪” になるんだ?」
今日は、えーしがアメリカから帰ってきて2日目。
バイトが今日も休みなオレは、まだ名前も記入していない数学と英語と国語のプリントの束を、えーしの家に持ってきていた。
「だって、・・・だって、少しぐらいいーだろ」
オレー、まだプリント終わってないんだーって、昨日、ちょっぴり甘えた声で言ったら、「じゃあ、明日、持っておいでよ」って言うから見せてくれるんだー期待するじゃないか。
なのに、今日、えーしの部屋でショルダーバッグからプリントを取り出して、「じゃ、見せて」って言ったら、どういう意味? って顔するから ――――、オレのほうが「え?」だよ。まさか、解らないとこだけ教えてくれるつもりだったなんて・・・・・。
「こんな1学期の復習も出来ないようじゃ、だめだろう」
「で、出来ないんじゃないよ。―――― ただ、」
「ただ?」
ただ、当てはめる公式を探し出したり、辞書をひいたりするのが面倒なだけなんだけど、それは、さすがに言えなかった。
「・・・・・えーと、や、やっぱ、見せてくれなくていい」
ローテーブルの上に出したプリントを、バッグの中にしまった。他にも、宿題なっている理科問題集も持って来ていたけど、
宿題はきっちりやってそうな竹岡に見せてもらおう。
そしたら、えーしがふぅっとため息をついて、くんでいた腕を解いた。
「―――― プリント出して」
「いいの?」
「うん」
あ、やっぱ、やさしいんだー。
えーしに、えへへ、って笑いかけた。
でも・・・・・・、
なんで、テーブルの上に、国語辞書と英語辞書と数学の教科書を置いてくんだろう?
「キミがきっちり全部、自分でやり終えるまで監視してあげるから」
げげ・・・。
「あー・・・、オレ、きょ、今日 ―――― た、竹岡とヤクソクがあった」
「何時からドコに? 僕が竹岡に遅れるって連絡するから」
・・・・・・。
「え、ぇっと、・・・あ! そういえば、ヤクソクは、ぁ、明日だった ――――」
「そう。じゃあ、早く、プリント出して」
「・・・・・」
オニっ!!
ねぇ、オレたちのらぶらぶの夏休みはっ?!!
( おわり )
【おまけ小話】
一昨日は、ホテルのプールに行った。
えーしのお祖父さんがホテルの株主で、株主優待券とかってのがあって、無料チケットをくれたのらしい。
昨日は、えーしがネットで探し出してくれた、となりのとなりの街にある神社のお祭りに行った。
少しだけだけど、花火もあがった。
そして、今日、は海。
電車で片道2時間半。9月目前の海で、さすがに泳ぎはしなかったけど、波打ち際ではしゃいで、松林で昼寝して浜辺で夜を待って花火して、夜、遅い電車で帰ってきた。
滅多に乗らないJRは、暗い山辺をごとんとごんと進んでゆく。
閑散とした列車内で、お弁当を食べて、もたれあって少し眠って、
真夜中少し前に、住んでいる街に帰ってきた。
そして、
えーしと前に行ったことのあるラブホに泊った。
肌に、キス。
「塩からい・・」
「海の味?」
「うん」
「あしたで夏休み最後だね」
明日、えーしんちに行って、えーしの部屋に置きっぱなしになっているオレの宿題の最終仕上げ。あとは途中まで出来ている読書感想文と、歴史上の人物のレポートを完成させれば終わりだ。
「ねぇ、・・」
「ん?」
「来年も、夏、アメリカに行く?」
「来年は、さすがにね。―――― 受験だからね」
あ、そうか。・・・って、オレもだし。でも、なんか、ほっとした。
砂っぽい服を床に脱ぎ捨ててゆく。
「アト、つけていいよ」
「・・体育、プールがあるだろ?」
そう。だから、7月にプールが始まってから、ダメってずっと言ってきた。
明後日から、新学期。
2学期の時間割、正確に覚えてないけど、新学期が始まった週にすぐ体育があった気がする。
それまで、消えないぐらい、強い痕、オレに残して欲しい。
「ダイジョウブ。体育がある日、きっと、雨が降るよ」
「サボる気だね」
「―――― うん」
「じゃあ、僕は、風邪気味ということにしようかな」
まるで、いたずらを計画するみたいな笑み。
それで、オレは、えーしのシャツを開いて、胸のまんなかにくちびるをよせた。
しなやかな筋肉ののった肌を吸った。
オレのうなじを撫でる指がヤらしい。
「シャワー、行く?」
「先に、このままで」
したい、
っていうかすれた声。
見上げると、
捕らえた獲物に、今まさに爪をたてようとしている獣みたいな目。
うん。いいよ。
やさしいキスなんか、いらない。
欲望を、オレに、刻みつけて。
荒々しく倒れこんだベッドは、おおきく揺れて、オレとえーしの体重を受け止めてくれた。
「なんか太った?」
えーしの身体、どっかがぷよってしてるわけじゃないけど。
この前もなんとなくそんな気がしたけど、今日は、はっきりとそう感じた。オレにのっかってきたときの感じが、アメリカ行く前よりもみっしりと重かった。
「うーん、肉ばっかり食べてたからね」
身体の位置かえるときも、余裕で、オレのこと引っくり返したり、乗っけたりしたし。
それに、前よりも腹筋の割れ方が、はっきりしてる。
・・むぅ、同じオトコとして、なんか、悔しぃ。
オレだって、バイトで鍛えたのに。猛暑で、あんまり食欲わかなかったから、さっぱりしたものばっか食べてたからなーー・・。
「重かった?」
「重いよ、えーし。ムダ肉付けたきたんだろ」
へへーん、って感じで笑ってやったら、
手ぇ、簡単に、押さえつけられた。
え、なにすんだよ、って言う間もなく、
えーしが、オレの身体をまたいで乗り上げてきた。
「ちょ、・・ったい。イタイ、ってば、」
うそ。ビクともしない。
「ムダ肉のおかげかな」
えーしの、あんまりなにっこり顔に、やな予感。
両手を頭上でまとめて、えーしの腕一本でシーツに押さえつけてられ、―――。
やっ! や、や、やめ・・っ、てーーー!!
ぐず、っと鼻をすすって、手の甲で涙をぬぐった。
痛い ―――― 腹筋が。笑いすぎて。
わき腹を、思いっきりくすぐられた。
「・・ひどい」
「なんか、飲む?」
「ひどい!」
「ミネラルウォーターがいい? 炭酸がいい?」
ベッドから出て、そなえつけの小型冷蔵庫を開けてる英嗣が聞いてきた。
オレの言うこと聞いてないし!
なんにもいらないっっ、って叫ぼうとしたら、――――。
「さくらんぼ味のピンクソーダというのがあるよ」
「あ、それ、飲んでみたい!」
胃袋をくすぐられた・・・・・。
なんか、オレ、つぼをつかまれてる気がする。気のせい・・?
さくらんぼの炭酸なんてどんな味がすんのかなー、ってわくわくしたけどさ、
それでも、
うー、って悔しさ目一杯だから、
冷蔵庫の前で、しゃがんでる英嗣に、
うちの猫にゃんを真似てうしろから忍び足で近づいた。
そして、
かぱ、っと口をおっきくあけて、
がぷ、っと英嗣の肩にうしろから、噛みついた。
そうして、
2学期、最初の登校日。
教室で聞こえてくる、ひそひそ声。
「をい、見たか、委員長の首?」
「ああ、見た見た。付け根のところに、歯型がくっきり」
「・・・・・・」
「―――」
「委員長、えらく凶暴な相手とつきあってんだな ――――」
「だな・・」
・・・・・・、
いつも、シャツのボタン、いちばん上まできっちりとめてるくせに・・・。
オレとえーしの仲を知っている宇佐見と松下と竹岡からの視線が痛かった。
( おわり )
【おまけ小話 その2】
「ねぇねぇ、これとか良くない?」
オレの隣で、上段に並べられているチェーンを見ている英嗣に話しかけた。
「これ?」
「うん、これ!」
オレが指差した先には、ドクロのピアス。
黒くくすんだシルバーが、いかにもおどろおどろしい。
うん、すごく、カッコイイ!
オレは、ドクロのピアスを持ち上げると、自分の耳にあてて見せた。
「どぉ?」
夏休み中だし、ちょっぴりハメを外したっていいよね。
バイト代も入ったし、ピアスを開けて、髪の毛もちょぉっとばっかし、茶色にしたい。
それで、英嗣を前から目を付けていた男性向けのアクセサリーショップに誘ったんだー!
オレはわくわくしながら英嗣の返事を待った。
「・・似合わなくもないけど、」
英嗣が珍しく言葉を濁した。
「けど?」
「皓也の耳にキスする時に、そのドクロがあるのは、イヤだな」
照明が落としてある店内はコンビニなんかよりも全然薄暗くて、しかも重低音のロックがフルボリュームで流れている。
それでも、英嗣の声はオレの耳にしっかりと届いた。
じわゎっと、顔が熱くなってきた。
「・・・、」
オレは無言でドクロのピアスを元の位置に戻した。
なんか、顔が上げられなくて、英嗣の顔が見れない。
そしたら、英嗣が、オレの耳を軽くつまんで言った。
「皓也がピアスをしちゃったら、このやわらかな耳たぶが食べにくくなりそうだね」
それで、結局、オレはピアスはやめにした。
( おわり )
英嗣 「ピアスは校則違反です」
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・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
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モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
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鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
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