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17.ラブビーム
しおりを挟む「あれ? 俺、バーベキューソースてりやきバーガーを頼んだつもりだったけど」
沢垣先輩がトレーに並べられたものを見てそう言ったら、
カウンターの向こうで、店員さんのスマイルがかたまった。
駅の近くのファーストフード。
映画館のすぐ隣にもメガなバーガーがあるハンバーガー屋はあったけど、先輩がこの店のバーベキューソースてりやきバーガーが食べたいって言ったから、映画を観たあとにここまで歩い来たんだけど ――――。
「あ、申し訳ありません。すぐ、お作り致しますので少々お待ちください」
オーダーをミスったオトコの店員さんがあわてたように言った。
(なんか、雑誌のモデルみたいなヒトだなぁ)
街中では滅多に見ないような、整った顔立ち。
瞳がきれいなアーモンド形だ。大学生ぐらいかな? 多分、ボクより年上なんだろうけど、ほっそりした身体つきなせいもあってか、オトコのヒトなのに、なんだか、可愛らしいな、って思えてしまう。その目で、じっと見つめられて「すみません」なんて、本当に申し訳なさそうに言われたら、たいがいのことは許してしまいそうだ・・・。
で、
先輩は、
違うのがでてきたのに、
バーベキューソースてりやきを食べたくてわざわざここまで来たのに、
「いや、いいですよ、普通のてりやきでも。俺、どっちにしようか迷っていたから」
と、さわやかに言ってカウンターのトレーを持ち上げた。
テーブル席の奥、壁際のとこに先輩がふたり分のセットが乗ったトレーを置いた。建物の構造上、しかたがないのか、その4人掛けのテーブルには、すぐ横に大きな柱があって、となりのテーブルとを隔てている。柱の上半分は4面とも鏡になっているせいか、それほど圧迫感はない。
右と背後を壁で、左側をその柱で仕切られているから、ちょっとした個室みたいだ。
「こんなにすいてるのに、注文を間違うなんておかしいよね」
壁際のほうの椅子にすわると同時にボクはそう言った。
「ま、誰だってそんなことぐらいあるさ」
「だって、先輩、バーベキューソースのを食べたかったんだろう?」
そのために、わざわざここに来たのに。
作り直してもらえばよかったのに、さ!
「陸、機嫌悪いなー。映画、面白くなかったのか?」
ボクと先輩が今日、観たのは、日本のRPGゲームをハリウッドが映画化したやつの第3弾。中学のときにやりこんだゲームだから、顔見知り(?)のモンスターがたくさん出てきてすごく楽しめたし。ヒーローもゲームの映像によく似ていて、決め技も決め台詞もきっちりキマッテいてかっこよかった。
「面白かったよ」
映画はね!
そんなことよりも、―――― 先輩、さっきの店員さんと目があっている時間が長すぎた気がするんだけど!
「・・先輩は、ここってよく来るの?」
ボクは始めてきた。っていうか、こんな場所にあるなんて知らなかった。
「そうだな。ここは駅近くだけど裏側にあるせいか、わりかしすいてるからな」
わしゃわしゃわしゃ、とバーガーのラッピングを開きながら先輩が言った。
たしかに、ランチタイムからちょい過ぎた時間だからかもしれないけど、テーブル席は半分くらいしか埋まってない。
ボクも自分のダブルチーズバーガーを手に取った。
(そうか、先輩、ここに、よく来るんだ・・)
「じゃ、じゃあ、先輩、さっきのお店の人と顔見知りだったりする?」
だから、別に注文違いのものでも、いっかーみたいに思ったのかなぁ・・。
「顔見知り、っていうか。ここに来たとき見かけるくらいで、注文以外に話したことはないな」
ちらっと先輩がカウンターのほうに視線を流した。今、すわってるところは、奥の壁際だし、テーブルの横には大きな柱があるから、見えやしないのに。
ふーん、
へー、
ファーストフードの店員さんの顔なんていちいちおぼえてないよな。
でも、先輩、しっかりおぼえてるんだ。
た、たしかに、さっきのヒト、印象的な顔立ちをしてたけどさ。
ボクはトレーのふぁんたを手にとって、ストローでずずずーっと吸い上げた。
大好きなグレープ味なのに、―――― 胸のもやもやはなくならない。
その時、失礼します、という声がかかった。
見上げると、テーブルと柱の間、人が一人通れる分ぐらいのスペースのところにさっきの店員さんが立っていた。
「先ほどは、申し訳ありませんでした。よろしかったから、こちら、どうぞお召し上がりください」
はきはきした言葉づかい、申し訳なさそうに謝ったあとに、完璧に近い笑顔。その店員さんが持っているトレーの上のホットアップルパイが2つ。
「ああ、別によかったのに」
先輩が言った。
「いいえ、こちらのミスですから」
またもや、店員さんが、にっこり。笑うと八重歯が見える。なんだか、キュートだ。
見つめあうふたり・・・。
ボクは、やや乱暴に手に持っていたドリンクをテーブルに置いた。
「あー、じゃあ、せっかく作ってもらったのなら遠慮なく」
先輩が、きりっとした顔で言った。
「では、どうぞごゆっくり」
三角の形をしたホットアップルパイが乗ったトレーをボクたちのテーブルに置くと、店員さんはそう言って、カウンターに戻っていった。
「―――― 先輩、こーゆー甘いのあんまり好きじゃないのにね」
店員さんの後姿が見えなくなってからボクは言った。
先輩は甘いのは和菓子ほうが好きなんだもんね。ボクは、ちゃんとそういうこと知ってるんだからね。
「ああ。でも、キライってほどでもないからな」
あっ、そう!!
なんかわかんないけど、頭に熱が集まった。
なんだよ、なんだよ、なんだよ!
先輩、かっこつけちゃってさ、なにが「せっかく作ってもらったのなら遠慮なく」だよ。ふつーなら「まじ? ラッキー」とか言うくせにさ。
それに、店員さんに大人ぶった顔して「どうも」なんて言って、にっこりしてさ・・。
(・・・もしかして、)
急に、今の今まで沸騰していた頭の芯が、ストンと冷えた。
・・・もしかしたら、先輩は今の店員さんのことちょっと気になったりしてたのかな。だって、なんか、受け答えしてるときの顔つきが、まるまる外面のかっこつけた顔だったし。店員さんがアップルパイをテーブルに置いたとき、笑いかけたし。そんなに好きでもないアップルパイで、あんなうれしそうな顔するなんて、・・。
それに店員さんだって、――――・・・、ふつー、オーダーミスでここまでサービスしないよな。もしかしたら、あれなんだろうか、あの店員さんもオトコの人が好きで先輩に興味があって、話すきっかけがほしくて、わざと注文を間違えたとか?
先輩は背も高いしがっしりしてるから今日みたいに私服だと大学生くらいに見える。普通にしてれば、顔だって、まあまあ、いい感じだし。って、中身は、ただのへんな人なのにサ。
「陸は、好きだろう?」
先輩がのんびりとした口調で話しかけてきた。
「え?」
考えに浸っていたボクは話しの流れがつかめなくて、そう聞き返した。
「アップルパイ、好きだろ?」
「あ・・、うん」
さっき、カウンターで注文したとき、サイドメニューはナゲットにするかデザートにするかちょっと迷った。結局、お腹すいてたからナゲットにしたけど。
「よかったな」
さっきの店員さんに向けたのよりも、ずっとずっとずっとうれしそうな先輩の顔。
「――― うん」
「2つとも食べるか?」
「・・そんなに食べられないよ」
言って、ボクは、手に持っていたバーガーを口にした。
先輩は、そうかー、なんて笑っている。
・・・・・・、――――。
ぎぎぎ、って硬ーくなっていた気分が、なんでか、ゆるんだ。
それに、なんか、頬のあたりがホカホカしてきた。
(せんぱい・・)
すごくすごく近づきたくなった。肩をふれあわせながら、隣りにすわりたいなぁ、とか思った。
・・でも、そういうこと、口にするのは恥ずかしい、ので、ボクは口の中のチーズバーガーを食べることに専念した。
オニオンの辛味とレタスのシャキシャキと濃厚チーズの旨味に、ジューシーなビーフが口の中でとろけあう。
ひとくち分のハンバーガーをもぐもぐっと食べて、ボクは、テーブルのはじっこに置いておいたふぁんたを手に取った。
ストローで、ちゅるっと吸い上げると、舌を甘い炭酸が刺激してくる。
あ、やっぱ、ふぁんたもオイシイ。
グレープ味の炭酸が、ノドをかろやかにすべりおちてゆく。
おいしぃね、と先輩に笑いかけよとして、
ふと、
ボクはさっきのさっきまで、自分が考えてたことに、はっとした・・。
どこまでもつづく、妄想ワールド。
ボク、
・・もしかして、ボク、先輩の妄想暴走癖がうつった?!
そんなのイヤだ。すっごい、やだ、と思って、眉間にシワを寄せて、手に持っていたハンバーガーをパクっとしたら、舌先に覚えのある酸味。
「あ、出てきた」
ボクは、ハンバーガーを口からはなした。
「ピクルスか?」
「うん」
と、うなずいて、ボクは食べていたバーガーを先輩のほうに向けた。
骨格のがっしりしている先輩の手が、ボクがバーガーを持っている手ごとつかんで、ダブルチーズバーガーの真ん中をピクルスごとガブっと食べてくれた。
「ピクルス、酸っぱくてうまいのになー」
「だって、なんかヘンな味だもん」
いつか、どっかで、食べてもらって以来、ボクのハンバーガーにはさまれているピクルスは先輩の胃袋行きに決まった。
「俺は、この味で食欲が増すけどな」
なんて、言いながら、あっというまにハンバーガーの大きさを半分にした先輩は、今日も、見ていて気持ちがいいくらいに食べっぷりがいい。
(なんだか、大型犬の子犬みたいだ)
なので、ボクは店の奥で壁際すぐ横には大きな柱がある、という人目からかくれた場所なのをいいことに、
ポテトを1本つまんで先輩の口に運んだ。
それを、先輩は、大きく口をひらいて、――――。
ガブ。もぐもぐ、ごくり。
今度は、3本、つまんでみた。
ガブリ。もぐもぐ、ごくっ。
先輩もっと噛んだほうがいいかも・・・。
と、思いつつ、
次は、ナゲットにバーベキューソースをつけて ――――。
かぷ。
「先輩、それ、ボクの指、」
指ごと食いつかれてしまった。
先輩が、舌で、口の中にふくんでるボクの指先をくすぐった・・。
「・・ぁ」
ボクは、あわてて先輩の口から指を抜いた。
「このあと、どうする?」
へんなイタズラすんなよ、って顔で先輩をニラんでいるボクの視線を、かるーく受け流して、先輩が聞いてきた。
時間は、昼の2時すぎ。
今日は、お盆の3日目。明日からまた部活が始まる。
お盆の3日間は部活が休みだった。
一昨日は先輩の家に行って、昨日は先輩とショッピングセンターをぐるっとしたあとバッティングセンターに遊びに行って、それから、夜の公園、なんてところを、少しだけ体験した。
そして今日は街へでてきて映画を観た。映画館に入る前に、「今日、うちの家族みんな帰りが遅いんだ」って、先輩に言われて、じゃあ、帰りに寄るね、と答えた。
帰り・・・、多分、3時か4時ぐらいかなーって感じだったけど。さっきまで、もう少し、街をぶらぶらしたいなーと思ってたけど。
「―――― ボク、ゆっくりしたいかも」
なんか、目がうるうるしてきた・・。
「じゃあ、俺ん家に来るか?」
ふつーの顔して先輩がナゲットを手にして、
そして、それをボクの口にはこんできた。
ボクは、
こくん、とうなずいて、
ちいさく、口をひらいた。
玄関入って正面の廊下をまっすぐ行くとリビング、その手前にはキッチン。玄関の右手にある階段をのぼるってすぐが先輩の部屋で、その隣が先輩の弟(まだ、会ったことないけど)の部屋だ。
もう、すっかり先輩の家の間取りもおぼえてしまった。
バーガーショップで遅めのランチを食べたあと、そのまままっすぐ、先輩んちへやってきた。
先輩の家の玄関を、先輩につづいてあがると、奥にあるリビングのほうから、かすかな話し声がしてきた。
「・・誰も居ないはずなのに、」
先輩がぼそっとつぶやいた。
「え、ど、ドロボー?!」
「いや、多分、テレビをつけっぱなしで出かけたんだろう」
ちょっと、見てくる、って先輩が言ったけど、まさかで、もしかしてがあるといけないから、ボクも先輩のあとをおそるおそるついて行った。
リビングに近づけば、音がはっきりしてきた。誰かの話し声。けれどそれはあきらかにテレビの声だ。話し声には、バックミュージックと効果音がかぶさっている。
先輩がリビングにつづくガラス戸を開けると先輩の肩越しにテレビが見えた。画面には映像が映っている。
(あ、なんだ、本当にテレビだったんだ)
と、ホッとして、猫背になっていた背中をまっすぐにした。
けど、
(あ・・れ・・?)
テレビの前のソファに誰かがすわっているのが見えた。
刈り上げに近い短い髪。紺色のTシャツ。がっしりとした肩幅。髪型は違うけれど、その後ろ姿の雰囲気が、先輩によく似ている。
(もしかして)
ガラス戸が開く音が聞こえたのだろう。ソファにすわっている人物が振り向いた。顔のつくりも先輩に、似ている。
「哲、まだ居たのか?」
先輩が声をかけた。
哲、って・・・、先輩の弟の名前だったような。
「ああ、―――― 林田のバイトの時間が変わったらしくてさ、時間が変更になったんだ」
「だからって、べつに、家に居るこたねーだろ」
「あんだよ、いーだろ、久しぶりの家なんだからどこでのんびりしようとオレの勝手・・・」
そこまで言って、先輩の(多分)弟が、先輩のうしろに立っていたボクに気がついたらしく、言葉を切った。
お前誰だ? みたいな感じで、探るようにじっと見つめられて、緊張した。
強い視線、すっきりとした鼻筋に自己主張をするのが当たり前みたいな、はっきりとしたくちびる。先輩よりも少し、表情が鋭い。
(わーなんか、迫力あるなあ)
「・・陸、こいつ、弟の哲」
ソファのほうをアゴでしめすと、
しぶしぶ、といった感じで、先輩がボクに紹介した。
「あ、こ、こんにちは」
ボクは、かるく頭をさげた。
先輩の弟は、たしか、ボクと同じ高校1年生で、スポーツ特待で県外の高校に進学していて寮に入ってるって先輩、言ってたっけ。お盆に帰省してたんだ。知らなかった。
全然、似てねぇよ、って言ってたけど、身体つきも顔の造作も、まんま兄弟! って感じだ。
「こっちは、小笠原」
先輩が、ボクの苗字だけを先輩の弟に言った。
「こんちわっす」
多分、ボクを先輩と同い年だと思ったのだろう、先輩の弟は敬語っぽい感じで挨拶してきた。
「ああ、そうだ、兄貴。東野さんから電話きたぜ。ケータイつながんねーから家電したって。今度の練習試合がなんか、変更になったとかなんとかだってよ。すぐに電話くれって。夕方までは家に居るってさ」
思い出したように先輩の弟が言った。
先輩、ケータイ切ってたのかな。
「マジかよ ――――」
しょーがねーなーとつぶやくと先輩はリビングの壁際に置かれていた電話の子機を手に取った。
「陸、俺、ちょっと東野に電話してくっから。時間かかるかもしんねぇから、陸は先に部屋に行っててくれ」
「う、うん」
子機を持って先輩が、足早にキッチンのほうへ行った。静かなところで話すのらしい。
ボクもリビングを出て行こうと、
先輩の弟に、じゃあ、と言おうとして、視線を戻すと、テレビ画面がはっきりと目に入った。
「あ! 『鉄D』、」
見慣れた映像に、思わず声を上げた。
マンガ雑誌で今も連載されてるサッカーマンガだ。去年、アニメ化されて深夜番組で放映されていた。
「・・そうですけど」
神妙な顔つきで先輩の弟が返事した。やっぱりボクのこと年上だと思ってるんだ。運動部は上下関係が厳しいからなあ。
「えっと、ボクも高校1年だから」
「なんだ、<ruby><rb>同い年</rb><rp>(</rp><rt>タメ</rt><rp>)</rp></ruby>か」
ほっとしたような顔。硬かった表情がゆるんだ。それで、ボクもすこし緊張感が取れた。
うん、ってうなずいて、それから、
「なつかしいな『鉄D』。それ、清祥との試合のとこだよね」
テレビを指差した。
「ああ。よくわかるな」
なんかうれしそうな顔。『鉄D』が好きなんだな、ってなんとなく感じた。
「うん、好きで見てたんだ。マンガじゃ、清祥とは引き分けだったのに、テレビでは勝ったからびっくりした」
「そう、しかも力丸が怪我までしただろ」
「うん、それでさあ ――――」
マンガは一瞬にして初対面の他人を知り合いにする。ボクと先輩の弟とあっというまに、『鉄腕D』の話しでもりあがった。
「ケータイで、『鉄腕D』の待受け画面をダウンロードできるサイト知ってっか?」
DVDケースを開きながら哲くんがボクに聞いてきた。
「え、そんなのがあるんだ!?」
「ああ。アドレス、送信してやろうか?」
「うん、送って!」
哲くんのとなりにすわっていたボクはハーフパンツのポケットからケータイを取り出した。
「それ、オレのと同じトコのケータイだな。んじゃ、ショートメールでアドレス飛ばすから、ケーバン言って」
ボクのケータイを見てそう言った哲くんは、DVDケースをソファに置くと、目の前のガラステーブルに置いてあったケータイを手に取った。
「うん、080の・・・」
ボクがケータイナンバーを口にすると、
「こら、哲。なに、ナチュラルにナンパしてんだ」
突然、声がした。顔を上げたら、片手に電話の子機を持った先輩が立っていた。
先輩・・・、今の台詞、ものすごく意味わかんないんだけど。
「ほら、陸、部屋に行こう。・・ベンキョウ、すんだろ」
ちょっと怖い顔して先輩が、
弟の手前なのか、勉強、なんて言い訳でソファにすわっているボクを手招きするんだけど、
ボクはべたっとソファにすわったまんま、
「あのね、先輩。『腕D』の特典DVDがあるんだって。ボク、これすごく、見たかったんだ」
と、先輩に言った。
先輩の眉毛が片方だけ、ぴくっとなった。
(うわー、器用だなぁ、先輩)
哲くんが見ていたのは、『腕D』の特製版完全DVDで、
特典ディスクには最終話のインハイ決勝戦が、テレビ放映されたときにカットされていたシーンも収録されているやつだった。
本当は、ボクも欲しかったけど、そのシリアルナンバー入りの特製版は、とてもボクのお小遣いで買えるような値段じゃなかったんだ。
「じゃあ哲、貸せよ」
「これ、オレが向こうの学校のやつから借りてきやつだしさ。オレ、明日には学校に戻るから又貸しはちょっとなー」
だからね、今、見たいんだよー視線を送っても先輩が渋い顔をしているから、
「ね、先輩」
この前、バスケ部副キャプテンの東野先輩が教えてくれた「沢垣透操縦法」をやってみることにした。
え、えーと、たしか、すこしだけくちびるを開いてー、っと、
そんで、首もすこし傾けてー、
で、上目づかい、だったっけ・・・?
「ボク、見たい、・・・ダメ?」
と、声はあくまでもやわらかく、そして、最後に、ダメ? を付け加える高等テクも学んだ。
でも、あんまし、じぃっと見つめすぎると、そこらへんの草むらに連れ込まれるから注意しろよ、って言われた。
そういえば、この前、これやったとき体育館裏に連れていかれたなあ ―――。
家の中のリビングに草むらも何もないけれど、なんとなく、その意味のニュアンスがわかったので、パッと先輩から目をそらした。
すると、すぐに先輩がボクのとなりに、ボスンとすわってきた。
「よっし、見ような、陸」
うっわ、即効だ。そして、近づきすぎだ。
「ヲイっ、哲、さっさとそのDVDをセットしろ」
こころなしか鼻の下が伸びてるような先輩は、けれど哲くんにはぴしっとした口調で命令した。
1時間の映像を堪能してエンディングのタイトルロールが終わった。
すっごいよかったー面白かったよーと右隣りにすわっている哲くんに言ってると、それに割り込むようにして、ボクの左隣にすわっていた先輩がなんか飲むか? って聞いてきたから、うんって答えた。
リビングはクーラーがよくきいていて、涼しかったけど、乾燥してたから、ノドが乾いていた。
「兄貴、オレ、いらねーから」
哲くんがそう言うと、
「お前に、持ってくるわけねーだろ。なんか飲みたかったら自分で取ってこい」
先輩がそう返した。
哲くんは、そんな先輩の言い方に慣れてるのか、特になんの反応をするでもなく、
「オレ、約束の時間だから、そろそろ出るわ」
と言って、DVDをしまい始めた。
先輩は、ソファから立ち上がると、
「陸、飲み物を取ってくるからちょっと待っててくれ」
と言って、キッチンのほうへ行った。
ボクも先輩を手伝おうとソファから立ち上がろうとしたとき、
「お前さあ、小笠原?」
哲くんに話しかけられた。
「うん」
「兄貴、ゲイだから気をつけろよ」
ものすごい直球に、
う、っと息がつまった。
え・・、えーっと。
どう答えようと頭をフル回転させていると、
「あ、なんだ」
と、哲くんが言った。
「な、なに?」
「もう、デキちゃってんだ」
「・・・・・・・・」
「んじゃあ、オレ、ものっすごく遅く帰ってきたほうがいーのかなー」
「そうだ、そうしろ」
先輩の声だった。いつのまに戻ってきてたんだ。手にはしっかりボクが大好きな炭酸飲料のペットボトル、1リットルサイズ。
「つか、帰ってくんな」
「せ、先輩」
「なに、今日、お泊り?」
「え、ち、違うけど」
「泊っていっていーぞー、陸」
「うち、壁薄いじゃんかよお」
「だから、帰ってくんなって言ってるだろ」
ボク、もう、帰ろうかなあ・・・。
( おわり )
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