放課後シリーズ 妄想暴走な先輩×鉄拳の後輩

ヒイラギ

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12.コントロール不可能(8)

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さっきまで、ボクがよく知ってる先輩だったのに、今はもう全然、別の人。




Tシャツをめくってボクの背中を抱いて胸をつきだすような姿勢をとらせて胸の先を食んできた先輩の頭を両手でつかんだ。混乱してる考えのどこかで、人の頭ってこんなに重いんだな、と思った。
「っゃ、・・・アっ」
歯をあてられた。
先輩の髪の毛に指をからめた。
ボクの身体から先輩を遠ざけたいのか、もっと、と抱きしめたいのかわからなかった。
熱心に吸われて噛まれて舐められてる間も、もう片方も指でいじられる。
ソコがこんなふうに感じて、下半身に直結してるなんて知らなくて。せつなくて、声をかみ殺すのが精一杯だった。
「イャ、・・・ッゃ、ヤダ ―――― 、しない、デ」
シナイデ、ともう一回繰り返した。
りく すきだ すきだ りく りく
耳に入ってきた荒い息の声の意味がわからなかった。
ボクのなにをそんなに先輩が欲しがっているのかわからなかった。
おかしくなる。
ゆっくりと身体をベッドの上に倒された。音も立てずに硬いマットがボクと先輩の体重を受け止めた。
ボクの両肩のそばに手をついてボクを見下ろしてくる先輩の顔。よく知っているの顔なのに、全然知らない表情。重ねられている先輩の身体が重い。
「好きだ」
はっきりと聞こえた。まるでなにもかもを許されるような免罪符みたいなコトバ。
大人、なんだ。と唐突に思った。先輩はすごくすごく大人なんだ。ボクとは違う。きっと、こういうことに慣れてるんだ。先輩の余裕めいた態度になんだか腹が立った。ボクはこんなに焦って驚いてドギマギしているのに。
だから、
イヤダ、と言おうとしたのにノドが震えて声にならなかった。ソコに先輩のくちびるが降りてきたから。
生温かい感触がゆっくりと下へと這って行く。肌がザワリとおののいた。
首のつけねを鎖骨を、吸われて噛まれて、痛いのに、なのに ――― 感じた。
また、くちびるが、胸の先を含んだ。
口の中の生温かい感触に、なのに、びりびりっとして、
先輩の肩をつかんで、おしやろうとしたけど、
胸を強く吸われるたびに下半身がどくンと脈打つ。舌でくすぐられるようにされると、腰がとろけていく。
せんぱい、せんぱい、と繰り返した。
ボクをどうするの、どうしようとしてるの ―――― 。
もう隠しようが無いくらい、脚の間のものは反応している。いつのまにか開かれていたフロントから差し込まれてきた先輩の手で直につかまれて、身体が逃げた。でも、逃げ切れなかった。
んん、という鼻から抜けるような声が出るたびに先輩の指がくちびるがさらにボクを強く刺激してくる。
なんの涙かわからない水滴が目からこぼれていく。
拓かれていく、身体が。ボクの知らないところを。
ほら ここだろう キモチイイだろう
意味のわからない言葉なのに、うなずいた。うなずきながら、イヤだとあえいだ。
なのに、感情に逆らって、鋭敏な感覚は、さらにさらに、と求める。先輩の両肩をつかんでいる手がふるえた。
欲しがるカラダと戸惑うココロがばらばらで、わけがわからなくて、溺れそうで、穏やかに息をつけるところへ引き上げてほしくて、先輩に助けを求めてるのに、先輩は、もっとボクを知らない場所に引きずり落とそうとしている。
先輩の荒い息遣いがまるで知らない人みたいだった。いつもの笑顔も冗談を言う明るい声もきれいさっぱり消えていて、怖いくらい無表情で荒々しかった。
りく おれの りく 
身体を返されて、背中側のシャツをめくられた。
外気にふれてヒヤリとした肌を、先輩の舌が這っていく。
あ、あ、あ、
シーツに声をもらした。
ダメもイヤももう意味を成さなかった。






「く、口 ―――― 」
それ以上言えなかった。
先輩、飲んだ、ボクがだした、のを。
事実の羅列が頭の中をかけめぐる。
先輩のフロントが開かれてるジーパンから見える紺色の下着を固く押し上げているシルエット。肩で大きく息をしている荒い呼吸。額に光る汗。ぎらり、とボクを見すえてくる瞳。上気して赤くなっている頬に、さっきまでボクのをくわえていたくちびるはゆるく開いていて、刺激してきた舌が見える ―――― 、その口の中に、ボク・・・・・・。
多すぎる情報を整理するまもなく、
うっわ、と先輩から後ずさった。放出の余韻の気だるさもふっとんで、ベッドから転がるように降りた。
一気に、乱れていた着衣を直した。
腰までずり下げられていたワークパンツを引き上げ、胸までまくりあげられたTシャツのスソをおろした。
先輩が何か叫んでいるのは聞こえていたけれど、ボクは、そのまま先輩の家を飛び出した。










翌朝、
リビングで出勤前の父さんといちばん上の兄貴に言われた。洗面台のところでは、にばんめの兄貴にも。台所のテーブルでは母さんに。
「寝不足?」と。
たしかに、鏡の中のボクは、顔色は青白くて、充血している目の下はうっすらとクマができていた。
―――― 昨夜は、ほとんど眠れなかったから。




通勤通学ラッシュの電車に乗って、通っている高校近くの駅で降りた。いつもの日常。けれど、今日は、ため息が何度も出る。
放課後、沢垣先輩と会うのが気まずい。
あんな、逃げ出すみたいにして、先輩の家を後にしてしまったし、
でも、だって、―――― まさか、あんなことになるなんて・・・。
昨日からずっと、指や舌の感触が、振り払っても振り払ってもよみがえってきては、ボクの身体を熱くした。ボクの身体はもう、どこもかしこも先輩の気配に染まっている。
―――― どうしたら、いいんだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、電車から降り立った人波から随分遅れて改札にたどりついた。普通電車しか停まらない駅だから、改札付近は電車の到着時以外は閑散としている。
定期をゲートにすべらせて、改札を出ると、正面に、いちばん会いたくない人が立っていた。
「だって、朝練が」
思わず声が出た。
バスケ部は、朝練があるから、放課後の部活までは会うことがない、と思っていたのに。
呆然と立っていると、
沢垣先輩がボクに近づいてきて、
「昨日、シャツを忘れていっただろう」
と言って、洋服屋で入れてくれるようなプラスチックバッグを手渡してきた。
今の今まで忘れていた。昨日、先輩の部屋で暑くて脱いだ長袖のシャツの存在を。
黙って受け取った。先輩の顔を見ることが出来ない。
「・・陸。―――― 顔色が悪いな」
肩にふれようとしたらしい、手を、思いっきりさけてしまったのは、
だって、
ゼッタイに、
さわられたら、溶ける。
ぐずぐずに溶けて、きっと、ボク、ってのが無くなる。
先輩の身体を見ただけで、びくりと身体がすくんだ。
あの腕が脚が重みを持ってボクの身体にからんできた。服越しの体温は熱気があって、息も熱くて、それら全部で、ボクの真ん中をこじ開けようとした。
昨日の行為がすぐに思い出されてきて、自分の顔がカアっと赤らむのわかった。そんなのを見られたくなくて、くちびるを噛みながらなおも顔をうつむけさせた。
だって、先輩が勝手にあんなことするから・・・。
そう思ったら、ふいにあの時の沢垣先輩の声が浮かんできた。
―――― 部活の時、ここのカーブがいつもオレを誘ってた・・・。
と言って先輩はTシャツの上からボクの肩甲骨を噛んだ。それからシャツをめくりあげて、その線を舌でなぞった。
ずっと こんなふうに したかったんだ 
と、言いながら、何度も何度も。
記憶と一緒に、肌に先輩の舌やくちびるの感触がよみがえってきた。ぞくぞく、っとして、思わず自分の身体を腕で抱いた。
今もずっと、昨日からの先輩にボクはつながっている。
恥ずかしくて逃げだしたいような、言い訳して泣きつきたいような、「ばか」って叫びたいような、支離滅裂な感情に、うつむいたまま身動きが取れないでいたら、
「―――― 悪かった」
しばらくの沈黙の後に、先輩がそう言った。
なんだか淋しそうな声な気がしたけれど、ボクはボクのことで精一杯だったから、
イママデ、アリガトウ、リク
と言った先輩の言葉が聞こえてきても、顔も上げなかった。
言葉の意味を考える余裕なんてなかった。
だから、
ため息とともに目の前の気配が消えて、緊張していた空気がほどけてから、ようやく目線を戻すことが出来た。
視線の先には、足早に駅を出て行く先輩の後姿が見えた。








「帰ってよし」
その日、放課後、卓球部の練習に顔をだしたら、ボクを見たとたん3年生の太田部長が言った。
「え、あの、もう、足は全然痛くありませんけど」
何でだろうと、驚いて言うと、
「そんな顔色で部活したらぶっ倒れるのが目に見えている」
部長は、いつものおだやかそうな顔で言って、ボクの肩をかるくぽんとたたいた。
「でも、まあ、せっかく着替えてきてるんだし、ストレッチだけしていきな」
そう言って、同じ1年の佐倉を呼んで、ボクのストレッチの相手を言いつけた。






太田部長に言われて30分ほど体育館の隅でストレッチをしてから、
部活を終えたボクは図書室に部活終了時間まで居て、
それから、
ボクは沢垣先輩とのいつもの待ち合わせ場所に来ていた。
駅へと続く裏路地に少し入ったところで、ボクはいつもみたいに、先輩が来るのを待っていた。
図書室ではうっかり居眠りをしてしまって、司書の先生に起こされたときは、閉館時間になっていて、それはそのまま部活の終わる時間だったから、慌てて、この場所へ走ってきた。
体育館での後片付けや着替えがあるから、すぐには来れないのはわかっていたけど走らずにはいられなかった。
図書室で眠ったせいか、あんなにがらんがらんにこんがらかっていた気持が、少しだけ落ち着いてきていた。
ボクが、日曜日にあんなふうに先輩んちから帰ってしまったことを先輩はどう思っているだろう、とようやく考えることが出来るようになった。
怒ってたり、あきれてたりするのかな、ボクのこと・・・、するんだろうな、きっと。朝、シャツを持ってきてくれたのにあんな態度しか取れなかったし ――――。
体育館では、佐倉と組んでストレッチをしながら、ちらりちらりとバスケ部の練習風景を見ていたけれど、沢垣先輩はふだんと変わりなく、練習メニューをこなしていた。
でも、今までみたいに、卓球部のほうへ視線を流してくることはなかった。いつもだったら、練習の合間にボクの姿を探してるみたいな視線とときどきかちあったりしてたのにな。
そのことを思い出すと、ひどく、寂しい気持になった。
空を見上げると、明るく透明だった青の空にオレンジの色がまじり始めていた。その日暮れを知らせる空の色が、ボクにはなんだか哀しげな色に見えた。
今だって、先輩に会うのが、すごく恥ずかしい。会っても、今朝みたいに何もしゃべれないような気がする。
セックスがどういうことをするのか知らなかったわけじゃないけど、でも、まさか、イキナリああいうことされると思ってなくて、それで、自分があんなふうになって、すごくみっともなくて、そういうボクを先輩に見られたのが、恥ずかしくて、―――― 逃げた。
自販機の側面に寄りかかって、うつむいてあれこれ考えていると、地面におちる影にセピア色がまじりはじめていることに気がついた。
腕時計をみると、いつもの時刻よりもう30分以上も経っている。
先輩、どうしたんだろう? 居残りの練習とかミーティングなんだろうか。
様子を見に行ってみよう、とボクは学校へと小走りに戻った。
けれど、誰とも行きかうこともなくたどり着いた体育館はもうすべての電気が消えていて真っ暗だ。ためしに開けてみようとした扉にはきちんと鍵が掛けられている。
体育館の向かい側にある運動部の部室棟は、どの部室も暗くて、人が居る気配が全くなかった。
え、じゃあ、沢垣先輩は、教室に忘れ物を取りに行ってるとか、職員室に呼び出されてるとか、なんだろうか、
と思っていると、
地面をこする足音と、鍵がぢゃらぢゃらいう音が近づいてきた。
夕闇の中、目をこらして前を見ると体育の先生だった。
「もう、下校時刻は過ぎてるぞ。忘れ物か?」
先生が言った。
戸締りの点検をしてまわってるみたいだった。
「・・・は、はい。でも、あの、明日でも大丈夫なので、・・・し、失礼します」
と言ってボクは校門に向かって駆け出した。
それで、ようやくわかった。
先輩、もう帰ったんだ。
そう思ったら、胸がすごくすごくしめつけられるみたいに苦しくなった。
(ホントだ。―――― ボクって本当に鈍いんだ)
ボクは、ここで初めて今朝、沢垣先輩が言った言葉の意味が理解できた。
―――― 今まで、ありがとう、陸。
あれは、さよなら、の意味だったんだ。
先輩は、ボクに、さよならって言ったんだ。
身体がバラバラになるぐらい一生懸命速く走った。胸が痛く壊れてしまうほど。痛みの意味がわからないように。










ボクは単純で、おめでたい性格なのだと思う。
昨日、先輩が待ち合わせ場所に来なかったのに、ボクは今日も、部活が終わって先輩を待っていた。
だって、昨日は、もしかしたら、ボクが部活を途中で帰るのを見ていて、ボクが先に帰ったと思ったから、先輩は待ち合わせのとこに来なかったのかもしれないし。
先輩はケータイを持ってるけど、ボクは持ってないから、きっと連絡の取りようがなかったのかも、と思った。だから、先輩、今日は、きっと来るよね、とか思った ―――― だって、そう思わないと、立ってられない、息ができない。今日もやっぱり部活の間、一度も目が合わなかったのは練習が大変だったからなのかも、・・だし ――――。
それで、今日は、いつものところじゃなくて、路地に入ってすぐの、学校の校門が見えるところに立っていた。
ちゃんと先輩にあやまろう。
あんなふうに中途半端に帰るとか良くなかったんだ。それできっと先輩、怒ったんだ。そ、そうだよな、ああいうことの途中で逃げ出すとか、いくら恥ずかしかったからって、・・・・・・タイヘンシツレイなことだったのかも ―――― 。
先輩、あんな状態だったし。ボク、ばっかり、で、・・・・・・。
なんだろう、あの時はあんなに恥ずかしくてやめてほしいと思っていたのに。よみがえる記憶の中の先輩の手やくちびるの感触がひどく甘い。
それに、先輩に会えないことがすごく辛い。
今まで、自分がどんなふうにしゃべっていてどんなふうに笑っていたのかわからなくなってしまった。クラスでも北野に真剣な顔で「どうしたんだ?」と聞かれたし。
先輩と居ると、それだけで気持が明るく澄んでいく。ささいなことで笑ったり、すねたりして、先輩に気持を開いていけばいくほど、楽しい気持ちが沸いてきた。
なんだすごいなあ、と思った。
好き、っていう気持が二乗になるとすごいエネルギーがあるんだなあ、って。
なのに、その先輩がボクのそばに居ない。






あ、と小さく声が出た。道をはさんで向こう側にある学校の校門から、沢垣先輩が出てきたから。でも、先輩は一人じゃなかった。3人の、多分バスケ部の人と連れ立って、何か楽しそうに歩きながらしゃべっていた。
先輩たちは正門を出て右に進んで行った。そのまま通り沿いに駅まで歩いて行くみたいだ。
沢垣先輩が道を渡って、ボクが居るほうに来るような気配は全くなかった。
―――― あ、なんだ。やっぱり、本当に本当にさよなら、だったんだ。
動けなくて、先輩の背中を呆然と見送っていると、
沢垣先輩がこっちを振り返った。
目が合った。先輩が立ち止まった。驚いた顔をしている。
ボクも一歩前に出た。口が開いたけど、声にならなかった。ただ、気持だけが、先輩、先輩、とくり返し先輩を呼んでいた。
立ち止まった先輩に、連れの人が「どうしたんだ?」みたいに声をかけたようだった。先輩は、その人に顔を向けると、小さく首を振った。
それから、そうして、そのまま、先輩は再び他の人たちと一緒に歩き出した。もう、ボクのことを見ることもなく。
―――― ああ、やっぱり。
もう、本当に本当にボクとはおしまいにしたんだ。
哀しい気持ちに、もっと胸が痛むかと思ったけど、全然で、ボクもトボトボと歩き出した。
裏路地を、いつも先輩と帰っていた道を、一人で歩いた。
ひとけがないのは、みんな家の中に居て、お母さんは夕食を作ったり、子どもたちはそれをテレビを観ながら待ってたりするんだろうなあ、と思った。どこの家からも、料理をするにおいが流れてくるのに、それがなんのにおいか、今のボクにはわからなかった。
しばらく歩くと公園の前に来た。
いつもはここまで来るのにもっと時間がかかっていたのにな。
ボクたちって、すごく、ゆっくりゆっくり歩いてたんだ、と思ったら、堰を切ったように胸が痛み出した。
泣きそうでけど、涙腺がつまったみたいに泣けなくて、苦しくて、ボクは公園の中に入って行った。
入ってすぐに、子ども用の遊具がある。ブランコにシーソーに砂場、そしてジャングルジム。夜が近づいてきている群青色の空の下のカラフルな色の遊具。公園の周囲に植えられている木々は影の色を増してきているのに、そこだけがすごく鮮やかだった。
誰も使っていないブランコってなんか淋しい感じがするなあ、と思ったらたまらなくなって、ボクは地面に荷物を置いてブランコにすわった。
きィ、と錆びた音がした。子ども用だから、足が余る。
「へへ、懐かしいなあ」
誰も居ないのに、・・・誰も居ないから、声に出してしゃべった。水滴がぽたぽたっと制服の上に落ちてきた。
両脇の鉄製の鎖を持って、ゆるく漕いでみた。ゆれて、空が近づいて、すぐに遠のいた。足で地面を蹴ると、さっきよりも空に放り投げられる感覚がした。きらっと空に光りの瞬きが見えた。
星だ。
また、すうっと地面に戻って、ボクはさっきよりも勢いよくブランコを漕いだ。
なんどもなんども強く漕いでいると、
まるで、風が生まれるみたいにして、新しい空気が流れていく。
キィキィっと静かな公園にブランコの揺れる音が響いていく。
しばらくその音を聴いていると、子どもの時のことを思い出した。
そうだ、小さい頃、漕いでいるブランコから飛び降りて、誰がいちばん遠くまでジャンプできるか友だちと競ったりしたなあ。
それを思い出して、いちばん大きく前にせり上がった時に、ボクはブランコから飛び降りた。
一瞬の宙を舞う爽快感が、少しだけボクの気持ちを軽くした。
硬い地面に着地すると、乗り手を失ったブランコがギイギイっと不恰好にねじれながら揺れてる音がした。
手の甲で涙をぬぐった。
今から、沢垣先輩の家に行こう。行ってどうなるかはわからないけど、このまんまはイヤダ。
地面に置いていたカバンを取ろうとした時、公園の入り口に人かげが見えた。
あたりはもう暗くて、街灯の明かりだけではよく見えなかったけど、
ボクにはすぐに誰だかわかった。
駆け出した。
ノドがふるえた。もし、そうじゃなかたら、きっと、ボクは死んでしまうと思った。
「先輩!」
さっきは声がでなかったのに、ボクは叫んだ。
公園の入り口に立っていたのは、やっぱり沢垣先輩だった。
「ボク待ってたんだよ昨日も今日も先輩のことずっと待ってたんだよ!!」
ボクは先輩の腕をつかんで息もつかずに言った。あやまろう、とか思ってたことがどこかへ飛んでいってしまって、頭で考えたことじゃなくて、思ってるまんまの気持が口から飛び出た。
「なんで、勝手に帰っちゃうんだよっ!」
「・・・陸がそれを俺に言うのか?」
ひどく、冷たい声で先輩が言った。ふ、と辺りを見回すとボクを公園の中に促した。ボクはつかんでいた先輩の腕をはなさないまま、先輩と一緒にまた公園の中に入った。
「だって、びっくりしたから・・・」
先輩が言ってることが日曜日のことだろうと思ってそう言ったら、
「いいさ、どうせ、オレのことが嫌いになったんだろ。陸はオレが“ただの先輩”のままがよかったんだよな。 ―――― オレのこと何発か殴れば気がすむか? それで待ってたんだろ、オレに文句を言いたくて」
先輩がボクがつかんでいた腕をといて、決めつけてるみたいにして言った。
さっきまで、ごめんなさい、と思っていたのに、冷たい顔で、そんな勝手なこと言われて、腹が立った。
「思ってないよ、そんなこと!」
怒鳴った。
「ウソつけ! 一度もオレに好きだとか言ったことねーくせに。オレとつきあってたのだって、どうせ、ただの好奇心だったんだろう。だから、最後までするのがイヤになって、帰ったんだろ!」
怒鳴り返された。
「なんだよ、先輩が、ひどいんだよ。だって、だった、ボク、あんなコト初めてだったんだ。わけわかんなくなったって、あたりまえだろう。
それぐらい、考えろよ、判れよ!」
さらに怒鳴った。
「判るかよ!」
こんなに激しく先輩がボクに向かってきたのは初めてだった。でも、この声もこの表情もこの威圧感も知っている。バスケの練習試合の時に、敵チームに切り込んで行くときの先輩の姿そのものだった。
「あんなふうにイキナリ帰られて、何を判れってんだよ。嫌われたんだと思ったさ。けど、それでも、次の日に会いに行っても、オレのこと見ねーし、口もきかないで、避けたじゃねーか!」
「びっくりしたんだってば。先輩、デリカシーが無いんだ! あ、あんな普通じゃないこと勝手にされたら驚いて、普通、逃げるよ!」
「知るかよ、好きだからやったことだ。普通じゃなくねーよ」
普通、普通、というコトバがボクと先輩の間を行ったり来たりしていた。多分、「普通」だと思ってることがボクと先輩の間で違うんだ。
普通じゃなくねーよ、と先輩がぼそっと言って、ボクも勢いがそがれて、口調がトーンダウンした。
「・・・あんな恥ずかしいことされたら逃げるよ。好きでも、逃げるよ」
「『好きでも』、?」
ボクが「好き」って言ったのに驚いてるみたいな顔してる。
「好きだよ!」
思わず叫んだ。
なんだよ、今頃、と思ったら、ぽろっと涙がこぼれた。さっき散々、泣きつくしたから、もう水分は一滴も残ってないと思ったのに。
「ボク、先輩のことが好きだよ!!」
知らなかったみたいなびっくりしてる先輩に、ムカっとした。
「先輩、判ってたくせに!」
「判ってた、って・・・・・。陸、オレに好きだって言ったことなかっただろ」
「言わなくたって判るだろう」
だって、あんな、キスとかしてたのに。
「・・・判んねえよ」
先輩の深い重みのある声にどきっとした。
「確かに、ああ、オレのこと好きかも知んねーなって感じることが何度かあったさ」
静かに先輩が息を吐いた。
「だから、陸のことがもっと欲しくなった。でも、陸はそれを嫌がった ―――― だから、オレの勘違いだって判ったんだよ。陸の『好き』は、オレが陸に想うような気持じゃなかったんだってな」
乾いた笑みを浮かべて、先輩がまた、勝手に結論付けたことを言った。
腹が立った。ボクたちのことなのに、そんなに一方的に決め付けんなよ、と思った。・・・でも、それは、ボクも同じことで ―――― ・・・。
「勘違いなんかじゃないよ。ボク、先輩のことちゃんと好きだよ」
「でも、ああいうことイヤだったんだろ」
イヤ、っていうか。
「そうじゃないよ。・・・は、恥ずかしかったんだ。―――― したのは、そ、そんなにはイヤじゃなかったけど、でも、ボク、したことないのに、先輩が、どんどんボクの知らない色んなことしてくるし、それで、あの、あんなことになって・・・・・・」
先輩の口でイったことを思い出して、顔が熱くなった。恥ずかしくて先輩の顔が見られない。
「だから、すごくびっくりした。あ、あんな自分を先輩に見られて、どうしていいかわからなくなって、それで、・・・それで、逃げたんだ。―――― ボク、みっともなかったし」
陸、と言って、先輩が大きく息を吐いた。呆れられたんだ、と、ビクっとしたら、先輩の手が伸びてきて、額のところから耳にかけて髪をなでられた。なだめるようなやさしい仕草だった。
やっぱり、さわられただけで、身体がへんに熱くなってく。でも、それはこわいとかじゃなくて、なんだか、ゆらゆらと漂っていってしまうような感じ。
「―――― オレを、嫌いになったんじゃなかったのか・・・・・・」
「嫌ってなんかないよ」
ボクは慌てて言った。
「・・・昨日、帰り待ってたんだよ、先輩のこと。―――― 今日も、ボク、先輩のこと待ってたのに、・・でも、先輩、全然、来なくて、・・・ボク」
すごく哀しかった、と、目でうったえた。
ボクの頬に先輩が手を添えてきた。
あたたかい手のひらの感触に、気持ちがなだらかになってゆく。
「こういうのはイヤじゃないか?」
背をかがめた先輩が顔を近づけて来ながら言った。
「・・うん」
「キスは?」
ボクの顔に先輩の息がかかった。うぶ毛を撫でていく吐息に、胸が、痛くなる。
「ヤじゃない」
と、つぶやいて、シテと小さな声でねだった。
きっと、口づけられたら、もっと胸が痛くなる。痛くなって、泣きそうになって、先輩に強く抱きしめてもらわずにはいられなくなる。今までみたいに。
先輩が目を細めてボクをじっと見た。くちびるが、動いて、「スキダ」ってかたどったように見えた。ボクモ、って返して、
ゆっくり目を閉じると、まるでそれが合図だったみたいに、先輩のくちびるがボクのにやわらかく重なってきた。
ただ、ふれるだけの、―――― 。
それだけで、胸がいっぱいになってく。甘い痛みが、胸を刺す。
先輩は、自分勝手で自己完結で勘違いで思い込みが激しくて・・・・・・、今日、知った先輩の姿を思い返した。
でも、それでも、―――― ボクの気持ちはドコも変わらない。むしろ、前よりずっと確かで強い想いに成っている。
ボク、先輩のことがすごくすごく好きだ。
ボクはゆるくくちびるを開いた。それから、おずおずと舌先でせんぱいのくちびるに触れた。
「陸、」
抑えたような低い声だったけど、嵐の前みたいな激しいさを予感させる声だった。
ボクはその声に背筋をふるわせて、
そうして、
しっかりと先輩の背中に両腕をまわした。






「別にみっともなくなんかなかったさ」
ボクの右のまぶたにキスしながら先輩が言った。今の今までしてた激しい口づけに頭がぼおっとなってたボクは先輩がなにを言ってるのかすぐにはわからなかった。
「かわいかったな。陸、すごく」
力の抜けた身体をくったりと先輩にあずけたまんま、
鼻の先にもちゅッとされて、
なにがみっともなくなかったのか、の意味がわかってカアっと身体全部が熱くなった。恥ずかしくて、うつむきそうになった顔を先輩の手でアゴを取られて上を向かされた。
やだ、なんか、意地悪だ。
先輩の黒い瞳がやわらかい感じに濡れていた。
「陸のかわいいとこ、――――」
吐息の声で、もっと見たいな、と言われて、
逃げ出したくなって、
でも、そういうボクを先輩の力強い腕で捕まえていて欲しい、と思った。





( つづく )

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