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11.コントロール不可能(7)
しおりを挟む今までに、オツキアイなんてことをしたことがなかったから、
イマイチ、先輩の家に行くことの意味を深く考えもせずに、休みの日に友だちの家に遊びに行くみたいに、コンビニでしお味とキムチ味のポテチとふぁんたグレープとコーラの小さいほうのペットボトルを買ってった。
だから、駅で待ち合わせしてた先輩と落ちあって、
「今日、うち、誰も居ないから気ぃつかわなくていいぞ」
と言われて、
ただ単純に、初対面の大人の人にキチンと挨拶する気恥ずかしさから逃れられてよかったなあ、とか思った。
4日前、部活中に転んで、右足首をひねった。
けど、それほどヒドくはなかったから、翌日にはゆっくり歩けばそんなに痛まないまでになっていた。
日曜日の今日にはもうすっかり治っていて、転んだときにすりむいたヒザの傷あとのほうがかえって目立っている。
部活を休んで、沢垣先輩と一緒に帰れなかった木曜日と金曜日は、昼休みの図書室で先輩と会っていた。奥のほうの百科事典とか図鑑の棚と閲覧机があるところで。
でも、全然、誰も来ないわけじゃないから、図鑑の「世界の犬」なんてのを先輩と眺めてるふりしながら、しゃべってて、時々、肩とか腕とかくっつけてた。
くっついたときに流れてくる先輩の体温がうれしくて、なんだか、えへへっと笑いたい気分になっていた。こういのもいいなあ、と思った。
夕方の公園でぴたっとしているのも、誰もいない保健室でキスしたのも、心臓が痛いくらいどきどきして甘かったけど、こんなふうに、ただ、じゃれあって、話すのも楽しい。あったかい気持ちになれる。
閲覧机で、隣にすわる先輩のオトコっぽい横顔を見ながら、
―――― ちゃんと、好き、って言いたいなあ。
と、ボクはそのときに思った。
先輩に好きって言われてから、なんにも返事してなくて、でも、「友だち」から始まってたはずの関係も、とっくに「恋人」の範疇に入っているし、今更、ボクが言わなくたって、気持ちはわかってるよね、とは思うけど、先輩への気持ちを言葉にしたくなった。
ボクの気持ちを、ちゃんと。
とか考えてるとき、先輩に「日曜日に家に来ないか?」って誘われた。それはそれでうれしかったから、なんにも考えずに、ボクは「うん!」って返事してた。
先輩の家は、待ち合わせした駅から歩いて15分くらいの住宅街の中にあった。
「ほら、これ、やっぱりあったから」
先輩の部屋に入るとすぐに、先輩がマンガの本を2冊さしだした。
ボクはスポーツマンガが大好きだ。
中学の時は、友だちと貸し借りしたり、週刊のマンガ雑誌を読んだりしていて、けっこう読んでいたけれど、高校受験、なんてものがあって、
しかも、けっこう偏差値ぎりぎりだったので、その大好きなマンガもここ半年ぐらいは読んでなくて、志望校にようやく入学できて、ほっとして、友だちに借りてたので続きはどうなってるんだろう、と、思い出したマンガがのことを一緒に帰っていた先輩に話したら、
「ああ、それ、弟が持ってたかもしれない」
と先輩が言った。
「本当? ボク、読みたい」
「じゃあ、探しとく。―――― もしかしたら、持って行ってるかもしれないけどな」
先輩の弟はボクと同い年で、今は県外の高校の寮に入っているらしい。
そういう会話をしたのは先週だった。
「メールで置いてる場所を聞いたけど、中々、返事しやがらないから、アイツ」
先輩がぶつぶつ言ってたけど、ボクは笑顔で受け取った ―――― 数学の参考書のときよりもうれしかった。
「うれしい、ありがと、先輩! これ、すっごい続きが気になってたんだ。丁度、決勝戦の所でさあ」
そのまま、床にすわってページを開こうとすると、先輩がボクに声をかけた。
「陸、」
「うん?」
「今読むのか?」
ちょっと、戸惑ってるふうに先輩が言った。
けど、友だちんちで、マンガ読むとか普通だよね。交代でゲームしたり、雑誌を回し読みしたりとかさ。
「うん。 ―――― あ、」
そうだった!! いけないいけない。
「先輩、ふぁんたとコーラどっちがいい?」
持ってきてた、コンビニの袋からガサガサと中身を取り出した。
ペットボトル2本と、スナック菓子2袋を、緑色のミニテーブルの上に出した。冷えてるうちに飲みたいよね。
「・・・どちらでも」
「そお、じゃあ、ボク、ふぁんた飲むね」
キャップを外して一口飲んだ。
ふぁんたが好き。オレンジよりもグレープが。
へへ、おいしい。
にこっと笑って、先輩に、
「ポテチ、好きなほうを食べてて」
そう言って、しっかり片手に持っていたマンガを読み始めた。
おんなじ姿勢は疲れるので、手近にあったクッションを引き寄せて、ラグマットの上で腹ばいになって読んだり、クッションの上に座って、ベッドを背もたれのようにして背中を寄りかからせたりしながら、読んだ。ふぁんたも、時々、口に入れながら。でも、スナックには手を出さない。人の本を読むときは物を食べないってのが鉄則だ。
「うっわー、まさかインハイの決勝戦で負けるなんて思わなかったよ」
最後のページを読み終えて、本をぱたりと閉じて、言った。
たいてい、主人公のチームが優勝するのに。
「先輩、これ、読ん・・・、先輩??」
さっきまですぐ横に居たような気配だったのに居なくて、見回せば先輩が部屋の角っこでヒザを抱えてすわっていた。
顔は、つーん、と壁のほうを向いて。
「どしたの、先輩?」
気分でも悪いんだろうか。
テーブルの上を見れば、コーラにもスナックにも手をつけてないし。
座っていた姿勢から、四つんばいで ――― ヒザのすりむいてるとこはつかないようにして、先輩に近づいた。8畳くらいの部屋だから、ほんの3、4歩で先輩のところにたどりつく。
「お腹でも痛い?」
ボクのほうを全然見ようとしないから、何だろう? と思って聞いたみた。
「・・陸、何しに来たんだよ」
ボソっと先輩が言った。
何しに、って。
「遊びにきたんだけど」
「・・オレのことほっといてか?」
不機嫌な声。眉間にシワが寄ってるし。
えーっと、・・・。そういえば、何回か話しかけられたけど、ボク、マンガ読みながら、話せないほうだから、「んー」と返事するだけだったり、肩とか抱かれたぽかったけど、ページめくるのに邪魔で、・・・ちょっと振り払ったり ―――― は、マズったかなあ。
あ、もしかして。
「先輩も一緒に読みたかった?」
でもなあ、マンガをふたりで読むのは中々むずかしいよな。読むペースが違ったりするし。
「そうじゃなくてなあ」
やっと先輩がボクのほうを見た。よかった。
「オレたち ―――― 」
「あ、これっ」
ボクは立ち上がった。
目の前の壁にNBAの選手の特大ポスターが3枚、横並びで貼ってあった。
「ボク、この人、知ってる」
真ん中の選手を指差して言った。
テレビでもアメリカのプロリーグの試合なんて観る機会はほとんどないけど、この選手は、なんとかっていう記録を打ち立てたんだよな。スポーツニュースでやってた。その時に、インタビューのあとで、背面からシュートを決めたりしてて、カッコよかった。
「連続出場記録の人だよね」
名前、知らないけど。
ふと、ぐるりと先輩の部屋を見回した。来て早々、マンガを読んじゃったから、全然、部屋の様子を見てなかった。
壁際に木製の机と本棚、窓際にはベッド。その隣の壁際にはクローゼットらしき扉・・・、ボクの部屋は押入れなのに。ベッドもボクのよりひとまわり大きいなあ。先輩の身長が高いからかな。
部屋はけっこう片付いていた。ま、ボクも、初めての友だちを呼ぶときはだいたいはキレイにしとくけどね。押入れになんでもかんでも突っ込んで。
先輩もあのクローゼットに色々押し込めてるんだろうか、と想像したらおかしてくて、ちょっと笑ってしまった。
ドア側の壁にはローボード。ミニコンポとパソコンが並んでいる。
へー、色んなCDがある。けっこう、邦楽派なんだ先輩。ミニコンポの隣に置かれてるCDラックを物色してると、
「陸」
ちょっと、強く呼ばれた。
振り返ると、先輩がベッドにすわっていた。なんだか難しい顔をしている。
先輩は自分のとなりを指差して、
「ちょっとここにすわれ」
と言った。
「うん?」
ボクは先輩の横にぽんっとすわった。掛け布団は足元のほうに畳んで置かれていたから遠慮なく。
お、なんか、けっこうしっかりとしているベッドだ。ボクのパイプベッドより断然すわり心地がいい。
手で、すわっているマットレスを押して硬さ具合を確かめていると、
「オレで遊んでんのか?」
って言われたから、
「うん。遊びに来たんだよ」
と答えた。
そしたら、
「・・・陸、鈍感って言われるだろ」
なんか、疲れたような声で先輩が言った。
この前、クラスメイトの北野に言われたばっかなのに、なんだよ、先輩まで。―――― ってか、ボクってそんなに、なのかな・・。こんなに、全然、普通なのにさ。
「そんなことない、けど」
先輩にまでそう思われたくなくて、ウソついた。見栄ぐらい、張ってもいいよね。す、好きな人には。
だから、誤魔化すようにして、
「先輩のベッド大きくていいね。これって、セミダブルとかってやつ?」
言って、ごろんとベッドに転がった。さっきまでマンガを読んでたからうーんと伸びをしたら気持ちよかった。
そしたら、お腹がヒヤっとした。まだ春なのに今日はけっこう暑くて、上に着ていた長袖のシャツはマンガを読んでるときに脱いだから、今は、Tシャツ一枚だ。今のってけっこう丈が短いからすぐにめくれる。
寝っころがったまんま、手でさぐってスソをのばそうとしたら、ボクのその手に先輩の手が重なってきた。
自分でするからいいのに。やさしいなあ、と思ってたら、先輩がボクの隣におんなじように寝っころがってきた。
横を向くと間近に先輩の顔。もう、あんまり不機嫌そうじゃない。
でも、なんか、機嫌いいとも違う。
「・・・先輩、?」
照れ笑いみたいにへへっと笑うと、笑い返してくれた。なんだ、普通だ。
先輩がもっと身体をくっつけてきた。図書室のときみたいに、ちょっこっとベタベタしながら、じゃれあいたいなあ。
それに、このまんまココで昼寝したら気持ちよさそうだ。あ、でも、ちょっと小腹が空いたかな。
とか、そんなことを考えてると、
ボクのお腹に乗っかったまんまの先輩の手の重みに、なんか、あれ? と思った。妙な感じ。
先輩の体温が ―――― すごく、高い。
あ、なんか、息が、せばまるみたいな・・・、苦しいみたいな感じがしそう、と思ったらベッドからはみ出ていた足が動いて、ベッドのすぐ横にあったミニテーブルを蹴ってしまった。
ガタン、とテーブルの上のものが倒れる音がして、
やば、と思って、起き上がると、テーブルの上のコーラとふぁんたのペットボトルが倒れていた。急いで、ふぁんたのボトルを手に取った。まだ少し残ってたし、それに、マンガを読みながら飲んでて、キャップをちゃんと閉めていたかイマイチ自信がなかったから。
「ああ、大丈夫だった」
確かめてたら、フタはちゃんと閉まっていた。安堵の声が思わずもれた。
「よかった。あやうく、ベージュのラグマットに紫色のシミを作るところだった」
「いいさ、そのくらい」
ベッドの上で上半身を起こした先輩が言った。
「それより、陸」
「あ、うん、そうだね」
ボクはそのまま、床にすわって、
「お腹すいたね。ポテチ食べよ」
と言った。先輩の顔が見れなかった。
普通に言ったつもりだったけど、ボクの声は緊張で硬くなっていたかもしれない。
ただ、先輩の家に遊びにきたつもりだったけれど、
ボクと先輩以外に誰も居ないってことと、
ベッドの上に、しかもあんなに先輩と密着してるってことの意味が、突然、すべての現実がリアルに降ってきたんだ ―――― 先輩の指が、Tシャツのすきまからボクのお腹をさらりと撫でた、時。ザワリ、と動いた。知らないものが、ボクの中で。
先輩の家によんでもらって、嬉しくて、はしゃいでた。
部屋での甘くやさしいキスは想像してた、
でも、
―――― そんなつもりじゃなかったんだヨ。本当に。キス以上の何か、なんて考えてもなかったんだ。
でも、先輩は、そうじゃない。その先へ行こうとしている。
好きだけど、くっついていたいけど、
だけど、だって、まだ、そんなコト考えてもなかった。
ポテチ食べよ、なんて誤魔化したけど、絶対にボクが先輩を意識してるのがバレてる。空気がさっきまでとまるで違う。
どうしようどうしよう、と思いながら、
ふるえそうな指先でポテチの袋を開けてると、うしろから抱きしめられた。先輩の手が脇の下から回されてきて、身体を引き上げられた。
ベッドの上に。
キスもしたし、抱きしめられもした。
でも、肌をさわられたことなんかなかったから、
びっくりした。
Tシャツをくぐって入ってきた手に。
大きくて力強い手。硬い皮膚。
「先輩・・・?」
いやとかのまえに、
「な、何してんの?」
素朴な疑問。
「さわりたい」
単純な答え。
・・・さわりたい、って言われても。
もう、さわってるし。
「陸」
呼ばれた。顔を上げたらゼッタイにキスされる。そんな声だから。
だから、うつむいたまま先輩の腕の中でもがいたら、
指でくるくるっとされた。
むずむずして、
ウソ、と驚いたのは、
寒いわけでもないのに、そこが硬くとがってきたから。
「―――― 感じんのか?」
耳に流し込まれた息は毒だ。甘い毒。浸されて、きっとボクは死ぬ。今のボクが死んでしまう。
「ゃ・・だ」
怖い。
怖いからヤダって言ったのに、先輩はボクを無視して、
指できゅっとつまんだ。
「―――っ」
とっさにくちびるを噛んだ。
びりっとしたカンジが下半身に流れていった。ノドがふるえて、へんな声がでそうになった。知ってる。自分でする時の、イクときの声。
そんな声、聞かせたくないのに、
また、いじられて、
もっと、鋭く強く感じて、びくびくっとふるえた。
「自分でしたことない?」
首を振った。ない、こんなこと考えたこともなかった。
片方の手がそんなことをしている間に、
もう一方の手が下半身をゆったりと撫でていることにしばらく気がつかなかった。
このまんま煽られたら熱が発火する。
あの日、保健室でしたキスは、深くて、
激しく舌同士をすりあわせ、粘膜同士をこすりあわせた。噛まれた刺激が、感覚を呼び覚まさした熱は、―――― 身体の芯にともった熱は、欲望、だった。
その欲望が身体に現れる前に、先輩の前から逃げ出したい。
そんなことになりたくない。
ここまでがいい、ここまでにして。
先輩の前でそんなでみっともないことになりたくない。という気持ち。
と、
でも、その自分で設けた境界線の向こう側・・・・・・、に、ナニがあるんだ。という気持ち。
に、
引き裂かれる。
「・・や、めて」
「やめない」
絶望的は言葉は、けれど、甘く耳にひびいてきた。目が涙でうるんできた。
「しよう」
ィヤダ。知らないところへ連れてかないで。
肩がふるえた。
怖い。先輩の顔が見られない。
見たらきっと、また、熱をうつされる。
それでお終い。本当に、お終い。
ボクワキット死ンデシマウ。
だから、ゆるい抱擁を押しのけて、
立ち上がって、この部屋を出て行けばいいんだ。
今、ボクのこめかにふれている先輩のくちびるが、ボクのくちびるに移動してくる前に。
なのに、
立ち上がれない。
「好きだ」
先輩の、
指がくちびるが声が吐息が体温が、ボクを動けなくする。
( つづく )
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