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21.打ち上げ花火

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「あ、これ、」
修平んちのリビングのソファーでのんびりとテレビをつけたまま、ケータイをいじっていたら、撮りためていた写メの中から夏に行った花火大会の画像が出てきた。
真っ暗な背景に、ぼんやりと白いものが小さく写っている。
それは、自分が撮ったから花火だってわかるけど、他の人が見たら何だかわからないかもしれない。
(車から見た時は、すごい、キレイだったのになー)
やっぱ、ケータイのカメラじゃ、そのまんまを写すのは難しい。
(もう、削除しようかな・・・・・、でも、これ修平と行った最初の花火大会だしなー)
まだ、たったの4ヶ月前のことだけど、すごい昔のことみたいだ。
そんなことを考えていると、あの日のことが次々と頭の中に思い浮かんできた。
あれは、そう、今ぐらいの時刻だったっけ・・・。






「あ、はじまった!」
日が沈んだばかりの、まだほのかに明るい夜の空に、ひゅるるるーという花火が打ちあがった音がひびいてきた。
きたきたきた、とワクワクしてると、すぐに、空気がビリビリとふるえるような轟音がした。
「・・・うっわぁー」
夜空に、すーっとひろがってく大輪の花火――― 。ふわっと空中に咲いて、一瞬、時が止まったみたいになる。
きれいすぎて、ただただ、目を奪われてると、花火は輪郭を失って、光の花がはらはらはらとはかなく散り始める。
そのなんだか、かなしい情景に、胸の中がシュンとなってると、次の花火が大きく夜空にひろがっていく。
次々に!
「すごいねッ、しゅ、」
車のフロントガラス越しに観る花火は、キレイ、って単純に言っちゃいけないぐらいにきれいで、ボクは、隣の運転席にすわる修平に向かって、声をかけようとして、、、口を閉ざした。
運転席にすわってる修平が、正面じゃなくて、助手席にすわってるボクのほうに顔を向けていたからだ。
(ぇ・・、もしかして、ずっと、僕を見てたわけ???)
驚いた僕に、気まずそうに修平が目をそらした。
灯りをつけていない車内は薄暗いけど、顔の表情が分からないほどじゃない。
「は、花火、きれいだね」
サッとフロントガラスのほうに視線を戻した僕はギクシャクと口を開いた。
「―――― そうだな」
修平がボソっと返事した。
横目で修平を伺えば、今度はちゃんと前を向いている。
それに少し安心して、また、花火を観始めたけど、―――― なんか、気になる。
(さっき、修平、何か言いいたそうな顔してた・・)
花火を観ながらも、ちらちらと修平の気配を探ってしまう。
なんで、僕のことを見てたんだろう。
・・・もしかして、僕の髪の毛に寝ぐせがついてる、とか?
でも、ちゃんと出掛けてくるときに横も後ろも鏡でチェックしてきた。
それとも、顔になんかついてるのかな・・・?
チラっと、サイドミラーに顔をうつしてみたけれど、暗くてよくわからない。
でも、修平だったら、「顔になんか、ついてるぞ」って言いそうだしな。
それとも、今日の服装がへんなのかな?
紺色のTシャツにベージュのハーフパンツとかって、至って普通だよな。Tシャツの肩んとこに白地の線が入ってるけど、奇抜でもないし。
あ、でもでも、もしかしたら、普通すぎたのかな・・・。
もしかしたら、こんな友だちと出掛けるときの服装じゃなくて、コイビトと出掛けるときみたいな感じの服じゃなかったから、修平はがっかりしてるとか???
でも、コイビトらしい服装、とか、わかんないし・・・・。
今度、豪にいちゃんに聞いとこうかな。
でもさ! 修平だって、ポロシャツにジーパンっていう、至ってふつーの服装だから、そんなに服装にこだわってるわけじゃないと思うけどなー。
じゃあ、なんでなんでなんで、花火じゃなくて僕のことを見てた?!
うーわー、気になるよー!!!
(だめだ、花火どころじゃない)
修平の視線の意味がわからなくて、僕の頭の中はパニックになっていた。
―――― だって、修平に、ヘンなヤツだって思われてたくない・・。
そうこうしているうちに、第一陣の花火が終わったみたいで、辺りが急にシーンと静かになった。
次の花火が打ちあがるまで、2、3分の間があるはずだ。
「こ、この場所いいね」
なんか、しゃべらなきゃ、と思って、ボクはまっすぐ向いたまま口を開いた。
修平は、川岸で行われている花火大会の会場の対岸の土手の上に車を停めていた。
それも、会場の正面じゃなく、かなり離れているところだから、辺りには僕たちの他は人の気配がない。
「そうか? 本当は、もっと花火会場の近くのほうが良かったよな。近くで見るほうが迫力があるだろう」
なんだか申し訳なさそうな声で修平が言った。
ボクは慌てて首を振った。
「え、ううん、全然、ここで充分だよ。花火もよく見えるし、静かだし」
花火は近くには見えないけれど、かえって空一面に広がる姿を一望できる。
それに、教師と生徒であるボクたちが、地元の人出が多い場所に連れ立って出掛けることは出来ないし――― 。
ボクは、ようやく修平の方に顔を向けた。
「ボク、ここに連れてきてもらって、すごく、うれしい」
「・・・うん、まぁ、お前がそう言うんだったらいいけどな」
はにかんだ笑顔を修平に向けると、チラッと僕のことを見た修平が指で頬をポリポリとかきながらぶっきらぼうに言った。
今年の4月から修平とつきあいはじめてまだ3ヶ月しかたってないけど、修平のぞんざいな物言いは、照れ隠しなんだって、最近、わかってきた。
なんだか、今、運転席と助手席とに離れてるのが、もどかしい感じがしてきた。
「 ――― 凛一、」
深い静かな声で、修平がボクのことをまっすぐに見ながら言った。輪郭のくっきりとしたその瞳にみつめられると、わけもなく、どきどきしてしまう。
(今日、どうするんだろう。花火を観終わったら、僕んちの近くまで送ってくれるって言ってたけど・・。ドライブとか、しないのかな)
いつもはさ、うまく甘えられないけど、せっかく、こーいうトコに連れて来てくれたんだし、花火大会が終わっても、もちょっと一緒にいたいな。
そんなふうなことを考えながらボクも修平の目をじっと見つめ返しながら、返事した。
「・・なに?」
普段は、全然、ロマンチックなこととか言ったりしたりしないけど、なんか、いつにない真面目っぽい修平の表情に、今日はいつもと違うのかも、と甘い予感に身体中がどきどきしはじめる。
真剣なまなざしのまま、修平が、ふ、と口元をほころばせた。
そして、
「お前さぁ、たこ焼きと焼きそば、どっちを食う?」
と、のん気に言った。
・・・・・ここに来る途中に修平が屋台で大量に買ってきた食べ物は後部座席に鎮座している。
修平の視線は、もうボクじゃなくて後ろの座席へと流れていた。
たしかにっ! さっきから、食欲を刺激するたこ焼きとか焼きそばのソースのいいにおいがしてたけどッ!
「修平が、好きなほうで、いいよッ」
ツンって感じに声になっちゃったけど、うん、しょうがないよねっっ!!!
(修平のばかっ)
このタイミングでそうくるとかありえなくない???
「そうか、じゃあ、俺、イカ焼きにしよっかな」
うきうきした声で修平が言った。
「え、ちょっと、待って。修平、今、たこ焼きか焼きそばかっていう選択肢だったじゃないか。どーしてイカ焼きになるんだよ」
あんなに熱く見つめ合ってたのに、ボクより食べ物のほうがいいんだね、って思うと自然、口調がケンカ腰になってしまう。
「お前が、俺の好きなのでいいって言っただろ」
なに言ってんだ? みたいな、呆れたような声で修平が言った。
ってか、呆れてるのは僕のほうなんだけどね!
「言ったけどさ」
それが何だよ、みたいな返事を僕がすると、
「面倒なヤツだなあ。じゃあ、適当に好きなのを選べ」
修平が肩をすくめ、なんだか投げやりな口調で言うから、またまた、ムっとした。
「面倒、って何だよ! そういうのって、フツー正面きって、言うもん? ちょっとは、気をつかえば?」
「ああ? ちゃんと気をつかって、最初に、たこ焼きか焼きそばか聞いただろ」
「ボクが言ってんのは、ソコじゃなくて! 『面倒なヤツ』ってとこだよ」
だんだん、僕も修平も話すスピードが上がってきた。
車の外からは、ドォンドォンと激しく連続で花火が打ちあがってる。
けど、それどころじゃない。
こっちだって、色んなものが打ちあがってるんだ!
「面倒なヤツに面倒つって、ドコが悪いんだ?」
「うっわ、ナニ、そんな言い方ないだろっ!」
やめられないとまらない、のは、なにもスナック菓子だけじゃなくて・・・。
ここまで来ると、過去に流したはずの不満がムクムクと思い出されてくる。
「修平はッ、だいたい」
その時、空気が揺れた。
そして、ひときわ大きな爆音がした。
驚いて、目を向ければ、光のしずくがまあるく夜空に広がっていく。
まるでプラチナゴールドの噴水みたいだった。
空が明るく照らされていた。
そうして、ゆっくりと花火は夜空に溶けていってしまい・・、あたりはまた暗く静かになった。
けれど、耳にはまださっきの打ち上げ時の音がのこっている。目の前にはまだ、光の雨が、降っているようだった。
今、見た花火の余韻から抜け出せないでいると、
「・・・まあ、食え」
修平は身を乗り出して後部座席から夜店で買った食べ物が入った袋を素早く取ると、その中から、たこ焼きの入ったパックを僕に差し出してきた。
「お前、青ノリいらねぇっつってたから、抜いてもらってるぞ」
うん、そうだった。青ノリは別にキライじゃないけどさ、うっかり歯についちゃったりしたら恥ずかしいから、「いらない」って言ったんだった。
そしたら、修平は「青ノリがないたこ焼きなんか、美味しくないだろ」って言うから、てっきり青ノリをふりかけたたこ焼きを買ってきたんだと思ってた。
この場所に来る前に、夜店が出ている界隈の近くに車を停めて、修平だけが夜店で売ってる食べ物を買いに行ったから、知らなかった・・・。
「・・・うん」
一呼吸おいて、ボクは素直に修平からたこ焼きを受け取った。
手のひらに乗せれば、まだ、温かい。
隣では、修平が袋をガサゴソ言わせ、イカ焼きを取り出していた。
僕は、輪ゴムを抜いてパックを開いた。
ソースとカツオブシのいい香りがする。
付いていたツマヨウジで、ボクはたこ焼きを1個口にした。
うん、おいしぃ・・!
できたてでアツアツじゃなくても充分、しあわせな気分になれる。
(へへ、おいしいなぁ)
1個食べ終えて、もう1個頬ばろうとしたら、修平が食べてる気配がないのに気づいた。
「 ―――― 修平、イカ焼き、食べないの?」
「あ、ああ」
手に持ったままのイカ焼きの串を、修平が口に運ぶ。
また、花火が打ちあがる。
「お前さあ、」
「・・・ぅん?」
ぎゃーぎゃーうるさ過ぎ、って言われるのかも、と思ってビクっとなった。
「いつもメシ食う時、幸せそうに食べるだろ」
だろ、って言われても、自分じゃわからない。
ボクは曖昧にうなずいた。
「その顔を見てると、なんつーか、和むんだよなぁ」
肉厚のイカを力強く租借したあとに、修平がのんびりと、言った。
和む、って、ジジイかよ。
って、思いながらも自分の顔がどんどん熱くなっていくのがわかる。
なんか、くやしぃ。
「ソース、ついてるぞ」
僕の顔を見たまま、修平が笑いながら自分の口元を指差した。
え? って思う間もなく、修平の指が僕のくちびるのはしっこをぬぐった。
たったそれだけ、触れられただけなのに、どきん、とした。
「子どもだなー、凛一は」
そんなことを言いながら、修平がソースのついた自分の指を舐めた。
敏感なくちびるに、少しかさついた修平の指の感触が残ったまんまだ。
(どうしよう・・・)
いてもたってもいられなくなってしまうような、でも、自分ではどうしていいのかわからないような、そんな、へんな感じがしはじめて、僕は修平の指の感触をなぞるように、自分のくちびるを舐めた。
そしたら、
「凛一、」
修平がボクに向かって手を伸ばしてきた―――。
「このソースうまいな、俺にもたこ焼きをくれ」









ケータイの画像を眺めながら、あのときのことを思い出して、ちょっとムっとした。
(あのタイミングで「たこ焼きくれ」とかって、言う?)
べ、べつに、キスしてくれるのを期待してたわけじゃないけどさ。
ふつー、だったらそうだよな。
ホント、修平って、全然っ、わかってないんだからさ!
胸の中で、もやもやしてると、バスルームの扉が開く音がした。
そして、真冬なのに、Tシャツとハーフパンツという風呂上りの格好で、修平がリビングへやってきた。
ぼすん、と僕の隣に修平がすわる。
「修平、これ、なんだかわかる?」
僕は手に持っていたケータイを、ためしに修平に見せてみた。
「・・・わかんねーなー」
まあ、そうだろうけどね。わかんないとは思った。
「これ、花火だよ。ほら、夏に修平と行ったときのやつ」
「へー」
さほど関心もなさげな感じで修平が、とりあえずのように相槌を打って、テレビのリモコンを手に取る。
そのまま、ニュースに替えた。
僕がテレビは観ないで、つけたままだって知ってるから、修平はいつも何も言わずにチャンネルを替える。
風呂上りの修平の身体はほかほかであったかい。
部屋は暖房が入ってるけど、僕は、ぴたっと修平にくっついた。
「きれいだったよねー、花火」
「ああ、」
ニュース番組を観ながら修平が返事した。
「・・・本当に、そう思ってる?」
「あー、オモッテル、オモッテル」
ちくしょう、この、おっさんめ!
「ふーんだ。修平ってば、そんなに花火観てなかったよね。夜店の食べ物ばっかり食べてさ」
しまいには、車を降りて、タバコを吸いに行ったりしてたしさ。
そうだ。それで、車内のひとり残された僕はケータイで打ち上げ花火を撮ったりしたんだった。
「すっごい、綺麗な花火だったのに、全然、観てなくてさ・・・。それに、修平、はじめのほう花火じゃなくて、僕のほうを見てたよね?」
「そうだったか?」
「そうだったよ。あの時さー、僕、なんか、自分の髪型とか服装がおかしくて、それで、修平が僕のこと見てたのかなって、すごい、心配してたんだ。でも、あれって、結局、修平ってば、お腹すいてたから、はやく屋台で買ってきたの食べよーぜ、って言うタイミングを計ってたんだろ?」
「あー、どうだったけなあ・・・」
修平が首をひねった。
まあね、4ヶ月も前の話だもんね、そうそう覚えてやしないと思う。
「そりゃ、きっと、あれだ」
修平がにやっと笑った。
むむむ。この笑い方には要注意だ!
(僕のことをからかう気、100%だ)
「なに?」
「花火をポカンと見てる凛一の顔が面白かったんだろな」
修平がニヤニヤ笑いながら言った。
「あっそう!」
やっぱりね・・、と思って、ぷいっと横を向いたら、修平が僕の肩を抱いて自分のほうに引き寄せた。
「ばーか、本気にすんなよ」
「じゃあ、なんだったんだよ」
「・・・さあな」
修平が口ごもった。ん? なんでだかを、思い出したっぽいぞ。
「なんだよ、教えてくれてもいいだろ」
すねたように言うと、修平が僕の耳に口を近づけた。
「別に、凛一がヘンだったとかじゃないことは確かだから、安心しろ」
修平の低いささやきが、耳の奥にぞくぞくっときた。
ううう、なんか、身体の力が抜ける。
僕は修平に寄りかかった。
しっかりと抱きとめられて安心感と、それから、うっかり、どきどき感が芽生えてしまった。
でもッ! ごまかされないからなっ!!
僕は、肩を抱かれたまま、伸び上がって、修平のくちびるに、ちう、っとキスをした。
修平がびっくりしたように目を見開いた。
「へへ」
僕は照れたようにうつむいて、ちいさく笑った。
(僕だって、そうそう修平にやられっぱなしじゃないんだからな)
「ねえ、なんだったか、教えてよ。ホントに、僕がヘンじゃなかったのかすごく、気になるんだ」
甘えた声をだして、修平にもっとぺったりとくっついた。
「まあ、アレだ・・・」
修平が言いよどむ。
「教えてよ、修平」
必殺、上目づかいで、ぢっと見つめる。
(別に、絶対、知りたいってわけじゃないけどさ、修平が僕を適当にごまかそうとしてるのがヤなんだよな)
なんか、負けらんない、とかって思ってしまう。
「やっぱり、僕、なんか、おかしかったんだろう。髪がハネてたりとか、服装が全然、似合ってなかったとか・・・」
今度は、哀しげなふうを装って、うつむいた。
「いやいやいや、そんなことなかったぞ」
修平が慌てたように言った。
僕は、また、顔を上げた。
「じゃあ、なんで?」
またまた、不安そうな声をつくると、修平が観念したよう口を開いた。
「あー、つまり、―――― 花火を見てるお前の顔があんまりエロっちかったから、うっかりもよおしちまって、」
へ?
よもおすって・・・。
「まあ、でも、車でスルにはまだ早いだろうなあ、ってなふうなことを考えていたわけだ」
――――・・・。
若干、目の前が暗くなった。
なんか、ものすごい、敗北感に身体の芯がへなへなーとなってく。


・・・もう、やだ、このひと・・・・・。





( おわり )


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