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20.only you

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「わっるいんだー」
ボクは、はしゃいだ声で修平に言った。
「修平ってば、未成年を酔っ払わせて、何するつもりだよー」
身体がふにゃふひゃしてて、自然と笑い声がもれてしまう。
ふわんと身体が宙に浮いているみたいで気持ちがほわほわする。
修平が冬のボーナスで買ったグリーンのソファに、ボクはぽてん、と横になった。
(修平の部屋の天井って、クリーム色だったけ???)
今は、まだまだ春には遠い2月だから、きっと、外は寒いんだろうけど修平の部屋が暖房がよく効いていて、あ・・・。
「あつーい」
ボクは、ソファに横になったまま叫んだ。
身体が熱いのは、きっと暖房のせいだけじゃない。
「ほら、凛一、起きろ」
修平がボクの身体を支えながら起こしてくれた。
「さあ、水を飲め」
ソファの背にもたれるようにして座ったボクに、修平が片手に持っていたグラスをボクの口元に持ってきた。
ボクは、ボクの隣に座った修平の身体に寄りかかるようにして、両手で冷たい水を飲んだ。
「まさか、凛一が酒粕汁でこんなに酔っ払うなんてな」
独り言めいた修平のボヤきにボクは、ムッとした。
「ぼくー、言ってたよー、アルコールに弱いって、言ってたのにー」
知ってますかー? 皆さーん? 酒粕ってのは、アレですよ。日本酒の元! お酒にするのに、お米とかを発酵させてギュっとしぼったのの残りだから、ちょびーっとアルコール分が含まれてるわけで、だから、その酒粕を使った鮭の切り身の入りの粕汁一杯だけでも、ボクみたいにお酒にてんでダメな人間は、こうなっちゃうわけなんですよー。
って、ボク、誰に話しかけてんだろう???
うゎ、ヤバ、頭ん中、お花畑っぽくなってきた。
「凛一が酒に弱い体質だとは、俺には初耳だ」
「言ったー、言ったー、前にちゃんと言ったもーん! 修平ってば、ひどーい、僕が言ったこと忘れるなんてー」
本当に言ったかどうかは覚えてない。
でも、滅多に見れない修平の困った顔が、もっと見たくてボクはそう言った。
「ああ、判ったよ、判った。悪かった、俺が悪かったよ。だから、ほら、もっと水を飲もうな」
だってさ、いつもはきりりとひきしまった男前の顔が、ボクのせいで弱ったように眉毛を下げてるなんて、なんか、嬉しかったから。




3杯目は水じゃなくてグレープフルーツジュースにしてもらった。
その最後の一口をこくんと飲んで、ボクはほぅっと小さく息をついた。
すこしだけ、クールダウンしてきた。
修平はさっきから、ボクの背中をゆっくりとなで続けてくれている。
ボクよりもひとまわり大きな身体。抱きしめられたらその腕の中にすっぽりとおさまってしまう。
その安心感は何物にも代えがたい。
「ごめん・・、修平」
「うん? 少しは良くなったか?」
ふわふわ気分なうえに、あんまり修平が優しいから、ボクは不意に懺悔をしたくなった。
「今まで、ごめんね、修平」
さっき、修平を困らせてしまったこととか、他のこととか鮮明に思い出して、気持ちが急降下にシュンとなる。
修平に対して申し訳ない気持ちがムクムクとわいて来ていた。
「どうしたんだ凛一、急に?」
あらたまった声で言ったボクに、修平が驚いたような顔をする。
その修平の顔を見つめたままボクは言った。
「修平とケンカする度に、心の中で『筋肉バカ』とか『ハゲ』って罵っててゴメン」
なんだか、修平に隠れてすごくすごく悪いことをしていた気分になってボクは修平に謝った。
「・・・・・・・・・お前、まだ、酔ってるな」
修平が苦笑した。
「しっかし、筋肉はわかるにしても、俺、別にハゲてねーし」
修平のこーゆートコ、好き。
学校の先生をしている時の真面目な口調もいいけど、ボクとだけいるときに使うぞんざいな話し方も好きだ。
(ボクだけ特別みたいで、すごく嬉しぃ)
なんか、急に、修平への気持ちがぐわんと拡大した。
その気持ちのまま、ボクは勢い込んで言った。
「だって、なんか、修平、抜け毛が多いし、額が広いし、それに前に見せてもらった修平のお父さんの写真、つるっぱげだったし、」
「あのなあ、うちの親父は寺の住職だからハゲてるわけじゃあ」
修平が何か言ってるけど、ボクは、今の、今の! 気持ちを一秒でも速く修平に伝えたくて、とりあえず修平が話してることは無視して、しゃべりつづけた。
「将来は修平も修平のおとーさんみたいな頭になるのかなって思ってたし、」
「いや、だから、親父は坊主だけどハゲじゃねえし、それに、寺は俺の兄貴が継ぐから。っていうかお前、ちょっとは落ち着け」
「でもね! どんな修平でも修平には変わりないから、ボク、いつまでも、ずっと、ずっと修平のこと大好きだよ」
あ・・れ・・?
なんか、心臓がばくばくしてきた。
ときめきなドキドキじゃなくて、短距離走を走ったあとみたいなばくばくだ。
「だから、どんなに修平のこと怒っても、これからは、もう、心の中で『修平のバカ、全部ハゲちゃえ』とか、呪ったりしないから!」
「お前、俺のこと呪ってたのか・・」
伝えたいことを全部言葉に出来て、ボクはぐったりと修平にもたれかかった。
言いたいこと言ったら、身体の力が抜けた。
手に持っていたガラスのコップはいつの間にか、修平が目の前にあるローテーブルの上に置いてくれていた。
「それから、もいっこ、ごめん」
「・・まだ、あるのか」
「うん。ボク、ボクね、大人じゃなくてごめん」
ボクは、修平の顔を見れずにうつむいたまま言った。
「 ―――― 高校生ってさ、修平からしたら付き合っててもつまんないよね」
いつも、胸のどこかにあった小さな小さな心配の種。
このことは絶対、言わないって思ってたのに、修平に寄りかかってたら、ぽろりと口から出た。
ごめんね、ってもいっかい小さくつぶやいた。
いつもは、『こんなに若いボクが修平みたいなおっさんと付き合ってやってんだありがたく思え』みたいな空気をだしてるけど、
でも、やっぱり、本当は、修平は大人のつきあいとかしたいんじゃないかなーって、思って、・・不安になってた。
さっきまでの心臓のばくばくはおさまってて、かわりに、切ない痛みがゆっくりと胸に辺りに広がってきてる。
「お前、さっきから笑ったり、怒ったり、絡んだり、ヘコんだりと忙しーなあ」
ボクの不安なんてお構いナシののんびりとした口調で修平が言った。
「俺はお前がいいのに、そのお前が自分のこと否定すんなよ」
「・・・しゅーへー」
いつもみたいに、力強く抱きしめてきてくれる腕の中で、名前を呼んで、それから、すき、って小さな声で言って、ボクはちからいっぱい修平を抱き返した。
ぐず、っとハナをすする。
「泣くな」
「・・泣いてない」
嘘。
ホントは、じわっと目が潤んでる。
「あー、やりたくなってきた」
修平は、いつも誘い方が率直だ。
比べられる相手はいないけど、修平ってムードとか雰囲気づくりとか全然、ダメだと思う。
でも、今は全然、平気だ。
だって・・・。
(そんなに、まるですごくいとおしいものを見るような目をされると・・・)
ゆるゆると、身体の輪郭があやふやになってく。
「いーよ。しよ」
かるい感じの返事で、どきどきしだした胸の鼓動を隠す。
「ばーか、酔っ払いに手を出せるか」
「もう、酔ってないよ」
「酔ってるヤツはだいたいそう言うんだ」
「酔ってないってば」
「黙れ、酔っ払い」
からかう感じで修平がボクの鼻をつまんだ。
う゛~、と修平をにらむと、修平が手を放した。
「じゃあ、俺はシャワーを浴びてくるから、先にベッドで待ってろ」
それで、ボクは修平にまだ酔ってるとこ見せたくなくて、頭の中で「右、左、右、左」ってつぶやきながら、ふらつきそうにある足をしっかりふんばって寝室まで歩いてって、
服のまんま、ベッドにもぐりこんだ。
それから、
修平、はやくこないかなーってドアのほうを見てたら、だんだんと、まぶたが降りてきて、
そして、
気が付いたら、
・・・・・・・朝になっていた。






それから、
ボクは、その夜のことはうっすらと覚えていたけど、気恥ずかしかったし、修平も何も言わなかったから、なんとなく、酔っ払ってた時のことは何も覚えていません、な感じで通すことにした。









そして、翌週末。


「しゅうーへー! 洗剤がないよー」
コーヒーを飲んだカップを洗おうと思ったら、キッチンの洗剤がほとんどなくなっていた。
空の容器を片手に持って、寝室に居る修平に呼びかけると、
「昨日、買ったやつが袋に入ったままそこらへんにあるはずだ」
って、返事が来たから、辺りをキョロキョロと見回す。
けど、それらしきモノは無い。
(そこらへんて、どこらへんだよ)
全く、もう、いい加減なんだから、とボクはぶつぶついいながら、キッチンの捜索を終えリビングに着手するとドラッグストアのロゴが入った白いビニールの袋を、ソファと壁の間にあるのを発見した。
「もぉー、こんなとこに放り出してたら判んないだろ!」
そう独り言をいって、けっこう大きな袋をリビングのテーブルの上に置いた。
ドラッグストアで色々、買ってきてたみたいだ。
洗剤を探して、中身を順に取り出していく。出てきたのは綿棒、眼鏡クリーナー、ルームソックス、柔軟材、それから、シャンプー・・・?
「あれ、これって・・」
黒っぽいパッケージのシャンプーみたいな容器には ―――― 。
「あーーーーー、凛一ッッッ!!!」
手に持ったその容器をよく見ようとすると、すごい勢いで寝室から飛び出してきた修平がボクの手からそれをパッと奪った。
それはまるでもう、突風のような一瞬の出来事だった。
あんまりびっくりして、呆然と修平を見詰めていると、
さっきの物体は背中に隠したまま、こほん、と一つ修平がセキをした。
その物体にはしっかりと『育毛トニック』と書かれていた。
「あ、これは、あー、・・・あれだ、と、戸田先生に頼まれて」
社会科の壮年の先生の顔が思い浮かんだ。
「え、あ、あぁー、そうだねー、戸田センセー、うん、若干、薄い感じだもんねー」
アハハハハハハハハ、とボクと修平はお互いに目を合わさずに、乾いた笑いをもらした。


( おわり )

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