夢幻無限の依代昇華

柊 弥生

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依代1

試験

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 視界から眩い光が消えると、やっとそこがどこなのかを理解する。

 いや正確には、地面や周りの人々を認識しただけなのだが、それだけでもここが伊織の部屋では無いことは分かった。多分、藍原が見せたあのカードが鍵となって、この場所へと移動したのだろう。
 伊織が立っているのは、コロッセオの闘技場のような天井のない空間。天井から吹き込む風で地面の砂が舞っていた。伊織の横に藍原も立っている。
 あたりを見渡せば、円筒状の観客席で盛り上がっている生徒と思しき人々が、不思議な顔で伊織を見ていた。
「ねぇ、もしかしてあの人が速報の……?」
「市民ランクの男だろ?」
「そうみたい。どうして新入生がいきなりランク改定試験に……?」
 様々な生徒が口々にそう言い合っていた。
 どうやら伊織のことはもう生徒に知られているらしい。
「ここは……」
「騒がしくてすまんな。今日、ランクを初級、中級、上級に昇格させるためのランク改定試験が行われていてな。それ相応のモンスターを倒したあと、生徒会役員の誰かと戦う決まりになっているんだが、君が来る前に受けていた受験者が、生徒会長と戦ってコテンパンにされてしまってね。それで皆がヒートアップしているんだ。会長は、ラスボスだから」
騒ぐ生徒達の顔を見ながら意地悪そうに藍原はそういった。

 ランク改定試験の会場のど真ん中に伊織は立っている。

 つまり、それが意味するのは。

「俺にこの試験を受けろってことですか」
「ご名答。じゃあ、これ」
 短く答えた藍原が渡したのは一丁の銃だった。
 伊織がもっていたのと違うものだが、種類は同じのようだ。
(そういえば、銃、忘れてた)
 伊織の銃は家に置いたままだったことに気付く。
「私のだ。弾は全部で十発。君の力は私には分からないが、生身で戦うわけにはいかんからな」
「あ、ありがとう」
礼を言いつつそれを受け取ると、藍原は、伊織に背を向けた。
「じゃあ、後は頑張れ。モンスターさえ倒せれば、それでいい。ラスボスなんて気にするな。まあ、ラスボスに銃は効かんかも知れんがな」
藍原の姿が空気に溶け込むように消え去る。






「さて、見せてもらおうかな。伊織透くん。君の力を」
 盛り上がる生徒たちから少し外れた場所で伊織を見る銀髪の男は、にやりと笑う。
高級そうな服装をしているが、そんな服はどうでもいいというように、触ったら塗装が手につくような壁に腕を組んで寄りかかっている。
「あまり羽目をはずし過ぎないでくださいね」
その横で、無機質な声のメイドがそう男に告げた。






 伊織はしばしの間、藍原が消えたその虚空を眺めていたがすぐにその意識は別のものに向けられた。
 背後からの振動。
 地震のような揺れに、伊織は背後を振り返りつつ飛び下がる。
「あれは……」
 アルマジロのような体を持つ、それとは遥にサイズが違うモンスター。
 砂埃の中、堅い甲羅のような背中の皮膚が、しかししなやかに動いているところを見ると、モデルはアルマジロで間違いないようだった。
 だからといって、アルマジロと同じに考える事は出来ないのだが。

「グゥゥウウウオオオオオオオ!!!」

 縦は身長169センチメートルの伊織が四人分かそれ以上、全長で十メートルはあるであろう巨体で、伊織に突進してくる。
伊織は動じず、高く跳躍しその巨体を避ける。
「何だあのジャンプ力」
「本当に市民ランクかよ!?」
 これだけで、生徒がざわめき始める。
 しかし当たり前だがモンスターは動きを止めることなく、見た目よりも軽やかな動きでUターンし、着地した伊織に丸めた体で突進してきた。
 着地した瞬間に、体のバランスを奪われ空中に投げ出された伊織は、しかしいたって冷静に体をくるりとモンスターのほうへ向けた。
 その間にモンスターは、まさかのジャンプで伊織に飛び掛ってくる。
「見た目よりも動くみたいだ、ねっ!」
 そんなモンスターに伊織は銃口を向ける。
 その行動に反応したのは生徒たちだった。
「銃なんかで、倒せるわけないじゃん」と。
 しかし、その予想は大きく外れる。
 伊織は飛び掛ってくるモンスターの脳天に銃弾を放ち、それと同時に紡ぐ。
「反射鏡っ!」
 銃弾を中心に空気に波紋が広がる。
ズゥドォンッッ!!と、それがモンスターの勢いを反射するようにモンスターを地上に跳ね返す。
 即座に展開されていた波紋が消える。
「嘘でしょ!効いたよ!銃」
「まじでかっ」
 生徒たちの反応はざわめきから明らかに興奮に切り替わっている。
 しかしそんな中でも伊織は落としたモンスターを見つめていた。さすがにダメージが大きいのか、すぐには起き上がらなかったがモゾモゾと動いているうちに、モンスターはゆっくりと起き上がる。
「グゥアアアアアアアアアア!!」
 明らかに怒りが混ざった咆哮が広がる。
 また助走をつけながら伊織に突進しようとするモンスターにもう一度銃口を向ける。
 徐々に距離が縮まる。
 それに合わせながら伊織は引き金を引く。

まず一発目。

「結界」

モンスターの周りに半透明の壁が出来る。

続けて二発目。

「結界内で存在を封印」

 モンスターの懐にもぐりこんだ銃弾が爆発し、その煙は結界内に立ちこもる。
「どうなったの……?」
 生徒達の疑問に答えるように、すっと煙が消え。

 モンスターも消えていた。
 あたりは静まり返る。




「勝者、伊織透。これより『生徒会長ラスボス』を配置します」




 静寂を断ち切ったのは、無機質なアナウンスだった。

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