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依代1
伊織透
しおりを挟む朝起きて目を覚まして外に出れば、いつもと変わらない風景が広がる。
緑豊かな自然や、古き良き建物、そして進んだ技術をにおわせる多くのビル。
その道を通るのは、ただの市民に交じり、魔術師や超能力者などが平然と歩いている。
一見すればただのカオスなこの都市は、地球には存在が確認されないが確実に地球に存在するサハラ砂漠の『エリーゼ・フィクス』という場所の中に広がっている『誓寡都市』という都市だ。また、この存在のことを地球の人間は知らないために、『未確認都市』とも呼ばれている。サハラ砂漠は辺りが何もない砂地なのに対し、エリーゼ・フィクスには多くの緑も水も発展した文化も人もいるのだが、それが表の地球人には確認されないというのだから、表の地球人には、UFOやUMAと同じくらい、もしくはそれ以上の稀有な存在といえる。
そんな未確認都市、十二、三年前はこの多人種、多文化都市は、すべてが平等で平和な都市だったという。特別な力など持たない市民も、戦う力を習得することができて、人によっては、魔術師や超能力者に転移することもあった。
しかし、ある時に多くの住民がその平和に不服を持って、この都市方針に反対し平和な平等都市を壊滅させ、人と人とに差が生まれたという。この都市では「格差革命」といわれた歴史である。それによって生まれたのが、今の寡誓都市なのだ。
この都市には、地球の中に存在する国と同じような政治がある。
店もあれば学校も福祉施設もある。まあ、店に関したら魔道書や魔宝石のような普通とは違うようなものも置いてあるが、どれもこれも市民に位置している伊織透には関係のないことだ。
そう、この都市には市民、魔術師、超能力者などが存在し、それぞれの人種にランクとして分かれている。住む土地も、区切りが曖昧ではあるが自然に分かれてしまった。そのため学校も、市民学校、魔術師学校、能力者学校などに分かれていて伊織透は、市民学校の高校二年だ。このように学校やランクが分かれたのも格差革命の影響だという事だから、本当に驚きだ。
また格差革命により、この都市には『共存』が存在しても『共同』は存在しなくなったのだが。
今日は学校が午前中に終わり、すぐに家に帰ることができるというラッキーな日だった。しかもバイトの給料が今日からアップするのだ。が、『今日はいい日だな』と純粋に思えないのは何故だろうか。
思い当たる節はある。
それは、目の前に。
真っ黒いどろりとした―――泥だろうか、そんな感じの材質で形どられている大きな人型が見える。
「キャー!た、助けてぇ!」
伊織の真横を、ショッピング帰りだろうか、女性がブランド店の袋を両脇に抱えたまま走り去る。
一人だけではない。
大人も、子供も、伊織の前方から後方へと逃げ惑う。
この都市には、簡単に言うと『ナラズモノ』と呼ばれるモンスターのようなものが存在する。寡誓都市は地球に存在しつつ、地球には認識されない都市だ。故に、地球に存在しにくい生き物が生き残るために寡誓都市に流れ込んでくる。例に挙げれば、地球では確認されなくなった河童やツチノコなどが寡誓都市には存在するわけだ。しかし、人に無害なものだけが流れ込んでくるわけではない。人に害を与えるナラズモノが当然ながら存在する。チュパカブラとか、ピクシーとか、ゴーストとか。挙げてみれば名前のないものもいるが、こういったものが地球では有象無象に生み出される。地球で生まれ、地球では生きづらいからと、地球の目がない地球の土地に流れ込んでくる………まったく勝手な事だ。
このナラズモノを撃退するにあたり有力になるのが、力を持つ魔術師や超能力のランクを持つ者だ。そのため、大人であろうと学生であろうとこのランクを持つものは、ナラズモノを見つけたら撃退する義務がある。市民は、銃の所持を認められているがナラズモノとの対戦権は認められていない。あくまでも護衛用の銃ということだ。魔術師、超能力者のエリアには、ナラズモノの撃退という義務を果たすために市民が多く住むエリアよりもナラズモノが流れ着きやすくなっているそうだ。
しかし、何にでも例外はある。いくら魔術師や超能力者のエリアにナラズモノが現れやすいといっても、市民のエリアに百パーセント、ナラズモノが来ないわけではない。
では、そのエリアに流れ込んでしまったナラズモノは誰が撃退するのか。
その問題を解決するために、魔術師や超能力者で編成された『市民防衛隊』がいるのだが―――。
さて、説明はこのくらいにして。
多くの市民ランクの人間が逃げ惑っているこの状況下に、その『市民防衛隊』が来る気配がない。
それよりも、目の前の泥で作られたナラズモノが徐々に近づいている。もうすでに周りの市民はどこかに非難したらしい。
泥で作られたナラズモノの前には、伊織しかいない。
「出来そこないのゴーレム、か。また地球のエセ魔術師の作り出した失敗作が逃げたのかな」
その声は余裕を感じさせる。
伊織透はただの一般人だ。
魔術が使えるわけでも、超能力が使えるわけでもない、ただの一般市民。
しかし、その本質は。
「せっかくのいい日を、ぶち壊してもらっちゃあ……困るんだよねぇッ!」
伊織の言葉に反応したかのように、ゴーレムの動きが一瞬止まる。
しかしその時間は思いのほか短く、止まったゴーレムは力任せに大きな腕を咆哮にのせ、伊織に向けて振り回した。
対して伊織が行ったのは単純な行動だった。
鞄から、黒光りする銃を取り出し、引き金をゴーレムに向かって二度にわたって引く。
しかしそれは、目の前で暴れる怪物を倒すための行動ではなく。
一つはゴーレムの土で出来た体内に、もう一つはゴーレムの振り回された大きな腕の直前で停止する。
「障壁」
ガキンッ、とゴーレムの勢いが急に止まったせいでゴーレムの肩や腕がなり、後ろに跳ね返される。
否、それはゴーレムが止まったのではなく、ゴーレムの触れた腕の先端――――伊織の放った弾を中心に広がる見えない障壁によって防がれたのだ。
「束縛」
伊織の声と同時、跳ね返された反動で後ろに下がろうとするゴーレムの体がピタリ、と止まる。
ゴーレムは何とか体を動かそうと試行錯誤しているが、それは叶わずただ小さく震えているように見える。
伊織は目の前で動く事の出来ないゴーレムに、もう一度銃弾を打ち込む。
「消えうせろ」
パリンッ!!!!!!
今まで効かなかった銃弾によって、まるでガラスが割れるようにゴーレムの体が、形が、存在が消えてなくなった。
伊織透には、この世界でランク分けされない力を持っている。
故に、それは魔術でも超能力でもない、ランクで区別されない出来損ないの力。
その力は、力の依代を指定する事によって、言葉を具現化する力。
先ほどのゴーレム戦で言えば依代は銃弾だ。ゴーレムの腕に触れた銃弾から障壁が出たのも、ゴーレムの体が動かなくなったのも、そのせいだと言える。
―――。
そんな能力を操る力を持つ伊織は、普通に考えれば絶対に市民ランクでは無い。だが魔術でも超能力でもない出来損ないの力は持っていないに等しいといわれるわけで。
依代昇華。
そんなたいそうな名前がついておきながら、その名は、誰も知らず、認識すらされない。
避難していた市民が出てきたのだろうか、静かだった街にまた、活気のある声が聞こえ始めた。
伊織はまた歩き出す。
自分の力は、存在しないものなのだからあまり使わない。使えないように練習もして、今やっと制御できるようになってきた段階で。
伊織はため息をつきながら、帰路に着いた。
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