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友愛は憎悪へ
05
しおりを挟む翌日すぐにウィリアムの顧問弁護士から連絡が来た。十分な証拠はあるが強要罪・脅迫罪で起訴できるかはわからず、6割は不起訴になるという返事だった。もし不起訴になったら、お互いの両親との関係悪化は避けられないだろう。大手企業の身内の揉め事はメディアの恰好のエサになる。そうなれば悪いことばかりで、状況は良くならない。
俺はウィリアムと話し合い、強要罪での起訴をあきらめインサイダー取引の証拠をみつけ警察を頼らず自分たちで穏便に両親に話し解決することにした。こちらからもインサイダー取引の件を材料に結婚をなかったことにさせるのだ。
とりあえず惜しまれながらもウィリアムの家から出て自分の家に帰宅することにした。そして結婚式はキャンセルした。理由は式場がウィリアムの会社の事業の一部である映画事業で使用することが決まったということにしてある。まるっきり嘘だとすぐにバレてしまうから本当に結婚式を予定していたホテルは撮影に使われるらしい。これもウィリアムの采配だ。しかもホテル側の都合によるキャンセルのため、キャンセル料もかからない。
約一か月ぶりの我が家に安心感を覚える。ソファにだらしなく寝転がると、今までのことが蘇った。彼の家に居た時間はあっという間に過ぎた。最初は逃げることでいっぱいだったからなおさらかもしれない。それから俺は彼に隙間なく愛され続けた。彼は俺の身体を俺よりも知り尽くしている。ウィリアムが俺に触れる優しい手に、最中に浮かべる余裕のない表情。まだ身体に彼が触れた感触が残っている。指で何度も重ねた唇をなぞればより鮮明に蘇る。
無意識に唇を噛んでいた自分に俺は苦笑した。口が寂しいと身体が彼を求めていた。つい最近まで、童貞だったのにすっかりウィリアムに染められてしまった。
絶対に無理だと思っていたリンジーとの結婚もいささか強引だったけれども一時的に延期になった。俺に与えられた束の間の自由。しかしリンジーが中止になった結婚式に騒ぐ前に先手を打たなければ。
ウィリアムに与えられた機会を逃してはいけないと俺は、叔父の身の回りを管理していた使用人に連絡をとった。
◇◇
叔父Rudolf Edkinsの第一秘書と家のメイドに連絡を取って、幸いにもすぐ連絡が返ってきた。秘書とメイドの二人は退職後結婚していたのだ。
会って話すことになりメイドの自宅にほど近い喫茶店で落ち合うことになった。閑静な住宅街にポツンと立っている喫茶店。青地に白で「COFFEE」と描かれた看板がひかっている。ドアの鈴が音をたてた。カウンターには常連なのか老人が一人コーヒーを啜りながら新聞を読んでいる。駆け寄ってきた店員に待ち合わせしていると伝えると一番奥のボックス席に案内された。
橙色のワンピースを着た女性が座っている。彼女だ。顔や手には深いしわが刻まれすっかり髪は白髪になっているが、当時の面影が残っていた。
「お久しぶりですね。イーサン坊ちゃん、すっかり立派になられて」
『お久しぶりです。マリー、突然の連絡だったのにありがとうございます』
俺が来たと立ち上がったマリーを窘めて対面に座る。優し気に笑みを浮かべたマリーは今にも昔話をはじめそうな勢いだ。しかし、他の客が少ないうちに本題に入りたい。
『積もる話もありますが、先に電話で言っていたものを見せてもらってもいいですか?』
「えぇ、もちろん」
俺が切り出すと少し顔を強張らせて傍に置いていたバックからゆっくり取り出した。それは革張りの手帳だった。古く使い込まれた手帳。電話ではマリーの夫リガールのもので祖父の第一秘書の日記だと言っていた。リーガルは五年前亡くなり遺物整理をしていたときに金庫にあったのを見つけたのだとか。マリーは死んだ夫との思い出を振り返ろうとしたのだろうが、日記には恐ろしいことが書かれていた。
手帳をおいたマリーの手は震えている。
『ここで確認しても』
「どうぞ」
マリーに断ってから手帳を開く。日記にはマリーがはったものだろうか、付箋が貼ってある。何枚も。見ればその日の出来事が書かれて日付の入った写真まで貼ってある。付箋のページをひらく。そこには他のページのように写真は貼られていなかったが、当時の取引のことが書かれていた。
”
私は聞いてしまった。プレイルームでビリヤードをしているのはRudolf Edkins(ルードルフ・エドキンズ)とJudd Glancey(ウィリアムの祖父)。私は彼らが話していた内容をすべてここに残す。
思えばあれはいい取引だった。
ずいぶんと儲けさせてもらった。
予想以上に株が値上がりしたからな。
もう規制が厳しくなったから同じ手は使えない。
マダックスがわが社の株を買うという話を聞いたのは偶然だったが本当に運がいい。
プレイルームの前を通った自分は悪くない。扉をしめたことを確認せずに話し始めたお二人がわるい。もしこの話が本当ならば、私はこの事実を墓までもっていかなければならない。
“
他に付箋が貼っている箇所をみるとリーガルが話が本当か裏付けをしたのがわかった。ウィリアムの祖父が俺の祖父が保有する株を大量に買っている。そしてTOB(株式公開買い付け)発表後にマダックスがエドキンズの株を大量購入したことでエドキンズの株価は高騰し、ウィリアムの祖父は利益を得ていた。
残念ながら祖父達の間で行われたお金の行方の記録は見つけられなかったようだが、当時購入していた車や調度品を見るにお金が動いたのは明らかだ。これは証拠になりそうだ。他にもたくさん付箋が貼られている。
『ありがとうマリー。このお礼は必ず』
「あのその、イーサン坊ちゃんとリンジーお嬢様は再来月ご結婚されるのですよね?その…私」
あぁ、リーガルは俺たちの婚約の理由を知ってしまったのだ。そしてこの日記に書き、マリーが見てしまった。
『なにか困ったらここに連絡を』
俺は笑みを浮かべてマリーに名刺を手渡し足早に喫茶店を後にした。彼女はこの日記のせいで結婚がなくなってしまうのではと危惧している。もちろん結婚はしない。時期にニュースで報道され、彼女は心を痛めることになるだろう。今でさえ俺を心配していた。しかし、彼女は日記をみた五年前に俺にこの日記を見せるべきだったのだ。
そしたらまたお互いに傷は浅かったはずだ。
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更新停止中なんですね😢
読みやすいし、とても面白いし続きを楽しみに待っています。
ウィリアムのイーサンへの執着がいい感じ。
ヤンデレなら鎖に繋ぐ…な訳じゃなくどこまでも優しいウィリアム😊
イーサンじゃなくても絆されますね。
また書いて貰えるのを楽しみにしています😊