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第6章 大魔導士ウィスターナ

6-8 ヘブンス、帰宅

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 やっと終わった。
 彼女を殺したと言っても過言ではない憎き国王をやっと国政から退けることができた。

 彼女が死んだ当初、何もするつもりはなかった。
 彼女を追い詰めた陛下がただ憎かったが、かと言って彼女を助ける力が当時の自分にはなかった。
 無力さに打ちのめされながら、不慮の事故だと自分を無理やり納得させ、彼女の死を悼んでいただけだった。

 ところが陛下が即位後に魔導士を愛妾にし始めたとき、これ以上彼女のような犠牲者を出してはならないと、憎悪から策略を巡らし始めた。

 問題は山積みだった。
 魔導士への恐れと、長年問題なく運用されていた宣誓制度への信頼。
 それを根本から変えるためには、人々の常識や考えも変える必要があった。
 すぐに一人では無理だと察して、味方を増やすことに邁進した。

 まず陛下の被害者が女性の魔導士だったので、私自身が関与しやすいように学校の組織の一員となった。

 それから大魔導士がなぜ亡くなったのか、皆に知ってもらう必要があった。
 彼女の無念の死を通して、この国と陛下の問題を察して欲しかった。
 だから、私は手記を通して彼女が亡くなるまでの日々を公開した。
 より関心を持ってもらうために自分の悲恋を大袈裟に演出してまで。

 魔導士の中でも宣誓に不満を持つ者がいたが、個人では国に訴えても太刀打ちできない。
 大魔導士だって敵わない相手には、集団で立ち向かうしかないと考えた。
 大魔導士との共同研究のおかげで、私の魔導士としての評価は元々高く、学校内で早々に校長の地位を得ることに成功した。
 その立場を利用して、労働組合を設立し、人脈を徐々に増やしていった。

 宣誓以外でも魔導士の管理制度が存在すると知らせるために、交換留学を通して他国のやり方に度々触れるようにした。

 王宮でも味方が必要だった。
 だから王妃に近づいた。
 彼女は公爵家の令嬢から妃になった生まれながらの貴族。
 家の繁栄のために王子を後継ぎにする目的があった。
 ところが、陛下が愛妾を多く召し抱え、優秀な子どもを欲していた。
 正妃が産んだ正統な子がいたが、陛下は王太子としていつまでも指名しなかった。
 それが彼女に不安を与えていた。そこに私はつけ込んだ。

 王妃の二人の子を私の弟子にし、経歴に箔をつけた。
 私は大魔導士の唯一の弟子だから、それを上手く有効活用した。
 また、陛下の愛妾を増やしたくない点も王妃と同じだった。
 なるべく優秀な女性を存在を陛下の耳に入らないように苦慮していた。
 高等部への進学を希望したが、愛妾にはなりたくない優秀な女性に対して、他国への留学を勧めたこともあった。

 根本的な問題だった宣誓を変えるべく、王妃の協力も得て、議員である貴族たちに根回しを済ませていた。

 タイミングよく商会ギルドから嘆願書が王宮に届いたのも、私が関与したことだった。
 実はミーナが以前魔物から助けた商会ギルドの一員は、会長の親族だった。
 礼をしたいと言っていた彼らに優秀な魔導士が表に出ない現状を説明すると、会長も思うところがあったのか協力を買って出てくれ、議案を仄めかすと足並みを揃えて抗議すると約束してくれた。

 ミーナの存在が陛下にバレて急いでいた。
 ところが、魔導法改正の議案を議会に提出した矢先、厄災が発生したのは完全に予想外だった。
 しかも、ミーナのように私も死の原因となった厄災のよって、異常なほどの恐怖に襲われていた。
 彼女がさっさと対処してくれなかったら、情けない姿を晒していただろう。

 一悶着あったが、計画の準備が万全だったので、ミーナが大魔導士として活躍しても陛下から守れる自信があった。

 そして、今日の日を迎えられた。

 本当に陛下は魔導のことになると、同化のように愚か者に成り下がっていた。
 今まで通常の政務をこなして得た実績が台無しになるほどに。

 多くの愛妾を囲むのは、まだ跡取り問題と女好きという理由で見過ごされていた。
 だが、無理やり大魔導士を娶る行為は、あからさまに道理に外れていて、周囲から顰蹙を買うだけだった。

 他の国からも抗議文が届いたのは期待以上だった。
 自分の手記を他国にも販売していたのも我が国の問題を知るきっかけの一つになっていたと思うが、その事実や彼女の偉大な功績だけでは他人を動かせなかった。

 きっと彼女が生前他国に足を伸ばしたとき、困っていた老人を助けていたに違いない。
 その善意の積み重ねが、彼女が他国の民衆に好かれる大きな理由になっていたのだろう。

 ミーナの手を握りながら、感慨に耽っていたら、ラクシル王子が移動して私たちの方へ近づいてきた。
 彼は彼女の前に立っていた。

「名前をミーナと言ったか。私は王子のラクシルと言う。厄災から我が国を守ってくれたと聞いている。父上に代わり、国の代表として感謝する」
「え? あっはい」

 彼女が困ったように私に視線を送ってきた。
 昔から彼女はこうした貴族の儀礼的なやりとりを苦手としていた。
 察して彼女の手を掴んだまま立ち上がって起立を促し、二人並んで殿下に丁寧に一礼した。

「弟子へのお礼のお言葉、まことに恐縮でございます。ですが、我々は議会に出席するまで牢屋におりましたので、これから帰宅してもよろしいでしょうか」
「重ね重ね父上が申し訳なかった。今後の予定は遣いを送って知らせるから、ゆっくり休んで欲しい。そちらも何かあったら相談してほしい」

 思えば、陛下は彼女に礼の一つも言っていなかった。
 王子の言葉が身に染みるようだ。

「殿下のお気遣い、痛み入ります」
「うむ、其方たち、今日はご苦労だった」

 ラクシル殿下はそのあと他の貴族たちにも挨拶回りをしていた。
 陛下のせいで評判が落ちたリーカイド国を立て直す必要があるからだ。
 陛下が即位できたのは有力貴族出身の前王妃の後見のおかげだったが、彼は甘やかされて育ったせいか自分の地位を守る努力を一切してこなかった。

 彼はそのせいで自分に尻尾を振る下級貴族ばかり重用し、苦言を呈する高位の貴族たちに配慮しなくなっていた。
 普通に仕事をするだけでは、貴族たちは味方にはなってくれない。
 自分の意見を優位にするには、周囲への根回しや説得、また交渉が必要だったが、彼は有力者に対して何もしていなかった。

 それが今回の議決にも影響が出て、陛下ではなく王妃が勝つ結果になった。

 今度ラクシル殿下は即位に対して助けられた彼らの顔を立てる必要がある。
 それを殿下は理解していた。
 今まで王太子として擁立されなかった厳しい環境が、殿下にとって良い勉強になったようだ。

「ミーナ、帰りましょう」
「うん」

 私はミーナの手を引き、会場を出ていく。その間、彼女は大人しくついてきてくれた。

 私は彼女とは違って転移の魔導は苦手なので、馬車の手配を王宮仕えの者に依頼する。
 待っている時間が暇だろうから彼女に先に帰っていてもよいと伝えても、彼女は首を横に振って私の傍にいてくれた。

 馬車に乗った途端、彼女は周囲に結界を張り、根掘り葉掘りと事情を尋ねてきた。
 正直に全部説明すると、彼女は目を丸くしていた。

 彼女に事前に伝えなかったのは、彼女は感情が顔に出やすいためだ。
 彼女の素直な点は美徳だが、陛下に疑われては、計画に支障が出る恐れがあった。

「マルクが校長になったのも、あんなに忙しかったのも、全部議会で法改正を行う準備をしていたからなのね」
「はい」

 ミーナはしみじみと感嘆の声を漏らしていた。

「やっぱりマルクってすごいわよね。きっとあなたじゃなきゃ、成し得なかった偉業だと思うわよ。本当にありがとう」
「厄災から国をあっさりと救ったあなたの行いも偉業レベルですよ」

 お互いに顔を見合わせて微笑んだ。

「はー、それにしても、これからどうしよう? 宣誓がなくなったなら、別に下級魔導士を目指さなくてもよくなったのよね。せっかく友人もできて楽しく過ごしていたから、彼女たちとさよならするのは残念だわ。でも、もう大魔導士だと知られたなら、普通に通えないよね」
「学友たちもあなたの事情は察してくれるでしょう」

 しょんぼりしている。
 彼女の言うとおり、友人との別離は必然だった。
 ならば、何か彼女が元気になるような話題を出そうと考えた。

「良かったら、また以前のように私と共同で研究をしませんか? 問題が片付いたので校長は辞めるつもりなんです」
「え、本当!?」

 彼女の表情が一瞬で歓喜に変わる。
 彼女も私の提案に歓迎のようだった。
 でも、それはすぐに打ち消された。何かを思い出したように気まずそうに顔を曇らせる。

「……あの、ごめんね。遠慮しておくわ」

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