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第5章 兄弟子

5-2 男の面影

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「ええ!?」
「一体どうして!?」

「えーと、私の実技試験が結構速かったからって聞いたよ? でも、他がちょっと未熟すぎて放置できないからって弟子入りの話があったの」

 一応、そういう建前で彼の弟子になっている。
 実技だけは下手さを演技できなくて、すんなりこなしていた。

「そっかー。確かに実技の成績は、ミーナは優秀だよね」
「うっかり魔導を発動しちゃう場合があるから、家族が魔導士じゃないと大変みたいだよね」

 先日、高等部でそのうっかりがあって火災があったばかりだ。
 みんな納得してくれたらしく、うなずいている。

「それで、校長先生の弟子って、一体何をやっているの?」
「え? その、今は学校の勉強が優先ってことで、そこまでは」
「そっかー。入ったばかりだもんね」

「あの、それでね。弟子のことは知られたくないから、内緒にしてもらってもいいかな?」

 私のお願いにみんなは不思議そうに目を瞬かせる。

「うん、いいけど……。でも、どうして内緒にしたいの?」
「あっ、わたし知ってる。お母さんが言ってたもの。女の子は魔導士として優秀だと、王様の愛人にされちゃうんでしょう? 特に大魔導士様と同じ黒髪の子が好みで、今の愛人も黒髪の女性らしいよ。校長先生の弟子ならなおさら目立って大変だよね」

 急に国王の名前が出てくるから、ギョッと驚いてしまった。
 みんなも知っていたけど、口に出すのは憚っていた感じだった。
 でも、この一人の発言がきっかけになったみたいだ。

「早くあの宣誓制度が変わればいいのにね」
「そうそう、アレのせいで国に逆らえないらしいね」
「うちの国だけみたいよ。いまだにそんな風に魔導士を押さえつけているのって」
「えー、そうなんだー」

 みんなの口々から不満が溢れていた。

 そうか。広く知られているのに未だに何も改善されていないんだ。

 魔導士って、今は国にとって道具と変わらないんだね。
 そもそも昔は違ったんだよね。魔導士ってだけで恐れられるから、脅威ではなく信頼の証として、魔導士から国に忠誠を示すために宣誓したんだ。
 国も魔導士に敬意を払ってくれたのに。
 その関係は、今の国王のせいで壊れた。

 魔導士は暮らしを豊かにする素敵な仕事だと思っていたのに。
 頑張った末にお偉い方の愛人って、私には理解できない。
 優秀な魔導士ってだけで社会的に評価されるのにね。
 しかも、今の愛人も黒髪なんだ。ざらざらとした感じの悪い感情が胸にたまっていく。

「……うん。だから、弟子の件は内緒でお願いね」

 小声で懇願すると、みんな深刻な顔で黙って了承してくれた。

 ハッ、もしかしてマルクの好きな黒薔薇の人も黒髪で、国王の愛人になってしまったのかしら?
 それなら辻褄が合うわ。既に人妻か故人って条件に。

「おはよう~!」

 考え込んでいたら、他に登校して来た子がクラスに入ってきた。

「おはよう! ねぇ聞いてよ!」

 みんなの会話が再び校外授業の件に戻っていった。



 §



 それから何事もなく平穏に放課後になり、マルクに呼ばれたので校長室に行くと、彼以外にも人がいた。
 なんと、彼の傍に立っていたのは、今日教室で見かけた男だ。
 わざわざ初等部のクラスを訪ねてきて、私を探していた。

 男の面影は、私の苦手な男——若き国王にそっくりだった。たぶん血縁者。息子だろうか。
 なぜ、ここにいるの?

「君がミーナか? 私は君の兄弟子のリスダムだ」

 相手は友好的な表情をして声をかけてくる。
 あの男とは別人だと理解しているけど、あまりにも似ている。
 脳裏に嫌な記憶が否応なしに甦ってくる。
 胸が苦しくなって体が強張り、今までのように動けなくなる。自分でも驚くくらい狼狽していた。

「先ほど、初等部にいただろう? どうして名乗らなかったんだ?」

 男が怪訝な顔を浮かべていた。

 マルクに呼ばれたから来たけど、校外授業の件で魔物について尋ねたかったから私も彼に用があった。
 でも、今はこの目の前にいる男はいるせいで、それどころではない。

 吐き気がする。忘れていたはずの、どす黒い感情が、戻ってくる。

 前世で死ぬ直前まで私が正気を失うくらい酒を浴びるように飲んだのは、現実を見たくなかったからだ。
 目を閉じたら、もう二度と目を開けたくないと願うほどだった。
 生まれ変わっても同じ悪夢が続いているなんて、どんな罰なんだろう。

「ミーナ、どうしましたか?」

 マルクが黙ったままでいる私を訝しんでいる。
 でも、答えられるほど余裕がなかった。

 嫌悪感が膨れ上がっていく。これ以上ここにいたらヤバイ。
 爆発して手遅れになる前に部屋を出ようと数歩後ろに下がったときだ。

「待て」

 男がいきなり私に近づいてくる。手まで伸ばしてきた。
 その動きはゆっくりだったけど、近づかれただけでゾワっと拒否感がきた。

「止めて!」

 思わず悲鳴を上げ、近づいてきた彼の手を払いのける。
 相手が驚いた顔をしていたけど、なりふり構わず今度こそ逃げ出していた。

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