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第5章 兄弟子

5―1 校外授業の一週間前

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 カーズ先生が滞在してから一週間が経っていた。
 頑張って早起きするようになり、彼らと食卓で顔を会わす機会が増えた。
 と言っても、起床時間が早すぎると食欲がないのは変わらないので、水だけちびちびと飲んでいる状態だけど。

「……カーズが来たから、ミーナは起きるようになったんですか?」

 マルクからこの世の終わりのような顔で質問された。
 前世で彼が散々注意しても私の寝起きの悪さは一向に改善しなかったのに、カーズ先生が来てから治ったと勘違いしたみたいだ。

「違うよ。マルクとせっかく再会できたのに、ほとんど会話できる時間がないから、頑張って起きただけだよ。ほら言ったでしょう? マルクだけに無理をさせたくないって」

 意思疎通は重要だ。
 特に私は前世を思い出してから間もないから、まだ世の中の現状をきちんと把握しきれていない。
 彼と会えない時間が少ないせいで、何も分からなくて、彼にばかり負担をかけたくなかった。

 だから、彼が忙しい分、私が時間を融通した方がいいと考えたの。
 高度な魔導の会話もできるしね。

「ありがとうございます。そんな風に気にかけてくれて感無量です」

 マルクは感極まったように手で口元まで押さえている。

「もうマルクったら言い過ぎよ」
「あなたからの好意が、私には嬉しくてたまらないのです」

 前世でよほど塩対応だったせいか、マルクの反応が大げさな気がする。
 彼から後光が差しているみたいにキラキラしている。

「あー、この甘ったるいやりとりは、どこまで続くのかな」

 カーズ先生が胃もたれしてそうな顔でぐったりしている。
 甘いと皮肉られたけど、私たちにそんな要素はどこにもないから、彼の具合が悪いだけじゃないのかしら。
 
「調子が悪いなら、詳しく診てあげるわよ?」
「どうしてそうなるかな!?」
「まぁ、いつもどおりです」

 時々、彼らにしか分からない会話をするのよね。
 まぁ、初めはいがみ合っていた二人の仲が良くなったみたいだから、良しとするわ。



 §



 いつもマルクたち先生は、私よりも早く出かける。
 遅れて一人で登校したら、教室にいた男女五人の同級生たちの表情が明らかに暗かった。
 私よりも幼くて可愛らしい顔が、揃ってしょんぼりしている。

「みんなおはよう! どうしたの? 元気ないように見えるけど」
「それがさ、大変なんだよ! 校外授業がなくなるかもしれないんだって!」

 一人の男子生徒が、すかさず答えてくれた。

 クラスには、貴族など色んな家系の子が混ざっているけど、学校内では生徒同士は対等だと校則で定められているので、先生以外には基本敬語は使わない。
 マルクが校長になってから変わった規則みたいね。

 魔導の素質があれば、出身にかかわらず同じ職場で働く可能性がある。
 それを察して、あからさまに身分を笠に着る人はいなかった。

「どうしてなの?」

 楽しみにしていただけに残念な知らせをすぐに信じられなかった。

「それがさ、急に魔物が出るようになったらしいんだ。だから今、兵隊と魔導士がそこに行って調べているんだって。僕の家族が王宮で働いているから教えてくれたんだ」
「そっかー」

 魔物くらいこっそり退治しちゃえばいいのかな。
 そう考えていたら、新たに教室に誰かが入ってきた。

 知らない男だった。
 年は私より少し上に見える。
 制服を着ているので生徒のようだ。
 でも、顔が嫌いな奴によく似ていたので、生理的に苦手な感じだった。
 頭は茶髪だけど、よく見ればまつ毛と眉毛が金髪なので、染めているのがバレバレだ。
 金色は、王族特有の色だ。
 胸騒ぎのように気持ちがざらつく。

「ここにヘブンス先生の弟子がいると聞いたが本当か?」

 教室は一瞬でシーンとなった。みんな顔を見合わせる。

「知らないでーす」
「分かりませーん」

 黙っていればやり過ごせるようだ。
 無視するのも悪いが、正直よく人柄の分からない王族の彼と関わりたくないので、口を噤んでいた。

「年は十六で、名前はミーナと聞いている」

 えっ、そこまで情報が漏れているの?

 みんな一斉に私を見た。
 なぜなら、この初等部一年の中で十六歳のミーナは私しかいないからだ。
 でも、その目は疑心暗鬼に満ちていた。

「でもさー」
「……うん」
「ちょっとあり得ないよねー」

 私はほぼ毎日何かしら躓いて筆箱や鞄の中身をまき散らしているから、信用が全くなかった。

 みんなの突っ込みに苦笑いするしかない。

「多分、ここにはいないと思うよ」

 クラスメイトがそう答えると、訪問者は「そうか」と言ってすぐに消えていった。
 見えなくなった途端、どっと力が抜ける。
 安堵のため息をつくほど緊張していた。

「って答えたけど、本当に違うんだよね?」
「うーん、実はその、本当だったりするんだけど……」

 友だちに嘘をつくのは心苦しいから、躊躇しながらも正直に答えた。
 すると、みんな後ずさるくらい驚いていた。

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