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第4章 元下僕

4-10 恩返し

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「ごめんね、色々と誤解して。むしろ会いに行ったら嫌がられるくらい思っていたのよ」
「あーそうだよな、そんな態度だったよな俺」

 カーズ先生がしょんぼりと首を垂れた。

 あのとき、絶対私を殺してやるって、凄まじい殺意だったのよ。まさか勝手に誤解が解けているなんて考えられなかった。

「無視もごめんね。あなたも気づいているとおり、大魔導士だってことは隠しているの」
「それもおかしいと思ったんだよ。なぜ校長の弟子になったんだ? 隠したいなら、余計目立つだろう? だから、校長に何か脅されて無理やり弟子にさせて、襲われているのかと心配していたんだぞ?」

 余計に目立っている。そう改めて指摘されて、自分の見込みが甘かったと思わずにいられなかった。

「校長の弟子については目立つんじゃないかと、私も懸念はしていたの」

 チラリとマルクを見ると、彼はいつの間にか部屋を完全に元通りにしていた。

「でも、彼女はうっかりなので、つい普通ではないことをしてしまうんですよ。中途の入学試験の結果もそうですし、図書館での出来事も。それをフォローしやすいように師弟関係を結んだんです。私の弟子なら、彼女の優秀さを誤魔化せると思ったのですが」

 マルクが説明を引き継いで話してくれた。

「彼女が大魔導士だと分かった決定打はなんだったんですか?」

「俺の気配に気づいたのと、エルフィン語を理解した点だ。あと、校長の手記に書いてあっただろう? 彼女が生まれ変わることを祈っていると。俺もずっと待っていた」

 二人が見つめ合う。しばらく言葉なく。でも、彼らの視線が、何かを訴えるようにお互いに視線を向ける。どちらも動じることはなかった。

 やがて、マルクが視線を逸らして、クローゼットらしき扉に向かう。

「私も着替えるので、二人は先に食堂に向かってください」

 そう言われたので、素直に部屋を出た。
 ところが、廊下に出て食堂に向かおうとした途端、カーズ先生がいきなり私の行き先を塞ぐように膝をつき、床に手をついて頭を下げていた。

「その、今まですまなかった! ずっと大魔導士様に謝罪とお礼を言いたかった! 助けてくれてありがとうございました!」
「あの、正直に言うと、あの組織に腹を立てて勝手にやったことだから、気にしなくていいのよ。そこまで重く受け止められると、私も困るわ」
「いいや! 恩知らずになりたくないから、是非ともあなたの元で働かせてくれ!」

 どうやら彼には何か信義があるらしい。
 決して私の言葉に流される様子はなかった。ずっと頭を下げている。

「そんなこと言われても。あっ、そういえば妹さんは元気なの?」

 都合が悪くなったので慌てて話題を逸らした。

「妹は、去年亡くなった」
「そんな……」
「いや、妹は俺とは違って魔導士の資質はなかったから一般人だったんだ。老衰だ。大勢の家族に囲まれて大往生だったらしい。俺も葬式に行ったけど、安らかな死に顔だった。この幸せも全部、大魔導士様のおかげなんだ!」

 あら、話題を変えたはずなのに戻ってしまったわ!

「それなら、あなたにさっそくやってもらいたいことがあります」

 マルクがドアを開けて出てきた。
 早い。もういつものスーツ姿に変わっている。髪型もすっかり決まっているわ。

「俺、校長先生には用はないんだけど」

 突然会話に入ってきたマルクをカーズ先生が顔を顰めて見ている。

「もちろん、彼女のためです」
「なら、なんだってやるぜ。とりあえず、しばらく俺もここで世話になるわ。大魔導士様が心配だしな」
「まぁ、打ち合わせも必要ですから構いませんが、用が済んだら早期のお引き取り願いします」
「意外にしょっぱいな、校長」
「正直、邪魔ですから。馬に蹴られますよ」
「俺には蹴られる要素はねぇよ。亡くなったカミさん一筋だしな」
「カーズ先生はとても好感の持てる人ですね。好きなだけご滞在ください」

 マルクは手のひらを返したようにカーズ先生に対して友好的になった。
 なるほど一途仲間ってことね!
 相性が悪かったのか二人の間にずっと火花が散っていたみたいだけど、すっかり意気投合したみたいで良かった。

 今朝の食事はマルクもいたし、カーズ先生もいたから、賑やかで楽しかった。
 やっぱり一人で食べるより、ずっといい。
 マルクは無理しなくいいって言っていたけど、少しは早起きを頑張ろうと思った。

 でも、平穏な雰囲気がカーズ先生から出たある話題で打ち消されてしまった。

「そういや、王宮から高等部に問い合わせがあったぞ。ヘブンス校長の弟子について。そんな生徒はいないって回答したけど、本当にこのまま師弟関係を続けて大丈夫なのか? あの国王、才能ある魔導士の女を愛妾にしまくっているだろう?」
「えっ、それってどういうことなの?」
「ほら、前に図書館で言っただろう? 俺の故郷では宣誓がないから、女子に人気だって。あれって国王の異常さを女の魔導士が嫌がっているからだよ。この国で高等部にいたら陛下に狙われるから女子だけ極端にいないんだぜ」

 突然こめかみを殴られたように、頭が真っ白になった。
 思わずマルクに視線を送ると、彼は沈痛な面持ちで首肯していた。

「不安はあると思いますが、あなたは私が守ります。絶対に」
「うん……」

 まだこの国は自分勝手な王のせいで、苦しんでいる者がいる。それを知って、暗澹とした気分が胸の中でとぐろを巻いた。
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