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第4章 元下僕

4ー7 殺意

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「どうして? 寝ている最中のことを心配しているなら大丈夫よ。彼に破られないくらいの結界なら、私でも張れるから」

 隣に座るマルクの多忙さを知っているから、これ以上は世話になりにくかった。

 ところが、マルクは呆れたような視線を向けてきた。

「そんなことをしたら、あなたが大魔導士だって宣伝しているようなものじゃないですか。感度の良い魔導士なら、気づくかもしれません。そうなれば、カーズ先生以外にもあなたの存在を知られてしまいます」
「あう」
「起きているときは最強でも、寝ているあなたは、その、すごく無防備ですから、私が守ります」
「あう」

 前世でも散々寝ている間にやらかしたわね。
 私はかなり寝ぎたなくて、起こしてもらうためにマルクに苦労をいつもかけていた。
 ベッドの上で布団に包まっている私を起こすために彼によって最終手段として何度もベッドから落とされたのよ。

 声を普通に掛けられている間に起きればいいだけなのに、当時の私は腹を立てて報復して、マルクを魔導で天井から逆さに吊るしていたわ。

「八つ当たりは、感情的な恥ずかしい行為じゃなかったんですか!?」

 そう突っ込みを入れられたわね。しかも、彼も彼で魔導でやり返してきたから、凄まじい喧嘩になって、朝っぱらから寝室が戦場になっていたわね。

 当時は本当にごめんなさい。

「よ、よろしくお願いします」

 今も寝起きが弱くて全く言い返せない。素直に彼の協力を仰ぐしかなかった。

 隣にいる彼は、仕事帰りだからスーツのままだ。
 きちんと仕立てたのか彼の体のラインにピッタリ合っている。
 姿勢や体つきも立派で、貴族の人間らしい高貴な雰囲気を感じる。
 ラフな格好の彼をこの家に来てから、全然見たことがない気がする。

 一方で、私はこんな寝間着姿なのに、彼は全然動じていない。
 前世でも似たような格好でマルクの前にいたから大丈夫かと思ってガウンを羽織らずいたけど、本当に気にしていないみたい。
 それだけではなく、マルクは私と同じベッドに一緒に寝ても問題ないらしい。

 マルクは本当に黒薔薇の人以外に興味がないのね。
 一途という看板には、嘘偽りなくて、しみじみ感心する。

「それではベッドを私の部屋に移動させましょうか」
「あっ、なるほどベッドを移動するつもりだったのね」

 やだ、同じベッドに一緒に寝るものだと誤解していたわ。
 私の呟きを聞いた彼は、意外そうにまじまじと私を見ていた。

「……もしかして、一緒にベッドで寝るつもりだったんですか?」

 やだ、そんなに食い入るように見つめないでよ。自分の勘違いが恥ずかしいじゃない。

「うん、でも」
「じゃあ、そうしましょう」

 私が最後まで言う前にマルクがやたら強引に同衾を勧めてきた気がした。

「いやいやダメよ。私の寝相が悪いのを知っているでしょ? マルクはそうでなくても休息が必要なんだから、ベッドは別にするべきだわ」
「私と一緒に寝ることを嫌がらないところがいいですね」
「だってマルクなら何も問題ないでしょ?」

 にっこり笑って信頼を伝えると、彼は口元を押さえて、黙ってしまった。

「その笑顔で、その台詞は、威力ありすぎではないですか」

 一体何を言っているのか、意味が分からなかった。
 でも、苦渋というより、真っ赤になって苦悶の顔を彼が浮かべているので、どうやら彼はすごく疲れているようだ。

「大丈夫? ごめんね。マルクはすごく忙しくて疲れているのに私のフォローまでさせてしまって」
「こういうときは、謝るより、お礼を言われる方が嬉しいですよ」
「そっか、ありがとうマルク」

 感謝の気持ちがもっと伝わるように、彼の背中に腕を回して、ぎゅっと彼を抱きしめた。

 まだマルクと触れ合うのは慣れなくて緊張するから、いつもよりドキドキする。
 でも、マルクが家族として大事にしてくれるんだから、私もこうやってどんどん抱きしめて慣れないとね。

「あの」
「マルク、いつも本当に感謝しているよ。ありがとう。でも、マルクも自分を大切にしてね」

 背中をポンポンと優しくたたくと、彼からもぎゅっと抱き返された。
 あっ嬉しいなと思ったのは一瞬だった。やたら気持ちが籠っているというか、熱烈な抱擁で苦しくなってきた。

「ちょ、ちょっと」

 あまりの力の入れ具合に危機感を覚えて彼を見上げると、どういう訳か彼は思い詰めたような顔で私を見ていた。
 あっと思ったときには、体がベッドに倒されていた。彼が覆いかぶさった状態で。

 目と鼻の先にマルクの顔があった。思わず息をのんだ。
 まっすぐに私を見るマルクはすごく泣きそうな顔をしている。
 何かを我慢するような、張り詰めた感情をひしひしと感じる。

 彼の意外な反応を初めて見て、すごく落ち着かなくなる。

「どうして、あなたは」

 彼が低い切ない声で何か言いかけたとき、窓ガラスからミシッと軋むような音が聞こえてきた。
 それだけではない。ゾッとするような殺気まで飛んできた。
 マルクと一緒で気が緩みきっていたけど、緊張感が瞬時に戻ってきた。

 反射的にマルクが飛び跳ねるように起き上がり、音がした窓を睨みつける。

「見てきます」

 窓に向かう彼はいつもどおりの様子だった。私も異変が気になってついていく。
 彼がレースの薄いカーテンを開けてガラスを見る。すぐに異変に気がついた。
 透明なガラスの一部にヒビが入っていたから。
 外から中にかけて、何か当たったような跡があった。

「一体、何がぶつかったの?」

 この窓はベランダに面している。
 外に出て、三階の高さから眼下の様子を見渡すと、地上の広い芝生の上に一人誰かいた。
 夜で明かりがなくとも、暗視魔導で確認できる。
 その人と目が合ったと思ったら、相手はすぐに消え去った。それほど速い移動速度だった。

「さっきいたよ、彼が。こっち見ていた」

 侵入者は、カーズ先生だった。

 やはり狙われている。
 しかも、あんな露骨な殺意まで向けられた。
 彼からの殺害予告としか思えない。
 恐らく、彼は私が表立って大魔導士として行動できないと確信している。
 わざわざ接触して大魔導士かと確認してきた理由は、私がどう反応するか見定めるためだ。
 憎い仇を簡単に殺さず、じわじわと怯えさせて始末するつもりなんだろう。

 割れたガラス窓を直したあと、マルクの部屋にベッドを魔導でサクッと移動させた。

「並んだ二つのベッドを見ると、まるで新婚の部屋みたいですね」
「兄妹部屋の間違いじゃない?」

 彼がまるで残念なものを見る目を向けてくる。
 お菓子の袋にまだ残っている感触があってウキウキしながら取り出したら、それがゴミだったときの顔に似ている。

 いつもなら何か反応していたけど、普段よりも夜更かしして眠くて、上手く頭が回らず言葉が浮かばなかった。
 もう起きているのが限界に近かったので、そそくさと布団に包まった。

「じゃあ、あとはよろしくねぐぅ」
「寝るの早すぎじゃないですか」

 寝入りばな、そんな彼の呆れた呟きを聞いた気がした。
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