25 / 49
第4章 元下僕
4ー3 ヘブンス、王宮にて1
しおりを挟む
王宮は虚構でできている。
私——ヘブンス・サクスヘルは、富と権力で煌びやかに飾られた建造物に来るたびに感じる。
ここに住む者の多くは、自分が尊い存在だと信じて疑わない。
ただ運よく王族に生まれたから、人々に傅かれているだけなのに。
特にこの国の王が、その愚者の頂点にも君臨しているから救いようがない。
「ヘブンス。あなた弟子をとったそうじゃない。ミーナという十六歳の女性だとか。今度はどんな子なの?」
王妃ベルダがワインを飲みながら話しかけてくる。
随分と楽しげだ。
真っ赤に塗られた彼女の唇が弧を描く。
彼女の魔導の資格は上級だが、資質は高いと聞く。
実際の年齢は四十半ばだが、それよりはひと回りは若く見える。
今日は王妃から食事に呼ばれて王宮に来ていた。
彼女の息子である王子が私に会いたがっているという名目だったが、これが本来の目的だったようだ。
ミーナを弟子として国に届けてから一ヶ月経ち、誰にも話していなかったが、書類を受理した誰かから王妃の耳に入ったようだ。
いつかはバレると思っていたが、意外に早かった。
「学校に入学したばかりの手がかかる生徒です。資質は高そうですが、不安定さもあったので、私が面倒をみることにしました」
まぁ、そういう建前にしている。
「あら、そうなの。あなたが弟子を、特に女性をとるなんて珍しいから、陛下が気にされていたのよ。今度、私も会ってみたいわ」
彼女はそう言って紫の瞳を細めて意味深に私を見つめる。
彼女の夫である国王陛下の魔導への執着が異常なことは、広く知られている。
有能な魔導士の女性たちを陛下は自分の愛妾として召し抱えている。
高い魔導の資質を持つ子を求めているからだ。
三年経っても孕まない女を捨てては、さらにまた新しい女を囲っている。
愛妾で王の子を産んだ者は何人かいるが、魔導に長けた子は一人だけ。
その男子を産んだ女性を陛下は最初から気に入っていた。
他の女とは違い、三年以上も子を孕まなくても決して解放しなかった。
王妃よりも足繁く彼女の離宮に通って寵愛している。
黒い髪と瞳を持つ彼女によく似た女性を。
王妃としても、私の弟子になるくらい有能な女に陛下が興味を持ったから、さらに厄介な愛妾が増えるのを警戒しているのだろう。
「恐れながら、弟子は未熟な庶民ですので、国王陛下の御前に上げられるほどの礼儀作法を知りません。王妃殿下にも不快な思いをさせてしまいます。また、彼女は目立つことも出世も望んでおりません。状況が落ち着いたら、師弟関係は解消するつもりです」
陛下の犠牲には、二度とさせるつもりはなかった。
「そう、それなら仕方がないわね。そっとしておきましょう」
私の弟子が王妃の脅威にならないと理解されたおかげか、彼女はあっさりと引き下がった。
「母上がダメでも私ならいいですよね? なにせ私は兄弟子ですし」
黙って話を聞いていたリスダム第二王子が口を開く。
一昨年前まで、彼を私の弟子として世話していた。
ちなみに彼の兄の第一王子も私の弟子だった。
彼らの魔導は幸いにも父に似ず、若くして初段の魔導の資格を持つほど優秀で、国軍の魔導団長として活躍している。
彼は両親譲りの美しく長い金髪を優雅にかき上げ、二十歳の若々しい面差しをこちらに向けている。
その目は好奇心に溢れていた。彼も私の弟子に興味があるらしい。
だが王子、お前もダメだ。若くて、彼女と年が近い。
しかも、彼は人懐っこくて親しみやすい。
今の割と気さくな彼女なら、あっという間に仲良くなってしまう恐れがあった。
危険すぎて正直彼女に会わせたくなかった。
この端正な顔つきな王子は、多くの女性を魅了し、絶えず浮名を流している。
その来るもの拒まずの節操のなさに王妃がたまに愚痴をこぼすくらいに。
彼女から大切な存在だと思われていたのは嬉しい誤算だったが、彼女から家族としか見られていない以上、油断は禁物だ。
「そうね、たまには市井の者と触れ合う機会も大事でしょう。リスダム、身分を伏せて振舞うのなら構わないわ。ヘブンス、頼んだわよ。その代わり、頼まれていた議案について、私から上手く貴族たちに話しておくわ」
「……畏まりました」
この王子は高貴な地位ゆえに女性からチヤホヤされるが、それを自分自身の魅力だと思い込み過ぎているらしい。
それがこじれて陛下の愚行を真似をされても困る。
それもあって、王妃は身分を伏せた際の皆の態度を王子に経験させたいのだろう。
自惚れた経験は私にもある。
王妃に他で世話になっている以上、素直に引き受けるしかなかった。
王妃との食事会を終えて、王宮内を移動していると、最も会いたくない人物に会ってしまった。
国王アーノルドは、侍従以外や護衛以外に貴族を連れていた。
「ほう、ヘブンス。来ていたのか」
王族に多い金髪をした中年男が、私を探るように見つめ話しかけてきた。
昔は美青年と持て囃されたときもあったが、今は四十後半の年相応に老いていた。
「陛下の麗しき御尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます」
膝を曲げて、家臣として挨拶をする。
「構わぬ。面をあげよ。其方、弟子をとったそうだな。なんでも女子とか。其方が目に留めたのだから優秀なのであろう」
さっそく来たか。女の敵め。
私——ヘブンス・サクスヘルは、富と権力で煌びやかに飾られた建造物に来るたびに感じる。
ここに住む者の多くは、自分が尊い存在だと信じて疑わない。
ただ運よく王族に生まれたから、人々に傅かれているだけなのに。
特にこの国の王が、その愚者の頂点にも君臨しているから救いようがない。
「ヘブンス。あなた弟子をとったそうじゃない。ミーナという十六歳の女性だとか。今度はどんな子なの?」
王妃ベルダがワインを飲みながら話しかけてくる。
随分と楽しげだ。
真っ赤に塗られた彼女の唇が弧を描く。
彼女の魔導の資格は上級だが、資質は高いと聞く。
実際の年齢は四十半ばだが、それよりはひと回りは若く見える。
今日は王妃から食事に呼ばれて王宮に来ていた。
彼女の息子である王子が私に会いたがっているという名目だったが、これが本来の目的だったようだ。
ミーナを弟子として国に届けてから一ヶ月経ち、誰にも話していなかったが、書類を受理した誰かから王妃の耳に入ったようだ。
いつかはバレると思っていたが、意外に早かった。
「学校に入学したばかりの手がかかる生徒です。資質は高そうですが、不安定さもあったので、私が面倒をみることにしました」
まぁ、そういう建前にしている。
「あら、そうなの。あなたが弟子を、特に女性をとるなんて珍しいから、陛下が気にされていたのよ。今度、私も会ってみたいわ」
彼女はそう言って紫の瞳を細めて意味深に私を見つめる。
彼女の夫である国王陛下の魔導への執着が異常なことは、広く知られている。
有能な魔導士の女性たちを陛下は自分の愛妾として召し抱えている。
高い魔導の資質を持つ子を求めているからだ。
三年経っても孕まない女を捨てては、さらにまた新しい女を囲っている。
愛妾で王の子を産んだ者は何人かいるが、魔導に長けた子は一人だけ。
その男子を産んだ女性を陛下は最初から気に入っていた。
他の女とは違い、三年以上も子を孕まなくても決して解放しなかった。
王妃よりも足繁く彼女の離宮に通って寵愛している。
黒い髪と瞳を持つ彼女によく似た女性を。
王妃としても、私の弟子になるくらい有能な女に陛下が興味を持ったから、さらに厄介な愛妾が増えるのを警戒しているのだろう。
「恐れながら、弟子は未熟な庶民ですので、国王陛下の御前に上げられるほどの礼儀作法を知りません。王妃殿下にも不快な思いをさせてしまいます。また、彼女は目立つことも出世も望んでおりません。状況が落ち着いたら、師弟関係は解消するつもりです」
陛下の犠牲には、二度とさせるつもりはなかった。
「そう、それなら仕方がないわね。そっとしておきましょう」
私の弟子が王妃の脅威にならないと理解されたおかげか、彼女はあっさりと引き下がった。
「母上がダメでも私ならいいですよね? なにせ私は兄弟子ですし」
黙って話を聞いていたリスダム第二王子が口を開く。
一昨年前まで、彼を私の弟子として世話していた。
ちなみに彼の兄の第一王子も私の弟子だった。
彼らの魔導は幸いにも父に似ず、若くして初段の魔導の資格を持つほど優秀で、国軍の魔導団長として活躍している。
彼は両親譲りの美しく長い金髪を優雅にかき上げ、二十歳の若々しい面差しをこちらに向けている。
その目は好奇心に溢れていた。彼も私の弟子に興味があるらしい。
だが王子、お前もダメだ。若くて、彼女と年が近い。
しかも、彼は人懐っこくて親しみやすい。
今の割と気さくな彼女なら、あっという間に仲良くなってしまう恐れがあった。
危険すぎて正直彼女に会わせたくなかった。
この端正な顔つきな王子は、多くの女性を魅了し、絶えず浮名を流している。
その来るもの拒まずの節操のなさに王妃がたまに愚痴をこぼすくらいに。
彼女から大切な存在だと思われていたのは嬉しい誤算だったが、彼女から家族としか見られていない以上、油断は禁物だ。
「そうね、たまには市井の者と触れ合う機会も大事でしょう。リスダム、身分を伏せて振舞うのなら構わないわ。ヘブンス、頼んだわよ。その代わり、頼まれていた議案について、私から上手く貴族たちに話しておくわ」
「……畏まりました」
この王子は高貴な地位ゆえに女性からチヤホヤされるが、それを自分自身の魅力だと思い込み過ぎているらしい。
それがこじれて陛下の愚行を真似をされても困る。
それもあって、王妃は身分を伏せた際の皆の態度を王子に経験させたいのだろう。
自惚れた経験は私にもある。
王妃に他で世話になっている以上、素直に引き受けるしかなかった。
王妃との食事会を終えて、王宮内を移動していると、最も会いたくない人物に会ってしまった。
国王アーノルドは、侍従以外や護衛以外に貴族を連れていた。
「ほう、ヘブンス。来ていたのか」
王族に多い金髪をした中年男が、私を探るように見つめ話しかけてきた。
昔は美青年と持て囃されたときもあったが、今は四十後半の年相応に老いていた。
「陛下の麗しき御尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます」
膝を曲げて、家臣として挨拶をする。
「構わぬ。面をあげよ。其方、弟子をとったそうだな。なんでも女子とか。其方が目に留めたのだから優秀なのであろう」
さっそく来たか。女の敵め。
1
お気に入りに追加
1,282
あなたにおすすめの小説
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
お姉ちゃんが僕のことを構い過ぎて色々困ってますっ
杏仁豆腐
恋愛
超ブラコンの姉に振り回される弟の日常を描いたシスコン、ブラコン、ドタバタコメディ! 弟真治、姉佳乃を中心としたお話です。※『姉が僕の事を構い過ぎて彼女が出来ませんっ! 短編』の続編です。※イラストは甘埜様より頂きました!
婚約破棄狙いの王太子が差し向けてくるハニートラップ騎士が…ツンデレかわいくて困る!
あきのみどり
恋愛
【まじめ王女×不器用騎士の、両片思いの勘違いラブコメ】
恋多き王太子に悩まされる婚約者ローズは、常に狙われる立場であった。
親に定められた縁談を厭い、婚約の破棄を狙う王太子に次々とハニートラップを仕掛けられ続け、それはローズのトラウマとなってしまう。
苦しみつつも、国のために婚約を絶対に破棄できないローズ。そんな彼女に、ある時王太子は己の美貌の騎士を差し向けて(?)。新たな罠に悲しむも、ローズは次第に騎士に惹かれてしまい…。
国事と婚約者の裏切り、そして恋に苦しむ王女がハッピーエンドをつかむまでの、すれ違いラブコメ物語。
※あんまり深刻にはなりすぎないと思います。
※中編くらいを予定のぼちぼち更新。
※小説家になろうさんでも投稿中。
私は、あいつから逃げられるの?
神桜
恋愛
5月21日に表示画面変えました
乙女ゲームの悪役令嬢役に転生してしまったことに、小さい頃あいつにあった時に気づいた。あいつのことは、ゲームをしていた時からあまり好きではなかった。しかも、あいつと一緒にいるといつかは家がどん底に落ちてしまう。だから、私は、あいつに関わらないために乙女ゲームの悪役令嬢役とは違うようにやろう!
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~
平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。
ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。
ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。
保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。
周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。
そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。
そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる