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第3章 両親への挨拶

3-5 地道な攻略方法

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 確かに私はマナーとか、前世でも興味がなくて適当だった。
 きっと大魔導士だったから、見逃されていただけよね。

「ですが、そのご心配された点は、初等部のカリキュラムにマナー講座として組み込まれているので、問題ないと思います」
「そうなんですか?」
「はい。実は初等部を卒業して初級の魔導資格を得た者たちの就職先に貴族の屋敷があるので、そこで勤めるために必要な貴族のマナーを学校の授業で学べるように私が校長になってから変更したんです」

「えっ、そうだったの!?」

 驚いた私の声にマルクが相槌で答えてくれた。

「それでですね、まず手始めに私の弟子になってもらい、今後は私の屋敷で彼女に暮らしてもらいたいと考えております。そこでもマナーを教えることも可能だと思います」
「先生の家で、嫁入りの準備ってことですか?」
「はい。ですが、同居の理由はそれだけではないんです。実は、彼女には強い魔導の力があるのですが、制御が不安定なところがあり、日常でも熟練者の助けが必要なのです。もちろん経済的な面でミーナさんの家に負担はないのでご安心ください」
「ミーナにそんなすごい力があったんですね」
「そういうことならお父さん、ミーナをお任せした方がいいんじゃない?」

 私の両親が驚いた顔で私を見つめる。

 なるほど。そういうことね。
 私はマルクが最初わざと誤解をさせる言い方をした理由にようやく気づいた。

 彼の弟子になって一緒に暮らすなんて、いきなり要求しても、両親が受け入れづらい可能性の方が高い。
 なので、最初にその目的以上の要求を相手にまず言うのよ。
 当然、相手はそんなこと無理だと拒否するだろう。
 そこでマルクが譲歩したように見せかけて、本来の目的を伝える。
 最初より抵抗の低い要求なら、心理的に相手は受け入れやすくなる。
 その方法をマルクは利用したのだろう。

 彼は昔からそうだ。
 狙った獲物がどれほど強かろうと、決して諦めない。
 一見、それって何の意味があるの?って思うような行動でも、標的を追い詰めるための確実な手段となっている。
 外堀を埋めるような地道な攻略方法は、彼の得意分野だ。

 彼にムスカドラゴンの逆鱗の採取を頼んだときも、正攻法ではドラゴンに敵わないからと、何日もかけて奴らの生態や行動を観察し、発見した習性を利用して落とし穴にまで奴らを誘い込み、窮屈で動けなくなり火炎ブレスを封じたところで、冷却魔道で冷やして動けなくしたらしい。

 それを声変わりもしていない子どもがやり遂げたのだから、魔導の力は私ほどではなくとも、その執念に近い不屈の精神に対して、当時の私も素直に感服していた。

 ただ、マルクが私の結婚相手として両親に受け入れられたのは、彼も予想外のことだったと思うけど。

 まぁそれはあとでどうとでも誤魔化せるだろう。
 貴族のマナーが合わなかったという、私有責の破談なら両親も納得してくれそうだし。

「ミーナも校長先生の屋敷で住むのは大丈夫か?」
「うん」

 私が素直にうなずくと、両親は弟子入りと同居の件をすんなり了承してくれた。

 それから少し雑談をしたあと、マルクは帰ることになった。

「馬車まで送るわ」
「いや、」
「ちょっと話したいこともあるから」

 多分マルクはこちらに気を遣って遠慮したそうだった。でも、強引に彼の腕にしがみつき、有無を言わさず私も一緒に外へ出る。

 すぐに彼の腕から離れたが、なぜか彼の手が伸びてきて、逆に彼が私の手を掴んだ。
 彼の手と顔を交互に見つめて意味を問うが、彼は嬉しそうに笑みを浮かべたまま歩き出すので、彼と手を繋いだまま歩く。

 私の手を包み込む、私よりも大きな頼もしい手。
 彼の成長をしみじみと感じて嬉しかった。

 気がついたら、あっという間に馬車に着いていた。
 ここまで私たちは無言で歩いていた。

「そういえば、私に何か話があったのでは?」
「そ、そうだった!」

 慌てて彼から手を離す。

 思わずほのぼのしていたせいで思考が停止していたけど、確かに彼に言いたいことがあった。

「さっきマルクが言ってたことだけど」
「さっきとは、どれのことですか?」
「私が私らしく生きることを願っているって、マルクは言ってくれたでしょ?」
「はい、本心ですよ」

 マルクがにっこりと微笑む。彼は本当に私のために尽力してくれている。

「それはすごく嬉しかった。けど、それはマルクもだからね?」
「……それはどういうことですか?」

 一呼吸置いたあと、彼は不思議そうに首を傾げる。

「マルクも自分らしく生きてほしいと、願っているってこと。ほら、前世では師匠だからって、弟子のマルクにばかり無理をさせていたでしょ? マルクの都合も考えず。あれってよくなかったなって反省しているの。だから、マルクも幸せになれるように私もできることがあったら協力したいと思っているのよ。言いたかったことって、このこと」

 前世では他人にそもそも関心がなかったから、好かれようが嫌われようが興味がなくて、まさに自分勝手で傍若無人な人間だった。
 だから、自分の人生を他人に好き勝手されてしまったんだろう。

 こんな人間だったのに私を見捨てなかったマルクは慈悲の塊みたいな人だ。だから、校長という重要な役職を任されて、みんなから好かれている。とてもいい人だ。

「まさか、あなたからそんなことを言われるとは思ってもみませんでした」

 マルクはよほど驚いたのか、目を丸くしていた。
 彼は放心したように立ち尽くして私を食い入るように見つめている。

「そんなにびっくりしたの?」

 私が苦笑すると、彼は素直にうなずいた。
 彼にも私の成長を感じ取ってもらえたようで嬉しかった。でも、彼は何か戸惑っているような表情だった。

「あなたは、私にそれほど興味がないと思っていたんです。別に責めるわけではないのですが、以前私に呪いをかけて距離を置こうとしていたので」

 マルクは申し訳なさそうに説明する。私を気遣ってくれる気持ちが、とてもありがたく、逆にこちらこそ申し訳なかった。

「あのときはごめんなさい。でも、あの選択を平気でしたわけじゃないよ。マルクが本当にどうでもいいなら、そもそも会いに行かないよ」

 そう説明したら、彼はハッと顔色を変えた。

「そうですよね。すみません」

 やっと分かってくれたようだ。誤解が解けたみたいで、本当に良かった。
 そう安心したけど、彼の表情はまだ晴れてなかった。むしろ、なぜか暗くて、眉間に皺を寄せて考え込んでいる仕草を見せる。
 しばらく彼は無言だった。その沈黙が、私の予想外だったから、少し怖かった。

「……あなたは本当に前世のあなたとは違うんですね」

 彼はしみじみと残念そうに言う。まるで今の私が何か彼の期待を裏切ったみたいに感じた。

 なぜ、そんなことを言うの。
 気持ちがざわめく。
 息が止まったように何も言えなくなった。

「お話はそれだけですか?」
「う、うん」
「すみません。暗くなるので、そろそろ行きます。わざわざ見送りありがとうございました」

 そう別れを告げる彼の様子は、いつもと変わりはなかった。
 彼はすぐに馬車に乗り込むと、窓から顔を覗かせる。
 彼の浮かべた笑顔が、先ほどの気まずさを薄れさせる。
 でも、決してなくならなかった。

「じゃあ、また明日」

 彼の馬車が角を曲がって見えなくなるまで、私は足が縫い付けられたように動けなくて、ただ見送り続けた。
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