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22、ウィンリーナの選択

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 ウィンリーナは朝を迎えた。気持ちの良い風が窓から入ってくるが、心は晴れなかった。
 本日、約束の時間になったら、フィルトが来るはずだ。そこで辞退の旨をアニスから伝えてもらう。その前にウィンリーナはメルシルンを助けに指定された場所に行く予定だ。
 急に辞退することになり、今まで選考に携わってきた彼に迷惑をかけてしまう。とても心苦しく申し訳ないが、やむを得ないと自分に言い聞かせていた。

「では、行ってくるわ」
「ご武運をお祈り申し上げます」

 アニスがお辞儀をして見送ってくれる。本当は彼女も同行を願ったが、瞬間移動は一人しかできないので、万が一のときに逃げられないと理由を話すと、渋々ながら諦めてくれた。

 部屋付きのメイドが開けた扉から出たとき、予想外なことに突然男性から声を掛けられた。

(まさか、この声は――)

 聞き覚えのある声が聞こえて振り向けば、フィルトが廊下に立っていた。彼が迎えにくる約束の時間までかなり早い。彼の表情が暗いので、何か良くないことが起きたのだろうか。
 彼は足早に近づいてきた。

「リナ嬢、いきなり申し訳ない。実は緊急事態で他の妃候補者たちから辞退の申し出があったんだ。まさかリナ嬢も同じように辞退を考えているのではないかと心配になって来たんだ」

「えっ、わたくし以外の二人も辞退したんですか?」

 全員被害に遭っているとは思わず、ウィンリーナはびっくりして声を上げていた。
 すると、それを聞いたフィルトの顔つきが、みるみる泣きそうになる。

「その口ぶりだと、まさかリナ嬢も辞退するつもりだったのか?」

 フィルトの直球な問いにウィンリーナは後ろめたさを覚えて咄嗟に彼から視線を逸らした。その反応がまずかった。

「本当なのか? なぜなんだ?」

 フィルトに気づかれてしまった。何か訳があると、察してくれているようだが、犯人に他言を禁じられているので何も話せない。むしろ、こうして彼と接触していたら、犯人が誤解してメルシルンの身に危険が迫る恐れがある。

「大変申し訳ございません。詳しい事情は申し上げられませんが、妃選考会から辞退させていただきます」

 当たり障りのない断り文句を言うが、フィルトは全然納得する気配はなかった。

「もしかして、私が何かリナ嬢の気に障るようなことをしたのか? 昨日泣かせてしまったことが原因だったのか?」
「いいえ、違います。フィル様のせいではありません」
「では、なぜ?」

 食い入るように顔を近づけて尋ねてくる。

「ですから、今は申し上げられません」

 心を殺してまで拒絶すると、フィルトの顔が絶望に染まっていく。

「そんな……」

 フィルトが言葉を失い、顔を歪めて、今にも泣きそうだ。それを見て、ウィンリーナまでも泣きそうになった。

(わたくしが殿下の妃にならないことが、そんなに悲しかったのね)

 彼は殿下のためだけに今までウィンリーナに対して丁寧に対応してきたのだ。他意はないと、はっきりと突き付けられた瞬間だった。

 それが分かった途端、ウィンリーナの心が切り裂かれたみたいに激しく胸が痛んだ。

「困るよ、リナ嬢にそんなことを言われたら……」

 ウィンリーナの傷心に気づかず、フィルトが縋るように近づいてくる。
 その必死な彼の態度を見るたびにウィンリーナの心が何度も切り刻まれていく。
 鼻の奥がツンと痛くなり、目の縁にどんどん涙が溢れていく。
 頬を一筋の雫が流れ落ちたとき、彼とのご縁はもう終わりなんだと感じていた。
 そもそも選考会がなくなれば、彼と今後関わることはない。お別れだからこそ、言えなかった言葉を今なら言える気がした。
 これを言えば、きっと彼もウィンリーナが辞退することもやむなしと納得してくれるはずだ。
 だから、絶対に秘めたままでいようと思っていた想いを今ここで告げようと思った。
 これを言えば、もう絶対に後戻りはできない。それほど威力のある言葉だ。

 ウィンリーナは手を握り、気合を入れるために息を何度か吸う。
 覚悟を決めてフィルトを見つめ、勇気を出して口を開いた。

「——わたくしは、あなたのことが好きなんです」

 そう言った途端、間近にあるフィルトの青い目がびっくりするくらい大きく見開いていた。
 今、何を言われたのか分からないといった顔をしている。あまりにも無防備な顔をしているので、彼は全然ウィンリーナの言葉を予測していなかったのだろう。それもとても悲しかった。つい逆恨みしてしまうほどに。

 ウィンリーナは彼の胸に飛び込むように抱きついた。

「なぜ勘違いさせるほどわたくしに優しくしたの。酷い人」
「リナ嬢、私は――」

 彼が今、どんな表情をしているのか直視できなかった。
 ぎゅっと目をつぶって、彼の姿を視界から見えなくする。

「さようなら」

 彼を置いてウィンリーナはこの場から一瞬で消え去った。
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