7 / 53
4、漆黒の死神
2
しおりを挟む
「釣書にあったとおり、本当に黒目なんですね。今まで何人か誇張された方がいたので、お会いするまで半信半疑だったんです」
フィルトの口調は興奮気味だった。食い入るようにウィンリーナの両目を覗き込んでいた。
「夜空に浮かぶ星のように美しいですね」
「あ、あの……」
いつも不吉な色だと貶された目をこんなにも称賛されたのは初めてだ。
しかも、そう言ってくれた相手はびっくりするほど美形な男性だ。こんなにも期待に満ちた目で見つめられて、しかも嬉しそうに目を細めて頬を赤らめている。相手の反応が大げさすぎて、ウィンリーナまで非常に恥ずかしくなり、顔が熱くなっていく。
慣れない状況に全く落ち着かない。思わず視線を相手から逸らすと、フィルトは我に返ったのか、冒頭のように畏まって挨拶をしてくれた。
「セングレー卿。さっそくお越しくださり感謝いたします。どうぞお座りになってください」
養母が間を取り持ってくれたおかげで、想定どおりの流れに戻った気がした。
ソファに客と向かい合うようにウィンリーナたちは座る。
使用人がお茶を客に給仕して静かに下がる。部屋には三人しかいない。
「そうそう。一つ確認事項がありました。バートン男爵令嬢の釣書を先ほど確認しましたが、応募に必要なものが一つ入っておりませんでしたね」
「あら、ごめんなさい。一体、それはなんですか?」
フィルトの指摘に養母は恐縮気味に返す。
「ご本人の髪を入れて欲しかったのです」
「まぁ、そうでしたね。殿下の論文は拝読しておりましたのに、うっかり失念してしまいましたわ。申し訳ございません」
ウィンリーナは髪の毛が必要だと言われて、内心冷や汗をかいていた。
昨日は地毛を脱色する暇もなかった。カツラの下は、黒髪のままである。今から髪の毛を求められても、カツラをかぶっているので、周囲に見せているのは自分の地毛ではない。このカツラの別人の髪で調べられて何か不都合があったらと思うと気が気でなかった。
「今からご用意した方がいいでしょうか?」
養母の申し出にさらに不安が募るばかりだ。
ウィンリーナは固唾をのんでフィルトの返事をじっと見守る。
「いえ、大丈夫です」
フィルトの答えを聞いて、ウィンリーナは心の中で万歳をしていた。
「お会いして瞳の色を確認できたので問題ないです。瞳は誤魔化せませんから、わざわざ髪で魔力を測定する必要もないです。直接バークレー男爵令嬢にお会いできてよかったです」
彼はにこりと碧眼を細めて微笑む。しかも、感極まったように目まで潤んでいる。イケメンの眩いばかりの光に晒された気がした。
けれども、ウィンリーナは殿下の妃候補で、彼は殿下の部下。お互いに初めから対象外だと理解しているので、何も期待するところはない。
大帝国の王子の部下ともなると、選りすぐりのエリートばかりなのだろう。顔の良さも評価の範囲なのかもしれない。目の保養にしておこうとウィンリーナは冷静に考える。
そう思って彼を眺めていたら、突然彼の目から涙がほろりと零れ落ちた。
「まぁ、どうされたんですか?」
養母が驚いた声を上げる。
「ああ、すいません。堪えきれませんでした。まさか、黒目の乙女が現れてお会いできるなんて夢みたいで。調査を続けていて初めてだったんです。理論では黒目はいるはずだと思っていたんですが、今まで確認できず非常に歯がゆかったんです。ですが、本当にいたんだと思うと感激のあまり。しかも妃として応募してくれるなんて……」
フィルトは慌てて目元を手袋したままで押さえようとした。彼の手袋が濡れてしまうと思い、ウィンリーナは咄嗟に自分が持っていたハンカチを彼に差し出す。
「どうぞ、これを使ってクダサイ」
「ああ、ありがとうございます……」
フィルトは素直にハンカチを受け取ってくれた。すぐにそれで目元をぬぐう。とりつくろう余裕もなさそうだ。人前で泣いてしまって彼自身が少し動揺しているように感じた。
もしかしたら――とウィンリーナは察する。
フィリアンク殿下によって、彼は脅されていたのかもしれない。
ウィンリーナを散々いじめ続けた姉ですら、「アグニスの青い薔薇」と言われるほど彼女の美貌と立ち振る舞いを評価されていた。
一方で、フィリアンク殿下は、「漆黒の死神」だ。他人から見ても恐ろしい人なら、彼に仕えている部下たちはウィンリーナ以上に日頃からひどい目に遭っている可能性は多いにあった。
黒い目の乙女を見つかって安堵のあまりに泣いてしまったフィルトにウィンリーナは深い同情の気持ちを抱いた。
「大丈夫でゴザイマスカ?」
ウィンリーナが気遣うと、フィルトは「ええ」と言葉少なくうなずく。
「お気遣いありがとうございます」
そう言ったフィルトの目は少し赤くなっていたが、元の調子に戻ったようだ。彼は笑顔を浮かべ、こう言った。
「あなたは大変貴重です。あなたの死後、研究のために是非解剖させてください」
先ほど彼に同情したのは間違いだったようだ。彼もまた主人のように冷酷非道のようだ。こちらを見つめる彼の目はとても熱心だったけど、台詞が物騒すぎて全然嬉しくなかった。
「か、考えさせてクダサイ」
ブルブル震えながら返事を誤魔化した。了承したら最後、殺されるかもしれない。
フィルトの口調は興奮気味だった。食い入るようにウィンリーナの両目を覗き込んでいた。
「夜空に浮かぶ星のように美しいですね」
「あ、あの……」
いつも不吉な色だと貶された目をこんなにも称賛されたのは初めてだ。
しかも、そう言ってくれた相手はびっくりするほど美形な男性だ。こんなにも期待に満ちた目で見つめられて、しかも嬉しそうに目を細めて頬を赤らめている。相手の反応が大げさすぎて、ウィンリーナまで非常に恥ずかしくなり、顔が熱くなっていく。
慣れない状況に全く落ち着かない。思わず視線を相手から逸らすと、フィルトは我に返ったのか、冒頭のように畏まって挨拶をしてくれた。
「セングレー卿。さっそくお越しくださり感謝いたします。どうぞお座りになってください」
養母が間を取り持ってくれたおかげで、想定どおりの流れに戻った気がした。
ソファに客と向かい合うようにウィンリーナたちは座る。
使用人がお茶を客に給仕して静かに下がる。部屋には三人しかいない。
「そうそう。一つ確認事項がありました。バートン男爵令嬢の釣書を先ほど確認しましたが、応募に必要なものが一つ入っておりませんでしたね」
「あら、ごめんなさい。一体、それはなんですか?」
フィルトの指摘に養母は恐縮気味に返す。
「ご本人の髪を入れて欲しかったのです」
「まぁ、そうでしたね。殿下の論文は拝読しておりましたのに、うっかり失念してしまいましたわ。申し訳ございません」
ウィンリーナは髪の毛が必要だと言われて、内心冷や汗をかいていた。
昨日は地毛を脱色する暇もなかった。カツラの下は、黒髪のままである。今から髪の毛を求められても、カツラをかぶっているので、周囲に見せているのは自分の地毛ではない。このカツラの別人の髪で調べられて何か不都合があったらと思うと気が気でなかった。
「今からご用意した方がいいでしょうか?」
養母の申し出にさらに不安が募るばかりだ。
ウィンリーナは固唾をのんでフィルトの返事をじっと見守る。
「いえ、大丈夫です」
フィルトの答えを聞いて、ウィンリーナは心の中で万歳をしていた。
「お会いして瞳の色を確認できたので問題ないです。瞳は誤魔化せませんから、わざわざ髪で魔力を測定する必要もないです。直接バークレー男爵令嬢にお会いできてよかったです」
彼はにこりと碧眼を細めて微笑む。しかも、感極まったように目まで潤んでいる。イケメンの眩いばかりの光に晒された気がした。
けれども、ウィンリーナは殿下の妃候補で、彼は殿下の部下。お互いに初めから対象外だと理解しているので、何も期待するところはない。
大帝国の王子の部下ともなると、選りすぐりのエリートばかりなのだろう。顔の良さも評価の範囲なのかもしれない。目の保養にしておこうとウィンリーナは冷静に考える。
そう思って彼を眺めていたら、突然彼の目から涙がほろりと零れ落ちた。
「まぁ、どうされたんですか?」
養母が驚いた声を上げる。
「ああ、すいません。堪えきれませんでした。まさか、黒目の乙女が現れてお会いできるなんて夢みたいで。調査を続けていて初めてだったんです。理論では黒目はいるはずだと思っていたんですが、今まで確認できず非常に歯がゆかったんです。ですが、本当にいたんだと思うと感激のあまり。しかも妃として応募してくれるなんて……」
フィルトは慌てて目元を手袋したままで押さえようとした。彼の手袋が濡れてしまうと思い、ウィンリーナは咄嗟に自分が持っていたハンカチを彼に差し出す。
「どうぞ、これを使ってクダサイ」
「ああ、ありがとうございます……」
フィルトは素直にハンカチを受け取ってくれた。すぐにそれで目元をぬぐう。とりつくろう余裕もなさそうだ。人前で泣いてしまって彼自身が少し動揺しているように感じた。
もしかしたら――とウィンリーナは察する。
フィリアンク殿下によって、彼は脅されていたのかもしれない。
ウィンリーナを散々いじめ続けた姉ですら、「アグニスの青い薔薇」と言われるほど彼女の美貌と立ち振る舞いを評価されていた。
一方で、フィリアンク殿下は、「漆黒の死神」だ。他人から見ても恐ろしい人なら、彼に仕えている部下たちはウィンリーナ以上に日頃からひどい目に遭っている可能性は多いにあった。
黒い目の乙女を見つかって安堵のあまりに泣いてしまったフィルトにウィンリーナは深い同情の気持ちを抱いた。
「大丈夫でゴザイマスカ?」
ウィンリーナが気遣うと、フィルトは「ええ」と言葉少なくうなずく。
「お気遣いありがとうございます」
そう言ったフィルトの目は少し赤くなっていたが、元の調子に戻ったようだ。彼は笑顔を浮かべ、こう言った。
「あなたは大変貴重です。あなたの死後、研究のために是非解剖させてください」
先ほど彼に同情したのは間違いだったようだ。彼もまた主人のように冷酷非道のようだ。こちらを見つめる彼の目はとても熱心だったけど、台詞が物騒すぎて全然嬉しくなかった。
「か、考えさせてクダサイ」
ブルブル震えながら返事を誤魔化した。了承したら最後、殺されるかもしれない。
19
お気に入りに追加
303
あなたにおすすめの小説
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。
曽根原ツタ
恋愛
ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。
ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。
その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。
ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?
駆け落ちした姉に代わって、悪辣公爵のもとへ嫁ぎましたところ 〜えっ?姉が帰ってきた?こっちは幸せに暮らしているので、お構いなく!〜
あーもんど
恋愛
『私は恋に生きるから、探さないでそっとしておいてほしい』
という置き手紙を残して、駆け落ちした姉のクラリス。
それにより、主人公のレイチェルは姉の婚約者────“悪辣公爵”と呼ばれるヘレスと結婚することに。
そうして、始まった新婚生活はやはり前途多難で……。
まず、夫が会いに来ない。
次に、使用人が仕事をしてくれない。
なので、レイチェル自ら家事などをしないといけず……とても大変。
でも────自由気ままに一人で過ごせる生活は、案外悪くなく……?
そんな時、夫が現れて使用人達の職務放棄を知る。
すると、まさかの大激怒!?
あっという間に使用人達を懲らしめ、それからはレイチェルとの時間も持つように。
────もっと残忍で冷酷な方かと思ったけど、結構優しいわね。
と夫を見直すようになった頃、姉が帰ってきて……?
善意の押し付けとでも言うべきか、「あんな男とは、離婚しなさい!」と迫ってきた。
────いやいや!こっちは幸せに暮らしているので、放っておいてください!
◆小説家になろう様でも、公開中◆
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!
石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。
だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。
しかも新たな婚約者は妹のロゼ。
誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。
だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。
それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。
主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。
婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。
この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。
これに追加して書いていきます。
新しい作品では
①主人公の感情が薄い
②視点変更で読みずらい
というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。
見比べて見るのも面白いかも知れません。
ご迷惑をお掛けいたしました
訳ありヒロインは、前世が悪役令嬢だった。王妃教育を終了していた私は皆に認められる存在に。でも復讐はするわよ?
naturalsoft
恋愛
私の前世は公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者だった。しかし、光魔法の使える男爵令嬢に汚名を着せられて、婚約破棄された挙げ句、処刑された。
私は最後の瞬間に一族の秘術を使い過去に戻る事に成功した。
しかし、イレギュラーが起きた。
何故か宿敵である男爵令嬢として過去に戻ってしまっていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる