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最終話 真実
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その日の夜、メイアス様は寝台に腰掛けて私の背中に腕を回しながら事の顛末を教えてくれた。
エミリーヌ側妃はシルハーン国に連行されて、処刑される予定だそうだ。
そう淡々と話す彼は、冷静沈着な為政者らしく見えた。
「彼女が陛下との初夜を拒絶して、訪れた陛下を追い返したところから、彼女の命運は決まっていた。だから陛下は私に対応を任された」
人質同然の敗戦国の王女が逆らえば、殺されるだけではなく、国ごと滅ぼされる恐れがある。自国の民を思えば、エミリーヌ側妃は陛下を受け入れるべきだった。
「では、殿下をずっと城に滞在させたのは」
「裏切者を炙り出すためだったんだ」
元々領地を治めていた旧サルサン国の貴族たちの多くは、降伏してシルハーン国に従うようになっていた。だが、いつ裏切るか分からない。だから、側妃を使って忠誠心を試したそうだ。
「指輪をあげたのも……」
「そうだよ。彼女を油断させるためだ。一年後にはすでに死んでいるから、私の妻になれるはずないのにね」
そう話す彼の声は、他人事のように抑揚がなかった。
もし側妃がサルサンに戻ったとき、領地を元のように保証する代わりに彼女に忠誠を誓うように契約書を用意させたそうだ。
陛下の側妃でありながら、閨を拒否し、元家臣たちと連絡を取り合い、あまつさえ勝手に領地の保証まで行った。
その結果、側妃は元家臣ともども反逆の恐れありとみなされ、捕まった。
回りくどい方法だが、それが無駄に血を流さず、欲深い愚かな貴族たちだけを消せる最良なやり方だったようだ。
「ルミネラ、あなたを襲わせたのも側妃の仕業だった」
ネズミとカラスの大群に襲われた男たちの傷は酷いものだったらしい。目まで突かれて失明していたそうだが、治療と罪の減刑を引き換えに自白を促したところ、あっさり寝返ったそうだ。
側妃の結末は可哀想だが、庇う気にもなれなかった。
死なずに済む選択肢はいくらでもあった。でも、彼女は最初から選ばなかっただけだ。
「あの、どうか護衛たちを咎めないでください。うっかり私が騙されて馬車の扉を開けてしまったのがいけなかったんです」
それだけが気がかりだった。
私が懇願すると、彼は仕方がないといった表情で容認してくれた。
「あなたが気に病むのなら、今回は不問にしよう」
「ありがとうございます」
私は安心して微笑むと、彼の頬に両手を添えて自分から顔を近づける。迷わず彼に口づけをした。
彼から与えてもらうばかりで、私から彼にするのは初めてだった。
彼も同じように気づいたのだろう。驚いたように一瞬固まって私を見ていた。
私も同じように息をこらして真剣に見つめていた。
(レイ)
声には出さずに唇の動きだけで、言葉を相手に伝える。
気づいた彼の瞼がピクリと動いた。でも何も言わず、彼は自分の唇に人差し指を立てて黙秘を促す。
困ったような嬉しいような、くしゃりと笑った顔は、貴族メイアス様ではなく、私がよく知るレイのものだった。
やっぱりそうだったのね。感激のあまりに胸がいっぱいになる。
思わず彼に抱きついていた。
「愛しているわ」
言いながら涙が浮かんでくる。
本当は色々と聞きたいことはあった。
でも、侯爵家に仕えている護衛たちが耳をそばだてて盗み聞きされていても、問題のない言葉を選ぶしかなかった。
きっと彼は自分がレイだと名乗れないのだと思う。それが孤児のレイからメイアス様になった彼に課せられた条件なのだと察していた。
もし言えたなら、私と再会したときに言えたはずだから。
どうして彼が侯爵家の当主になったのか分からない。でも、きっと恐らく、彼の珍しいグレーブルーの瞳は、本物の侯爵家当主と同じだったのだろう。もしかしたら顔も似ていたのかもしれない。
だから、身代わりに選ばれた。
それに気づけたのは、あのカラスの件だ。
本当の侯爵様が知るわけなかった。カラスが私を守ってくれるなんて、そんな事実を。
愛の女神の加護は、癒しの力だけ。私の貞操が危ないとき、動物が守ってくれるのは、恐らく別の神様のご加護だ。
でも、その事実を知っていたのは、レイだけだった。
私が処女じゃないと知っていてシーツに偽装できたのも、レイ本人しかいない。
それから私が彼に抱かれて力を失わなかったのも、実はレイ本人だったとしたら、当然の結果だ。
メイアス様がレイだという証拠が全然なかったから、今まで分からなかったけど、カラスの件ですべてが納得できた。
でも、私と再会するために彼が払った犠牲は、きっと想像を絶するほど大変なものだったに違いない。
そこまで私のために尽力してくれた彼の想いにひたすら胸が震えていた。
「ルミネラ、私も愛しているよ」
そう言って彼は今日も私を愛しげに抱きしめてくれる。
この幸せがいつまでも続いてほしい。
そう強く願わずにはいられなかった。
<完>
エミリーヌ側妃はシルハーン国に連行されて、処刑される予定だそうだ。
そう淡々と話す彼は、冷静沈着な為政者らしく見えた。
「彼女が陛下との初夜を拒絶して、訪れた陛下を追い返したところから、彼女の命運は決まっていた。だから陛下は私に対応を任された」
人質同然の敗戦国の王女が逆らえば、殺されるだけではなく、国ごと滅ぼされる恐れがある。自国の民を思えば、エミリーヌ側妃は陛下を受け入れるべきだった。
「では、殿下をずっと城に滞在させたのは」
「裏切者を炙り出すためだったんだ」
元々領地を治めていた旧サルサン国の貴族たちの多くは、降伏してシルハーン国に従うようになっていた。だが、いつ裏切るか分からない。だから、側妃を使って忠誠心を試したそうだ。
「指輪をあげたのも……」
「そうだよ。彼女を油断させるためだ。一年後にはすでに死んでいるから、私の妻になれるはずないのにね」
そう話す彼の声は、他人事のように抑揚がなかった。
もし側妃がサルサンに戻ったとき、領地を元のように保証する代わりに彼女に忠誠を誓うように契約書を用意させたそうだ。
陛下の側妃でありながら、閨を拒否し、元家臣たちと連絡を取り合い、あまつさえ勝手に領地の保証まで行った。
その結果、側妃は元家臣ともども反逆の恐れありとみなされ、捕まった。
回りくどい方法だが、それが無駄に血を流さず、欲深い愚かな貴族たちだけを消せる最良なやり方だったようだ。
「ルミネラ、あなたを襲わせたのも側妃の仕業だった」
ネズミとカラスの大群に襲われた男たちの傷は酷いものだったらしい。目まで突かれて失明していたそうだが、治療と罪の減刑を引き換えに自白を促したところ、あっさり寝返ったそうだ。
側妃の結末は可哀想だが、庇う気にもなれなかった。
死なずに済む選択肢はいくらでもあった。でも、彼女は最初から選ばなかっただけだ。
「あの、どうか護衛たちを咎めないでください。うっかり私が騙されて馬車の扉を開けてしまったのがいけなかったんです」
それだけが気がかりだった。
私が懇願すると、彼は仕方がないといった表情で容認してくれた。
「あなたが気に病むのなら、今回は不問にしよう」
「ありがとうございます」
私は安心して微笑むと、彼の頬に両手を添えて自分から顔を近づける。迷わず彼に口づけをした。
彼から与えてもらうばかりで、私から彼にするのは初めてだった。
彼も同じように気づいたのだろう。驚いたように一瞬固まって私を見ていた。
私も同じように息をこらして真剣に見つめていた。
(レイ)
声には出さずに唇の動きだけで、言葉を相手に伝える。
気づいた彼の瞼がピクリと動いた。でも何も言わず、彼は自分の唇に人差し指を立てて黙秘を促す。
困ったような嬉しいような、くしゃりと笑った顔は、貴族メイアス様ではなく、私がよく知るレイのものだった。
やっぱりそうだったのね。感激のあまりに胸がいっぱいになる。
思わず彼に抱きついていた。
「愛しているわ」
言いながら涙が浮かんでくる。
本当は色々と聞きたいことはあった。
でも、侯爵家に仕えている護衛たちが耳をそばだてて盗み聞きされていても、問題のない言葉を選ぶしかなかった。
きっと彼は自分がレイだと名乗れないのだと思う。それが孤児のレイからメイアス様になった彼に課せられた条件なのだと察していた。
もし言えたなら、私と再会したときに言えたはずだから。
どうして彼が侯爵家の当主になったのか分からない。でも、きっと恐らく、彼の珍しいグレーブルーの瞳は、本物の侯爵家当主と同じだったのだろう。もしかしたら顔も似ていたのかもしれない。
だから、身代わりに選ばれた。
それに気づけたのは、あのカラスの件だ。
本当の侯爵様が知るわけなかった。カラスが私を守ってくれるなんて、そんな事実を。
愛の女神の加護は、癒しの力だけ。私の貞操が危ないとき、動物が守ってくれるのは、恐らく別の神様のご加護だ。
でも、その事実を知っていたのは、レイだけだった。
私が処女じゃないと知っていてシーツに偽装できたのも、レイ本人しかいない。
それから私が彼に抱かれて力を失わなかったのも、実はレイ本人だったとしたら、当然の結果だ。
メイアス様がレイだという証拠が全然なかったから、今まで分からなかったけど、カラスの件ですべてが納得できた。
でも、私と再会するために彼が払った犠牲は、きっと想像を絶するほど大変なものだったに違いない。
そこまで私のために尽力してくれた彼の想いにひたすら胸が震えていた。
「ルミネラ、私も愛しているよ」
そう言って彼は今日も私を愛しげに抱きしめてくれる。
この幸せがいつまでも続いてほしい。
そう強く願わずにはいられなかった。
<完>
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